表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/109

四章8:ピルスと胸のモヤモヤと初志貫徹

 

 川のせせらぎの音が、気持ち良い。

まるで綺麗な楽器の音を聞いているみたいだった。

夜も静かで、空気も心地良い。

ボックさんが俺の体調を気遣って、川の傍で野営をしようと

提案してくれたのは正解だった。

流石は自然のことを良く分かっていて、治癒士のボックさんだと思う。


 普通だったらあっという間に眠りにつけるんだろう。

だけど、俺は全く眠れず、呆然とテントの天井を見上げていた。


『まだ悪夢を見るのかね?』


脇に外しておいてあるテイマーブレスから穏やかな声が聞こえた。


「いいえ、それは全然。ただ……」

『ピルスとランビックのことか?』

「……はい」


 ピルスがランビックを追いかけて行った後、

俺はボックさんやみんなに

ラフティングレースに出ることを止められた。

 だけど俺は簡単に首を縦に振ることができなかった。


 だって参加を決めたそもそもの目的は、

ピルスとランビックと親交を深めて、

彼女たちの獣神晶を修復することにあるからだ。


それをみんなに話したところ、

「だったらレースが終わってほとぼりが覚めてからで良いんじゃないか?」

っていう統一の意見を貰った。


 確かに俺の傍には獣神が二人とスーがいる。

敵の最強三軍団の内、既に二軍団をほぼ壊滅させている。

暫くの間だったら、なんとな凌げるかもしれない。


――やっぱり、みんなに言われた通りにする方が良いのかな?

 

