四章4:キジンガ―とピルスとランビック
「人、いっぱーい!」
船を降りるとすぐにスーは目を丸くしてそう叫んだ。
俺も声には出さないけど、スーの同じ気持ちだった。
水の国ドラフトは見渡す限りの人、人、人。
コーンスターチもそこそこ大きくて、
人が一杯だと思っていたけど、ドラフトは段違いの多さだった。
「水の国ドラフトはビアルでは観光と遊行の国と言われていて、大陸面積も世界の中心にあるアルデヒト大陸次いで二番目の大きさと人口を誇っているのですよ」
ボックさんは丁寧に解説してくれたけど、
スーは聞いてるのか聞いてないのか良く分かんない様子だった。
「ブレスさん、すっかり説明役ボックさんに取られちゃいましたね」
『別に構わん。ボックの仕事を奪ってしまっては悪いからな』
さらりとそう云うブレスさんだったけど、
俺のニヤニヤは止まらない。
「な、なんだね?」
『ホント、ブレスさんってボックさんのことBURNIG LOVE! ですよね』
「な、な、何を言うか! わた、私は、別にそんなこと……あるような、ないような……HAHAHA! 水着美女がたくさんいるなぁ! 眼福眼福! そうは思わないかね少年よ!」
必死に誤魔化すブレスさんがちょっと可愛く思う俺だった。
しかも結構な多さで、水着でブラブラしてる人がいる。
――これだったらピルスに無理やり服を着せなくても良かったかな?
というのも下船の時、
ピルスは「僕このままで良いよー!」なんて云って、
水着の上から頑なに服を着るのを嫌がって、
みんなで苦労して着せたっていう苦い記憶があるからだった。
「暑いよー死んじゃうよー……」
長めの青いTシャツと鮮やかな花柄のパレオ――ボックさんの自前――
を着ているピルスは項垂れている。
「我慢しなさい! 直射日光は肌に良くないのよ? きちんと防衛しないとしみそばかすの原因になるんだからね!」
というランビックはサングラスに麦わら帽子と完全武装だった。
「ちょっとごめん!」
そんなランビックは突然、走り出す。
彼女は道の隅に座り込んでいる人たちのところへ近づいた。
彼らの身なりはみんなボロボロで、どこかやつれているように見える。
何かプラカードのようなものが掲げられてて、
「ええっと、国、国を……?」
ようやくビァルの識字はできるようになってきていたけど、
少し字体が崩れているとまだ読みずらかった。
『国を追われた我々シュガーの民に施しを、だな。彼らは難民だ』
「難民ですか?」
『ああ。前にも話したと思うが、三年前にエヌ帝国が現れて以降、アルデヒト大陸、そしてローズフェニックスが司る風の島国シュガーは既に奴らの領地だ。さすがに魔獣が支配する地域では暮らせないからな。いま、かつてアルデヒトやシュガーに住んでいた民は、まだエヌ帝国の支配地域になっていない国へ逃亡しているのだよ』
ランビックは難民が前に置いている空き缶へ、言葉一つ話さずお金を入れていた。
どこか彼女の背中は物悲しく見えた。
「何見てんのよ! バカ! 見世物じゃないのよ!?」
ランビックは俺の視線に気づいて、怒った声を放つ。
「あ、いや、別に……」
「ふん!」
ランビックはそのまま俺を横切って、みんなの所へ戻る。
「ランビックおめぇ……」
エールが心配そうな視線を送るが、
「気にしないでケイロ……今はエールだっけ? シュガーがああなっちゃたのは事実だもん。それに力を無くした神にできることなんてこれぐらいよ」
ランビックの言葉を聞いて、誰もが黙り込む。
「ラーン!」
だけどピルスだけは明るい声で、ランビックへ背中から抱き着いた。
「早くご飯食べよ? 僕お腹もうペコペコだよー」
ピルスがそう云うと、ランビックはようやく笑った。
「そうね。私もお腹すいたわね。さっ、みんな行きましょう! この先に凄く美味しランチを出してくれるお店があるの! 案内するわ!」
ランビックはピルスと並んで俺たちの先へ行く。
暫く彼女たちに続いて歩くと、道の向こうに南国風の建物が見えてくる。
緑の囲いに覆われた広い敷地。
敷地の中にはヤシの木のような樹木と綺麗な南国風の花が沢山咲いている。
それぞれの席は全部、東屋になっていて、まるで海沿いの小さな村のように見えた。
だけど敷地の中には配膳をする人や、
大きな厨房が見えて、明らかにレストランか何かのようだった。
「おお! ピルス殿! ランビック殿! ランチですかな?」
っと、突然背後から突然、少しくぐもった野太い声が聞こえる。
振り返ると、
「エ、エヌ帝国!?」
思わず俺は叫んでしまった。
俺たちの後ろにはカーキ色の軍服の様なものを着たギネース兵と、
その先頭には立派な色の羽根が生えた、鳥の様な鎧を着た奴がいた。
「てめぇら、こんなところで何してやがる!」
エールがバスターソードを召喚して、ボックさんは獅子拳の構えを取って
スーは杖を掲げる。
「待ってみんな!」
だけどそんな俺たちの間にピルスが割って入った。
