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二章3:チェーンとヤンキーと光の国


「止まれ!通行許可証の提示をせよ!」


 コーンスターチの城門前には、

鎧を着て長い槍を持った衛兵さんが門を守っていた。


「通行許可書ですか?」

「そうだ! モルトとギルドの承認サイン入りの許可証か、街の住人でなければここは通せんぞ!」


 参った。

いきなり詰んだ。


『少年、私を彼へ翳すが良い』


 ブレスさんが小声でそう言ったから、そうしてみる。

テイマーブレスが弱い光を放った。

すると途端に衛兵さんの厳しい眼差しが無くなって、目が丸みを帯びる。


「お帰りなさいチートさん!」


 そういって衛兵さんは大きな城門の隅っこにある扉の鍵を開けた。


『もう大丈夫だ。進むが良い』


 ブレスさんの小声の従って、少しビビリながら扉を潜る。

特に衛兵さんからの指摘は無かった。


「なにしたんですか?」

『少し衛兵かれの記憶をいじらせてもらった。彼は今後、少年のことをコーンスターチの人間だと認識するようにな』


――なんかブレスさんの方が俺なんかよりもよっぽどチートっぽいのは気のせい?


 っと、ツッコミはそっとの胸の奥にしまっておくことにする。

なによりも今は目の前にある風景にただただ驚くばっかりだった。


 綺麗な石で舗装された大きな道が目の前に広がっている。

その上には見たこともない民族衣装のようなものを着た人が沢山歩いていた。

道の左右には石造りの建物ものがずらりと並んでいる。

例えるならファンタジックな世界観にありそうな町並みがそこにはあった。


「へぇー凄い……」


 コンクリートのビルとか、黒いアスファルトとかしか見たことのない俺にとって、

目の前の町並みはどれも新鮮に見えた。

視線は不思議な格好をした人や、見たこともない建物に釘付けになってしまう。

ただ俺の恰好と街の住人とのものを比べても違和感がない。

たぶんブレスさんは、この世界に簡単に馴染めるように、服装まで変えてくれたんだと思う。


――結構ブレスさんっていい人かも。


『少年よ、歩くならしっかりと前を向いて歩きたまえ』


 ブレスさんの指摘も右の耳から入って左から抜けてゆく。

そんなことをしてたもんだから、やっぱり俺は誰かの背中にドスンと

ぶつかってしまった。

ひんやりとした金属の感触に思わずびっくりしてしまう。


「あん?」


 耳に届いたすごく不愉快そうで、

 すごく怖いそうな女の人の声に自然を背筋が伸びた。

 反射的にぶつかってしまった人の背中から距離を置く。

重そうな鎧を着て、身の丈以上の刃渡りの大剣を背中にくっつけたその人が、

ゆっくりと振り返ってくる。


 耳が隠れる位の短さに切り揃えられた髪。

耳には沢山のピアスが付いている。

手足はすらりとしていて、鎧の胸当ても上の方でかなり隆起している。

コートのように長い上着はスカートのように見える

間違いなく今目の前にいる人は女の人。

それだけだったら、こんなに身体が硬直することもなかったんだろう。


 切れ長で鋭い視線を光線みたいに放っている目は自然と背筋を伸ばさせる威力を十分備えていた。

口元は凄く不愉快そうに歪んでいて、まるですぐにでも噛み付いてきそう。

極めつけは腰元から吊るされたチェーンだ。

太くて、振り回したらきっと怪我どころじゃ済みそうもないチェーンが彼女の腰元に

ジャラジャラとたくさんぶら下がっていた。


 鋭い目つき、歪んだ口、そしてチェーン。


――もしかしてかなりやばい人ととぶつかった!?これこの世界のヤンキー!?


 過不足なく想像が加速を始める。


【す、すみませんでした!】

【あーあー、あたしの鎧に傷が付いちまったじゃねぇか】

【いえ、そんな……】

【ちょっと面貸しな】

【ヒィーッ!】

【なんと!?少年が路地裏に連れ込まれた!?】


とか、


【す、すみませんでした!】

【……】

【あ、あの……? って!?】

【なんと!?人ごみの中から同じく目つきが悪そうで、極悪そうな連中が現れて、少年を取り囲んだ!?】

【【【あねさんに何すんじゃゴルァーッ!】】】


なんかだったり、


【す、すみませんでした!】

【……ふん!】

【うぎゃーッ!】

【なんと!? 少年が一刀両断、真っ二つに!?】



――ダメだ、またまた詰んだ!


