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五章7:俺とスーと獣神のみんな


 周りに誰も居ない。

 俺は真っ暗闇の中でただ一人。

 寒くて体が震える。

 だけど、どこか懐かしい感じもあった


 ぼんやりと、像が結ばれる。


 同じような服を着た人たちが、小さな部屋でひしめき合っているところ。

 色んな人が居て、色んな言葉で溢れている。

 でも――その中で俺は一人だった。


 好んで一人で居るわけじゃない。

 話をしたくないわけじゃない。

 だけど、どう話して良いか、声を掛けて良いか分からなかった。

 勇気を出して、声を掛けても空回り。

 元々、言葉を出すこと自体が珍しい俺へ、奇異な視線が向く。

 頑張って声を出すけど空回り。

カラコロ、カラコロ空回り。

 空回りは終わらなくて、みんなは俺から去ってゆく。


 突然、目の前に見えたあらゆるものが崩れた。

 俺に背を向けて、去ってゆく人たちの姿も崩れる。

 だけど存在は消えない。

 背中は見覚えのあるものになっただけ。


「エールッ!」


 バスターソードを背負った彼女は、ボックさんと相変わらず

口喧嘩をしながら歩き続けている。


「ボックさん!」


 ボックさんも俺に気づいてくれない。


「ピルスッ!」


 ピルスは俺に背を向けたまま、ランビックと楽しそうに話していた。


「?」


 だけど、ランビックだけが、肩を震わせた。


――気づいて貰えた!


 嬉しくて堪らない。


「ラン! 俺はここだ! ここにいるよ!」


 心を込めて、想いの限り叫ぶ――だけど、ランビックはすぐに

話しかけているピルスへ戻った。


「みんな、待って! お願いだから!!」


 闇の中、俺は背を向けるみんなへ叫ぶ。

だけど、その声は溶けて消えて、誰も俺に振り向いてはくれなかった。

 身体から一気に力が抜けて、その場へヘタレ込む。


 誰もが俺を置いて行ってしまう。

 声を上げても届かない。

 誰も俺の咆哮こえを聞き入れてはくれない。

 カラコロ、カラコロ、カラコロ、空回りが続いてゆくだけ。


 どんなに叫んでも、どんなに声を上げても誰も戻って来てはくれない。

 俺はこんな寂しいところで一人きり。

 幾ら、叫んでも、誰も居ない。

 誰も……


【……ス、ター……】


 その時、俺の耳に柔らかな声が響いてきた。

 力をなくして、闇の中へ大の字に倒れ込む俺。

 そんな俺の頭を誰かが優しく撫でてくれている。


――ボックさん……?


 いや、違う。

 もっと小さくて、だけど優しくて、暖かくて……


【ンーンっンーっ……】


 柔らかくて暖かい声が聞こえてきた。

 緩やかで、優しいリズムを刻む柔らかくて優しい声。

 その音に俺は聞き覚えがあった。


 ずっと、ずっと、まだ俺が小さかったころ、

 今では顔を思い出せない、だけど無償の愛情を注いでくれる

唯一の人が謳ってくれた歌。

 感動する歌詞なんてないし、音程だって時々間違っている。

 それが誰だったのか、分からない。

 どんなに記憶を掘り返そうとしても、分からない。


――だけど優しい。


 それだけははっきりと分かった。

 ただ、その声は優しかった。

 胸の中の空洞を埋めて、温めてくれる優しい声と歌。

 それを聞きながら髪を撫でられれば、尖った心はすぐに

丸みを取り戻して、また明日を望む希望で溢れてくる。


――この声は誰だろう? 俺はどこでこの声を聴いたことがあるんだろう……?


 穏やかさに包まれながら、俺は考える。

 考えて、考えて、考え抜いて……そしてぼんやりと見えた。

 意味の分からない言葉。

 だけど、どこか懐かしくて、安心できる言葉。


――母さん……?



