序章4:黒い龍とギネース兵と初めてのエクステイマー
『少年! ここは危険だ! 逃げるぞ!』
真剣なブレスさんの声が聞こえて視線を地上へ戻す。
すると目の前の岩場に異変が起こり始めていた。
剥き出しの岩肌から水のような何かが沢山染み出していた。
少し粘ついた印象のある水は、マンホールの蓋くらい大きさまで広がる。
そして水は一斉に縦に伸びて、形成を始めた。
腕と頭ができて、更に胸には金属の胸当て、
右腕には金属の短剣が握られる。
気が付くと俺の目の前には上半身が人型、
下半身は水たまりの武装をしたスライムの一団が現れていた。
【ギネェースッ!】
武装スライムの一匹が奇妙な雄叫びをあげながら短剣で斬りかかってくる。
「うわっ!」
間一髪飛び退いて、斬撃を回避。
少しでも反応が遅れてたら洒落にならないことになってたと思う。
『こいつらはスライム型魔獣ギネース兵! エヌ帝国の雑兵だ!』
「エヌ帝国!?」
『詳しい説明は後ほどゆっくりする! とりあえず今は逃げるのだ!』
「わ、わかりました!」
とりあず、ブレスさんの言う通り踵を返してダッシュ開始。
【ギネェースッ!】
今度は複数のギネース兵が短剣を振りかざしながら、
俺へウネウネしながら近づいてきている。
「で、逃げてどうすれば良いんですか!?」
『どうもこうもまずは逃げるのだ!』
「あの、俺チートなんですよね!? 大獣神さんは意味わかって命名したんですよね!?」
『どうしたのだこの非常時に?』
「いや、チートっていったら無双でしょ!? あんなスライムなんて楽勝でしょ!」
『残念ながら少年、君自身にそんな力は無い!』
「マジっすか!? じゃあなんでチートなんっすか!?」
『それはだな……少年、止まれッ!』
「うえっ!?」
ブレスさんに言われて、ダッシュ緊急停止。
足元にはネバネバした水溜りがあった。
すると水溜りからゲル状の腕が飛び出しきて、俺の足を掴んだ。
「うえっ!?」
そのまま、足を引っ張らられて仰向けに倒される。
転ばされた衝撃で軽く意識が飛びかけた。
「いつつ……」
『早く立つのだ!』
目の前には短剣を構えたギネース兵が。
なんとか身体を地面の上で転がして、短剣を回避。
そして立ち上がって俺はいきなり自分が危機的な状況に置かれれいると思い知った。
【ギネェース!】
【ギネェース!】
【ギネェース!】
ギネース兵がウネウネしながら俺を取り囲んでいた。
どこにも飛び出せそうな隙間は無い。
おまけにギネース兵は奇妙な掛け声を延々と垂れ流しながらどんどん俺へ近づいてきている。
「ブレスさん! どうしたら!」
『まさか、いきなりこんな展開になるとは……』
ブレスさん、結構マジな声で悩んでる。
本当にやばい状況らしい。
【ギャオォォォーンッ!】
その時、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの咆哮が聞こえた。
俺の頭上を黒い影が覆う。
視線を上げるとそこには空中戦を繰り広げていた黒い龍の姿があった。
龍がゆっくりと牙が連なっている口を大きく開いて紫色の輝きが収束してゆく。
絶対にまずいと思ったけど、周りはギネース兵に囲まれているし、
龍の口に集まっていた輝きは既に爆発寸前。
――チートの旅はこれにておしまい。ってかまだなんも始まってない!!
