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五章2:エールとアクア&ブルーさんと久々の帰還

 

 俺はエールだけを連れて、久しぶりに光の国コーンスターチを訪れていた。

以前の剣魔獣軍団との戦いを感じさせない程、コーンスターチは穏やかな

空気になっているように感じる。

たぶん、それは城門前に咲き誇っているたくさんの花があるからだろうと思った。


そんな感傷に浸っていると、

目の前の城門がゆっくりと開いて行く。


「おお! マスター! お久しゅうございます!!」


元エヌ帝国剣魔獣副将【ウルフ兄弟】の弟:コボルトが、

城門から飛び出してくるなり、

俺に傅いた。


「こら、弟よ。そのような大きな声を上げる出ない。マスターにご迷惑をお掛けするではないか」


遅れて兄のワ―ウルフが俺へ近づいてきた。


「申し訳ございませんマスター、平に謝罪を申し上げます。ですが我が弟はマスターのご帰還を楽しみにしていたのです。大目にみてやってはいただけませんか?」


 元々、怒る気なんてなかったし、

失礼だとも思わなかった俺は、


「い、良いですよ! そんなかしこまらないでください!」

「ほら見たことか! 兄者の方がまじめすぎるのだ! 第一、ここには他の者がおらんのだから良いではないか!」


コボルトは兄のワーウルフへ文句を言い、


「いや、貴様の振る舞いは正さねばならん! 我らはマスターであらせられるチート様の軍門へ下った! しかしその事実は諸般の事情で隠さねばならん! なればこそ! 我らのマスターを想う心はそっと胸の奥に仕舞い込み、振舞わなければならんのだ!」


