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四章16:ついに本番ラフティング大会 ドキドキ? いやザブーンだった!【中編】


「ラン!」

「てぇい!」


 練習通り、ランビックは左舷に迫った大岩を回避するために

思いっきりパドルを漕いだ。


「チート!」


で、今度は俺の番。

パドルをギュッと握りしめるけど、岩が視界に入って来ない。


「上!」

「あわわ!?」


 身体を屈めて川に突き出した太いの木の枝の下を潜り抜ける。


『ぼぉっとするな! これは練習ではない、本番なのだぞ!』


 ブレスさんのきついお叱りが飛んだ。

ちょっと凹む俺。


「チート! ぼさっとしてないでアンタも漕ぎなさいよ!」


 左舷のランビックはパドルを一生懸命漕ぎながら叫んだ。

 落ち込んでる暇なんてない。

俺たち三人は激流に翻弄されないよう、一生懸命パドルを漕いだ。

後ろにはたくさんのゴムボートが居る。


 現在、俺たちは順位で言えば二番手。

一生懸命一か月間練習しただけあって、その効果は抜群だった。

 回避のタイミング、推力、そしてチームワークはどのチームよりも強い。

だけど、それでも俺たちは未だ二番手に甘んじていた。


じゃあ一番はというと、


【クルアァァァ!】

【ヌーン】

【ギネェェェース!!】


  不気味な声を上げながら、

エヌ帝国の砲魔獣副将のチームがトップを独走していた。


 ガルーダとかいう鳥人が大きな翼を羽ばたかせて推力を、

沢山のイカみたいな足を持ったクラーケンが水面へ足を突っ込んでバランスを取り、

パドルを握るギネース兵が、細かな進路修正を行っていた。

 奴らのボート:デノディロスは一定の推力を維持したまま、

器用に激流を渡っている。


「チッ! 早くてムカつくわね!」


 ランビックは先頭を進むエヌ帝国を忌々しそうに睨んだ。


「もっと速度上げるよー! ファイトぉー!」

「「お―っ!!」」


 ピルスの合図に従って、俺たちは更にパドルを強く握りしめた。

そして強く漕ぎだそうとしたところ、


「うわっ!?」


 突然、脇から別の強い波が押し寄せてきて、ボートが揺らぐ。

 そうして少しそれまでのコースから外れたとこに、

金色のガレー船みたいな大きなゴムボートが割り込んできた。


「行けぇ! 国を守るのはモルトの使命! 行くのだぁ! 全速前進!」

「「はいっ!」」


 ドラフトモルトが指揮するチーム:オームザックのボートが

勢いよく俺たちの横を通過してゆく。

 俺たちは三番手に落ちてしまった。

残念に思ったけど、ふと思う。


――そういえば別に俺たちが勝っても、モルトのチームが勝っても

ドラフトの安全確保とシュガーが解放されるのは変わらないんじゃないかな?


 確かに結果だけ考えれば、別に手段はどうでも良いと思う。

だけど――こうして三番手に落ちると、何故か胸の中がムズムズした。


――やっぱり勝ちたい! ピルス、ランビック、そして俺の三人で

ドラフトとシュガーを救いたい! そして一番でゴールしたい!

せっかくここまで頑張ったんだから、望む通りの結果を残したい!


『諸君! 気を落とすでない! この先には角度が90度近いターン箇所がある!

オームザックのボートはあの巨体だ、小回りが利かないはず! そこで一気に抜き去るのだ!』


 ブレスさんの意見を聞いて、

ピルスがにやりと笑みを浮かべた。


「うん! それで行こう! ファイトォー!」

「「いっぱーつ!」」


 なんだかすごく懐かしい掛け声のような、そうでないような?

