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四章7:激流と人工呼吸とラフティング


「イチッ! ニィ! イチッ! ニィ! 二人共いい感じだよぉー! その調子ぃー! イチッ! ニィ!……」


 ピルスが丁寧に教えてくれたおかげで、

なんとかうまくパドル操作ができるようになった俺。

 ランビックからの文句もないので、

とりあえず漕ぎ方はこれでオッケー何だと思う。


 俺たちはラフティング大会に向けて、未だ川で練習をしていた。


「すとーっぷ!」


 船首バウに座っていたピルスから号令が出る。

 俺とランビックがパドルを水面から引き上げて膝の上へ置くと、

ピルスはパドルで船の前進を止めた。


「じゃあまずは準備するねー !……結晶装着クリスタルメイル!」


 ピルスは両手を胸の前で開いてそう叫ぶ。

 船の周りの水が少し泡立った。

 噴水みたいに川の水面から水が噴き出し来て、

俺とランビックの頭の上から降り注ぐ。


「うわっ、濡れ……ない?」


 頭の上から降り注いで来た水は、

頭の上、胸・肘・膝の辺りにまとわりついて渦を巻いていた。

 その渦はすぐに凝固して、

蒼いヘルメット、フカフカのライフジャケット、プロテクターに変化した。

 ピルスとランビックも同じ装備を身に着けていた。


『説明しよう! 結晶装着とは水を自在に操るブルーマーメイドの奇跡のパワーによって、装備品を生み出し装着させる特殊スキルなのだ! ……たぶん』

「なんでたぶん何ですか?」

『それはだな、とりあえず当てっずっぽうだからだ! なにせ最近、私の役目があまりにも少ないからな! HAHAHA!』

「ブレスさん、ありがとー! その通りだよ! 凄いね! へへっ!」


 だけピルスは嬉しそうに笑っていた。

なんとなく、ブレスさんから”誇らしい”雰囲気が漂ってくる。

 形状にはなんの変化も無いけど、なんとなくわかる。


「じゃあ、これで準備は完了ー! いよいよ、行くよ?」


 少しピルスの声のトーンが落ちてドキッとする。

 氷のヘルメットやライフジャケット・プロテクターを装着したピルスは、

ゆっくりとボート漕いで前進させる。


 耳に激しい水音が聞こえ始めた。


 さっきまで穏やかだった水面がだんだんと波立ち始めている。

 それはボートが進む度に勢いを増していた。

 やがてまっすぐと続いていた川の先が無くなっているのが見えた。


「ラン! チートいっくよぉ!」


ピルスの叫びに、


「わかった!」


真剣な表情のランビックは応答して、


「な、な、なに!?」


 よくわかんないけど、絶対危ないと思った俺は声を震わせた。


「川下るよ! まずはアウターチューブに付いてるセフティロープを掴んで!」

「えっ!?」

「これがラフティングだぁー!」



 俺の声なんてなんのその。

 ピルスは大きくパドルを漕いで、目の前の滝つぼへボートを落とした。


「うえっ!?」


 ボートは激しい流れの川へ突入する。

 途端、ボートが前後に激しく揺れてた。

 船体の中へ遠慮なく川の水が、勢いよく入り込んでくる。

ピルスに言われた通りセフティーロープってのを掴んで無きゃ、

ボートから振り落されるところだった。

 だけど、こんなの未だ入口に過ぎなかった。


「二人とも、一生懸命漕いで! 流されちゃってるよ!」

「了解!」


 ピルスの声を受けてランビックは、ボートに打ち付けてくる波なんてなんのその。

全身を綺麗に使ってパドル操作を始めた。


「あんたもさっさと漕ぎなさい! バランスがおかしくなるじゃない!」

「は、はいぃ!」


 ランビックに怒鳴られて、俺はパドル操作を始めた。

 波が無いところで漕ぐのでもパドルが重たいと感じていたのに、

激しい流れの中だと、それが更に増した。

 それどころか真っ直ぐパドル操作をしようとしても、急流に押されて、

満足に漕ぐことができない。


「チート! 前!!」


 ピルスの叫びが聞こえた。

 目の前には川岸から突き出している、少し太めの木の枝が見える。

 突然のことに動揺しちゃう俺。


『屈むのだ!』


 だけどブレスさんの声を聞いて、言われた通りにする。

 髪の毛がちょっと引っかかったけど、何とか枝との大激突は避けることできた。


「ふぅー……」

「はやく漕ぎなさい!」


またランビックに怒られて、あわててパドル操作を再開する。


「ラン!」


ピルスが叫ぶ。


「てぇいッ!」


 左舷のランビックがパドルを大きく漕いだ。

 ボートが大きく右に寄る。

 左側に見えていた大きな岩をボートは避ける。

 あのまま進んでいたら、ボードは岩に大激突してたと思う。


「チート! 早く漕いで!」

「えっ?」


今度は俺の居る右舷側に大岩が見えた。


「わわわっ!?」


 慌ててパドルを水面に突っ込んで、水を掻く。


「うえっ!?」


 だけど慌てて漕いだためか、パドルは水面の浅いところを掻いただけで

ボートはほとんど進路を変えない。


「ッ!!」


 ピルスが動いてまるで槍で刺す様に、パドルを水面へ突き刺す。

 ボートは一気に動いて、岩から離れた。


「漕ぐよ! 全力で!」


 状況は全く落ち着かない。

 ピルス、ランビック、俺は川の激しい流れに翻弄されながら

それでも全身を使って、必死にパドルで波を掻き分けて行く。


――さっき、ピルスやランビックに迷惑をかけたんだ。頑張らないと!


