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四章13:会場へ向かって走れ!【前編】

 

 ランビックをおぶったまま、俺は山の向こうにあるラフィティング大会の

スタート位置を目指して歩いていた。

 幸い雨も止んで、空は闇夜に包まれている。

 山へ向かうためには川を渡る必要がある。

だけど川は集中豪雨のせいで混濁していて、流れが速くなっていた。


――本当は川を渡りたいけど、危険すぎる。


どうしようとか思っているところ、


「もう少し下流へ進んだところに橋があるわ。たぶん、石造りだから決壊の心配はない筈よ」


でも、川の下流を見ても橋なんてみえない。


――それだけ遠いってことか。だったら!


「ラン! しっかり掴まってて!」

「えっ、あ? わわっ!?」


 俺はランビックを背負ったまま走り始めた。

ここ最近、もっと体力をつけるために重りを付けて走っていたから

ランビックを背負っていてもあんまり負担には感じなかった。


――このペースなら!


 下り坂ってのもあって調子よく道を進んでゆく。

やがて道の向こうへ、川に掛かっている石造りの橋を見つけた。

 橋には濁流がぶつかって、バシャバシャと水が入り込んでいる。

 なんだか嫌な予感がして一気に駆け抜けて、橋を渡り切る。


「崩れた……!?」


 石造りの立派な橋が濁流に飲まれてバラバラに決壊した。


「走ってよかったわね」


 ランビックは俺の背中の上でしみじみとそう云い、


「確かに……」


俺は自分のタイミングの良さに若干恐怖した。


「さっ! 急ぎなさい!」


 っと、ランビックがペチペチ俺の肩を叩く。

 なんか俺って、馬みたい。

ちょっとそんな彼女の扱いに凹んだけど、気を取り直して走りを再開した。



 山に入るんだから、最初は当然上り坂。

一応人が通れそうな道らしい道はあった。

だけど草が茫々(ぼうぼう)と生えていて、勾配もそこそこあった。

さっきまでのペースを維持するのが難しそうだった。


 走ってはいるけど、速度は遅いし、

脹脛ふくらはぎがピンと張り詰めて、

息が少し荒くなる。


「大丈夫?」


 背中のランビックは少し心配そうにそう聞いてきた。


「だ、大丈夫! な、なんとか!」


――ここで弱音を吐いちゃダメだ!


 ランビックもピルスも大切な人たちを助けるために一生懸命なんだ。

それに俺も付き合うと決めた。

この程度で挫けてちゃ、二人に顔向けできない。


「ファイトぉー! 俺ぇーッ! いっぱーつ!」


 自分を自分で応援して、足に力を込めた。


「ちょ、ちょっと、チート!?」


 狼狽えるランビックは気にしないで、

坂を一気に駆け上がろうと走り出す。


「うおぉぉりやぁぁぁ!」

「ちょっとアンタバカ! そんなペースじゃすぐにばてるわよ! それにちゃんと前を見なさい!」

「ふぅぅおぉぉ! ファイトぉー!」

「聞きなさい! このバカぁー!」


っと、その時踏み出した足がふっわとした。


「えっ?」


 坂は上り終えた。

だけど、その先は断崖で、俺の体は半歩以上そこから突き出していた。

足元にはドーンと森が広がっていて、高さも結構あった。


「ぬぅ~わぁぁぁ~~!」


 例え異世界っていっても重力はある。

重力があるってことは、モノは当然落っこちる。

 当たり前のことだけど、断崖から俺はランビックを背負ったまま自由落下を始めた。


――やばい、コレマジで死ぬ!?


