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二章1:スーと犬とモフモフの始まり


「わた、しスー。わた、し、助か、った。だから、もう、貴方、のもの!」


 黒髪のメイド服みたいなものを着た小さな女の子は、なんか変なことを言っていた。


「えっ……何?」


 正直な感想が俺の口から漏れたのだった。

だけど、黒龍のスーが変身した小さな女の子は跪いたまま動こうとしない。

どうも、こんな風にされるのはこそばいゆいってか、申し訳ないと思い、


「あ、あの、別にそんなことしなくて良いから」

「ッ!!」


 ポン、とスーの肩を叩くと彼女の身体がビクンと反応した。


「ああああっ! にゅわわわわっ!!」


 何故かスーは顔を真っ赤に染めて、謎の言葉を口走りながら後ろずさる。


「ど、どうかしたの?」

「にゅわ!」


一歩進めばスーは一歩下がる。

そうする度に彼女の綺麗な紫の長いスカートが砂で汚れる。


「ほ、ほら立ちなよ」

「にゅわわ!?」


 スーの手をとって、少し無理やり気味に立たせる。

 立たせたのはいいけど、やっぱりスーは顔を真っ赤に染めたまま俯いてた。

この反応はもしかして、ゲームとかで聞くフラグとかなんとか?

だけど、ゲーム的にいえばそんな選択肢を選んだ覚えはない。


『少しは彼女の反応から、彼女の気持ちを察してあげてはどうかね?』


 呆れ気味のブレスさんの声が聞こえた。


「い、いや、まぁ、なんとなくはわかるんですけど……どうしていきなり?」

『はぁー……いい加減、文脈から察することを覚えたまえ少年よ』

「だからそれ無茶な言い分ですって。説明お願いしまーす」


『全く……君は彼女へエクステイマーを施して下僕とした。エクステイマーの力の根源は君の愛で、ソレを私テイマぁーブレぇス! が増幅させて、対象の肉体と魂に直接流し込むことで作用する。つまり、君の愛情をダイレクトに受け取ったスーは君に惚れたということだ』


「マジっすか!?」

『ああ、マジだ大マジ。多分、何をしてもこの子は怒らないばかりか喜ぶぞ!だからといってイタズラはダメだからな。NO Way(絶対ダメ)不純異性交遊!』


 どうしてか”NO Way”だけ妙に発音がカッコいい。

いやいや突っ込むのはそこじゃない。


「しませんって! あといい加減、自分の名前を妙に強調するのやめません?」

『それも私だ!』


――多分、こう突っ込まれてそう言いたいだけなのね、ブレスさん……


 っと、意識はすぐに目の前でずっともじもじしているスーに移る。

 やはり「惚れた」と言われると意識しちゃう。

誰かに惚れられるなんて経験が全くないぶん、どう接したら良いか全然わかんない。

それにスーは一目見ただけで、多分誰もが振り返る、可愛い女の子だと思う。


 サラサラの黒髪に、透き通るような白い肌。

目は少し眠たげな印象だけど、それが逆に庇護欲を誘う。

顔立ちも少し丸みを帯びているから朗らかで、優しい雰囲気だと思う。

なんとなく雰囲気から【子犬みたいな女の子】って感想が浮かんだ。


――この子が俺に?


