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四章12:温泉と繋がる気持ちとおんぶ

 

 洞窟の中は何故か湯気のようなものが充満していた。

少しだけツンとした匂いがする。

何故か、中はほのかに暖かい。

 何だろうと思って先へ進んでみると、洞窟の突き当りにはプールみたいな、

湯気を上げている水溜りがあった。


 ランビックを抱いているから手は塞がっているので、

代わりに足先をちょこんと水たまりに付けてみる。

じんわりと骨まで暖かくなるような温度が伝わってきた。


――これって、温泉?


だと、思う。


 なんかこの状況で無茶苦茶ラッキーだと思う俺だった。

水深も大体、俺の膝の高さまであるかないかぐらいだった。

 俺はランビックを抱いたまま、温泉へ入った。


「くぅー……生き返るぅ……!」


 冷え切った体が温泉の湯水で暖まって、身体が軽くなり始めた。

少しランンビックの表情も緩まったように感じる。


 俺はそっと目を閉じて、ランビックの心臓の辺りに手を添えた。

添えた手に意識を集中させる。

 前にボックさんから貰った首飾りが僅かに温かさを得た。


 目を閉じた暗闇の中に、ぼんやりとランビックの輪郭が浮かぶ。

やがて輪郭の中に黄金色の流れ、【摩力の流れ】がうっすらと浮かぶ。

でもボックさんと一緒に見たときほど、はっきりとは見えない。

それでも意識をより集中させると、額の辺りにビリビリと波を打っている箇所を確認する。

 そこだと思った俺は目を開けて、ベルトのバックルから小瓶を取り出した。

小瓶からランビックの額へ向けて、ルプリンを水で希釈した液体を一滴垂らす。

 そうして暫くすると、


「うっ……」


 ランビックはゆっくりと目を開け始めた。

 未だ意識がはっきりしてないのか、ぼぅっと俺の目を見つめている。


「大丈夫ですか?」

「ここ、は……?」

「良くわかんないですけど、洞窟の中にあった温泉です」

「温、泉…………ッ!!」


 突然、ランビックが起き上がった。


「ちょ、ちょっと!?」


驚く俺を突き飛ばしてランビックは温泉から飛び出る。


「くっ!?」


 飛び出した途端、ランビックは短い悲鳴を上げて、転んだ。


「大丈夫ですか!?」


 俺も急いで温泉から飛び出してランビックの肩を掴む。

 ランビックの左の足首の辺りが少し変な方向へ曲っていた。


「邪魔よ!」


 だけどランビックはまた俺を突き飛ばして、左足を引きずりながら、

壁伝いに出口へ進んで行き、立ち止まった。


「ちっ! まさかこんなところまで……」

「何するつもりなんですか!」


 再びランビックの肩を掴む。

すると彼女は忌々しそうな視線を俺へ向けてきた。


「戻るに決まってるじゃない! 大会は明日なのよ!? バカなの!? 死ぬの!?」

「戻るって、この雨の中をですか!?」

「そうよ! ここはドラフトでも最も南にある温泉地帯なのよ! だけど大会のスタート場所は川を跨いで山を越えたところなのよ!? 急いで戻らないと大会に出られないじゃない!!」