「うわわわわ~~~!!」


 大絶叫な俺。

だけど背中にいるランビックは落ち着いたため息を吐いていた。


「ふん!」


 ランビックが片手を離して、宙で凪いだ。

すると、下の方から風が吹きつけて来る。

 落下とは逆方向から吹き付けて来た風は、

俺とランビックの体を真ん中に捉えてぶつかる。

 ぶつかった風は落下の速度を減退させた。

そればかりか、服の色んな所へ入り込んで、パラシュートみたいに膨らませて

俺達を綺麗に着地させた。


「あ、危なかったぁ……」


 無事着地できたけど、

やっぱ落っこちた衝撃にビビって足が震えていた。


「だからちゃんと前を見て、って言ったでしょ?」


ランビックは全然ビビった様子を見せていなかった。


「ありがとう……助かったよ」

「お礼はいらないわ。 第一最初からここ飛び降りてショートカットしてもらうつもりだったからね」

「それ、マジ?」

「本当の力は無くしててもこれぐらいはできるもの。 チートがいきなり飛んだのは想定外だけど、他は想定の範囲内だからね」


 さらっと恐ろしいこというランビック。

やっぱりこの子は凄く怖いとと思った。


「さっ、行きなさい! チート! 急ぐのよ!」


――やっぱ俺、ランビックに馬扱いされてる……


 でも、そんなことにショックを受けてる場合じゃない。

空が少し明るくなり始めていた。

 大会の開催は日が完全に昇り切った朝。

さっさと進まないと間に合わない。


 また走り出そうとしたその時、

後ろから”ガサッ”と物音が聞こえた。

 妙に獣臭くて、嫌な予感がする。

 恐る恐る振り返ってみると、


【ブフゥー……】


 目を鋭く輝かせた、人間位の大きさの、

槍みたいに立派な牙を二本正面へ突き出した、

猪みたいな動物がいた。


「に、逃げなさい!」


 突然、ランビックがそう叫んで俺の肩をペチペチ叩く。


「あれはボウワ! きっとアンタが大きな声で叫んだから起きちゃって不機嫌なのよ! あいつの体当たりを喰らったら、命はないわ!」

「マジっすか!?」

【ブフゥオーッ!】


 ボウワが地面を蹴ったのと同時に、

俺は文字通り脱兎の如く飛んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ! マジなんなんだよー!」


 ロケットスタートを切れたから、

ボウワとの距離は未だある。


【ブフォー!ブフー!】


 だけどボウワの突進ペースは全然落ちない。

 距離はどんどん縮まるばかり。


――どうしよう!?


 そう思った時、視界の端に大きな岩が映った。

咄嗟に走るのを止めて、靴底で強くブレーキ。

くるりとターンして、素早く近くの大岩の裏へ滑り込むと、


【ブフーッ!】


 まるで爆弾が破裂したみたいな大きな音が響いて、岩が大きく揺れる。

それっきりボウワの足音は聞こえなくなった。


「やるじゃない、チート!」


 そう褒めてくれたランビックはまたまた俺の肩をペちぺち叩いた。

だけど、嫌な予感を感じた。


【ブフゥー】

【ブゥオー】

【ブルグゥー……】


木の間から沢山の唸り声と輝く目が見える。


「まさか……!?」


思わずそう呟いたとき、


【【【ブフォー!!】】】

「マジかよー!?」


 何匹ものボウワが飛び出してきた。

絶対ヤバいと思って、俺は再び走り出す。


「ちょ、ちょっと、チート! もっと早く走りなさいよ!」


 ランビックは何回も俺の肩をぺちぺち叩きながら叫ぶ。


「無理無理! これ限界だからッ!」


 とりあえず逃げて、逃げて、逃げまくる。

 途中、岩をみつけては回り込んで、ボウワをぶつける。

 でも、その度だんだん数が増えているように感じるのは気のせい?


――いや、そんなこと気にしてる場合じゃない!


 ひたすら逃げて、逃げて逃げまくる。

とりあえずボウワの体当たりを喰らわないように岩や木を盾にして走り続ける。

 どこをどう走ってるのかも分かんないし、ここがどこなのかもわからない。

 だんだんと、暗かった空が紫色に染まり始めていた。


「やったわ! チート!

「はぁ、はぁ、はぁ、ぜぇ……えっ!?」


 気づくと俺は小高い丘の上にいた。

下には大きな森と、その向こうに小さく湖が見える。


「あそこがスタート地点よ!」


 目測でも山一つ分くらいの距離がありそうだった。

 空はもう結構明るい。

急がないと本当に間に合いそうもない。


【ブフォォー!】


後ろからはボウワの群れが迫っている。


「ラン! しっかり掴まってて!」

「ええ!」

「おりゃー!」


 ランビックをしっかりと背負って、一気に丘を駆け抜ける。

下り坂だからスピードには簡単に乗れたし、

 ボウワの群れも追いついてこない。

 だけど、


「うえぇっ!?」

【ブフォォー!!】


 正面から別のボウワの群れが砂煙を上げながら迫って来ていた。

止まっても、先に進んでも、このままじゃボウワに吹っ飛ばされる。


――どうしよう!?


「ふん!」


 突然、背中のランビックが腕を薙ぐ。

どこからともなく一陣のつむじ風が吹き込んでくる。

その風はランビックを背負った俺を思いっきり宙へ吹き飛ばす。


「ラ、ラーン!」


 吹っ飛んだ衝撃でランビックが俺の背中から離された。

 俺よりも遥か上を彼女は飛んでいる。

だけどのその顔は――笑っていた!?


「せぇいッ!」


 ランビックは空中で両腕を一杯に開いた。

更に強い風が吹き込んできて、俺と彼女を横方向へ流す。

 俺とランビックは緩やかな風に包まれながら、ボウワの群れを飛び越えた

先へ静かに着地するのだった。


「ラン!? 足は!?」


 しっかりと地面を踏みしめているランビックへそう云うと、

彼女は、


「もう大丈夫! ここまで背負ってくれてありがとね! 後は私に任せて!

