五章3:獣神会議
光の国コーンスターチの獣神殿の中にある天井の無い円卓会議場。
そこの空には黒い龍と薔薇色の鳳凰が滞空していた。
二匹の合計四つの目が物凄い視線を俺へ送っている。
目の前にいる二体の巨獣が突然輝きに包まれたかと思うと、
「マス、ター!」
黒い龍の光の中からスーが飛び出してきて、
「わわっ!?」
「にゅふー、マス、ター……」
胸へ飛び込んできたスーは満足そうに顔をスリスリしている。
なんだかその様子が本当に犬みたいで可愛い。
自然と手はスーのおかっぱ頭へ伸びていた。
「お帰り。偵察ご苦労様」
「にゅふー、にゅふー、がんばっ、た!」
「スーばっかずるいぞぉー!」
今度は脇から大海の獣神の化身の子ピルスが飛びついてきて
頬にいきなりチューされた。
「ちょ、ちょっと、ピルス!?」
「ただ今のチューだよ! 嫌かな?」
「あ、いや……」
――全然嫌じゃない。むしろ、嬉しいけど……
脇から物凄く鋭い視線を感じる。
やっぱりエールが物凄い視線でこっちを睨んでいた。
「おいてめぇら! いきなり吹っ飛ばすんじゃねぇよ! どういうつもりなんだ!?」
「それはこっちが言いたいことよ?」
っと、ローズフェニックスこと、
疾風の獣神の化身の子ランビックが、
眉を吊り上げながら歩いてくる。
「何私たちが偵察に出てる間に一人で勝手に抜け駆けしようとしてるわけ? バカなの!? 死ぬの!?」
「ああん!? 別にいいじゃねぇか! だってよ、お前らだって同じようなことしてたじゃん! あたしは観てんだぞ! てめぇも、どさくさに紛れてマスターにキスしたところをな!」
「なっ……! あ、あれは! その……」
ランビックは顔を真っ赤に染めて俯く。
だけどすぐに顔を上げて、
「ピルス! あんたさっさと離れなさい! それにホイホイマスターへチューするの禁止って言ったでしょ!?」
「うわわ~! ラーン!」
ランビックはピルスを俺から引き離す。
「ランビックの仰る通りです。スーも、人様の前でマスターに飛びつくのはお止めなさい!」
「にゅわー!」
大地の獣神の化身ボックさんは、
俺の胸のくっついていたスーを引きはがす。
「申し訳ございませんでしたチートさん。後で皆には云って聞かせておきますので。どうか寛容な御心を……」
ボックさんは膝をついてそう云う。
「いえ、大丈夫ですよ。気にしてませんから」
――元々、怒る気なんてなかったし。
「ちょっと失礼しますね」
「あっ……」
ボックさんは突然俺の頭をそっと掴んだかと思うと、
そっとおでこを当ててきた。
暫くしておでこを離すと、微笑んだ。
「摩力の流れは正常です。今日もお元気なようですね!」
「え、ええ、まぁ……」
「? どうかされたのですか?」
怖すぎて言葉も出ない俺は、後ろを指す。
ボックさんもゆっくり振り返って、そして顔を強張らせた。
「ボックずるいぞぉー!」
ピルスはそう怒鳴って、
「そうよそうよ! 何美味しいところ持ってってんのよ!? 死ねばいい!」
ランビックは物騒なことを叫んでいて、
「ボック、自分、だけ、めっ!」
スーも怒っていて、
「良い度胸だ、ボック……」
エールは拳を振るわせていた。
「今日こそてめぇのその悪行に終止符を打ってやるぜ! 電磁装着!