「ですけど、この雨ですよ!? もしかして大会は中止じゃ……」

「止むわよ!」


ランビックは強く、そしてはっきりと言い切った。


「私は風の獣神なの! 分かるの! この雨はもうすぐで止む! だけど、それまで待ってたら確実に大会には間に合わないわよ!」

「だけど、君の足は……」

「グチグチ煩いわね! さっさと離しなさいよ!」


 そう強く言い放って、ランビックは俺の手を弾いた。

 一人で雨の中危ない練習をして溺れて、

ブレスさんには迷惑をかけて、

更に危ないのに言うことを聞かない。

流石の俺も、今のランビックの態度に我慢できなくなった。


「いい加減にしろ!」


 洞窟の外へ出ようとするランビックの両肩を俺は思いっきり掴んだ。

 そして強引に洞窟の中へ引きずり込んで、壁際へ押さえつける。


「なにするのよ!」

「わがままもいい加減にしろ! 危ない練習を一人でして、溺れて、死にかけて……そのおかげでブレスさんは俺たちを助けるために力を使い過ぎたんだぞ!?」

「えっ……?」


 ランビックの声が詰まった。

だけど爆発した怒りはもう収まらない。


「だいたい怪我してるのに今すぐ出て行こうだなんて無謀だって! 危ないって! だから今は少しの間大人しくしてくれよ! 頼むから!」

「……」


 突然、ランビックの顔が再び引き締まった。

眉はつり上がって、

目には強い意志のようなものがはっきりと感じられる。


「心配ありがとう。でもごめん、それ聞けない!」

「なんで!?」

「私は力を失っても獣神だからよ!」


 鋭く、そして強い意志が籠ったランビックの声。

 その声を聞いて俺は怯んでしまった。


「今、私の国シュガーはエヌ帝国に占領されている。帝国の圧政に苦しんでいる人がたくさんいるの。ううん、それだけじゃない。国から逃げても難民として辛い生活を送っている人もいるのよ? みんな同情はする。だけどピルスみたいに本気で、シュガーのことを思って行動してくれる人なんて殆どいない……」


 そう言われて、俺はランビックと出会ったばかりの頃を思い出した。

 ドラフトの街中で見かけたシュガーの難民。

 可哀そう、大変そう、辛そう。

それは分かった。

だけど体が勝手に動くことは無かった。

あの時のランビックのように、迷わず駆け寄ろうとは微塵も思わなかった。



「私は獣神としてみんなを守れなかったばかりか、こうしておめおめと逃げ延びてる……だから決めたの! 例え力を失っていても、絶対に私の国のみんなを助けようって! 絶対に助けようって! だから大切な大会の前にミスをした自分が許せなかった。だって助けたいから! みんなを! それで私自身がどうなったって構わないもの!」


 ランビックの瞳と言葉にはっきりとした強い意志を感じる。

そんな彼女の強い意志を見て、

さっきまで自分の中にあった怒りが浅はかだったように思う。

 ランビックは彼女の国を、そこで暮らしていた人たちのために、

身も心も捧げる覚悟をしている。

今までのランビックの行動をただの我儘わがままだと思い込んで、

怒って、怒鳴ってしまった自分が恥ずかしい。


――本当はここでランビックの獣神晶を治せれば……


 そう思ったけど、そのためにブレスさんを起こすのは悪いと思った。

それにこのタイミングで、ランビックの獣神晶を治すのは気が引けた。


――だったらどうする? 俺はどうしたい?


 真摯なランビックの眼差しを見て、胸の奥が疼く。

どうしようもない衝動が沸々と沸き起こって、

心が身体を極端に動かそうとする。

 だけど、その衝動を俺は一瞬堪えた。

そして、ランビックから離れると、


「とりあえず座って」

「えっ?」

「良いから座れッ!」

 

声を張ると、

ランビックは渋々地面へ座り込む。


「ちょっとごめん」

「なっ!?」


俺は怪我をしたランビックの左足へ手を添えた。


「あ、あんた何を……!?」

「しっ! 少し黙って!」


 ランビックの左足に手を添えたまま、そっと目を閉じる。

意識を集中させると、また暗闇の中にランビックの輪郭が浮かび上がってきた。

 ボックさんから貰った首飾りが熱を持つ。

 するとランビックの輪郭の中にある摩力の流れが見え始めてきた。


――全体じゃ未だ把握できない。だけど……!