「だが! 俺の愛は止められない!」

「だから貴様は!」

「ま、まぁ、まぁ二人ともどーどー。二人が、その……あっと……想ってくれてるのは十分、その……分かってるから」


 そう云うと、

ウルフ兄弟はぴたりと喧嘩を止めた。

そして、


「「マスタぁ~!」」

「うわぁっ!?」


屈強なウルフ兄弟は抱き着いてきた。


「有り難き幸せ! お慕いしております!」

「あ、兄者! 抜け駆けは許さんぞ! 俺もマスターのことを!」


 確かにウルフ兄弟は犬っぽい。

だけど結構ガチムチな感じだから、

どうにも、ちょっと背筋がぞくぞくする。


『良いぞー少年! モテモテだな。HAHAHA!』


 相変わらずブレスさんはこの状況を楽しんでいる。

いや、ホント楽しくない。

ちょっと気色悪いってのもあるし、それに……


「……チッ」


 横に居るエールが物凄い視線で、

ウルフ兄弟を睨んでいるからだ。


――ちなみに、エールには何があってもキレないように言ってあります。


 エクステイマーで従えてから、ウルフ兄弟は帝国から

頑張ってコーンスターチを守ってくれているから、

その頑張りを労ってあげたいって気持ちがある。

 だからエールにはウルフ兄弟が何をしても、

ちょっとは我慢して、って言ってあるんだけど

そろそろ限界な様子だった。


「じゃ、じゃあ、そろそろ神殿へ行きましょうか?」


 そう俺が云うと、ウルフ兄弟は少し残念そうな顔をして離れて行く。

しょげてる感じは犬っぽくて、ちょっと可愛いと思う俺だった。


「エール、よろしくね!」

「おう! 任せな!」


 エールは勇ましい返事を返すと打ち合わせ通り先頭切って歩き出す。

そんな彼女の左右をウルフ兄弟が固めた。

で、俺はエールの後ろに着いて、

コーンスターチの城門を潜ったのだった。



「「「「お帰りなさい! 獣神ブライトケイロン様ぁー!」」」」



 城門を潜った途端、大歓声と派手な花火が上がった。

 楽隊が金管楽器で楽しげなマーチの演奏を始めて、

コーンスターチの街道には色んな色の紙吹雪が延々と舞っている。

 街の中心の獣神の神殿へ続く街道には沢山の人が詰めかけていて、

声高らかに【ブライトケイロン】の名前を叫んでいた。


 エールはちょっと恥ずかしそうに、

だけど胸を張って街道を歩いている。


――手足は何故か左右一緒に出てるけど。


「エール殿、手足が同時に出ております。正されよ。獣神として情けないですぞ?」


 っと、エールの右側に並んで歩いていた、

ウルフ兄弟の兄:ワ―ウルフが、小声でぼそっとささやく。


「し、仕方ねぇだろ! こんなの初めてなんだからよ!」


 エールも鋭い目つきで、だけど小声で文句を云う。

すると、左側にいた弟のコボルトがため息をついた。


「兄者の言う通りだ。かつての主君・イヌ―ギンは堂々とした佇まいで、兵の歓声を浴びていたというのに……」

「んだと、てめぇ……!」


 エールはコボルトへ鋭いガンを飛ばす。

 俺はそんなエールの背中を、

周りからは分からないように突っついた。


「今のままでもエールは十分カッコ良いけどさ、俺もっとカッコ良いエールの姿みてみたいな」


 そう小声でつぶやくと、

急にエールの背筋がしゃんと伸びた。


「任せてくれ!」


 エールも小声で応答すると、急に歩き方が変わった。

 街道の歓声を浴びても全然動揺しないで、

ホントカッコ良く道を歩き始める。


『少年よ、すっかり皆を手なずけられるようになったな。私は嬉しいぞ』


 ブレスさんは直接声を頭の中に流し込んできた。

 少し誇らしい気持ちで嬉しくなって、

自分の歩調が軽くなったような気がした。

 それでもなるべく目立たないよう、

エールの後ろをこっそりと歩いてゆく。


 ちなみになんでこんなにコソコソしているかっていうと、

俺は公の場ではエールの荷物持ち係ってことになっているからだ。

 で、ウルフ兄弟はエールの部下で、

彼女が他の獣神を探す旅に出てるんで

代わりにコーンスターチを守っている――そんな設定だ。


 それもこれも俺の【エクステイマー】の力を隠すため。


――獣神を俺が従えてるなんて知られちゃ、とんでもない騒ぎになるだろうからね。


 という訳で、俺はエールの荷物持ち係を装って、

彼女の後ろを歩き続ける。


 やがて街道が終わって、目の前にコーンスターチの中心、

雷鳴の獣神ブライトケイロンをまつる立派な神殿の前に着いた。


「「お帰りなさいませ、ブライトケイロン様!」」


 俺達を迎えたのは金色のローブを纏った二人のお姉さん。

 片方は前にギルド登録の時に、

俺を人として励ました【双剣の女の人】

そしてもう一人はギルド集会所で振り分け係で、

【ハンマーの女の人】だった。

 二人は神殿の前でエールに傅いて、深々と頭を下げる。


「我が国のモルトは現在、レッドドラゴン対策のため、全国モルト会議に出席しており、不在でございます。当国モルトも、大変心苦しく思っておりますが、過の者も人の身としてビアルを帝国から守護するために心血を注いでおります。何卒ご容赦頂ければ光栄至極に存じます」


双剣使いの女の人がそう云うと、


「その間は僭越ながら我らが、神殿の使徒がブライトケイロン様の身の回りのお世話をさせて頂きます。何なりとご命じください」


ハンマー使いの女の人がそう云う。


「おいおい、アクア! ブルー! なんだってんだよ、そんな畏まってよぉ?」


 エールは恥ずかしそうに二人へ声をかけた。

すると双剣使いの女の人が顔を上げた。


「貴方様は我らが国の獣神。敬意を表すのは当然です」

「アクアの言う通りでございます。ブライトケイロン様」


ハンマー使いの女の人:ブルーさんはそう云って、双剣使いのアクアさんと一緒に

更に姿勢を低くした。


「だから、そういうの止めてくれって!」

「「……」」


 エールの声を聞いてもアクアさんとブルーさんは頭を上げない。


「ああん、もう!」


すると、エールは突然大声を上げて、


「「えっ!?」」


 アクアとブルーの肩を掴んで強引に立たせた。

大きく胸を開いて、ガシっと、アクアさんとブルーさんを抱きしめる。


「バカいうんじゃねよ。あたしは獣神の前にソードマスターのエールだ。で、アクアとブルーはあたしのダチだ! 友同士でそういうのするのあたしは嫌なんだ! そういうのは止めてくれ。頼むからよ……」