そんなことはさておいて、俺たちは掛け声のまんま、頑張ってパドルを漕ぐ。

 やがて直線的だった水の流れに変化が感じられた。

 突然、先行していたオームザックのボートが急激に減速して

ターンを始めている。


「今だよ! みんなー!」


 ピルスの号令に合わせて、俺とランビックは今まで以上にパドルを強く

そして早く漕ぐ。

 ターンでもたついているオームザックとの距離が縮まる。

その時、不思議な音が耳の中へ入ってきた。


 まるで甲高い笛の音のような、

打ち上げ花火を上げた時のような音が鼓膜を揺らした。


「「「ぐわーっ!!」」」


 瞬間、目の前にいたチーム:オームザックの船が高い水しぶきの中に消えた。

 ガレー船みたいなボートとモルトのおじいさん、

操舵を担当してたお姉さんたちは空中に吹っ飛ばされて、

左右の森林へ落っこちてしまう。

 そして左右の森林の木々ががさりと揺れて、無数の影が岸に躍り出てくる。


【ちゅぅーたぁーい、こぉーげぇきかぁーしッ!】


 指揮棒を持って、

軍服のような衣装を着た岸のギネース兵が叫ぶ。


【【【ギネェースッ!!】】】


 ギネース兵が肩に担いでいる、

大砲みたいなものが一斉に火を噴いた。


『いかん! ランビック!』

「言われなくても!」


 ブレスさんの焦った声にもランビックは冷静に応答してパドルを薙いだ。

ボートの軌道が大きく変わる。

 さっきまで俺たちの船があったところには、着弾の爆発による

水しぶきが上がっていた。


 だけど岸からのギネース兵の砲撃はこれで終わりじゃなかった。

 気が付けば川の左右の岸には大砲を構えたギネース兵がずらりと並んでいた。

 ギネース兵の砲撃は次々と俺たちに後続していたチームのボートを、

ギルド・エヌ帝国のチーム関係なく襲ってゆく。


【ギネェェース!】


 終いにはチームとして参加していたエヌ帝国の一団もパドルを捨てて、

流れに翻弄されながらも、周囲にいたギルド側のボートへ爆弾をなげて

襲い掛かっている。


「こ、これ何!?」


 船頭のピルスは動揺を顔に浮かべているけど、

正確なパドル操作で砲撃を回避している。


「やられたわ! きっと、この大会自体が罠だったのよ!」


 ランビックは眉をピンと張り立たせて、

怒りを露わにしていた。


「えっ!? ラン、どういうこと!?」


俺もパドル操作で砲撃を回避しながら聞く。


「だいたいやっぱり胡散臭うさんくさかったのよ! エヌ帝国がスポーツ大会だなんて! きっと奴ら、こうして私達を誘い出して、一網打尽にするつもりだったのよ!」

「そ、そんな、そんなのって……じゃあ、僕は……」


 パドルを握るピルスの手から、力が抜けるのが見えた。


 ピルスは無血でドラフトを守るために、この大会を開催させるために

凄く頑張ったって聞いている。

だけど、その気持ちが踏みにじられた。

最初からエヌ帝国はドラフトを力づくで奪うつもりでいた。


――卑怯な連中め!


 俺は怒り心頭だった。

真剣に頑張っていたピルスの気持ちを踏みにじったエヌ帝国が許せなかった。

心底不快感で一杯だった。

 そんな時、再び甲高い打ち上げ花火のような音が聞こえる。


『皆! 早くパドルを!』


 ブレスさんが叫んだのと同時に、蒼いゴムボート:ガロインの目の前へ

爆発による大きな水柱が上がった。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 蒼いゴムボートは砲撃で吹っ飛んで、俺たちは投げ出される。


