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六章4:涙と気持ちと迫る危機 【前編】


 俺はスーを追って、コーンスターチの獣神殿を飛び出した。

 コーンスターチの街中は、昨日まで帝国の侵攻に怯えていて、

どんよりとした空気に包まれていたけど、

ひとまず脅威を退けたことに安堵したのか、

穏やかな空気に包まれていた。


 雑踏の中へ視線を巡らせたけど、スーの姿は無い。


――どこへ行ったんだろう……?


 スーの泣き顔を思い出して、

胸が締め付けられるように痛かった。

 いつもスーは笑っていることが多いから、

そのギャップが余計に俺を苦しめる。

 この事態を招くきっかけを作ったのは俺。

 だからこそ、自分自身でちゃんとスーに説明をしたい。

 それ以上に放って置けない。



『焦るな少年。まずは落ち着け』

「でも!」

『まさか忘れた訳ではあるまいな? 少年とスーはエクステイマーで結ばれているのだぞ? スーが少年のことを探せるように、君もスーのことを探せるのだぞ?』

「そ、そうでしたね。そう……」


 本当に焦っていて、忘れてた。

 肝心な時に、的確なアドバイスをくれた、

ブレスさんに感謝しつつ、そっと目を閉じる。


 摩力の流れを探る時のように、心を落ち着けて、

意識を一点に集めるイメージをしてゆく。

 周りの世界が一気に離れて行って、

雑踏の音が遠くに聞こえるようになる。

 近くにスーの気配はない。

 だけど彼女の居場所ははっきりと感じられた。


 コーンスターチの城門を出て、

離れたところにある小さな湖のほとりに、

スーの気配が感じられた。

 俺は急いでそこへ向かってゆく。

 城門から一歩踏み出せば、

そこには激しい戦闘でより荒れてしまった、

コーンスタ―チの大地が広がっている。

 無残にも踏み荒らされた草木、

散らばっている武器の残骸。

 帝国の残した爪痕に胸をより痛めながら、

俺は目的地へ走って行き、

暫く進んだ先にある小さな林の中へと飛び込んでゆく。


そして見えた。


 林の奥にある湖のほとりで一人、

膝を抱えて蹲っているスーの姿を。


「はぁ、はぁ、はぁ……ス、スー、足早いね……よくこんな短い時間でこんなところまで……」

「マス、ター……?」


 振り返ってきたスーの顔を見て、

胸が痛む。

 涙で目を真っ赤に染めているスーの顔を、

俺はすぐに直視できなくなる。

 すると、スーは突然立ち上がると、

俺の胸の中へ飛び込んできた。

 いつもならきっと突然のことに動揺していた筈。

 だけど今は胸の痛みが勝っていて、

そんな反応は起こらなかった。


「マス、ターも、邪魔、思って、ます、か?」


 スーは小声で呟く。

 そのか細くて、

不安そうな声に俺は何も返すが言葉ない。


「マス、ター……」


 だから俺は彼女の小さな頭を、

そっと撫でることしかできなかった。


「わた、し、みん、な、と一緒、に居たい……」

「……」

「マス、ターと、一緒に……!」

「……ごめん」


 出た言葉はそれだけだった。

 スーは肩を震わせながら、

涙で真っ赤に腫れた目を俺へ向けてくる。


「どうし、て、ですか?」

「それは……」

「わた、し、役、立たず、です、か?」

「……」

「マス、ター!」

「違うんだ……」


――きちんと言わないと。


 ここで俺の気持ちをはっきりと伝えないと、

きっとスーは納得してくれない。

 いや、納得してもわなきゃ、俺自身が困る。

 俺はそっとスーを胸から離して、彼女を見据えた。


「スー、俺は、その……もうスーに傷ついて欲しくないんだ。これから帝国との戦いはもっと厳しくなる。もう、スーにはこれ以上無理をさせたくないんだ。俺たちの傍に居ちゃ、スーは危険な目に合うんだ。だから……」