 俺は他の流れを無視して、ランビックの左足へ意識を集中させた。

 不明確だった流れが左足一点に絞れば、未だ治癒士として未熟な俺でも

はっきりと確認できる。

 細い川のような流れが確認できるランビックの左足の摩力。

その中で少し流れが遅くなっているところを確認する。


――くるぶしと足首の間。大体指二本か……


 摩力の流れが狂っている個所を十分瞼に焼き付けて目を開いた。

 ベルトからルプリンの軟膏が入ったケースを取り出して、

人差し指一掬い分、ランビックの左足へ丁寧に塗り込む。

そして軟膏が落ちないよう丁寧に包帯を巻いて完了だった。


「あとは数時間、このまま安静にしてれば治るよ。たぶん、大会には間に合うから」

「だから! そんな時間無い……えっ?」


俺はランビックへ背中を向けて、屈んだ。


「あんた、まさか……?」

「早く! 時間ないんだろ?」

「だけど……」

「大丈夫! 俺がちゃんと鍛えてたのは知ってるよね?」

「……」

「任せて! 絶対にラフィティング大会にランビックを連れてくから! それでピルスと君と俺で勝とう! シュガーの人たちを助けて、ドラフトを守ろうよ!」

「……」


 ランビックはおずおずと俺の背中へ身体を寄せた。

あんまり変なところを触らないように、

 彼女の太ももへ肘の関節をしっかり巻き付ける。

持ち上げる時、少し重さを感じたけど、ちゃんと立てた。


――この分じゃ、問題なく歩けそうだ。


気が付けば洞窟の外の雷雨は、さっきよりも遥かに弱まっていた。

ランビックの言う通りだったと納得する。


「あのさ、その……」


背中の上でランビックはか細い声を上げた。


「ん? 何?」

「あ、あり……がとう……チート……」

「どういたしまして!」

「なんか……ようやく敬語、使わなくなったわね……」

「えっ? ……ああッ!!」


 つい勢いで敬語を使っていなかったことに、

今更ながら気づいた俺だった。


「ご、ご、ごめんなさい! いや、これは、その……!」

「ぷっ」


すると肩越しにランビックが笑った。


「良いわよ、別に私が頼んだわけじゃないし。今のままで良いわ」

「そ、そう! それなら良かった!」

「大体なんでピルスには普通で、私には敬語だった訳?」

「あー、いや、それは……」


――ランビックが怖かったなんて絶対に言えない。もしブレスさんが起きてたら突っ込まれたんだろうなぁ……


「あのさぁ、そうやっていちいち言葉に悩むの止めてくれる? ウザいんだけど?」


 肩越しにランビックが睨んできた。

背筋が一瞬で凍り付く。


「す、すみません!」

「あー、また敬語……」

「すみま……じゃなくて、ご、ごめん……」

「ぷっ。別に怒ってなんか無いわよ。ホント、ピルスが云う通りチートっていちいち反応して面白いわね」


揶揄からかわれてるみたいだった。


――そういえば、さっきからランビックは俺のことを……?


「あのさ、ランビック、さっきからどうして俺の名前を……」

「ランで良いわ」


 俺の言葉をランビックは遮った。

 彼女はそっと耳元へ彼女の小さな花弁みたいな唇を寄せて、


「私のことは今度からランって呼ぶこと許してあげる。でも、この呼び方を許してるの、ピルス以外じゃチートが二人目だからね」


 そう云ってランビックははにかんだ。

元々アイドルみたいに可愛い顔をしてるランビックの笑顔に自然と胸がドキドキ鳴る。


「わ、わかった! じゃ、じゃあ、ラン、行くよ!」

「ええ! もうすぐ雨は止むはずよ! 道案内は私に任せて!」

「ああ! よろしく!」

「エスコート宜しくね、チート!」


 俺はランビックを背負ったまま、洞窟を出て歩き出す。

 外はまだ暗いけど、雨は弱まっていて、風も雷もない。


――ブレスさん! 俺一人で頑張ります! 絶対に大会会場へ時間までに辿り着きます!


 そう誓いを立てて、歩き出す。

眠っているはずのブレスさんが、少し光輝いたようにみえた。



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