四章5:レースと概要と大会出場
俺たちは東屋の様なレストランの個室で、ランチを取っていた。
「これうめぇな! ガレー飯に果物をトッピングか、なるほど……」
エールは具材に果物が入ったガレー飯に感動して、唸っていた。
途中でメモを取ってる辺り、かなりの感動なんだろう。
――にしてもエールってガレー飯ばっかり食べてるよな。なんか意味があるのかな?
「にゅー」
「こら! スー! ナイフがあるならちゃんと切ってから食べなさい! フォークで串刺してそのまま食べるなんてダメです!」
スーは鉄板焼きのハンバーグを、
同じものを綺麗に食べているボックさんに注意されながら食べていた。
「にゅー! わた、し、ばっか、嫌!」
スーはピルスをフォースで指す。
「あむ、むぐ、もぐもぐ、あーん!」
ピルスの前には鉄板の上に夥しい位重なっているハンバーグの山があって、
フォークで串刺して、一口で食べていた。
「もうピルスまで!」
ボックさんが怒ったようにそう云うと、
「別に良いじゃない、誰がどんな食べ方をしようが勝手でしょ? それに私たちはそんなこと気にする間柄だったかしら?」
ランビックは魚介類がふんだんに使われているパスタのようなものを、
綺麗に食べながらそう云った。
「ですけど、私はスーの教育係りとしてですねぇ……!」
「もう少し寛容になれないの? そんなに怒ってばっかいると、ボック、貴方の顔に消えない深ーい皺が刻まれることになるわよ? お肌の形状記憶って油断できないのよねー」
ランビックはさらりと、
流れるように結構きついことを言う。
「ははっ! そりゃそうだ! おいボック!あんまり眉間に皺ばっかよせってっと、鬼みてえぁな顔になるぞ!」
「ちょっと、エールあなたねぇ!?」
「まぁまぁボックさんもエールもその辺にしておいておいて!」
丁度、二人の間に座っていた俺が仲裁。
ボックさんとエールは子供みたいにお互いに顔を逸らしてランチに戻った。
『少年よ、君も仲裁できるほどの男になったのだな。私はちょこっと嬉しいぞ』
なんかブレスさんに感動された。
てか、”ちょこっと”って……
「ねぇ、さっきから思ってたんだけどそのキモイブレスレットって何?」
ランビックがテイマーブレスを指した。
『むっ! キモイとは失礼な! 私はテイマぁーブレぇス! 私はチート少年の……」
以下、いつものせつめいで長くなるので省略。
「ふーん、そうなんだ。貴方がね」
ランビックはあっさりと納得した様子だった。
「あんまり驚かないんですね」
何故か俺はランビックには敬語になって聞く。
「だって、エールやボックが一緒にいるんですもの。それで大体納得よ。まっ、このキモイブレスレットがお父様ってのはあんまり信じてないけどね」
『むっ! 何を言うか! さっきも言ったと思うが私は先代大獣神で、君の……」
「それさっき聞いたから。同じ話を二回もするなんてウザいから」
『す、すまん……』
ブレスさんは大人しく引き下がる。
なんかこの光景って、
――反抗期&思春期の娘と、おっかなびっくり触れる父親みたい。
食事も大体済んだところで、
そろそろ話しかけても良い頃合いだと思った俺は、
「ねぇ、ピルス一つ聞いていいかな?」
「むふ? なひ?」
「あっ、ごめん。飲み込んでからで良いから」
丁度ピルスは最後のハンバーグを頬張ったばっかりだった。
「もぐもぐ、ごっくん……ごちそーさまー! で、チート何ー?」
見るだけでもお腹いっぱいになりそうなハンバーグの山を、
ペロッと平らげたピルスは何事もなかったかのようにケロッと聞き返してきた。
だけど今突っ込みたいのはそこじゃない。
「あのさ、さっきエヌ帝国の提督が大会がなんとか、とか言ってたじゃん? あれって何のことなの?」
「あー、それはー!」
ピルスは突然、自分の体をポンポン叩き始める。
何か探してるけど、見つからない、なんて様子に見える。
「はい」
するとピルスの隣に座っていたランビックが、
肩から下げていた籠のようなポーチから、
綺麗に折りたたまれた紙を取り出して渡す。
「さすがラン!」
「ピルスはすぐにこういうの無くすものね。あっても人様に見せられないほどぐちゃぐちゃにするし」
「へへっ! ごめんごめん」
「もうちょっとそういうところしっかりしてよね!」
「うん! わかったー!」
結構きつめなランビックの言葉にも、笑って返すピルスだった。
きっとこの二人の相性って良いのかもしれない。
「実はねー、今度水の国ドラフトとエヌ帝国で、この国の占有権を掛けてラフティング大会を開くんだー!」
「ラフティング?」
「みんなで川の急流をボートで下る競技のことだよ!」
俺はピルスから紙を受け取った。
【ドラフトギルド/エヌ帝国対抗 大ラフティング大会】
★ギルド、帝国いずかのチームが一着ゴールでドラフトの占有を確約!