 ラフィティングは想像以上に厳しいスポーツだと身をもって知った。

元々、運動がそこまで得意じゃない俺が大会当日までに、

ピルスやランビックと肩を並べられるようになれるかどうか―――正直、自身が無かった。


――続けようか、断ろうか、どうしよう……


 そんな考えが頭の中をグルグル回り続けて、なかなか寝付けない。

それが俺の現状だった。


『どうしたのかね?』


 起き上がるとブレスさんが声を掛けてくる。

俺は静かにテイマーブレスを手に取って、右腕へ嵌めた。


「ちょっと気晴らしに。付き合ってくれますか?」

『良いとも! 今日は雲一つない素晴らしい夜だ。 深淵しんえんの空を見上げて心を癒すとしよう』

「ブレスさんって結構ロマンチストなんですね」

『なにせ、この言葉の数々で大獣神を落としたからな! HAHAHA!』


 なんだかんだでいつも気遣ってくれる、

ブレスさんの存在にありがたみを感じる俺だった。


 そっとテントを出る。

隣のテントからはスー達の静かな寝息が聞こえていた。


 ブレスさんの言う通り、空には雲一つなくて、

綺麗な星々が黒い空を埋め尽くしている。

 俺はその空を眺めながら歩き始めた。


「ホント、綺麗ですね。こんな空、初めてみました」

『特に水の国ドラフトは他国に比べて、自然環境の保護に熱心なのだ。おかげで大気の状態は常に澄んでいて、こうして美しい夜空を見上げることができるのだよ』

「へぇー」

『コーンスターチ・ラガーの防衛、二体の獣神の復活、そして敵の2軍団の壊滅。 少年、君の活躍のおかげだ。言うならばこの空は君が守ったと言っても過言ではないぞ』

「ありがとうございます。ブレスさんが俺のことを支えてくれたおかげですよ」


 正直な感想だった。

転生して右も左も分からなかった俺に、

丁寧に、時々ふざけてどうしようもない時はあるけれど、

でもブレスさんはずっと傍で俺のことを導いてくれた。

感謝を言っても言い尽くせない。


『少年が【少女』だったら、今の言葉に私はやられていただろうな』

「すみません、男で」


冗談っぽくそう云うと、


『全くだ。HAHAHA!』


 ブレスさんも軽やかに返して来てくれる。

 何気ないやり取りだけど、でもこうして誰かが側にいて、

こうして他愛も無い会話ができるのって凄く嬉しいこと。

改めてブレスさんの存在にありがたみを感じる俺だった。



 ブレスさんと他愛もないやり取りをしていると、

耳に微かな水音が聞こえてきた。

 川の流れる音じゃない。

何が強く水を打っているような音。

 気になった俺は音を頼りに森の中を進んでゆく。


 静かな森の中を歩いて行く。

やがて木々の間に、轟々と流れ落ちる滝が見えた。

そんな滝へ、人が一人乗った青いゴムボートが突っ込んでゆく。


 気になった俺は森の中からボートを追った。


 滝の下流へ着くと、ボートがそこを駆け下りてくるのが見える。

滝に突っ込んだゴムボートは激流に翻弄される。

だけどボートに一人乗っていたピルスは、次々とパドルをいて、

激しい流れを掻き分けていた。


「あっ!?」


 だけどパドルが川の岩に引っかかった。

ボートはバランスを崩して、大きく転覆する。

ピルスはボートから投げ出されたけど、すぐに川から浮かび上がってきた。

彼女はボートのセフティーロープを掴んで岸へ泳いでゆく。


「はぁ、はぁ、はぁーっ……」


 だけど岸に泳ぎ着いたピルスは川岸に荒い息遣いをしながら、

大の字に倒れ込んだ。

そんなピルスへ森の奥からタオルが投げ込まれて、

彼女の胸の上にはらりと広がって落ちた。


「こんな遅い時間に水に浸かってばっかいると冷えるわよ?」


 森の奥から出てきたのはランビックだった。


「大丈夫! 僕、これでも水の獣神だから!」


 ピルスはいつもの調子でそう云う。

だけど、やっぱり寒いのか肩は震えてて、起き上がる様子は無い。


「全く、バカピルス……」


 ランビックはそう悪態を尽きながら、ピルスへ屈み込んで、

タオルで濡れた彼女の体を拭う。

 ピルスは起き上がろうとする。

だけど上手く身体が動かないのか、ランビックの腕の中に落ちた。


「ごめーん!」

「もう、今日は止めなさい。この間だってそうやって無茶して海で溺れたじゃない……」

「あは、あははは……あの時はお腹が空きすぎてね」

「冷えはお腹が空くのよ? だから今日は止めなさいよ」


ピルスは首を横に振った。


「それはできないなー。だってもうランが云う通り時間ないし、だったら僕がしっかりしないとね」

「……」


さっきまで明るい顔をしていたピルスが、表情を曇らせた。


「もう獣神じゃない僕がみんなのためにできることはこれなんだ。僕は僕の国のみんなを守りたい。それでシュガーのみんなも助けたい! ランには前みたいに笑ってほしいんだ!」

「ピルス、あんた……」


 ピルスはランビックの腕から離れる。

そしてランビックをそっと抱きしめた。


「僕がなんとかするから。ランの国の人たちを、僕の国の人たちを助けるから。チートの分も僕が頑張るから! だから……」


 そう強く語るピルスを、

ランビックは抱きしめ返した。


「冷た……こんな冷え切った身体でそんなこと言われても、無理そうにしか聞こえないわね。それにちょっと今の言葉ムカついたわ」


 ランビックの言葉は刺々しい。

だけど、優しい雰囲気を持っているように俺には聞こえた。


「ピルスが全部一人で背負い込む必要ないのよ? 私は私の国のみんなを救いたい。大好きなピルスの国の人たちにシュガーみたいな悲しくて辛い思いはさせたくない。だから私も頑張る。そう決めてるから!」

「ラン……」

「時間は無い。だけどそれで無茶して怪我でもしたら大変よ。私だってあの情けない奴の分を背負うわ。だから二人で頑張りましょ? ねっ?」


ピルスは静かに頷き返した。


「そういう訳だから今日はもうおしまい! 帰ったら暖かいものを用意するわ」

「うん! ありがとう! ランのお茶美味しいから大好き!」

「今日は特別に秘蔵してた糖を入れてあげるからね」

「わーい!」


 ピルスはランビックに肩を借りて、

森の奥へと消えてゆく。


川岸には蒼いゴムボート:ガロインが残されていた。


 俺の胸の内はモヤモヤしていた。

 ピルスとランビックが俺に期待していなかった。

その事実がショック、っていうのもあったけど、

心の中の大半はそれじゃない。


 申し訳なさの方が勝っていた。


 ピルスもランビックもお互いの国のみんなを助けるために、

真剣に取り組んでいる。

だけど俺は運動が苦手だからって、

自信がないからだってことで諦めようとしている。


――それで良いの?