 エールはそう叫んで、

アクアさんとブルーさんを更に強く抱きしめた。


「ブライトケイ……エールさんがそう云うんだったら……」


 最初に声を上げたのは、

双剣使いのアクアさんの方だった。


「ですね。獣神様に……いえ、エールさんにここまで言われたら、正すべきでしょうね」

ハンマー使いのブルーさんも笑顔を浮かべてそう云った。


「おう! 是非そうしてくれ!」


エールはアクアさんとブルーさんを離した。


「次またあんな妙な態度見せたらぶっ殺すからな!」

「はいはい。エールさんじゃ本当に私達をりかねませんものね」


 ブルーさんは笑顔を浮かべて、

アクアさんも「ホント、そうなりそうだよね」と、

相槌を打っていた。


――なんか、こういう仲の良い友達同士の会話って良いなぁ。


そう思う俺だった。


「じゃあエールさん、会議場まで案内致しますね!」


 すっかり砕けたブルーさんは先頭を切って歩き出す。

エールも彼女に続いた。


「ほら! 荷物持ちのお兄さんも早く!」


少しぼぉっとしていた俺に、

アクアさんが声を掛けてくる。


『素晴らしく落差のある扱いだな。あの二人にエールの主人が少年だと伝えてやったらさぞ驚くことだろう』

「ですね。でもこういう方が俺、安心するんで」

『相変わらずチキンだな、少年は』

「ええ、チキン野郎ですとも」


 そんな言葉のやり取りを心の中の声でブレスさんとやり合いながら

俺はエールの後に続いて、神殿の中へ入った。


 厳かな神殿の中を歩いてゆく。

 やがて突き当りに立派な二枚扉が見えてきた。

 アクアさんとブルーさんが扉を開くと、

その先には立派な支柱に囲われた

大きな広場と円卓が見えた。

 天井は無くて、大空が青々と広がっている。

 どうやらここが獣神達が集まる【会議場】なようだ。


「それじゃ、私たちはここで!」


アクアさんがそう云うとブルーさん、

そしてウルフ兄弟はエールから離れてゆく。


「おう、案内ありがとな! もしよかったら今晩付き合ってくれ!」


 エールはそう言いながら、

手で何かを飲む動作をする。


「ええ、是非。最高の美酒を用意してお待ちしてますね」


 ブルーさんは笑顔でそう応答をして、

アクアさん、ウルフ兄弟を連れて、大空の下にある円卓会議場を出てゆく。


――ウルフ兄弟がつぶらな瞳で俺のことを見つめてたけど、気にしない気にしない……


「んあぁー! 疲れたぜぇー……!」


 みんなが部屋を出て行った途端、

エールは近くに椅子にどかっと座り込んだ。

 目がちょっとトロンとしていて、

本当に結構疲れてるみたいだった。


「ご苦労様エール。良く頑張ったね」


俺は自然とくエールの頭をポンポン撫でる。


「お、おう……ま、まぁこれぐらいはな……」


 エールは顔を少し赤く染めて、だけど嬉しそうにそう云ってくれた。

 最初の頃は、エールにこうするのは結構抵抗があったけど、

慣れって怖いもんで、今じゃ普通にこんなこともできたり。


――意外とエールってこういう時、可愛い顔をするんだよね。


 それにさっきまで、

色んな人が敬意を表していたエールにこんなことができるなんて、

ちょっと優越感を感じたりして。


「なぁ、マスターよ……」


 突然、エールが声を上げた。

 何故かエールは椅子に座ったまま肩を震わせて、

俯いている。


「ん?」

「なんか、その……こういうのって初めてだよな」

「初めて?」

「ほら、マスターとあたしが出会ってから、いつもずっとスーとかボックとか居たじゃん。なんつーか、こう……二人きりっていうか……」

「そういえば、そうだね」


――まぁ、ブレスさんはいつも一緒なんだけど。


「だからよ!」


突然エールは立ち上がって、


「わわっ!?」


 突然、俺の胸の中へ飛び込んできた。

