六章3:決断と別離と獣神会議
『それでは皆からの報告を聞こう』
辛くも帝国の侵攻を防いだ俺たちは、
コーンスターチの会議場に集まっていた。
天井の無い会議場の上は曇天が覆いつくしている。
それはあたかもここに集まったみんなの心の中を、
表しているようだった。
「じゃあ、僕から……」
少し元気のない様子でピルスが挙手する。
立ち上がろうとしたけど、少しふら付いて、
隣に座っていたランビックが心配そうにピルスを支える。
ピルスは頭を振って背筋をしゃんと伸ばすと、
ランビックの支える手をやんわりと解いた。
「ドラフトはもうダメだったよ。僕らの艦隊は全滅。水の国はもう……」
『そうか……ご苦労だったな、ピルス。報告ありがとう』
議長役のブレスさんがそう云うと、
ピルスは静かに座った。
「補足しておくけど、シュガーも相変わらずよ。アルデヒト、ドラフト、そしてシュガーの三大陸はもう既に敵にもの。ビアルの半分を奪われたといっても過言ではないわ」
静かにそういうランビックの声に、
会議場の空気は一気に温度を下げる。
『ホップの状況はどうかね? ボック、エール?』
今度はエールが立ち上がった。
「復興との平行で防衛だ。守るだけで精一杯だな。今、攻めてこられちゃたぶんひとたまりもねぇな」
『ボックよ、君の意見はどうかね?』
ブレスさんに問われてボックさんが立ち上がる。
「私もエールの意見と同様です。今の状況は決して楽観できるものではありませんね……」
『ふむ……では最後にアルト、ラガーの状況を教えてくれ』
最後にアルトが立ち上がった。
彼女もまた険しい顔をしていた。
「次はたぶんラガーだと思います。そして地続きのコーンスターチを……」
アルトの言葉聞いてボックさんが肩を落とす。
――きっとバンディットのことを心配してるんだろうな……
アルトが言い終えて座ると、会議場に静寂が流れた。
誰もがエヌ帝国との戦いに疲れ切っている様子だった。
――この状況を変えるには……もう、迷っている暇は無い。
決断が遅れれば遅れるほど、きっと取り返しがつかないことになる。
それはつまり、表世界がエヌ帝国のものになること。
そうなれば平穏は奪われて、此処は文字通り暗黒の時代を迎えてしまう。
もうこの世界に来て随分時間が経って、
俺の中には愛着が芽生えていた。
――守りたい。みんなの笑顔を、そして明日を!
気持ちが固まっているのを確認した俺は、
ゆっくりと立ち上がった。
すると一斉にみんなの視線が俺へ集まってくる。
「みんな、聞いて欲しい。俺は……俺は、裏世界へ行こうと思うんだ」
誰からの異論もない。
「このままじゃいたずらに時間を浪費するだけで……上手く言えないけど、ダメだと思うんだ。五獣神や、合体した大獣神は無敵だ。だからこそ、未だ少し余裕が残っている内に、エヌ帝国を一気に叩いた方が良いと思うんだ」
『勝算はあるのかね?』
ブレスさんから低い声で問いが出る。
いつもだったらきっと動揺するような声音。
だけど俺の胸の内は落ち着いている。
「大丈夫です。きっと。五獣神となら!」
俺は獣神達をぐるりと見渡した。
「まっ、ブレスが云う通りはっきり勝算がある訳じゃねぇけどよ、分かるぜマスターの気持ち!」
エールは逞しい笑顔を返してきてくれた。
「そうですね。このまま分散して戦っていても、こちらが消耗するばかり。ここは一気に攻め込むのが妥当だと思います」
ボックさんも賛成な様子だった。
「おっしゃ! その言葉待ってたよ! 腕が鳴るぅー!」
ピルスは元気よく立ち上がって、
「はぁ……でも、仕方ないわね、この際……ピルス、あんた今回ばかりは一人でバカみたいに突っ込むのはダメだからね!」
ランビックも口調は厳しいけど、
同意してくれたようだった。
「なら決まりですね! 燃えてきたぁー!」
アルトは立ち上がって闘志を滾らせていた。
「みんな……ありがとう! 俺の言葉を信じてくれて!」
嬉しくなった俺はみんなへ頭を下げる。
すると獣神達は少し恥ずかしそうに笑った。
『どうやら皆の意志は決したようだな。ならばこのテイマーブレスは何も言わん! 必ずや大魔獣神とエヌ帝国を倒し、表世界へ平和をもたらそうぞ!』
会議場にいる誰もが強い頷きを返す。
――心と意志は今、一つになった。後はもう一つの考えを伝えないと……
「ごめん、もう一つ云いたいことがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