「い、やっ!」


 スーは眉を吊り上げて、珍しく鋭い視線を投げかけてくる。

 初めて見た、尖り切った彼女の視線に、

俺の胸は嫌な動悸どうきを得る。


「わた、し、一緒! みんな、と、マス、ター、と……危険、全然、平、気!」


 強くて、意志の強い眼差しは、

俺の胸を締め付ける。


――ダメなんだ、スー。それじゃダメなんだよ……


 俺はスーの肩を強く掴んだ。

 すると、スーの体がビクンと震えて、

言葉が止まった。


「マス、ター……?」


 少し怯えたようなスーの視線が向けられる。


「スーは平気かもしれないけど……でも、俺がダメなんだ……もう、これ以上、スーが傷つくのはもう……耐えられないんだよ……」


 気が付くと、俺はスーを胸の中へ強く抱いていた。

 小さくて、もう少し力を入れてしまえばすぐに壊れてしまいそうに

思えるくらい華奢な体。

温かくて、優しくて、柔らかいスーの感触。

身体が触れ合っているだけで、想いが膨れ上がってくる。


――大切にしたい。スーにはこれ以上傷ついて欲しくない。


 ホップの時から、もう俺はスーの存在が、

無くてはならないものになっていた。

 自分でも驚く位、彼女を失いたくないと強く思っている。


「スーにはずっと元気でいて欲しいんだ。もう危険な目に合って欲しくないんだ……邪魔とか、そう云うのじゃないんだよ……」

「……」

「ずっと笑っててほしいんだ。スーには、ずっと、ずっとこれからも……だって、俺はもう……」

「ッ!」


 瞬間、スーが体を強張らせて、

俺を思いっ切り突き飛ばす。

 何が起こったのか分からず、

俺はそのまま尻餅をつく。

 刹那、さっきまで俺とスーが居た場所には、

小さな爆発が起こっていた。


「ガハハハッ! 良い雰囲気のところ済まなかったな!」


 聞き覚えのある野太い声が、

俺の鼓膜を揺さぶった。

 スーはくるりと地面の上を転がって、

杖を召喚して突き付けながら、


「キジン、ガ―ッ!」


 杖を突き付けた先には、以前水の国ドラフトで出会った

エヌ帝国三魔獣将の一人、

鳥型の鎧を装着したキジンガ―が佇んでいた。

 前とは鎧の様子が少し変わっていて、

随所に機械的なパーツが確認できる。


「久しいな表世界の者どもよ! 砲魔獣将を改め、大魔獣神閣下から新たな力を授かりバージョンアップした【大魔獣キジンガ―』! 貴様らに傷を受け復讐に燃える戦士よ!」

「どうして、お前、ここ、に!」


 スーは杖の先に紫の炎を躍らせながら叫ぶ。


「勇ましいな小童こわっぱ!」

「目的、喋るッ!」

「ガハハッ! まさかそのように出るとはあっぱれ! 良かろう! 教えてやろう! 見ての通り、この俺は【チート】を殺しに来たまで! そのためにずっとなりを潜め、機会を伺っていたのだよ! ガハハハハ!」


 キジンガ―は饒舌じょうぜつに喋っているけど、

全く隙が無かった。

 以前にも増して、

キジンガ―の力が上がっているのが感じられる。


「そう、は、させ、ない!」

「止めろ、スーッ!」


 俺の静止を振り切って、

スーはまっすぐキジンガ―へ向かって行った。


「ナイト、オブ、ファイヤー!」


 スーの叫びに呼応こおうして、キジンガ―へ向けて杖の先から

紫の炎が放たれる。


「フン!」


 キジンガ―は片手を振っただけで、

スーが放った炎をかき消した。

 奴の姿が風のように消える。

 

