二章2:三年前と説明と俺の役目
『今から、君の時間感覚で言うところの三年前、ビァルの中心として栄えていたアルデヒト大陸にある封印の大洞穴が崩壊を始めたのだ。そしてそこから表世界を滅ぼそうと、裏世界に封じられていた邪悪な存在:大魔獣神が現れたのだ!』
俺はダックスフントになったスーを抱いて、
ブレスさんの話を聞きながら、
未だ荒れた岩場を歩いていた。
正直足場が悪くて無茶苦茶歩きずらい。
空も少し明るくなってきているから結構長い時間歩いてると思う。
実は凄くヘトヘトなんだけど、そんな様子をスーは察してくれているのか
心配するように手の甲を舐めてくれる。
「スー、くすぐったいって」
【クゥー】
可愛い犬のスーを見ていると、自然と頑張る気が起きる。
だから今でもこうして歩き続けていられるのだった。
――ブレスさんの話を聞くのはちょっと億劫だけど
『大魔獣神の復活に恐怖した表世界の住人はこの世界を支える五獣神へ祈りを捧げた。すると! その願いが通じて、なんたる奇跡か! 五獣神が表世界に降臨したのだ!』
ブレスさんの喋りは益々勢いを増してゆく。
『そして更なる奇跡が! 五獣神は創世の姿である大獣神へ合体を果たしたのだ! ビアルに降臨した創造主大獣神は果敢にも、ビアルに仇名す大魔獣神との戦いを始めた! 戦いは三日三晩続き、相討ちに持ち込めたものの、大獣神の魂はまた再び五つの獣神へと戻ってしまった!』
「もしかしてその時、大獣神は結構な傷を負ったんですね?」
『統一された魂が再び分裂するほどなのだからな。それはもう相当な』
「じゃあ、俺が最初に出会った大獣神ってもしかしてその後の?」
『おお! よく察したな! 見事な成長だ少年!』
なんか褒められた。
でも褒められるのって、どんなことでも案外嬉しいもんだよね。
『傷ついた大獣神は最後の力を振り絞って、エクステイマーと私テイマーブレスを授けるに相応しい魂を転生させ、エヌ帝国の脅威からビアルを救おうとしたのだよ』
「ブレスさん、名前の強調止めましたね?」
『さすがにやり過ぎは寒いと思ってな。と、いうか今そこを突っ込んでる場合かね?』
ブレスさんに諭されて、最だと思った俺は、
「すみません、ふざけ過ぎました」
『わかればよろしい。今は真剣な話の時なのだからな』
「ごめんなさい。続けてください」
『うむ。少し話を戻して……大獣神と大魔獣神との戦いは相討ちに終わり、再び五獣神となって表世界に散った。力の源である獣神晶は傷つき、獣神は滅んだも同然だった。そんな表世界へ突然裏世界から魔獣を率いた帝王エヌを王とするエヌ帝国が現れたのだ!』
エヌ帝国……
さっきの俺やスーに襲いかかってたギネース兵とかいう、
スライムを従えている連中のことらしい。
『突如として表世界への侵攻を開始したエヌ帝国は、裏世界へ続く大洞穴を擁する、ビアルで最も豊かで巨大な大陸アルデヒトへの侵攻を開始した! ビァルの人々は混乱したが、その時現れたるは大将軍コエド=ブルワ! 彼に率いられたビァルの連合軍は、獣神を失い摩法の力が減退した中でも勇敢に立ち向かっていったが、だがしかし!』
すっごくノリノリのブレスさん。
少しやかましいけど、茶々をいれたら可愛そうだと思って、黙っておく。
『コエド将軍は玉砕し、アルデヒトはエヌ帝国の手に落ちてしまった! 今や、近隣の風の獣神ローズフェニックスを信奉していた島国シュガーさえも奴らの手に落ちてしまったのだ! しかしビアルの一大事に名乗りを上げたのが、そう戦闘協同組合ギルドッ!』
「ギルド?」
『そう! 元々は獣の討伐や、採集を生業としたハンター達の協同組合だったが、ビァル連合正規軍が壊滅した今、彼らこそがビァルの剣となり盾となると勇ましい名乗りを上げ、エヌ帝国との戦いを始めたのだ! 彼のおかげでエヌ帝国の侵攻は辛うじて奴らの支配地域はアルデヒトとシュガーに収まっている。だがしかぁーし、劣勢に変わりはなく、いつその力の均衡が破られてもおかしくはない! そこで呼び出されたのが君なのだ少年!』
「スー、くすぐったいって」
【クゥー】
『しっかり聞くのだ少年!』
なんかまたブレスさんに怒られた。
「すみません……」
『しっかりしたまえ! 君はエクテイマーと私を駆使して、獣神を蘇らせ、ビァルをエヌ帝国の魔の手から救うのだ! そのために君はココへ転生したのだ! 君こそ、ビァルの希望! 世界の命運を握る鍵なのだから!』
つまりこういうことか……
三年前に大獣神と大魔獣神が戦った結果は相打ち。
大獣神は合体が解けて、獣神に戻った。
――たぶんこの瞬間に俺は力を授かったんだろう。
話を戻して戦いが激しすぎて【獣神晶】ってのが傷ついて、獣神は死んだも同然になった。
そんな時エヌ帝国が裏世界から現れて、侵攻を開始。
【コエド将軍】って人が頑張って戦ったけど負けちゃって、
代わりに【戦闘協同組合:ギルド】っていうのがエヌ帝国と戦ってる。
だけどアルデヒト大陸と島国シュガーは占領された。
ここでようやく俺が転生。
今の状況を覆えして、表世界を救うために獣神を探す必要がある。
……やっぱり凄く壮大な話に繋がった。
ブレスさんにこう言われるのはもう二回目だから、最初ほど驚かない。
でもやっぱり、俺なんかがそんな大それたことができるんだろうか?
それ以前に、世界の命運だなんてピンと来ない。
「あのブレスさん、一個質問あります」
『何かね?』
「俺の転生って、時間的には三年前になるんですよね? じゃあなんでその瞬間に転生しなかったんですか?」
『それはだな、獣神が化身……つまり人の姿に転生して、活動を開始したのが今から約一年前なのだ。一年経った今、化身達はそれぞれ活動を開始していると思う。つまり探しやすさという点で、今の時間が選ばれたのだ』
「ふーん」
『なんだね、その気の無い返事は?』
若干ブレスさんが怒っているように思った。
別にふざけてた訳じゃない。
話が壮大すぎて、想像の域を越えていて、
正直どう反応したら良いか分からないのが本音だった。
――ホントこの先どうしたらいいんだろ?
よくわかんなかった。
だけどとりあえず、抱っこしているダックスのスーが可愛いから現実逃避。
サラサラの毛並みを触っていると、気持ちが落ち着くし、
スーも気持ちよさそうな顔をしてくれるから凄く癒される。
暫く歩いていると、岩場が終わって歩きやすい砂の道に変わった。
草木が生えている砂の道の先にあった断崖からは、この世界の街が見おろせた。
『ここが光の国コーンスターチの都市部の入口だ』
ブレスさんがそう云った。
石造りの神殿を中心に、俺の視界では収まりきらないほどの長い道が、
東西南北に伸びていて街を形作っていた。
周囲は真新しい城壁のようなものに囲まれている。
その大きさと広さに俺は若干気圧された。
『何を惚けているのだ?』
「凄くおっきな街だなぁって思いまして」
『ボサッと突っ立ってても仕方がない。まずは都市部へ降りよう』
俺はブレスさんに促されて、コーンスターチを目指して歩き始めた。