六章2:君を想う俺の気持ち
「スーッ! あそこを攻撃だ!」
【ギャオォォーン!】
俺が黒龍になったスーの上で叫ぶと、
猛々しい咆哮が返ってきた。
黒龍のスーは顎を大きく開いて、
口の奥へ素早く紫の輝きを収束させる。
爆ぜるように噴出す、紫の炎。
それは下に群がっていたギネース兵の集団を焼き尽くして、
黒い粒子へ分解する。
倒した数は多い。
それでも蠢くギネース兵のほんの一部を倒したに過ぎなかった。
「「この一戦! コーンスターチの命運を握るものなり! 皆の者、心せよ! とぉーりゃー!」」
コーンスターチの大地を蹴って、元剣魔獣副将のウルフ兄弟が
犇めくギネース兵の集団へ切り込んでゆく。
彼らに続いて、俺の従えたギネース兵も突撃を仕掛けて行く。
『二時方向より機影を確認! いかん! 空中戦艦だ!!』
ブレスさんが叫ぶのと同時に、雲の間からエヌ帝国の空中戦艦ボトルの
編隊が威容を現した。
空中戦艦ボトルは揃って後部ハッチを開く。
曇り空のコーンスターチの上空は一瞬で、
鳥型の魔獣:ヴァイツェン航空兵団に埋め尽くされた。
航空兵団は次々と爆弾の投下を始める。
爆弾はウルフ兄弟に加えて、味方のギネース兵が近くにいても、
見境なく投下されてゆく。
――このままじゃウルフ兄弟が危ない!
「スーッ!」
俺のを声を受けたスーは再び紫の炎を吐いた。
今度は炎を牙に当てて拡散させる。
細かくそしてたくさんになった炎はピンポイントで、
ヴァイツェン航空兵団を撃墜してゆく。
それでも焼け石に水。
敵の数はまだまだ多くて、全然減る様子を見せない。
依然、航空兵団の爆撃は続いていて、地上のみんなはその脅威に晒されている。
【ギャオォォォン!】
スーも一生懸命空を飛びながら、敵に立ち向かっている。
だけど数で圧倒的な数に押されて、上手く立ち踏まえていない。
その時、一発の爆弾がスーの尻尾の辺りに当たって爆発した。
【ギャオー!!】
スーは苦しそうな叫び声を上げる。
「スー! 大丈夫!?」
【グ、グルゥ……!】
スーの辛そうな唸り声を聞いて、胸が痛くなった。
――スーが苦しんでいる。きっと痛いのを我慢してる……
本当はスーに戦わせたくない。
痛い想いをさせたくなく。
だけど、今俺が頼れるのはスーだけだし、
スーが居ないと、この場はもうどうしようもない。
――早く戦いを終わらせないと。
早くスーを楽にしてあげたい。
痛い想いをしなくても良いようにしたい。
でも、そんな願いは一向に止まない帝国の攻撃で、
見事に打ち砕かれる。
帝国の軍団へ幾ら攻撃を加えても、
勢いは止まらず、スーは余計に傷つく。
ホップで感じたスーへの特別な想いは、
スーが戦いで傷つくたびに、俺の胸を苛んでいた。
「くっそぉぉぉ!」
『少年ッ!』
俺の憤りの叫びに、焦った様子のブレスさんの声が重なった。
気が付いたときにはもう、空中戦艦ボトルから放たれた砲弾が、
スーのわき腹へぶつかっていた。
【ギャオォォォン!】
「うわっ!?」
直撃を喰らったスーは、まっすぐと地面へ落下してゆく。
俺は辛うじてスーの鱗を掴んで、吹っ飛ばされずに済む。
だけど落下の衝撃は一瞬、俺の体を痺れさせた。
目の前には、落下したスーへ群がるギネース兵。
上には未だ、空を埋め尽くすヴァイツェン航空兵団と、
空中戦艦ボトルの艦隊が威容を晒している。
「獣神達さえいれば……大獣神さえ……!」
口から自然とそんな弱音がこぼれ出る。
でも、獣神達を、
コーンスターチから出国させたのは自分に他ならない。
帝王エヌが大魔獣神として復活して以降、
帝国の侵攻は前にも増して勢いづいていた。
そして俺たちがホップでイヌ―ギンと戦っている間に、
水の国ドラフトが奪われた。
領土を拡大して、勢力を増したエヌ帝国は、
一気に攻勢に出て、今に至っている。
そんな状況だから俺はビアルを守るために、
獣神達をそれぞれの国へ向かわせていた。
――俺の判断が甘かったってことか……
俺とスーだけじゃ守り切れないという事実が突き付けられる。
「クソッ!」
【グ、グルゥ……】
黒龍のスーが弱々しく目を開いて心配そうな唸り声を上げる。
ボロボロのスーを見て胸が痛む。
――もし、コーンスターチに一人でも獣神達の誰かを残していれば、スーはこんな……
刹那、背筋に悪寒が走った。
咄嗟に視線を上げれば、ヒュウ、と音を立てながら、
空中のヴァイツェン航空兵団が一斉に足に括り付けた爆弾の投下を始めていた。
黒い鉄塊が、俺とスーを容赦なく吹き飛ばそうと迫っている。
身体が痺れたままの俺は、ただ眺めることしかできない。
その時、落下していた鉄塊へ金色の影が過る。
瞬間、爆弾は頭上で大爆発を起こした。
「大丈夫か! マスター、スーッ!」
「エ、エール……?」
俺の脇へ、エールが降り立ってきた。
「どうして君が……君は確かホップへ……?」
「バッキャロウ! ヤな予感がして、飛んで来たんだぜ! んったく、こんな予感ばっかあたって嫌になっちまうぜ」