「そんなのありかよぉーッ!」
思わず魂の叫びを上げた。
同時に龍が口の中に集めた紫色のエネルギーが爆発した。
爆発したエネルギーは龍の口の中にあるたくさんの牙に反射した。
反射して細かい光線となったエネルギーはピンポイントでギネース兵を撃ち抜いてゆく。
鎧ごと撃ち抜かれたギネース兵は次々とさらりとした水に崩れて、岩に染み込んでいった。
「助けてくれた……?」
【グルルゥゥゥ……】
黒い龍は黄金の瞳に俺の姿を映したまま、動かない。
刹那、龍の背中へ向けて何かが沢山降ってきて、爆発が起こった。
黒い龍の更に上には足の爪に赤く明滅する石をもった巨大な鳥が複数飛んでいた。
さっきまで龍に群がっていた奴だ。
鳥は足の爪で掴んでいる石を次々と龍の背中へめがけて落とす。
それは爆弾だったようで、黒い龍の背中の上で次々と爆発する。
【グガ、ググググッ!】
龍は執拗に落とされる爆弾の爆風で飛び立てないのか、苦しそうな呻きを上げている。
すると風で流された一発の爆弾が、俺の頭上へ流れてくる。
『少年!』
「うわっ!」
【グルガァーッ!】
黒い龍が突然蠢いて、俺の頭上を覆った。
刹那、爆弾が龍の頭を直撃して、盛大な爆発が起こった。
龍の頭から生えていた立派な二本の角はバラバラに砕けて、辺りには歯牙の破片が飛び散る。
ずっと低空を浮遊していた龍の体が初めて地面へ落ち、そしてピクリとも動かなくなった。
『少年! 今がチャンスだ! 今のうちに逃げるのだ!』
ブレスさんの叫びが耳を通り過ぎてゆく。
だけど俺は胸の苦しさを覚えながら地面へ倒れ込んだ龍へ近づいてゆく。
近くで見てみると龍の身体を覆っている黒光りする鱗は所々が砕けていた。
その間からは真っ赤な血が滴っていて痛々しい。
「どうして君は俺のことを……?」
どうしてこの龍が俺のことを助けてくれたのか良くわからない。
だけど事実としてここまでこの黒い龍は俺のことを守ってくれた。
その結果こんな酷い傷を負うことになってしまった。
それがありがたい反面、申し訳なくて一杯だった。
――きっと今、すごく痛いはずだ。苦しいはずだ。
体に染みついている痛みと苦しみの記憶が勝手に蘇る。
事故に合い、そして死ぬ瞬間までの痛みと苦しみ、そして恐怖。
俺の心に深く刻まれた、凄く嫌な感覚。
――あんな苦しみは誰にも味わって欲しくない。
その時、死の瞬間俺の頬を舐めてくれた子犬のことを思い出した。
あの子が頬を舐めてくれたから、死の恐怖が和らいだのは確かだった。
何もできないかもしれない。
助けてあげられないかもしれない。
だけど今できることをしたい。
だから俺は、黒い龍の体に触れた。
「ありがとう。俺のことを助けてくれて……」
瞬間、龍に触れた右腕には嵌められているテイマーブレスが輝きを放った。
「えっ!?」
『なんと! これは!!』
ブレスさんが大きな声を上げた。
「ブレスさんこれは!?」
『説明は後でする! 少年、今はその龍に触れたまま想うのだ! 彼女を助けたい! 救ってやりたいと強く!』
「えっ?」
『良いから私の言った通りにするのだ!』
気圧された俺は言われた通り、俺は胸の中で想いを膨らませる。
――この龍を助けたい。
命懸けて俺を救ってくれたこの子に何かをしてあげられるなら全力でしてあげたい!