「あ、ああ、その!」


現実に戻った俺は思わず震えた声を出してしまう。

モフモフスーを抱いているけど、あんまり落ち着かない。

でもスーはのんびりと俺の手の甲を舐めている。


「……」


【ヤンキーみたいな女の人】は俺をジロリと睨んでいる。


――やばいよやばいよやばいよ!なんか物凄い目つきで俺のこと睨んでるよ!



「す、すみませんでした!!」


思わず、当たり前で変哲もない謝罪が口から飛び出した。


――この先の展開は!? 路地裏か!? 囲まれるか!? もしかして一刀両断!?



「おう、こっちこそノロノロ歩いてて悪かったな」

「へっ?」


 意外な言葉に思わず間抜け声が出てしまった。


「なんだよ、阿呆みたいな顔してよ?」

「あ、いえ、何でもないです……」


 大剣を持った彼女はキョトンとした顔で俺を暫く見る。

 でも、すぐに口元だけをにやりと歪ませた。


「まぁ、謝んなかったらよ、アンタあたしのバスターソードの錆になってたぜ?」


 そういって怖い怖い笑顔を浮かべながら彼女は、親指で背中の大剣の柄を指した。

 間一髪、マジでセーフだったらみたい。

やっぱり古今東西、異世界だろうとどこだろうと、

悪いことをしたら「ごめんなさい」だと思った。


「にしてもよ、その……」


 大剣の彼女は怖い目つきのままゆっくりと俺へと近づいてくる。

あんまり悪い人じゃなさそうだって分かっても、

目つきが鋭いから、近づかれると物凄く怖い。

そんな彼女は少し視線を下げた。


「物凄く……きゃわゆいの抱いてるじゃねぇーかぁーッ!」


 何故か彼女の声のトーンがひとつ高くなった。

 切れ長の目はすごく丸くなって、顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

彼女は今、俺が抱いているダックスのスーへキラキラとした視線を送っている。


「なぁなぁ、この子お前の家族か!?」

「あ、えっと、まぁ……」

「そうかぁ~家族かぁ!良いな良いな、羨ましいぜこんちくしょう!」


 俺の動物法典その一。


 一緒にいる動物を家族って言ってくれる人は、

本当に動物が大好きで悪い人なんて殆どいない!


……に、大剣の彼女は該当。


 それに自分の家族を褒められるのは、口には出さないけど誇らしい。

 確かにダックスのスーは顔も整っているし、

毛並みも艶やかで、まるでモデル犬みたいに可愛いと言い切れたり。


「可愛いなぁ~! モフモフだなぁ~! 名前はなんてんだ?」

「スーって言います」

「スー!! なんて偶然だ! そうかぁ、スーかぁ! やっぱみんなちっちゃくて可愛い子が多いんだな、うんうん……な、なぁ、あのよ……」


 大剣の彼女は少しモジモジとして、俺を上目遣いで見てくる。

案外綺麗な顔をしている彼女がそうするもんだから、

ドキドキするのは男の嵯峨さがなんだろ。

だけど、この視線はスーが俺を見るのとはまた別のもの。


「触ってみます?」

「良いのか!?ホントに!?マジで!?」

「ええ! 動物が好きなら尚更ですよ」

「なんだよ、おめぇすげぇ良い奴じゃん!へへっ!」


 いたずらっぽく大剣の彼女は笑う。

そんな綺麗な笑顔に、心臓がもう一回ドキリとなった。


「そいじゃ遠慮なく……おーい、スー……」


 彼女がゆっくりとダックスのスーへ指を伸ばす。

途端、胸に抱いているスーが光り始めた。


「えっ!?」


 瞬間、スーを中心として薄紫の煙がボワンと上がった。

突然、腕のあたりがどっしりと重たくなって、俺は石の道路の上へ仰向けに倒される。

ほのかにお香のような香りを感じる。


「んー……」


 柔らかいほっぺの感触と、犬とは全然違う柔らかい感触と重み。


「スー!?」


 何故か、どうしてか俺の腕の中には人間の姿をしたスーがいた。


「マ、マス、ター……ううん~す……き…ぃ……」


 スーは俺の頬へ自分のぷにぷにした柔らかいほっぺをすりすりし続けていた。

 犬なら嬉しいけど、人間だと正常な思考が保てない!

 つか、無理!