」
エールは鎧とバスターソードを召喚して武装する。
「言いがかりは止めてください! 私は職務を全うしているだけです! そのすぐに切れる性格は早めに治すことをお勧めします!」
だけどボックさんは全然動じた様子を見せなかった。
「じゃかしゃあ! さっさと構えろ! 今日こそあたしの手でてめぇをぶっ潰す!」
「良いでしょう! 売られた喧嘩は買う……これが私の主義です! 着鋼!」
立ち上がったボックさんは翡翠のプロテクターを召喚して、
拳法の構えを取った。
エールの後ろにいるスー、ピルス、ランビックは、
ずっとボックさんへ文句を言っていて全く止める素振りが見えない。
なんか、このままだと全然話が進まないと思ったんで……
「みんな! いい加減にして! NO WAY(絶対ダメ)喧嘩! とりあえずみんな俺の前に並ぶ!」
強くそう叫ぶと、五人の体がビクンと反応した。
エールとボックさんの武装も一瞬で解除された。
みんなは一斉に俺の前へ横一列に並んで跪くと、
「「「「「申し訳ございませんでした、マスター!」」」」」
みんなは深々と俺へ頭を下げながら、
一斉に謝った。
「あっと、そ、そこまでしなくて良いから!」
『まぁ、良いではないか少年。君は主として彼女たちを叱った。それだけだ。気にすることはないではないか』
ブレスさんはさらっとそう云う。
「でも、これはちょっと……」
流石にちょっとこれはやりすぎだと思って反省をする俺なのだった。
――でも、凄く嬉しい。
確かにこれまでの旅は大変だったし、エヌ帝国との戦いは未だ終わっていない。
表世界が完全に平和かと言えば、そうじゃない。
――だけど、今は俺の周りには沢山の人が居る。
ブレスさん、獣神のみんな、不可抗力とはいえ、従えることになった
沢山の魔獣達、そしてスー。
いっつも賑やかで、ワイワイできて、楽しくて。
――いつかエヌ帝国を表世界から追い出して、平和の中でみんなで
楽しく、暮らして行きたい。
強く、そう思う俺だった。
そんなこんなで騒動は収まり、俺たちはようやく会議場の円卓の席へ着いた。
テイマーブレスを右腕から外して、円卓の真ん中にある台座へ置く。
『ではこれより獣神会議を始める。議長は私が務めさせてもらう。皆、誠実に、相手の意見を尊重して、聞く姿勢を持つように』
ブレスさんが厳かな声を放った。
円卓に着くみんなは真剣な面持ちで頷く。
青空の下にある会議場の空気が一気に張り詰めた。
『今日の議題は我々としてのレッドドラゴンへ対策だ。まずは偵察の報告を聞くとしよう。では、ボック、ラガ―の状況を報告したまえ』
「はい」
ボックさんは静かに立ち上がった。
「私とスーは緑の国ラガ―の偵察をしてまいりました。現在、ラガ―はチートさんが従えたバンディット、元闘魔獣軍団のギネース兵が影より警戒を当たっております。ですが、どの方面隊からもラガーでのレッドドラゴンの目撃情報は得られておりません。私とスーもラガーをくまなく探索いたしましたが発見には至りませんでした」
「レッドドラゴン、どこも、いない! 気配、ない!」
報告を終えたボックさんとスーは着席する。
『ふむ……では、ピルス。ドラフトの状況はどうか?』
今度はピルスが立ち上がった。
「元副将のクラーケンと、再編したギルド・元帝国の艦隊に周辺海域の警戒をさせてるけど、レッドドラゴンの影も形もみつからないって。僕も発見できなかったよ。どこ行っちゃんたんだろうね?」
『シュガーはどうだったのだ?ランビック?』
ピルスが座って、今度はランビックが立ち上がったけど、
やっぱり彼女の顔も強張っていた。
「成果なしね。まぁ、シュガーが占領されててなかなか警戒網が突破できなかったってのもあるけど……一応、元砲魔獣副将ガルーダと引き込んだヴァイツェン航空兵団には継続してシュガーの偵察をお願いしてあるわ」
『エールの方はどうかね?』
「こっちもあたしへの報告は何も上がって来てないぜ。第一、何かあったらなウルフ兄弟が黙っちゃいねぇだろ? なぁ、マスター?」
「そうだね」
確かにさっきのウルフ兄弟の様子じゃ、
コーンスターチでもレッドドラゴンの目撃情報は無い様子だった。
幸か不幸か獣神晶を治す旅の課程で、
俺はたくさんのエヌ帝国の魔獣を従えることになっていた。
さすがに俺一人じゃ命令しきれないってことで、それぞれの方面にいる、
魔獣たちへは管轄する獣神の化身の言うことを聞くように命令してある。
前にブレスさんに試算してもらったところ、その兵力は一国の軍隊にも及ぶらしい。
だから決して少ない数じゃない。
そんな数を動員してもレッドドラゴンの行方が分からないのはどういうことだろう?
