五章4:カフェと熱血娘と炎の国
「みんなありがとー! コーンスターチの探索よろしくねー!」
ピルスは港から大声を出して手を振る。
【ヌーン!】
護衛に着いてくれていた、
元エヌ帝国砲魔獣副将クラーケンは、
触手を頭の辺りまで伸ばして敬礼をする。
【ぜぇーいん、まーすたぁーにけぇーいれい!】
俺たちをホップまで乗せてきてくれた大型戦艦のギネース兵も、
甲板に勢ぞろいして敬礼をしていた。
クラーケンと大型戦艦はそのままま、
海の向こうへと消えてゆく。
一応予定通りだけど、周りを見渡して確認。
わざと老朽化で放置された港を選んで接岸していたため、
クラーケンやギネース兵の姿を見ても、
驚くような人影は全くなかった。
もちろん、ホップのモルトには俺たちが、
密かにホップへ乗り込むって、伝えてあったから、
その辺りはちゃんと配慮してくれてたんだろう。
――第一、獣神の化身が四人も一国に集まるなんて、国の人たちに知られたら
大混乱になっちゃうしね。
ビアルでの情報伝達手段は未だ船便での書簡か、
鳥に手紙を持たせて飛ばすか、
足の速いギルドの人が直接伝えてゆくのかのどれからしい。
本当に伝わるか、ほんの少し不安だったけど、そこはこうしたことを
得意にしているランビックの手配で上手くいっているようだった。
――怒らせたら怖いもんね、ランって……
そういう訳で、俺たちは密かに炎の国ホップへ、
問題なく上陸できた。
だけど早速その熱さにやられていた。
ビアルでも最も南にある火山島がホップだ。
火山が支配する国なだけに、家は殆どがレンガ造りで、
道行く人の肌の色も少し濃い。
ドラフトも照り付けるような太陽を熱く感じたけど、
だけどあっちは常に海風が吹いてて息苦しさは感じなかった。
でもホップは空気が焼けるように暑くて、少し息苦しさを覚える。
「あつぃー死んじゃうー……」
「ほら、掴まんなさい」
特にいつも元気なピルスは、
到着早々ランビックに肩を借りていて、
「おいおい、ボック大丈夫か?」
「す、すみませんエール……やはり反属性は辛いですね……」
ボックさんも半ばエールにもたれ掛るようにして街を歩いている。
水と木の属性の獣神にはホントしんどい環境なんだろう。
流石にエールは光で、
ランビックは風の属性だからホップの熱さは平気なようだった。
「ス、スーは大丈夫?」
「にゅー!」
俺以上に元気な応答をしたスーは、普通に歩いていた。
俺も、ホップについてからずっと汗を掻きっぱなしで、
少し頭がクラクラしているのが正直なところだった。
『いかんな、これではレッドドラゴンの捜索どころではないな。どこかで少し涼を取らねば』
「そ、そうですね……」
ブレスさんの意見に大賛成な俺。
いよいよピルスとボックさんも限界なのか、
殆ど喋らなくなっている。
――早くなんとかしないと。
その時、先頭を歩いていたスーが立ち止まった。
鼻をピクピクさせて、
「にゅ、にゅー!」
「こ、こら! スー! 一人で行かない!」
突然一人で走りだしたスーを追っかける。
ホップの熱さにやられながら、それでもスーを追って町中を走り続ける。
やがてスーは一件の立派なお店の前で立ち止まった。
ホップらしい石造りの建物だったけど、町中の武骨なそれらとは
目の前の建物は一線を画していた。
綺麗に磨かれた窓ガラス、赤い屋根に煙突。
何よりも大きな扉の上におしゃれなビアルの筆記体で書かれた”カフェ”の文字。
そしてほんのり香ってくる、甘くて凄く良い匂い。
――この匂いってクッキー?
「にゅーにゅー! マス、ター! はや、く!」
スーは元気よくピョンピョン跳ねながら、袖を引く。
スーのお腹がくぅーと鳴っていた。
『僥倖だな、少年。ここで涼を取るのは如何かな?』
「おい、マスター、スー!」
遅れてボックさんを抱えたエールと、
ピルスに肩を貸しているランビックが合流してくる。
「如何も何も、このお店に入るしかなさそうですね。つか、俺も暑くて限界っす……」
『の、ようだな』
「お店見つけてくれてありがとね、スー」
お礼にスーの頭を撫でる。
スーは嬉しそうに笑ってくれた。
それをみて、ちょこっと元気の出た俺は、
目の前にある【カフェ:トラピスト】の入り口を潜るのだった。
カフェに入った途端、ひんやりとした冷たい空気が全身を撫でた。
「いらっしゃいませーっ!」
突然、物凄く元気な声が聞こえたかと思うと、
目の前のカウンターから赤い影が飛び出してきた。
影は空中で身体を体操選手のジャンプみたいにクルクル捻って、
綺麗に着地。
エプロン姿とそこに店と同じ文字が書かれているので、
このカフェの店員さんなんだろう。
髪は燃えるような赤でつま先にまで届きそうな位の長さ。
身長はスーよりも遥かに小っちゃくて、
まるで彼女の赤くて長い髪が本体のように見える。
凄い登場の仕方をした、
真っ赤な髪のちっさな女の子店員さんは、
ひらりとエプロンをなびかせてた。
「お客さまー!なんめー様でしょうかぁー!?」
「あ、えっと、六人……」
「六名様ですね! かしこまりました! お席、ご案内しますッ! うおー!」
店員さんは狭い店内にも関わらず、猛ダッシュ。
窓際の六人掛けのボックス席へ着くなり、
素早い動作で椅子を引いて、