エールは苦笑いを浮かべる。
彼女はそっと黒龍のスーへ屈むと、
黒光りする鱗を撫でた。
「あたし達がいない間、マスターを守ってくれてありがとうな。あとは任せな!」
【キュアコォーン!】
【グガオォォォン!】
俺とエールの上を、雄々しく翼を広げたローズフェニックスと、
レッドドラゴンが過った。
ローズフェニックスの竜巻が、
レッドドラゴンの火炎が、
ヴァイツェン航空兵団を焼き尽くす。
「エール! 参りますよ!」
後ろから飛んで来た着鋼済みのボックさんと、
「へへっ! 腕が鳴るぅー!」
結晶装着をしたピルスが現れて、群がるギネースへ向かって行った。
「おいこら! てめぇら待て!」
エールも慌ててバスターソードを持って飛んだ。
「獅子爪拳ッ!」
ボックさんの拳から繰り出される空気の刃は敵を引き裂く。
「沸いちゃって! お水さんッ!」
ピルスが手を一回叩いて、大きく広げると、
岩の大地から突然水が噴き出してきて、
たくさんのギネース兵の動きを止める。
「おっし! 下がれ、ボック、ピルスッ!」
エールが叫ぶと、二人は地面から飛んだ。
エールはバスターソードを構える。
彼女の体と、巨大なバスターソードに金色の電撃が浮かんだ。
「ブゥライトォ! サンダークラッシュッ!」
エールの放った電撃が勢いよく水に飲まれたギネース兵へ突き進む。
水は電気を拡散させ、飲み込まれていたギネース兵を次々と焼き尽くしてゆく。
瞬時に群がっていたギネース兵は溶けてなくなった。
すると、ギネース兵の居なくなった大地が割れて、
そこから岩巨人コウボが複数体姿を現す。
コウボは素早くギネース兵を吸収して巨大化させた。
巨大化したギネース兵が迫る。
その時、テイマーブレスから五色の輝きがあふれ出た。
『少年よ!』
「はい!」
勝利を確信した俺はブレスさんに応えて、
戦乙女のテイマーカードを取り出す。
「ニド・ホドホ・ハケ・サオォ―ッ! 現れ出でよ! 表世界の創世神:大獣神ッ!」
テイマーブレスから赤、緑、黄、青、桃の輝きがあふれ出て、
獣神達を包み込む。
【ゴオォォォッ!】
目の前に現れた神々しい鋼の巨神。
神々しく佇み、五色の装備を身に着けた巨神は荘厳な雰囲気を放つ。
その名も、表世界の創世神大獣神。
「大獣神ッ! エヌ帝国を蹴散らせ! コーンスターチを守るんだ!」
テイマーブレスを掲げて、大獣神へ命じる。
【ゴォッ!】
大獣神は大地を震撼させながら、
ゆっくりと巨大ギネース兵へ向かう。
【ギネェースッ!】
巨大ギネース兵が一斉に大獣神へ斬りかかった。
しかし大獣神はあっさりとラウンドシールドで斬撃を受け流す。
間髪入れずに腰から巨大な片手剣を抜いて、
ギネース兵を切り伏せた。
「「大獣神に後れを取るな! 我らも参るぞッ!」」
ウルフ兄弟を中心に、ギルドメンバーも勢い付いて、次々とギネース兵を撃退し始めた。
そんな大獣神やみんなの上を、
ヴァイツェン航空兵団と空中戦艦ボトルの編隊が覆った。
「好きにさせるか! 大獣神! ショット・ラン・スターだ!」
【ゴオォッ!】
大獣神は空へ向けて両手を翳す。
巨大な十本の指の先に穴が現れた。
穴から次々と風の弾丸が発射されてゆく。
風の弾丸は正確にヴァイツェン航空兵団を捉えて、
次々と撃ち落としてゆく。
空を覆いつくしていた航空兵団はほんの一瞬で、
大獣神の攻撃によって全滅した。
ゆっくりと、空中戦艦ボトルの艦隊が後退を始める。
同時に地上のギネース兵の軍団も、剣を引いて撤退を始めた。
やがてコーンスターチの城門まで迫っていたエヌ帝国の軍勢は姿を消す。
どうやら、辛うじてコーンスターチの防衛はできたようだった。
「にゅ……たた、かい、は……」
後ろを振り返ると、
ボロボロのスーがフラフラと俺に近づいてきている。
そして俺の腕の中へ倒れ込んできた。
「大丈夫。みんながやっつけたよ」
「にゅ……わた、し、何、も……」
スーは弱弱しく、だけど悔しそうに俺の腕の中でつぶやく。
そんなスーの頭を俺はくしゃりと撫でた。
途端、スーは腕の中で静かな寝息を立て始める。
「スー……」
酷い有様のスーを抱いて、胸が激しく痛む。
――このままで良いのかな……
日に日にビアルの戦火は拡大している。
俺たちには大獣神がいるけど、
このまま悪戯に戦い続けるのはただ体力と時間を浪費するだけだと思う。
それに……
静かに寝息を上げているスーの顔を覗く。
ビアルに来てから今日までスーとはずっと一緒に旅をしてきた。
そしてホップの時、俺の中にスーに対する別の感情が芽生えた。
ずっと旅の仲間だと、
妹みたいだと思っていたけど、今は……
――もうこれ以上、スーには傷ついて欲しくない。
スーと一緒に居たい。
でも、こうして一緒にいることは彼女を傷つけることになる。
それはもう嫌だった。
そんな想いが不意に胸の奥から沸いてきたのだった。