●●●



  不意に、甘くて心地良い匂いが鼻を掠めた。

 美味しそうで、気持ちの良い香りは自然と俺の目を開けさせる。


「スー……?」


 どうしてか、目の前にはスーの顔があった。


「んーっんっんっー……」


 スーは静かに目を閉じたまま、少し調子外れの音程で、

だけど優しく声で音を刻んでいた。

 一緒に彼女の手は、優しく添えられている俺の頭を

緩やかに撫でている。


――気持ち良い……


 心の底からそう思った。

 身体は芯から温かくて、心は丸みを帯びて、ただこの心地よさに、

ずっと身体を委ねていたいと思わせる。

 そして、そうしてずっと俺の頭を、優しく撫で続けてくれている、

小さいけど、でも優しいスーの姿に心を惹かれる。

 まだ幼稚さが感じられる顔の輪郭、きめ細やかな頬っぺた、

だけど艶やかで、黒く光っている髪。

 全部が愛しくて堪らなくて、俺はスーへ手を伸ばす。


「にゅわ!?」


 俺の手がスーのほっぺに触った途端、彼女はリズムを刻むのを止めて、

いつもみたいな、子供っぽい驚きの声を上げた。

だけど、スーはすぐに眉を緩めて、


「起き、た? マス、ター?」


 俺は小さく頷き返す。


「良かっ、た!」


 そう云って笑うスーの顔を見て、胸が一気に高鳴った。


―― 一人じゃなかった。


 傍にスーが居てくれるって言う喜び。

 どうしてスーが、ここまで俺にしてくれるのか分からない。

 

――これがエクステイマーの力? エクステイマーで従えているから

スーはここまでしてくれるの?