レッドドラゴン――最後にして、みんなが最強と謳う獣神。
一瞬だったとはいえ、俺はドラフトでその強さを目の当たりにしていた。
それがエヌ帝国の手に落ちているのは由々しき事態。
だけど不思議なことに、レッドドラゴンは俺たちの前へ姿を見せて以降
約一か月間の間、その姿を消している。
その影響なのか何なのか、帝国の侵攻もここ最近なくて
ビアルの表世界は奇妙な静けさに包まれている――それが現状だった。
「よろしいですか?」
『うむ』
ボックさんが挙手をして、ブレスさんが了承した。
「ここまで捜索して見つからないからには、やはり炎の国ホップへ向かうのが残された道だと思います」
「はいはーい!」
今度はピルスが挙手。
「でもさー、レッドドラゴンは帝国の手に落ちてるんだよね? っとなると、化身もいないと思うんだー。だったら、ホップへ向かうことって無駄なんじゃないかな?」
「そうね。それに敵は灼熱の獣神晶を持っていたわ。となると、化身がいたとしても、既に奴らの手に落ちている可能性が高いわ。そんなところへ行くのは危険だと私も思う」
ランビックはピルスの意見に賛成な様子だった。
「しかしよ、どこを探してもレッドドラゴンはいなかったんだぜ? あと考えられるとすりゃ、帝国に落ちたアルデヒト大陸か、あいつらの本拠地がある裏世界か……もし、そうだとわかりゃ、あたし達の軍勢でアルデヒトを警戒するだけ良いだろ? なにせあそこはビアルのど真ん中にあるんだからよ」
エールは反対意見を述べた。
「そうですね。ホップにいないと分れば、それだけ警戒網を狭めることができ、いざという時に対処がしやすいですね」
どうやらボックさんとエールは【炎の国ホップ】へ向かう意見に賛成なようだ。
「でもさー、僕たちの探し方が悪かったってことも考えられるよね? 僕たちは獣神として復活して未だそんなに時間が経ってないし、万全じゃないから見逃した可能性はないかなって思うよー」
「私もピルスに賛成ね。まだホップを探すのは時期尚早よ。まずは偵察の人員を変更して、もう一度各国を探してみるべきよ。それも遅くないと私は思うわ」
ピルスとランビックは【再度、各国を探す】といった意見のようだ。
『スーはどう思うかね?』
ブレスさんがスーへ話を振ると、
「にゅ? にゅー……にゅー……ごめん、なさい。良く、わかんない」
スーはどっちとも言えない様子だった。
『ふぅむ、意見は五分五分か。ここはやはり少年に決めてもらうしかなさそうだな』
「うえっ!? お、俺ですか!?」
一斉にみんなの視線が俺へ集まってくる。
『君は今や、ビアルの神たる獣神を統べる立場だ。彼女たちの意見が拮抗している時だからこそ、主たる少年が決めるべきことなのだよ』
「……」
みんな真剣な眼差しを俺へ送っている。
これはもう、俺自身が決めるしかなさそうだった。
だからこれまでの意見を頭の中でまとめ始めた。
【炎の国ホップへ向かう】――もしここにレッドドラゴンが居なければ、あとはアルデヒト大陸か裏世界しか考えられない。そうだったら警戒網を敷くのは容易だ。
全ての戦力をアルデヒトへ向ければ良いんだから。
【人員を変えて各国をもう一度探す】―――確かにこの意見も一理ある。
レッドドラゴンが帝国のものになっている以上、化身も帝国の手に落ちていて、