「そこをお退きなさいピルス! どういうつもりですか!?」
ボックさんが構えたままそう云うと、
「今は大会期間中だから武器の使用はご法度なんだよ! それはエヌ帝国も僕たちも一緒! だからみんな今は武器を収めて!」
「だ、だけど、ピルス……」
俺を先頭に、他のみんなも、状況が良くわからない顔をしていた。
「良いから早く武器をしまって!」
するとランビックが大声で叫んだ。
みんなは気圧されて、渋々武器を治めた。
「提督、ごめんなさい。この人たち僕の友達なんですけど、さっきドラフトに付いたばっかりでして」
ピルスは鳥のような鎧を着たエヌ帝国の奴に深く頭を下げた。
すると鳥のような鎧を着た奴は、
「いやはやピルス殿! 到着したばかりなら仕方ございません! ささっ、頭をお上げください。今、我々はスポーツマンシップに法り、正々堂々と戦うと決めた間柄でございますぞ!」
「ありがとう提督。感謝します」
ピルスはようやく頭を上げた。
鳥の様な鎧を着た奴は一歩前へ出ると、
突然軍隊の様な敬礼をして見せた。
「お初に御目にかかります! 私はエヌ帝国主力艦隊提督兼砲魔獣将キジンガ―と申します! 以後、お見知りおきの程を宜しくお願い申し上げます!」
鳥の様な鎧を着た奴――キジンガ― ――がそう挨拶をすると、後ろに居た
ギネース兵も背筋をピンと伸ばして敬礼をした。
「は、はぁ……どうもチートです」
「チートさん!? どうして挨拶を返されてるのですか!?」
ボックさんは凄く驚いた様子で聞いてくる。
「いや、だって挨拶されたなら返さないとって思いまして」
『確かにそうだが、いや、しかし……』
ブレスさんも少し戸惑い気味だった。
俺もそうだけど、どうも同じエヌ帝国の将軍のイヌーギンやサルスキーの時と比べて
緊張感に欠けるというか、何となくこのキジンガ―っていう将軍がちょっと
まともなんじゃないかと思って、
挨拶を返していた、俺なのだった。
「ところでピルス殿、締め切りは明日の夕刻ですがメンバーは集まりそうですかな?」
キジンガ―がそう聞くと、ピルスは苦笑いを浮かべた。
「まぁ、締め切りまでには何とかしますよ、あははは……」
「そうですか……しかし自分としても、本大会の発案者の一人でいらっしゃるピルス殿とは是非正々堂々、スポーツマンシップに法り雌雄を決したいと考えております! 万が一の際は是非、ご相談ください! 僭越ながら、我が砲魔獣軍団の精鋭をお貸し……」
「結構です!」
突然、ランビックが鋭い声を上げた。
「幾ら大会期間中で不可侵条約を結んでいるとはいえ、貴方たちエヌ帝国の施しは受けません!」
「ちょ、ちょっと、ラン!」
慌ててランビックのフォローへピルスは回る。
するとキジンガ―提督は大きな笑い声を上げた。
「ランビック殿のお気持ちは分かりますが、シュガーの我が軍の占領は、御国のモルトと我が方とで取り決めた無血降伏ではありませんか! 恨まれる筋合いはございませんが?」
「ふん! 何が無血降伏よ! 結局統治後は魔獣優先で、多くの難民が出ているのを貴方は理解していらっしゃるのですか!?」
「そうはおっしゃられてもですな、ハハハッ。これは戦争ですので」
キジンガ―とランビックは睨みあったまま動かない。
嫌な空気が立ち込めていた。
「だ、だから、その為のラフティング大会なんですよね? ねっ、提督?ラン?」
ピルスは間に入って、両方のフォローへ回っていた。
「そういうことですぞ、ランビック殿! 要は貴方方、先住民が我がエヌ帝国に勝利すれば良いだけの話ですぞ! さて、部下共が腹を空かせておりますのでな、ここで失礼いたします」
キジンガ―は踵を返して、ギネース兵の方を向く。
【小ぉ隊ぁぃ、気をぉー付けぇーッ!】
一体のギネース兵がそう叫ぶ。
一斉にギネース兵が背筋を伸ばして敬礼をした。
キジンガ―はピシッと背筋を伸ばしたまま、クルリと踵を返した。
「良いか! これより栄養補給の任に就く! 各員速やかに補給を完了させ、13:00までに野営地へ戻り、13:05より大会設営任務に戻る! 良いな!」
キジンガーがそう云うと、
【【【サー・イエッサー!】】】
ギネース兵が一斉にそう叫んだ。
【小ぉ隊ぁぃー駆けぇ足ッ!】
キジンガ―を筆頭に軍服を着たエヌ帝国の連中は整然とした駆け足で
俺たちの前から走り去っていった。
まるで突然嵐がやってきて、あっという間に去ったみたいに静けさが戻る。
「みんなー! とりあえずご飯にしようよー!」
さっきまでしゃんとしていたピルスが、また子供みたいに声を上げる。
「ほら、ランもそんな怖い顔してないでー!」
「ちょ、ちょっと、ピルス!」
ピルスはランビックの背中を押して先へと進む。
――ピルスってただ子供っぽい人だと思ってたけど、案外しっかりしてるのかも。
俺は彼女への認識をちょっと変える。
俺たちはピルスを続いて、行くのだった。