★船体形状・参加人数不問! ただしメンバー全員のクラス評価合計★12以内にすること!
★開催日程……etc
という感じの、簡潔だけど凄く分かりやすいチラシだった。
だけど突っ込みたいところは多々ある。
「なんでまたスポーツ勝負?」
「それはねー提督って、ああみえてスポーツマンらしくてさー。で、ドラフトに侵攻してきた時、僕達ドラフトギルドがなんとか戦闘を回避しようってことで、大会のことを持ちかけたらOKしてくれてさー」
「じゃあなんでラフティング?」
「それはねードラフトギルドはみんな身体を鍛えるための訓練で良くラフティングをしてるからなんだ。国の命運がかかってるからできるだけ、勝てる勝負ってことで提案したら、提督もそれで良いよって言ってくれてねー」
「うーん……」
どうも納得できない俺がいた。
経緯ははっきりしてるけど、どうしても腑に落ちない。
「なによ、文句ある訳?」
頭を抱えている俺へランビックの鋭い声が響く。
「ピルスはね、なんとか戦争を回避しようとして、頑張って大会開催まで漕ぎつけたのよ? シュガーのような惨劇をドラフトで起こさないように頑張ったの! それがどれぐらい大変だったか分かってるの!?」
「あ、いや、その……」
「これだから平和ボケしてる人は困るのよ。 結局、自分の国が占領されて、ひどい目に合わなきゃ……」
「ラン! 落ち着いて!」
ピルスが言葉を挟む。
「そうですよ、ランビック。私達は今初めて貴方の口からピルスが苦労をして、戦争回避のラフティング大会開催まで漕ぎつけたのだと知りました。なにも状況を知らないチートさんが疑問を抱いても不思議ではありませんし、それを一方的に非難するのは客観性に欠けていると思いますが?」
ボックさんは鋭く指摘する。
「まぁ、確かに今のランビックの言葉はちぃーと感情的だったな。マスターが、今までの課程を全部知っててそう云うんじゃ怒るのも分かるけど、そうじゃなきゃ逆ギレだぜ」
エールもランビックへ鋭い視線を投げかけながら云う。
「マス、ター、悪く、ない!」
スーも同調していた。
『しかしだ、こういっては嫌なことを思い出させてしまうかもしれないが、あえて云おう。ランビックは風の獣神、そして皆承知の通り、彼女の国はエヌ帝国に占領されている。そうした状況だ。国の悲劇を一番知ってるランビックの気持ちも皆汲んではどうかね?』
ブレスさんの意見もまた最もだった。
確かにランビックの感情的な言葉は良くないけど、
それを俺たちが寄ってたかって指摘するものどうかと思う。
「ごめんなさい、ランビック。俺たち、君の気持ちも知らないで好き勝手に云って本当にごめんなさい」
「……ふん! 分れば良いのよ」
俺が謝ると、ランビックはそれっきり黙ったままになった。
ちょっと場の空気が悪くなって息苦しさを覚える。
「じゃ、じゃあ、そういうことじゃ、ピルス達も出場するんだよね?」
苦し紛れの質問だった。
何せ、ピルスは大会開催まで持ち込んだ功労者だ。
彼女が出ないことには……だけど、さっきキジンガ―提督とピルスの会話を思い出して、
頭に”?”が浮かぶ。
「いや、それが、あっははは……未だ、僕たち出場受付してないんだ」
「えっ!? どうして?」
「それがさー、出場資格のところだけどうしても提督が譲ってくれなくて……」
「★12ってやつ?」
「うん。僕とランは一緒にチームで出ようって思うんだけど……」
と云ってピルスはギルドの紋章が刻まれている右腕を晒す。
ピルスはランビックへ目線で同じことをするように訴える。
だけど彼女はジッと腕を組んだまま動かない。
「あはは……ちょっと、手借りるよ」
ピルスは苦笑いを浮かべながらランビックの腕を解いて、
右手の紋章が浮かんでいる甲を晒させる。
途端、光が沸いて二人のステータスが浮かんだ。
【氏名】:ピルス
【評価】:★★★★★(詳しくはここをクリック)
【職業】:スピアライダー
【スキル】:ライドロウィン/結晶装着
【氏名】:ランビック
【評価】:★★★★★(詳しくはここをクリック)
【職業】:ガンスリンガ―
【スキル】:ショット・ラン・スター/シューティングフォーメーション
――やっぱ獣神って化身でも★5評価ばっかりなんだ……
微妙な★2評価の俺はやっぱり落ち込むのだった。