「こちらへどうぞ! お客様ー!」
「か、可愛い……!」
何故かエールはちっさな店員さんを見て、興奮していた。
――あー、ちっさいからか。
どうもエールって身長がちっちゃな女の子には目が無い
ってことが分かった瞬間だった。
「お客さまー! お席ご用意できてますよっ!?」
半ば気圧される感じで俺たちは席へ着いた。
するとまたまた素早い動作で店員さんはやってきて、これまた素早く
水をコップへ注いで――しかも一滴も零さず――、高速でみんなへ配った。
「ご注文はいかがいたしますか!? 当店のお勧めは淹れたてのカフィーをキンキンに冷やしたアイスカフィーと特製焼きたてクッキーでですが!? 如何でしょうか!?」
『カフィーとはホップで取れる香ばしい豆を炒って成分を染み出させたほろ苦いがコクのある飲み物のことだ。ちなみにクッキーは、たぶん少年の想像するクッキーとほぼ同じだな』
ブレスさんの解説が流れ込んでくる。
―――つまりアイスコーヒーと、クッキーってことね。
そういう飲み物って結構好き嫌いがあるから、みんなに目配せしてみる。
水を飲みほしたボックさんとピルスはぐったり。
エールとランビックからは特に反対は無い。
スーは相変わらず店内に漂っている甘い匂いに夢中で生唾を堪えていた。
「じゃ、じゃあ、それで……」
「かしこまりましたぁ! とぉー!」
赤い髪の店員さんはまたまた素早くメニューを回収すると、
キリッと踵を返してカウンターへ戻ってゆく。
――なんか物凄く【熱い女の子】だなぁ……
「くぅー! 生き返るぅー!」
ようやくピルスはいつも元気な声をあげた、
「エール、ここまでありがとうございました……」
「おう、気にすんな」
ボックさんもようやく一息付けた様子だった。
俺も水を飲んで、店内の涼しさに癒されていた。
「お待たせしましたー! うぉー!」
っと、涼しくなったのもつかの間。
赤髪の店員さんは、
真っ赤に燃える火の玉みたいにこっちへ向かってくる。
そしてまたまた手早い動作で、
アイスカフィーとクッキーを配膳する。
慌ただしい様子だけど、
全くミスがなくて、
びっくりしてしまう。
「ところでお客様方ってもしかして……」
突然、それまで手早かった店員さんの動作が止まった。
「クンクン」
「わっ!? な、なんだよ!?」
急に店員さんはエールの首筋の匂いを嗅ぎ始めた。
きっといつものエールじゃブチ切れてるところなんだろうけど、
相手が可愛くてちっさい女の子の店員さんだから、
顔を真っ赤に染めてどぎまぎしている。
やがて店員さんはエールから離れると、
「もしかして、お客様、ブライトケイロンですか?」
「「「「「えっ!?」」」」」
俺たちは一斉に声を上げた。
「失礼しますっ!」
「ちょ、ちょっと!」
店員さんは、今度はランビックの匂いを嗅いで、
ピルス、最後にボックさんと素早く回る。
「やっぱり! みんな久しぶりだね!」
「まさか、貴方は……?」
ボックさんがそう言いかけた時、
「私、【レッドドラゴンの化身】だよ! 今は【アルト】って名乗ってるんだ!」
店員さんを改めて、【アルト】がそう云うと、
何故かみんなは一斉に立ち上がった。
「電磁装着!」
「着鋼!」
「結晶装着!」
「シューティングフォーメ―ション!」
「にゅーッ!」
みんなは一斉に武装して、
アルトへ武器を突き付けた。
「おー? いきなりの再会で組み手だね!? 良いよ! その勝負受けて立つ!」
「ちょ、ちょっとみんな待って!」
結構マズそうな雰囲気だったんで、
俺は慌ててにらみ合うみんなの間へ割って入った。
「チートさん! そこをどいて下さい!」
ボックさんは険しい表情でそう叫んで、
「そうだ! いますぐそこから退け!」
エールも戦う気満々。
「まさかこんなところで化身に出会うとはねー……」
ピルスも眉を吊り上げたまま構えて、
「ええ、そうね。ブレスのお父様風に言えば僥倖かしら?」
ランビックは回転式拳銃の撃鉄へ指を掛けている。
「だから待ってって! 戦闘中止!」
想いの限りそう叫ぶと、
臨戦態勢をとっていた皆の体から、
みるみる力が抜けてゆくのが分かった。
「君も! 俺たちはここじゃ戦わないから!」
「わかりました! お客様!」
アルトは元気よく答えると構えを解いた。
「マスター! いってぇどういうつもりなんだ!?」
「そうです! レッドドラゴンは今や帝国の……」
そう文句を言ってきたエールとボックさんへ手を翳して
少し黙ってもらった。
俺は視線をアルトへ戻す。
「君、本当にレッドドラゴンの化身なんだよね?」
「そうです! お客様!」
「じゃあ、君もエヌ帝国の一員なんだよね?」
「違います!」
きっぱりアルトは応えると、
拳を強く握りしめて、仁王立ちをした。
「私は獣神であってもう獣神ではありません! なぜなら私の獣神晶はもうなくなってしまったのですから! 今の私は師匠の弟子! このカフェ:トラピストでカフェマスターを目指すべく修行に明け暮れる一店員ですッ!」
アルトはキラキラした目でそう応える。
疑うことはできるけど、
――なんか嘘をついてる気がしない。
それにこんなにまっすぐな感じのする子が、
こんなに上手に嘘をつけるだろうか?
そう思う俺なのだった。