……シューティングフォーメーション!」


 ランビックの叫びが風を呼び込だ。

 彼女を包んだ風は、

ピンクのテンガロンハットに、

ポンチョに、

ブーツに変化する。

 最後に腰元に形作られた二つのホルスターと、

二挺の回転装填式拳銃シングルアクションアーミー


「ッ!」


 ランビックは素早く拳銃を抜いて、

親指でハンマーを倒すのと同時に引き金を引いた。

 拳銃から火薬とは違う、空気の炸裂音が響く。

 無数の風の弾丸が一斉に発射されて、ボウワの群れへ突き進む。


【ブフォ!?】


 風の弾丸が先頭のボウワ集団を転ばせた。

すると、その後ろにいたボウワがぶつかって倒れて、

そのまた次のボウワが倒れる。

 その現象が繰り返されて、ボウワの集団は砂煙で見えなくなる。

だけど未だ、大量の足音は止んでいない。


「ラン! 未だボウワは!?」

「任せなさい!」


 ランビックは二挺の胸の前で合わせて、


「Set Gatling!」


 二挺拳銃は輝いて合体し、

たくさんの銃身を持った回転式連装砲ガトリングガンに変わった。


「うらららららっ! 風の獣神舐めんなぁーッ!」


 ランビックの体よりも遥かに大きいガトリングガンが、

次々と風の弾を撃ちだしてゆく。

 砂煙の向こうから突進してくるボウアがバタバタと倒れる。


「行くわよ!」

「うわっ!?」


 俺はランビックに手を取られて、目の前の森へ飛び込んだ。


「手、離さないでね!」

「えっ?」

「ジェット・タイ・フーン!」


 ランビックの叫びが森に木霊する。

木々の間から甲高い風の音が幾つも聞こえた。

 途端、つむじ風が一斉に俺たちへ吹き込んでくる。

風は俺とランビックの服の色んな所に入り込む。

次第に足が地面から離れて、そして俺とランビックは超低空を飛んだ。


 走るのより何倍も速い速度で、

俺たちは文字通り風を切って突き進む。

 だけど、またまた騒ぎを聞いて駆け付けたのか、

ボウアの集団が目の前から接近してきていた。


「ちっ!」


 ランビックは苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「ラン! ここは俺に任せて!」

「えっ!?」

「良いから! ランは飛ぶことに集中して!」

「わかったわ!」


 超低空を滑空しながら、

俺は腕を突き出して、意識を指先に集中させる。

 手の甲にギルドの証の一角獣の角のような紋章が浮かんだ。


「エターナルガトーッ!」


 俺は右方向に向けて、スキルを発動させる。

 飛び出した光はドングリみたいな木の実に変化して、

バラバラと地面へ散らばった。


【ブフォォォォ―!!】


 正面から迫っていたボウアの一部が木の実に惹かれて、

道を変える。


「エターナルガトー! ガトー! ガトーッ! ガァートォーッ!!」


 次々とスキルを使って木の実をばら撒く。

 その度にボウワの集団は木の実の方へ進路を変える。

 俺たちが接近した時にはもう、

ボウワは森の中に散らばった木の実を夢中になって食べていて、

道を空けていた。


「おっし! 計算通り!」


 思った以上に上手くいったので滑空しながらガッツポーズ。


「やるじゃない!」


 ランビックに褒められて少し誇らしい俺だった。


「さぁ、森抜けるわよ! 気を付けて!」

「うん!」


 俺とランビックは颯爽と森を抜けて、広い草原へ出た。

 空には太陽が昇って、日の光が眩しい。

 俺とランビックが着地した途端、遠くの方で号砲が鳴った。


――確か運動会の時とかも、始まる前に号砲上げてたっけ。

ラフィティング大会の開会式は近い!


 そう思って、

一歩を踏み出そうとしたその時だった。


「うわっ!?」


 突然大きな地鳴りが鳴って、

地震みたいな強い振動が起こった。


「きゃっ!?」


 転げそうだったランビックを何とか抱き留める。

 そんな俺たちの頭上を黒くて大きな影が覆った。


「「マジかぁ!?」」


 俺とランビックは目の前にいたバカでかいボウワを見て、

声を揃えた。


【ブグフォォー!】


 見上げるほど、大きなボウワは、

鼓膜が破れそうな程の大きな咆哮を上げる。

 目もギラギラ輝いていて、息遣いも荒い。


――これ完全に怒ってる!?


「ラ、ラン、こいつって!?」

「マズったわ。こいつはギガントボウワ。ボウワの群れのボスよ。どうも私達、少し騒ぎすぎたみたいね……」


 ランビックはマジでマズそうに眉を潜めてた。

 遠くの方で号砲が次々と上がっている。

その音を聞くたびに、俺は焦りを感じるのだった。


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