 そう思いながら、俺は無我夢中でパドルで水を掻く。

慣れない全身運動のせいで、体中が痛い。

正直、ボートがどう進んでいるのか良くわからない。

頭はパドル操作のことだけで一杯。

でもそうしないと、まともにこの激流に立ち向かうことができなかった。


「……トップ!」


 必死にパドルを漕ぐ中で、何か叫びの様なものが聞こえる。


「ストップ! チート、漕ぐのストップ!」

「えっ?」


 ピルスの叫びがまともに耳入った刹那。

パドルの先端が水面の何かに引っかかる。


「ッ!?」


すると、パドルが水面から突然突き出してきた。

Tグリップから左手が外れる。

そして、グリップの先端が、まるでアッパーカットみたいに俺の顎を打った。


『少年!!』


 薄らとブレスさんの声が聞こえる。

 だけど固いTグリップに顎を打たれた俺は、意識を朦朧とさせながら、

身体をぐらりと揺らしていた。


「あうっ……」


 そのまま、水面へドボン。

身体はまるでこの葉みたいにゆらゆらと、激流に翻弄されるだけ。

その時、別の水音が聞こえた。

ぼんやりとした視界の中に、一生懸命泳いで来るピルスの姿が見える。

そこで俺の意識は途切れたのだった。




●●●




「……ス、ター!」

「ううっ……」


 スーの声が聞こえて、目を覚ます。

だけど目の前には何故かピルスの顔のドアップが。

 不思議と、口の辺りに柔らかい感触を感じる。

 何故か、ピルスは俺の口元に吸い付いていた。


「ッ!!」


 驚きと気持ち悪さを感じて体がビクンと反応した。

 ピルスが慌てた様子で俺から離れる。


「かはっ! げほっ! ごほっ!」


 途端に、お腹の底から喉を通って、口から水が噴き出した。

 最初は苦しくて、気持ち悪くて仕方が無かったけど、

全部の水を吐き終えると、体が随分と楽になった。


「失礼します!」


 突然、みんなを割ってボックさんが飛び出してくる。

いきなり俺の頭を掴んだかと思うと、毎朝してくれてみたいに

おでこを合わせてくる。


「摩力は……正常。 問題ないようですね」


 ボックさんの後ろにいたみんなは一斉にホッと胸をなで下ろす。

途端、エールがつま先を、並んで佇んでいるピルスとランビックへ向けた。


「てめぇら! 何したか分かってんのか!? マスターに何かあったらどうするつもりだったんだよ!!」

「マス、ター、危険! マス、ターの危険、ビアルの危機! めっ!」


 エールとスーは口をそろえて文句を言う。

ボックさんも静かに立ち上がると、


「修練をするのは大変結構です。ですが、チートさんは未だ初心者なのですよ? その点をわきまえて頂かななければ困ります」


 口調は静かだけど、

ボックさんの言葉には鋭い棘があるように聞こえた。


「あは、あははは……ごめんよ。 僕、チートならできそうだって……」

「煩いわね! 外野は黙ってなさいよ!」


 ピルスの声を遮って、ランビックが怒りを露わにした。


「私たちはね、真剣なの! もう時間が無いの! そんなダサいやつに合せて、のんびりやってる暇なんてないの!」

「ちょ、ちょっとラン……!」


 ピルスがランビックを止めにかかる。

だけどランビックはピルスを弾いて、俺へ飛び掛かってきて、胸ぐらを掴んだ。


「あんたもあんたよ! やると言ったからには真剣にやりなさい! 大体、あんな程度でボートから落ちるなんて情けないと想わないの!?」

「あ、いや、その……ごめん」

「フン!」


 ランビックは突き飛ばしそうな勢いで俺から離れる。


「ランビックてめぇ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 本当に怒った様子のエールが、ランビックの肩を掴んだ。


「離しなさいよ! このバカぢから! 肩が外れてレースに出られなくなったらどう責任取ってくれるのよ!


ランビックは鋭い目をして、エールの手を弾く。


「この、てめぇ……!」


 今にも飛びかかりそうなエールを、ボックさんが制した。


「止めんじゃねぇ! このバカ女には一発くれてやらねぇと!」

「エー、ちゃん、暴力、めっ!」


 スーが振り上げたエールの拳に飛びついた。

 二人に止められたエールは静かに拳を下す。


「ピルス、申し訳ないけど今日の練習はここまでにさせて貰います。このような状態で、練習を継続して、万が一チートさんに大事があっては困ります! 良いですね?」


ボックさんも鋭くそう云った。


「う、うん……分かった」


ピルスは頷くしかなかった様子だった。


「……」


 ランビックは冷たい視線でぐるりと俺たちを見渡すと、

素早く踵を返して、歩き出す。


「ちょ、ちょっとラン! ごめんね、チート! 今日はここまでで!」


ピルスは慌てて、ランビックを追って行った。


『最悪な展開だな』


ブレスさんがボソリと呟く。

何も答えられない俺が居た。


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