「僕とランで★10でさー、後★2足りないんだよね。もう殆どのチームが受付け済ませちゃって、あんまし人が残ってなくて。なんか僕たちが誘ってもみんな嫌がるっていうかさ、あはは……さ」
ピルスはちょっと悔しそうな表情をしていた。
「大体みんな臆病なのよ。★2の連中って同じクラスで固まるか、そもそも自分の能力を卑下して戦おうともしない臆病な奴ばっかりなのよね」
相変わらずランビックの物言いは厳しかった。
だけど★2評価の俺は、何となく他の同じ評価の人の気持ちが分かる様な気がした。
5分間だけの身体能力向上と、エクステイマー使用時の獣神達との一体化っていう
スキルはあるけれど、それ以外の時は、やっぱり俺の能力は微妙だ。
――固有のスキルは菓子精製のエターナルガトーだし、職業は動物飼育係だし。
事実、戦いの時★5評価のエールやボックさん、
★4評価のスーに助けられてばっかだし。
きっと今までピルスが誘った★2の人たちも、
自分の評価がロクに役立てないと思って辞退してきたんだと思う。
っと、その時、何故か俺の右腕が勝手に持ち上がった。
自然と紋章が刻まれている手の甲を晒して、
俺の超絶微妙ステータスが開示される。
『ピルス、ランビック僥倖だぞ! この少年は是非二人のチームに入れて欲しいと言っているぞ!』
「ちょ、ちょっと、ブレスさん!!」
思わずブレスさんへ叫ぶ。
『これはチャンスだぞ少年。ピルスとランビックは君のような低評価のギルドメンバーを探しているのだ。ここで一緒のチームになって、親睦を深めれば、あっという間にエクステイマー発動までこぎ着けられるではないか』
ブレスさんはそんな一方的な発言を俺の頭の中へ直接流し込んでいた。
「ホント!? ホントにホントに一緒に出てくれるの!?」
ピルスは身を乗り出して、
キラキラ目を輝かせながら俺の方を見ていた。
「あ、あの、いや、そのこれはブレスさんが……!」
言い淀んでいると突然ランビックが、
お皿がガタガタ揺れるぐらいの強さで机を叩いた。
「何よ! じゃあなんの意味があってステータス見せたのよ!?」
「いや、だからこれは……」
「バカにしてるの!?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「ああもう、さっきからウジウジウジウジ! はっきりしなさいよ! 出るの!?出ないの!? どっち!?」
ランビックが物凄い勢いで迫ってきたので、
「あ、はい、で、出ます!」
ついうっかり気圧されて云っちゃった。
「ありがとー! じゃあ、早速いっくよー!」
突然、向かいに座っていたピルスが俺の手を取った。
「のわっ!?」
俺はまるで、畑から引っこ抜かれた大根みたいに引っ張り上げられて、
ドスンとピルスの横に尻から着地させられる。
「チートさん!?」
「マスター!?」
「マス、ター!?」
あんまりにも突然のことにボックさん、エール、スーは立ち上がる。
「ランもいっくよー!」
「あ、ちょっと!?」
だけどピルスはみんなの視線なんてなんのその。
ランビックの手も取って、東屋から飛び出た。
が、途端、腰に巻いているパレオに躓いて転んだ。
「これ邪魔ーッ!」
一瞬俺とランビックから手を離したピルスは、Tシャツとパレオを脱ぎ捨てた。
というよりも、引き千切った。
ビキニスタイルになると、また俺とランビックの腕をしっかり掴んで走り出す。
ボックさんの悲鳴が聞こえたような、
聞こえなかったような気がするけど確かめてる暇は無かった
ピルスは俺たちを軽々と引っ張りながら物凄い速度で走る。
勢いが凄すぎて、まともに口もきけない。
それにたくさんの人が、何事か、みたいな視線でみんな見返してくるものだから
恥ずかしくして仕方がなかった。
そんなことを思っている内に、
俺は海岸沿いにあるテント群にたどり着く。
立派な立て看板には、
【エヌ帝国ドラフト駐屯地/大会受付会場】
「提督ぅー!」
丁度、お昼ごはんを終えて、
駐屯地のゲートを潜ろうとしていたキジンガ―が振り返った。
「チームメイト集まったよー! 受付お願いしまーす!」
――なんか大変なことになっちゃった。
『為せば成る。頑張るのだ少年! HAHAHA!』
ブレスさんの不敵な笑い声が響く。
ラフティングなんてやったことのない俺は無茶苦茶不安なのであった。