「スー! ちょっと、君、人間に!?」


「んん~……ん!? にゅわわわッ!?」


スーは真っ赤な顔を顔をして我に変える。


『どうやら充電が完了したようだな。完了したら人間に戻る仕様だ。その前に身体が光り輝くから、万が一抱いていた際はすぐさま離してやるのだぞ』


 ブレスさんからの今さならながらの解説だった。


 何の因果かスーから出た煙が完全に捌けて、

公衆の皆様の元に、白昼堂々女の子と抱き合っている姿が晒された。


 驚いて目を見開く人、

ひそひそと何かを話ながら軽蔑の視線を送る人など様々。


 だけどそんな周りの視線なんて弾に例えれば豆鉄砲程度。

超ド級で、尚且つ研ぎ澄ませたスピアのような鋭い視線が一つ、

物凄い勢いで俺に突き刺さっている。

その発生源こそ、大剣の彼女。


「聞いたことあるぜ、エヌ帝国には、捕まえた人間を魔獣に変えて奴隷にする輩がいるってよぉ……」


 彼女は背中に差しているバスターソードの柄をギュッと握り締めていた。


「一週間スーの姿がないと思ったらてめぇがスーを拉致って魔獣にしやがったんだなぁーッ!!」

「い、いや、俺はエヌ帝国じゃ!?」

「死に晒せやぁッ!」


彼女がバスターソードを振り上げて、全く聞く耳持たず、遠慮なしに大きな刃を振り落とす。


が、


「……!」


 スーがバスターソードへ杖をかざす。

杖の先から象形文字のようなものがびっしり浮かんだ紫の楕円が浮かぶ。

それは強くて重そうなバスターソードの刀身をピタリと受け止めた。


「スー!? なんで!?」


 大剣の彼女は驚きの表情を浮かべた。


「マス、ター、エヌ帝国、違、う!」

「なんだよ、どうしちまったんだよ!? なんかこの朴念仁に何かされたんだな!? 大丈夫、あたし助けるから! スーのことをこのエヌ帝国の野郎から!」


スーは目を鋭く光らせ、息を思い切り吸い込み、


「マス、ター、エヌ帝国、違う!わた、し、マス、ター好き! わた、し、マス、ターのもの! マス、ターいじめ、るエール、大、嫌い!」


スーは力の限り、全く淀むことなく叫んだ。


「な、そ、そんな、大嫌い……しかもエールって……?」


大剣の彼女――エール――は泣きそうな顔をした。


「失せ、る! 消え、る!」

「う、う、うっ……わぁーん! スーが! スーがぁー!!」


 エールはバスターソードを引くと、子供みたいに泣き叫びながら走り始めた。

バスターソードを片手にダッシュするもんだから、

通行人はみんな危険を感じて道を開ける。

 まるで海を割る奇跡みたいにエールは人ごみを割って、

いつまでも泣き叫びながら走り去ってゆくのだった。


「立て、る?」


 先に起き上がったスーが心配そうに俺の顔を覗きながら、

手を差し伸べていた。


「あ、うん」


 スーの手を借りて、起き上がった。

なんだかんだでスーのおかげで九死に一生を得た俺は、


「ありがとう、助かったよ」


 そういうとスーの顔は一瞬で真っ赤に染まって、小さくコクりと頷いた。

だけどスーはそれっきり黙ってその場で肩を小刻みに震わせたまま、顔を俯かせていた。


「どうかしたか?」

「……」

「スー?」

「……っこ……」

「?」

「頑張った、から……抱っ、こ、……」


 真っ赤っかな顔のまま、身長の低いスーが俺を見上げてくる。

その破壊力に、俺の羞恥心のゲージは一瞬で吹き飛んだ。


「あ、いや、それは!?」

「……ッ!」


 突然、スーはピョンと飛んで、俺の胴の当たりへ飛びついてきた。


 再度ギャラリーからの色々な視線が俺に突き刺さる。

すごく痛くて、厳しい視線が遠慮なく次々と俺のガラスのハートに突き刺さる。


「ス、スー! それは!?」

「……にゅふー……」


―――スーさん、勝手に胸に飛び込んできて一人で落ち着かないで!


『犬でも人間でもスーはスーだ。犬の時のように優しく、ラブラブに抱きしめてあげれば良いじゃないか!HAHAHAHA!』


 妙に響きの良い、ブレスさんの笑い声が聞こえる。


「無理です!無理!」

「にゅー……」

「だからスーも、早く離れて!」


だけど俺の願いは届かず、俺のガラスハート&メンタルは、

しばらくの間公衆の面前で厳しさに晒されるのだった。


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