「ふん!」


 空中でランビックが素早く手を薙いだ。

 どこからともなく風が吹き込んできて、俺たちを優しく包み込む。

 風は緩やかにまとわりついて、ボートと俺たちを静かに

森の中へと着地させたのだった。


「ありがとうラン! 助かったよ!」


 俺がお礼を言うと、ランビックは少し顔を赤く染めて、


「ま、まぁ、これぐらいは……ふん! 無傷だったことを感謝なさい!」

『また出たな、ツンデレ娘め!』

「だから誰がツンデレなのよ!?」

『ふふん! そのツンデレ具合も大獣神よめによく似て……ふぐっ!?』


 とりあえずブレスさんには申し訳ないけど黙ってもらった。

 俺たちの脇でピルスが膝を抱えて小さく丸まってたからだった。


「僕はみんなに血を流させないために……なのに、どうして……」


 やっぱりピルスは裏切られたことが本当にショックだったみたいだ。

 いや、責任感が強いピルスのことだ。

自分が開催に漕ぎつけた大会で、たくさんの人が傷ついたのが

辛くて、そんな状況を招いた自分が嫌で仕方ないんだろう。


――前の世界の俺もこんなことがあったような気がした。


 良かれと思ってやったことが裏目に出ちゃって

結局人を傷つけたこと。

ああしておけば良かった、こうしておけばこんなことにはならなかった。

そう思っても後の祭りで、取り返しがつかない。

そんな選択をした自分が恨めしくて、嫌になって……


 ピルスの胸の中にある痛みが理解できた。

だから俺はピルスへ屈み込んで、彼女の肩へそっと手を添えた。


「ピルスのせいじゃないよ」

「うぐっ、えっぐ……えっ……?」


 ピルスは涙でグショグショに濡れた顔を上げる。

俺はそんなピルスを安心させるように笑顔を浮かべた。


「ピルスは悪くない。だって君はみんなを傷つけないように頑張ったじゃん。悪いの全部エヌ帝国。君の気持ちを踏みににじったあいつらだから」

「……」

「でもここで座ってるだけじゃあいつらの思うつぼだよ。きっとあいつらはこのままゴールして平然とドラフトを占領すると思う。それは許せないよね?」


 ピルスは小さく、

だけどしっかりと首を縦に振った。


「レースはまだ終わってないよ! エヌ帝国あいつらは卑怯だけど、それに屈しちゃだめだ! 俺たちは正々堂々、卑怯なあいつらに勝ってドラフトを守って、シュガーを解放しようよ!」

「……」


 さっきまで泣きべそを掻いてたピルスの顔に穏やかさが戻る。


「ッ!?」


 瞬間、ピルスの体が前に動いて、またまた彼女は俺のほっぺに

キスをしてきた。

 あんまりにもいきなりなことなんで腰を抜かしてへたれこむ俺。

するとそんな俺を見てピルスは、いつもの元気な笑顔を浮かべた。


「へへっ! びっくりした?」

「な、な、急になに!?」

「あー、えっと……お礼の……チュー……だけど……」

「ちょっとぉ! ピルスッ!」


突然、俺とピルスの間にランビックが割って入ってきた。


「あんた! そうホイホイ、チューするなんてどうかしてるわよ!?」

「えっ? でもチート、こんな僕でもチューすれば喜んでくれるから! 元気になれたのチートのおかげだから! 僕はチートに感謝したらお礼でチューするって決めてるから!」


 ピルスがそう言い放つと、

ランビックはくるりと踵を返してくる。

 ギロリと俺を睨む。

 かなり怖い。


「な、何かな、ラン……?」

「バーカ! バーカ! チートのバーカ! なによ、デレデレして! そ、そんなチューごときでデレデレするなんて……お、男として情けないと思わないの!?」


何に怒ってるのかさっぱり分からない俺だった。


『なるほど! そういうことか! つまりランビックはピルスと同じように少年へチュ……』

「それ以上言ったら、マジでぶっ壊すわよ?」


 ランビックが今まで見たこともないような鋭い視線でブレスさんを睨む。

 一瞬、テイマーブレスがビクッと震えたと思うと、

それっきりブレスさんは喋らなくなった。


「さぁ! 元気出たー!」


ピルスは元気よく立ち上がると、少し離れたところでひっくり返っている

蒼いゴムボート:ガロインへ駆け寄っていった。


「二人共ー早く早くー!」


 ピルスが元気よく、ピョンピョン跳ねながら呼んでいる。

 俺とランビックがひっくりかえっているボートへ駆け寄ると、


「じゃあ底を持って! 持ち上げるよー! せーのッ!」


 流されるようにピルスの号令に従って、

俺たち三人はゴムボートを持ち上げた。

 こうして掲げてみると案外重たいんだと思う。


「よぉーし! このままダッシュで川に戻るよー! 絶対に僕たちが一番でゴールするんだからね!」


 ピルスが元気よくそう云うと、


「そうね! 卑怯に屈してなるものですか! 私たちがドラフトとシュガーを救うのよ!」


ランビックは勇ましく声を張って、


「そうだ! 俺たち三人で一番でゴールインだ!」


俺の言葉にピルスとランビックはきりっと引き締まった顔で

強い頷きが返してきてくれた。


――チームワークって、本当に良いもんだな!


そう思う俺だった。


『いざ往かん! ドラフトとシュガーを救う戦いへ!』

「「「おーっ!!」」」


 美味しいところを持っていたブレスさんはさておいて、

ピルス、ランビック、俺の三人はゴムボートを担いで走り始めた。


「ガロイーン! ファイトォー!」

「「イチ! ニィ! イチ! ニィ!……!」」


ピルスの掛け声に合わせて、俺とランビックはコールしながら

走り続ける。


――待ってろ、エヌ帝国! 俺たち三人は絶対に勝つ!


強い誓いを胸に、俺はボートを担いで走り続けた。


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