「にゅっ!?」


 スーが気づいた時にはもうキジンガ―は目前に迫っていた。

 キジンガ―の腕へ、大きな斧が召喚される。

 危険を感じたスーは咄嗟に杖を掲げた。


「死ねぇっ!」

「プロ、テクトッ!」


 キジンガ―の斧とスーの展開した防御陣がぶつかりあって、

空中で輝きを放つ。

だけど力の均衡は一瞬だけ。

次の瞬間にはもう、スーの展開した防御陣はキジンガ―の斧で、

まるでガラス細工みたいに粉々に砕け散っていた。

 斧の刃は辛うじてスーを切り裂かなかったけど、

強い衝撃は華奢なスーの体を思いっ切り突き飛ばす。


「スーッ!」

『えいやっ!』


 阿吽の呼吸でブレスさんに肉体強化を施してもらって、俺は飛んだ。

 辛うじて空を舞っていたスーを、

抱き留めることに成功する。

 俺はスーを抱いたまま、

背中から地面へ叩き付けられた。


「ス、スー……」

「マス、ター……」

『いかん! 二人とも早く立つのだ!』


 鈍い足音が聞こえて、

地面に蹲る俺とスーへ黒い影が落ちる。

 俺とスーを覗き込むキジンガ―はスーの首根っこを掴んだ。


「スーッ!」


 無情にもキジンガ―は抵抗する力が無いスーを、

俺から引きはがした。

 するとキジンガ―の右目の辺りに装着されている機械的な部品が

スーへ向けて赤い光を放った。

光はスーの体を頭のてっぺんから、踵まで隈なくなぞってゆく。


「ほう、この摩力興味深い!」

「スーを離せぇー!」


 俺は勢い任せに飛び起きて、

キジンガ―へ飛びかかった。


「ふん!」

「ぐはっ!」


 キジンガ―のつま先が俺の顎を遠慮なく蹴ったぐる。

 俺は綺麗な孤を描いて吹っ飛んだ。


『少年! 無事か、少年ッ!』

「は、はい……!」


 口元の血を拭いながら立ち上がる。

 

「ガハハハッ! チート、さては貴様この小童に惚れておるな?」


 キジンガ―は愉快そうに云い放つ。


「ああ、そうだよ! そうだとも! だから離せッ! スーを返せ!」


 殴られて頭が少しグラグラしていたためか、

俺はやけくそ気味に叫ぶ。

 するとキジンガ―が片手を上げた。

 奴が伸ばした人差し指に赤い輝きが宿る。


「ふむ、素直で宜しい! では、その想いに免じてせめもの温情をかけてやろう!」


キジンガ―の赤い輝きが宿った指先が、

スーの背中を迫る。


「や、やめろー!」

「にゅわっ!?」


 俺の声も空しく、

キジンガ―の指先はスーの背中へ突き刺さった。


「にゅ、にゅわ、にゅ……うにゅ……!」


 スーは苦しそうに身体を痙攣させて、

目を白黒させている。

 やがてキジンガ―はスーの背中に突き刺した指を抜いて、

彼女を離した。

 スーは糸が切れた人形のように地面へ崩れ去る。


「そ、そんな……スーが……」


 ピクリとも動かなくなったスーを見て、声が震えた。

 胸がより痛んで、全身から力が抜けてゆく。

 大きな喪失感が俺の体をくまなく席巻して、俺から体の自由を

遠慮なしに奪い去ってゆく。


「案ずるな、見てるがいい!」


 突然キジンガ―はそう叫ぶと、

スーへ向けて腕を翳した。


「イナジャ・ンモムノ・テンナケサ……蘇るが良い! 黒龍よッ!」

「……!」


 スーがゆらりと立ち上がった。

 彼女はまるで何事も無かったみたいに両足でしっかりと地面を踏みしめる。

 だけど首は擡げたままだった。

 彼女の身体から紫の炎が噴き出て、全身を包みこむ。

 それは膨張して、広がり、そして、


【ギャオォォォーン!】


 見上げるほど巨大な黒龍が、黄金の瞳で俺を見下ろしていた。

 

「これは……俺は何も……?」


 命令無しにスーが変身したことに驚きを隠せなかった。


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