 こんなの夢か幻かなんなのか。

 だけど、ブレスさんの説明とここまでのスーの反応を見ると、納得せざるを得ない。

そう思うと余計に彼女を意識してしまって、手も足も出ない。

でもこのまま黙っているのも良く無いと思った俺は、


「あ、あのさ、スー」

「にゅ!!」


 名前を読んだだけでスーの顔は真っ赤に染まった。

すると、突然スーの身体が紫の光を帯びて、縮み始めた。

何故か縮んだスーは円な瞳が物凄く可愛い黒毛のミニチュアダックスフントに変わっていた。

 体は大体体長40センチくらい、二つの垂れた長い耳に、長い胴体。

毛は少し長めで、ちょっとエレガントな印象。

だけど口はまだ短くて、明らかに子犬だった。

そんな凛々しく可愛い黒毛のダックスをみて俺は、


「か、可愛いぃっ!」


 思わず反射的に屈んで、ダックスに変わったスーへ視線を合わせた。


「おいで!」


 そう声を掛けると、スーは少し間をおいてからトボトボと近寄ってきた。

その様子が素直で、あまりにも可愛くて、胸がキュンキュンしちゃって、

思わず抱き上げる。


 サラサラとしたシルクのような毛並み、柔らかくて暖かい身体を抱いていると

もう可愛くて可愛くて仕方がなくて、思わず頬ずりをしてしまう。

すると、スーは小さな口から真っ赤な舌を控え気味に出すと、

俺の頬をぺろっと舐めてくれた。

その愛情表現がたまらなく嬉しくて俺は更にスーへ頬ずりをした。


『なんだねその扱いの差は。犬だろうと人の形だろうと可愛いことに変わりはないだろう?不純異性交遊は良くないが、抱く程度は私も見逃すぞ?』

「人間にそんなことできませんって!」

『HAHAHA! なんたるチキン野郎か、チート少年! HAHAHAHA!……にしても、このスーという黒龍は面白い存在だな』


 急にブレスさんの声が真面目になった。

 俺も疑問があったので、


「ブレスさん、俺もスーって一体何なのか気になってます。彼女って一体?」

『私も判断し兼ねているところなのだよ。なにせ、この世界で人間と獣の姿を使い分けられるのはこの世界の神:獣神だけなのだがな』

「獣神?」


『ビアルの創造神:大獣神から生まれた五匹の守り神のことだ。創造主(大獣神)と獣と人間を繋ぐ存在で、この世界を支える神々をそう呼ぶ。獣神はそれぞれ、火、地、水、風、光の5大元素の象徴しかないのだよ。だから獣神以外に同じような行為のできる存在を私は知らない』


 そう聞くと、ちょっと胸に抱いているスーの存在を怖く感じてしまう。

 異質な存在。

そう言われて思いつくのはやっぱり、さっきまで俺を襲っていたエヌ帝国とかいう

連中のことだった。


『しかし安心しろ少年。エクステイマーは人間以外の肉体と魂を持つ存在であれば、永遠に君の下僕にできる能力だ。例えスーがどんな存在だろうとも、君へ危害を及ぼすことはないからな。それに今のビァルは表と裏の世界がつながってしまったために非常に不安定だ。君のような転生が発生するように、獣神のような存在は突然生まれても不思議ではないのだよ』


「なんかなんでもアリですね」

『それがビァルだ!』


 胸の中で犬のスーが俺の手の甲を必死に舐めていた。

 多分、相手をして欲しい合図だと思った俺は、


「ごめんごめん。別にスーのことを疑ってるわけじゃないから」


 そう言って頭を撫でると、スーはまるで笑っているような顔をしたのだった。


『犬の扱いならお手の物なのだな少年』

「犬っていうか、動物はみんな大好きなんで。ところでなんでスーは犬になったんですかね?」

『それはおそらくエクステイマーの効果と君の願望だな』

「願望?」


『エクステイマーで従えた存在はある種の覚醒状態に入る。そうすると力は向上するが、力を多大に消耗する。故に、戦闘後の従えた対象は、少年風にいえば充電モードに移って身体を小さくするのだ。そこに犬が大好きな君の願望が合わさり、今の状態に至るというわけだ』


「なら俺はずっとこのままが良いですねー」


 女の子に惚れられるのには慣れていないけど、

犬に惚れられるのだったら何とでもなるしむしろ嬉しかったり。


『情けない……女の子の形でも同じように扱ってやれば良いものの』

「無理なものは無理です。第一恥ずかしいです」

『この白いスーツにメガネに立派な髭のお爺さんが齢60歳にして創業した一代ファストフードチェーンの主力商品というか、そのもののような野郎め!』

「ブレスさん、物凄くわかりづらいっす」

『君ならば人間さえも下僕にできても問題は無かったようだな』

「そうかもしれませんね。なんでエクステイマーは人間以外って限定なんですか?」

『人間はよこしまな生き物だ。君が大獣神に選ばれた存在であるのはわかっているが、同族を従えることができたら、もしかすると邪悪の道に進むのではないかと思ってな。力を持った人間ほどロクな奴はいない』

「それで俺もいいと思いますよ」


 たくさんの人の先頭に立つなんて、ホントしたくないし、もし群がられるなら動物の方が良い。

動物は裏切らないし、愛情を注げばその分を、返してきてくれる。

特に犬はその傾向が強いから、持ちつ持たれつ、一緒に手を取り合うことができる

ってのが俺の持論だったりする。


『さぁ、そろそろお喋りはここまでにして、今度こそ本当に旅に出るとしよう! チート書年、君の目的はそのエクステイマーの力を使って、ビアルに散り散りになった獣神の化身を探し出し、その力の源である獣神晶を治して従わせ、エヌ帝国から表世界を守ることだ!』


「えっ!?俺の使命ってそんなに壮大なことなんですか!?」


 思わずそう叫んでしまった俺。

てっきり治癒能力を使って、傷ついた動物を治して回ることかと思っていた。


『力あるものはその責務を果たすべき! ノブレス・オブリージュ! さぁ、歩き出せ! 少年! 最初に目指すは、ここから一番近い光の国コーンスターチ! 案ずるな! この私テイマぁーブレぇス! がきっちり安全最短ルートで案内しよう! ビァルを救う旅が今始まる!』


 ハイテンションなブレスさん。

 きっとこのまま立ち止まってちゃ、

どやされると思った俺は仕方なく歩き始める。

なんだか話が壮大で困った展開だけど、

胸に抱いているダックスのスーが顔をスリスリしてくれているので、気持ちが和らぐ。


とりあえず俺はモフモフなスーに癒されながら歩き始めたのだった。


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