いきなりのことで気がとんでもなく動転している。

 だけどエールはそんな俺のことなんでお構いなしで、

更に身体を寄せてきた。


「ふぅー……ようやく化身の時でもこうできたぜ」

「えっ!?」

「だってマスター、犬の時じゃねぇとさ……」


 犬の時は飽きるくらいエールをモフモフしてたけど、

そういえば化身の時は殆どそんなことしてないって思いだす。


――つか、無理……恥ずかし過ぎ……



「なぁ、マスター。さっきまで慣れないことして頑張った礼がナデナデだけじゃねぇよな?」

「それは……」

「頼むよ、こう……な、なんだ、その……ギュッと、な……」


 エールは消えそうな位小さな声でそう云う。

 エールの胸のドキドキが直に伝わってきて、俺も一緒にドキドキしていた。

 だけど自然とエールが望んでいることを、俺もしたいと思った。

 手は緊張で震えているけど、頑張ってエールの背中へ手を伸ばして

そして彼女をきつく抱きしめた。


「やっとこうして貰えた! えへへっ……!」


 胸の中でいつもはカッコいいエールが、

小さな女の子みたいに笑っていた。

 その顔がまるでスーみたいにあどけなくて、

可愛く思える。


「ずっと寂しかったんだ。スーはべったりだし、ボックとは摩力の流れがなんとかって毎朝おでこくっつけ合ってるし……それに知ってんだぜ? マスターがドラフトでピルスとランビックと何してたかをよ」


 エールにそう言われて、

水の国ドラフトにいた一か月間、あの二人――ピルスとランビック――とあった

色々なことを思いだす。

 今思えば、勢いだったけど、

確かにキスをし過ぎだったような……


「最初にマスターに蘇らせて貰ったのはあたしだ。だけどあたしだけはさ、その……エクステイマーの時以外、何もして貰ってない……」


 ドキンと心臓が鳴った。

 キスで目覚めさせたのはエールが最初。

 なんでも初めてのことははっきりと覚えていて、今でも

エールと深いキスを交わした感覚は昨日のことみたいに思い出せる。


 柔らかいエールの唇、熱くて色っぽい息遣い。

思い出しただけで、堪らない気持ちが沸き上がってくる。


「そ、それは……」

「だからさ……」


 胸の中でエールが顔を上げた。

 いつもはキリッと引き締まっていて、

男の俺も憧れちゃう位カッコいいエール。

 だけど今の彼女は顔を真っ赤に染めて、

まっすぐな視線で俺を見つめている。


「もっとマスターに触れて欲しいんだ。他のみんなみたいにあたしにもさ。頼むよ……あたしだって、マスターのこと……その……大好き、だから……」


 そう云ってエールはそっと目を閉じて、

唇を向けてきた。


「エール……?」


エールは何も応えなかった。


 思わず生唾を飲み込む。

そっとエールの肩を抱くと、

彼女の体がビクンと震えた。


――こんなのずるいよ。


 いつもはカッコ良くて、凛々しいエールが、

ホントに可愛い一人の女の子に見える。

 そんな子が、身体を震わせながら俺のことを待っている。

 ドキドキが止まんないし、

胸の奥からムクムクと熱い衝動がせり上がってくる。

 身体は自然と動いて、俺はエールの唇へ……


【ギャオォォーン!】

【キュアコォーン!】


 その時、頭上から大きな咆哮が二つ響いてきた。


「うわっ!?」

「ぬわっ!?」


 物凄い風圧が吹き込んで来る。

俺は風に押されて、

エールを抱きしめたまま転がった。


「エール、大丈夫!?」

「お、おう……んったく、良いところだったってのによぉ! 邪魔すんじゃねぇよ!」


 エールは少し怒った視線を空へ向ける。


 そこには大きな黒い龍と、

薔薇色の鳳凰フェニックスが滞空していたのだった。


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