 そんな問いが自然と沸き起こった。

 嫌なこと、苦手なことから逃げて、

逃げ回って、

言い訳して、

諦めて。

それで後で最悪な結果になって後悔して。

そんなの嫌だと思った。


『少年、君はこれからどうしたいのかね?』


ブレスさんが俺の気持ちを分かっているかのように問いかけてくる。


――俺がどうすれば良いか、ううん、どうしたいか、それは……


 ピルスもランビックも一生懸命頑張っている。

元々は二人の獣神晶を治すために参加することにした。

だけど、今の心持ちはちょっと違う。


 俺の足は自然とボートへ向かってゆく。

 近くに落ちていたパドルを拾って、

ゴムボートのセフティーロープを掴んで、

引きずり始めた。

 ボートは思っていた以上に重い。

結構しんどい。

でも、弱音を飲み込んだ。


『少年よ、何をするつもりなのかね?』


ブレスさんの静かな問いに俺は、


「練習に決まってるじゃないですか! ピルスもランビックも真剣に頑張ってるんです! 俺も頑張らないと!」


 腹の底から深い想いと決意が乗った言葉が口から出た。


『そうか! 良く言ったぞ少年! 本当に男らしくなったな!』


ブレスさんも嬉しそうな声を上げてくれた。


 滝の上へボートを引っ張った俺は、

蒼いゴムボート:ガロインを水面へ浮かべた。


『えいやっ!』


 突然、ブレスさんが叫びを上げる。

するとテイマーブレスから光が迸って、俺の衣装が変わった。

 蒼いウェットスーツにヘルメット、プロテクターだった。



『私からのプレゼントだ! 受け取るがいい!』

「ありがとうございます! 相変わらず俺よりもチートですね!」

『これが私だ! しかし少年、君は未だ初心者だ! 激流へ挑むのはピルスやランビックが居るときにして、まずはパドル操作を完全にマスターするのだ!』

「分かりました!」


 俺はパドルを力強く掴んで、ボートへ乗り込む。

 始めて心の奥底から燃えるような雰囲気を感じる。


「イチッ! ニィッ!」


 リズムを口ずさみながら、俺はパドルで穏やかな水面を掻いて、

ボートを進ませ始めた。


 相変わらず水は重く感じるし、パドルを漕ぐ腕はすぐに痛くなる。


――だけど、負けられない!


 やるって決めた。

 ピルスとランビックのため、そしてずっと色んなことから逃げ続けていた

自分を変えるために!


『少年よ! 腕ばかりで漕ぐでない! ピルスに教わった通り上半身すべてを使うのだ!』

「はい!」

『私が声をかけてやろう! イチッ、で上半身を思いっきり前へ倒す! そしてニィ、で上半身を思いっ切り起こし、身体を使ってパドルを漕ぐのだ!』

「はい! よろしくお願いします!」

『うむ! では行くぞ……イーチッ!』


 ブレスさんの掛け声に合わせて深く上半身を倒す。


『未だだ! そんな倒し方ではロクにパドルを漕げんぞ!』

「は、はいっ!」


 更に上半身を倒す。

 腹筋の辺りがすごく痛いし、苦しい。


――だけど負けない! 負けるもんか!


『よし! では漕ぐぞ! ニィ―ッ!』

「おーりゃぁー!」


 俺はピルスとランビックのことを頭に描きながら、

全身を使って思いっきりパドルを漕いだ。

 パドルにはいつも通り水の重さが掛かる。

だけど、確かな手応えがあった。

 ゴムボートはスイっと、静かな水面を切って、スムーズに前進した。


「やった!」


 思わず喜びの声を上げる。


『上出来だ! その感覚を忘れるんじゃないぞ!』

「はい!」

『よし、鉄は熱いうちに打て、初志貫徹しょしかんてつ! 今の感覚と、そして気持ちを持ちながら続けるぞ!』

「わかりました!」

『どんどん行くぞ! イチッ! ニィ……』


 ブレスさんの掛け声に合わせて、俺は全身を使ってパドルで水を掻く。

 俺はこうして付き合ってくれるブレスさんに感謝しながら、練習を続ける。


――絶対に負けない! 負けるもんか!


 初志貫徹。

 初めに思い立った願望や決断を忘れず貫き通すこと。


――俺はピルスやランビックのために絶対にチームメイトとして役に立てるようになる!

そしてすぐに諦めそうになる自分に打ち勝つ!


 想いを俺は胸へ強気刻み込み、水を掻き続けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