 真実は分からない。

 だけど感じる。

 自然と思う。


――そうじゃない。たぶん、きっと。

どうしてかは分からないけど……


「スー」


 声を掛けると、スーが優しい視線を落としてくれる。

 俺は彼女の頬をさすりながら、


「ありがとう。助かったよ。本当に……」


 スーは晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。


『もう、そろそろ、なんだ……良い頃合いかね?』

「わっ!?」


 突然、テイマーブレスから少し控えめなブレスさんの声が

聞こえてきてびっくり。


――そういや、ブレスさんもいたんだ。


 あんまりにもスーの優しさが心に沁みすぎていて

すっかりブレスさんのことを忘れていた。

ホントごめん、ブレスさん、っと心の中で謝って置く。


「おはようございます、ブレスさん」

『元気は取り戻したようだな』

「ええ、まぁ」


俺はスーの膝の上から起き上がった。


 目の前には広がったのは見知ったカウンターテーブル。

 わずかに甘い匂いが鼻を掠める。

 俺は何故か、カフェ:トラピストに居たのだった。


『アクアとブルーが少年をここへ運んでくれたのだ。現在、ウルフ兄弟を中心とした少年の軍団が、帝国に交戦を試みている』


 タイミングよくブレスさんが解説をしてくれた。


「なんでウルフ兄弟たちが……?」

獣神みなが手配をしていたようだ。少年のレッドドラゴンへの不安から、後詰を用意していたようだな。それだけ、君は彼女たちに信頼されているということだ』

「……そうですか。それは嬉しいことですね」


 そう聞いて少し胸が軽くなったような気がした。

 未だ、獣神のみんなから向けられた敵意の視線は、

思い出すだけ胸の辺りが張り裂けそうに苦しくなる。

でも、こうして今無事でいるのは、そんなみんなが後詰を用意、

してくれていたからだ。


――大丈夫。みんなとの絆は確かにある。

あの視線は帝王エヌに操られているだけ。


 自分へ何度もそう言い聞かせて、心を落ち着ける。

 そうすると心は落ち着いた。

 だけど状況は最悪みたいだ。


――これからどうしよう。


 神たる獣神のみんなは、最後の獣神レッドドラゴンと一緒に

エヌ帝国の手に落ちてしまった。

 幾ら、俺の下には沢山のギネース兵と元副将たちがいるけど、

彼らはかつて、俺と獣神のみんなでやっつけて、今がある。


――どうすれば、良い……これからは俺は……


 その時、視線の隅に赤い影が見えた。


「……」


 アルトは壁に寄りかかって、膝を抱えていた。

 視線は呆然と床に落ちていて、表情は硬い。


 俺はスーの膝の上から起き上がって、アルトへ近づくと、


「大丈夫……?」

「……」


 アルトからは何にも反応が返ってこなかった。


 なんとなくアルトの気持ちが分かって、彼女がどうして

元気をなくしているのか理解できる。


――剣魔獣将イヌ―ギンの正体は、アルトの師匠トラピストだった。


 アルトがトラピストの名前を言っている時、本当に嬉しそうな

顔をしていたと思い出す。

それだけ信頼していて、大好きだった人に、あれだけ否定されれば

心が怪我をするのは当然だと思う。


――俺だってそうだ。


 獣神のみんなから浴びせかけられた、強い否定の視線。

 俺もみんなのことが大好きだ。

ずっと一緒に居たいと思う。

でも、そう思う人たちから、あんなに冷たい視線で見下されれば、

辛いし、心は傷つく。


 俺の場合は、スーが側に居てくれた。

スーが優しくしてくれたから、なんとかこうして立ち上がることができた。


 辛いとき、誰かが側に居てくれて、自分のために、

何かをしてくれることほどありがたいことは無い。


――俺もアルトに何かをしたい。


 だけど、言葉が上手く見つからない。

 どう考えても掛けるべき言葉がみつからない。


――だったら、言葉じゃなくても……


 俺にできることは少ない。

 だけど、今目の前で傷ついているアルトに何かをしたい。

 そう強く思った俺は、彼女から離れて、カフェのカウンター奥にある

キッチンへと向かって行った。


 綺麗に整えられている流し台に、シンク。

戸棚には綺麗に調味料や食材が収まっている。


――本当にアルトはこのお店を大切にしていたんだな。


「ちょっと、借りるね」


 念のために誰も聞いていなくても断りは入れておく。

 無断で使うことへの、せめてもの礼儀ってことで。


『律儀だな、少年も。で、何を始めようというのだ?』

「実績に基づいた、今できることをするんですよ」

『?』


 戸棚へ近づいて、食材の確認。

 流石、お勧めは”クッキー”っていってただけあって、

粉も他の材料もほとんど揃ってる。


「マス、ター? 何、してる、ですか?」


 スーの声が聞こえて心臓が飛び跳ねれる。

 だけどスーは、キッチンの入り口で、いつも通りの顔を

しながら立っていた。


 スーはいつも通り。

 だけど、俺は……


「ス、スー! こっち、おいで!」


 スーはパタパタと足音を立てて、近づいてくる。

つい昨日までは、特になんとも思わなかったスーの匂い。

だけど、今こうして傍でスーの熱を肌で感じて、

匂いが鼻を掠めると、胸が大きく高鳴る。


そして自然と、優しい気持ちになれる。


きっとこれは良いことだし、気持ちは伝わってくれるはず。


「手伝い頼めるかな?」

「は、い!」


 スーは元気よく答えた。

 だけど前に、スーの家に招待された時のことを思いだして、


「だけど、俺の言うとおりにしてね。決して、刃物を逆手で持っちゃダメだよ?」

「にゅー?」


 当の本人はすっかり忘れてるらしい。


ぶっささる短剣、飛び散る煮汁事件、のことを。


『まぁ、良い。少年は主作業を、私はスーのフォローへ回るとしよう』

「ありがとうございます、ブレスさん。こういう時、やっぱり頼りになりますね!」

『それが私だ!』


 俺、スー、ブレスさんは作業を開始するのだった。


――アルト、少しだけ待っててね。



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