『相互接続完了! 治癒を開始する!』
ブレスさんを通じて俺の中から何か暖かいものが溢れ出た何かが黒い龍へ流れ込んでゆく。
すると龍の鱗の傷が、折れた角が、砕けた牙が次々逆再生みたいに元へと戻ってゆく。
【グル……ググ……】
龍の黄金色の瞳が生気を宿した。
『少年! 最後の仕上げだ! 今から最後の呪文を君の頭へ流し込む! 力の限り、想いの限り元気よくソレを叫ぶのだ!』
「わかりました!」
息を一杯に吸い込んで、心を落ち着ける。
意識は研ぎ澄まされて、意識が胸の中心に集まってゆく感覚があった。
自然と頭の中に言葉が浮かぶ。
きっと始めて叫ぶ言葉。
だけど、馴染みがあるように感じる言葉。
腹へグッと力を込めて、俺は黒い龍へ翳した掌へ意識を一点に集めた。
「エクステイマぁぁぁーッ!」
より一層の輝きが龍へ流れ込んだ。
【ギャオォォォーンッ!】
完全に治癒が完了した龍の体が再び宙へ浮かんで、
物凄く元気が良さそうな咆哮を上げた。
『説明しよう! これぞチート少年に与えられた唯一無二絶対無敵の聖なる神の2つの能力! 人間以外の生物の傷を君の愛を持って癒す治癒能力! そして下僕として従える力……エクステイマーッ!』
「エクステイマー?」
『そうだ! その証拠に黒き龍を見たまえ』
龍が俺の姿を黄金の瞳の中に映していた。
眼光は鋭いけど、だけどどこか暖かくて、親しみが込められているような視線。
龍は首を少し横へ振り、背中を指す。
「乗れって?」
【グルゥ~……】
『彼女は早く乗って欲しいみたいだぞ? さぁ、早く!』
とりあずブレスさんに言われた通り、龍へよじ登る。
すると不思議な感じを得た。
龍にまたがって触れていると、
まるでこの黒い龍と一心同体になったような感覚があった。
そして名前のような文字が頭に浮かぶ。
「君の名前はスー、なのかい?」
【グーッ……】
「合ってるんだね。よろしくスー !」
【グーッ!!】
黒い龍のスーは満足そうだった。
「ところでブレスさん、なんでこの子が雌だってわかったんですか?」
『ふふん、私は対象生物に触れれば簡単に雌雄の判別ができるのだ!』
「なんか無駄なところがハイスペックですね」
『それが私だ!』
【グルゥ~……】
なんかスーが凄く不満げだと思った。
でもすぐさま視線を空へ移した。
スーの遥か上には爆弾を再装填して戻ってきた怪鳥軍団がいた。
「いくよ、スーッ!」
【グルアァァァァッ!】
黒龍のスーにまたがった俺は空を飛んだ。
すると、復活したスーの動きに気がついたのか怪鳥軍団が、
嘴を突き出しながら急降下攻撃をしかけてくる。
スーの背中に乗っている風圧は物凄い。
でも俺の視界はスーとリンクしているようで、的確に怪鳥の姿を捉えていた。
左右に身体を捻るイメージをすれば、スーも同じように身体を捻る。
怪鳥軍団の急降下をやり過ごし、その勢いのまま反転。
長いスーの体が反転の反動で鞭のようにしなる。
やり過ごした怪鳥は全てスーの体に弾き飛ばされ、そして黒い結晶となって砕け散った。
――まだ来る!
俺とスーは同時に更に上空を見やる。
そこには今まさに爆弾を落とそうとしていた怪鳥の姿があった。
「紫のエネルギー放射だ、スーッ!」
【グルアァァァァァ!!】
スーは思い切り口を開いて、紫の輝きを素早く収束させる。
圧倒的で、破壊力抜群のソレはスーの口の中で一気に膨張した。
すると怪鳥軍団が爆弾の投下を始める。
【ガアァァァァーーーッ!】
瞬間、スーは壮絶な輝きを秘めた紫のエネルギーを放った。
エネルギーは爆弾を、そしてその先にいる数羽の怪鳥全てを飲み込む。
爆弾は一瞬で消し飛んで、怪鳥は紫の光の渦の中で形を失って消し飛ぶ。
闇夜の下には黒い色をした怪鳥の残骸の結晶がハラハラと散っていた。
もう周りに怪鳥の気配は一羽も無い。
スーは圧倒的な力を持って、全ての怪鳥を一瞬で片付けたのだった。
ゆっくりとスーは地上へ降りる。
俺がスーの背中から降りる。
するとスーの大きな体が紫の色の光を放った。
大きなスーの体がどんどん縮まって、俺と変わらない位のサイズに縮まる。
手足と頭があって、髪がある。
何故かスーは杖を持って、紫のメイド服みたなものを着ている、
黒髪のおかっぱ頭の小さな女の子の姿に変化していた。
「わた、しスー。わた、し、助か、った。だから、もう、貴方、のもの!」
黒髪の小さな女の子は、なんか変なことを言っていた。
「えっ……何?」
正直な感想が俺の口から漏れたのだった。