そう云うと、またみんなの視線が俺へ集まってくる。
「あのさ、それでスーのことなんだけど……スーは置いていこうって思うんだ」
途端、再び会議場に静寂が訪れる。
エール辺りはスーのことが大好きだから反対を云うと思ったけど……
いや、むしろ好きだからこそ逆なのかもしれない。
「これはみんなと俺の戦いだ。いわば、大獣神と大魔獣神との戦いと云っても良い。だからこそ、そんな危険な戦いにスーは連れて行きたくないんだ……」
「あたしは賛成だ」
真っ先にエールが声を上げた。
「云っちゃあれだが、もうスーじゃ太刀打ちできねぇ程敵の勢力は増してる。正直、こないだの戦いを見てそう思った。さすがに裏世界じゃ、戦うのに必死でスーを守る余裕はねぇ」
「エール、貴方……」
エールは彼女を見上げるボックさんの肩を叩く。
「私もエールに賛成です。スーは十分に戦いました。以降は私達とチートさんで戦いましょう」
アルト、ピルス、ランビックからの反論は無かった。
どうやら俺の意見は承認されたらしい。
正直、云うとスーと離れるのは寂しい。
スーに特別な感情を持ったから、それは尚更だ。
だけど同時に、スーにはもう危険な目に合って欲しくない。
もうこれ以上彼女が傷つくのは耐えられない。
――これで良いんだ、これで……
「マス、ター……」
か細い声が聞こえて、俺は思考の中から強制的に呼び戻された。
獣神達も一斉に会議場の入口へ視線を集める。
扉には包帯や絆創膏をたくさんつけたスーがもたれ掛っていた。
スーはよろよろとおぼつかない足取りで、近づいてくる。
だけど体が上手く動かないのか、足をもつれさせた。
咄嗟に立ち上がったエールがスーを抱き留める。
「エ、エーちゃん……わた、し……」
「……」
「わた、し、戦、う! みんな、の邪魔、なら、ない!」
「……」
「わた、し、一緒、いる! みんな、と、一緒、にエヌ、帝国……」
「止めとけ」
エールは静かに、呟くようにそう云った。
「エー、ちゃん……?」
「ごめん、正直に云うわ。スーが居てもぶっちゃけ役たたねぇし……さすがに今の状況であたしら、スーまで守る余裕ないんだわ。だから……」
「やっ!」
スーはエールを突き飛ばした。
「ボッ、クッ!」
スーの言葉にボックさんは視線を逸らした。
「ピル、ス! ラン、ビックッ!」
ピルスとランビックは静かに目を伏せて何も答えない。
「アル、トッ!」
「クッキーの時はスーに感謝してるよ。でも……ごめん、それはそれでこれはこれだから」
アルトも後ろ髪を掻きながらそう云った。
「マス、ター!」
涙ぐんだスーの顔を見て、
胸が締め付けられるほど痛かった。
――だけどこれ以上スーが傷つくよりも、この痛みに耐えた方が良い。
そう自分に言い聞かせる。
「わがままもいい加減にしろ!」
その時、エールがスーの肩を思いっきり掴んだ。
「だからみんなスーが居ちゃ戦いにならねえぇって云ってるんだよ! つか、少なくともあたしはそう思ってるんだよ! それにこれは五獣神と大魔獣神との戦いだ! もうスーは関係ねぇんだよ!」
「……エー、ちゃんのバ、カァーッ!」
スーは涙を振りまきながら会議場を飛び出してゆく。
エールは力なく、椅子に座り直した。
「今の言い方は少し酷くはありませんか?」
ボックさんが静かにそう云う。
「良いんだよ、アレで。スーは案外頑固だからな、これぐらい言わなきゃ聞かねぇんだよ……」
「全く、貴方という人は……不器用ですね?」
「うるせぇ、ほっとけ」
重苦しい沈黙が流れる。
――元はと言えば、俺が言い出したこと。
これが原因でスーとエールの間に罅が入るのは嫌だった。
――それに言い出しっぺなのに、俺の役目をエールが買って出てくれた。
エールもスーの身を、俺と同じくらい案じてくれている。
でも、云う通り彼女は不器用だから、
ああいう言い方しかできなかっただと思う。
――このまま見過ごしたくない。
俺はテイマーブレスをはめると、椅子から立ち上がった。
「マスター、どちらへ?」
アルトが聞いてくる。
「ちょっと野暮用を思い出してね。申し訳ないけど退出するよ。みんなはこのまま裏世界への突入計画を立てて置いて」
誰からも反応は帰ってこない。
俺は入り口近くに座っていたエールの肩を叩くと、
「ありがとうエール。後は俺に任せて」
「……ワリィな、マスター……」
「大丈夫。ちゃんと説得するから」
俺はエールへ笑顔を送ると、会議場を出たのだった。