俺たちをそこで待ち構えているかもしれない。
こうしてレッドドラゴンがみつからないのも何かの罠かもしれないし、
ホップ以外のどこかにいるレッドドラゴンを見逃している可能性は捨てきれない。
だけどそうじゃ無かった場合、レッドドラゴンの対処に時間を要してしまう。
――どっちにしてもリスクがあるし、理屈はある。
どっちを判断するか、正直迷う。
だけどモヤモヤするものが胸の内にあった。
漠然と燃えるような炎のイメージがずっと頭の中にあった。
その炎は激しく燃えているけど、どこか寂しげで、儚い印象を受ける。
まるでその真っ赤な炎は、俺のことを呼んでいるように思えて仕方がない。
理屈なんてないし、戦略なんて難しいものは無い。
ただ、漠然とした、だけどはっきりとした感覚がそこにはあって、
俺はそれに従うことにした。
「炎の国ホップへ行こう」
「ちょっと、マスターそれ本気!?」
声を上げたのはランビックだった。
隣のピルスも俺の判断に首を傾げている。
「ごめんね、二人とも」
「何か意図はあるの?」
ピルスが珍しく低い声で聞いてきた。
その声にちょっとドキッとして、少し尻込みをしてしまう。
だけどすぐに気持ちを立て直して
「ごめん、正直言うと意図なんてないよ。だけど、なんとなくなんだけどその……俺たちはホップへ向かう必要があると思うんだ。あそこにはきっと何かがある。この間、レッドドラゴンと会った時から不思議な感覚があるんだ。真っ赤な炎のイメージと、それが俺を呼んでいるような感覚をさ」
「「……」」
ピルスとランビックはそれっきり黙ってしまった。
「だけどピルスとランの言うことも一理あるよ。だからさ、みんなの国にいる魔獣たちを入れ替えてみてよ。二重の目で見れば、気づけなかったことにも気づけるかもしれないしさ」
「では、ラガーにいる闘魔獣軍団はシュガーへ向かわせましょう。彼らの隠密能力なら、少数精鋭で地上からシュガーの探索ができますしね」
ボックさんは早速、そう提案してくれた。
「じゃあガルーダはラガ―へ向かわせるわ。空中からの偵察で何かわかるかもしれないからね」
ランビックも俺の考えを汲んでくれて、そう発言した。
「じゃあクラーケンと艦隊はコーンスターチを調べさせるね! 確かにコーンスターチ周辺の海域は海溝が多いから、そこを調べるのはありかもね!」
ピルスも同意してくれた。
「ウルフ兄弟とアクアとブルーにはドラフトをお願いするぜ。あいつら案外口が上手いからよ。人の多いドラフトで何か掴んでくるかもしれねぇしな」
みんな、俺のあやふやな感覚を信じて同意してくれていた。
「ありがとう、みんな! 信じてくれて!」
「マス、ター! 凄い! きっと、ホップ、なにか、ある!」
スーの言葉にみんなは頷いた。
『ならば方針は決定したな。我らはこれより炎の国ホップへと向かう! ただしその前に偵察部隊の再編を行わねばならん! この異様な静けさがいつ終息するか分からん。各自、三日以内にすべての部隊の入れ替えを完了させるように!』
みんなはブレスさんの指示に声を揃えて了承する。
――きっとホップには何かがある。
想えば想うほど、灼熱の炎が俺のことを呼んでいるように思えて仕方がない。
そう思う俺なのだった。




