序章3:テイマーブレスとダンディーな声と異世界ビアル
『そろそろ起きてはくれないだろうか?』
物凄くダンディーな男の人の声が聞こえた。
ラジオで滅茶苦茶流暢に英単語を喋ったり、
女性向けシャンプーCMから聞こえてきそうな気持ちの良い響きがある声。
『少年! 起きるのだ!』
ダンディーな声が一気に強くなって、意識が一瞬で回復した。
視界には明け方なのか、日が沈んだ後なのかわからないけどすこし紫がかった空がみえる。
というか、これで場所が変わるのは三回目。
とりあえず起き上がってみると、周りは荒れ果てた岩場だった。
すこし空気が乾燥していて、薄ら寒さを感じる。
『ようやく起きてくれたな、少年』
またまたダンディーな声が聞こえた。
だけど周りを見ても、人っ子一人見つからないし、そもそも人の気配なんて全くない。
『どこをみているのだ、私はここだココ!』
嘘だろ、っと思って右の手首を翳して見てみる。
さっき大獣神とかいう女の子から貰ったキラキラとしたブレスレットが、
やっぱりしっかりと嵌っていた。
「なんかこれプリ〇ュアかセーラー〇ーンの装備みたい……」
さっきはボロボロの大獣神の手前、こんな感想言えなかったけど、
正直これって着けてるの無茶苦茶恥ずかしかったり。
『HAHAHA!良いだろう!カッコ可愛いだろ!』
「うわぁあ~!」
突然、ブレスからダンディーな男の人の声が聞こえて驚いた。
おまけにブレスの真ん中にあるダイヤモンドみたいな宝石が声に合わせて光っていた。
『私の名前はテイマぁーブレぇスッ! チート少年、これから君のサポートをさせてもらうこととなった。よろしく頼むぞ!』
「うわぁっ! 喋った!!」
ブレスレットからまたまた聞こえた声に驚いて尻餅をついてしまった。
『喋れなきゃコミュニケーションが取れないではないか。そんなに驚くこともなかろうに……』
「だって喋るブレスレットなんて聞いたことないよ……」
『そうかね? 君が前に暮らしていた世界ではスマホへ話しかければ自動的に応答して、様々な情報を引き出してくれると聞いているのだがね?』
「ま、まぁ、確かにそうだけど、でもこんなに発音綺麗じゃないし……もしかしてどこからか通信してきてるとか?」
『いや、私の本体はチート少年、君の右腕に嵌っているブレスレットこそ私自身。そう、これが私だ!』
なんかどっかの因果律を操作する仮面の黒幕紳士によく似たセリフを言っていて、苦笑い。
もうなんか色々ありすぎて頭がこんがらがってる。
『む? どうやら状況がよく飲み込めてないようだな?』
「えっ!? なんでわかったの!?」
『何を言うか、私はチート少年、君の相棒だ。君のことならなんでも分かるぞ。身長体重スリーサイズから、思考、腹の減り具合、はまたま生理現象までもな! さて、ではまずここがどこかを教えてあげよう。ここはビアルという世界だ』
「びぁる?」
『そうだ。一度死んだ君はこの世界を司る神:大獣神に認められ、ビアルを救うために、この私テイマぁーブレぇスッ! と共にチートとして転生したのだ。説明は以上だ! さぁ、いざ往かん! ビアルを救う旅に!』
「ちょ、ちょっと短すぎだって!」
『これ以上の説明が必要なのかね?』
ちょっと面倒臭そうなブレスの声が聞こえる。
だけど聞きたいことは山ほどある。
「そもそもチートって誰のこと?」
『文脈から読み取れないのかね?』
「や、俺のことってのは分かってるけど……」
『ならば無問題! さぁ、いざ往かんビアルを救う……!』
「だから、そうじゃなくてなんで俺がチートなの!?」
『君の新しい名前だが? 因みに命名は大獣神だ。彼女も伝えたと思うがその名は神に等しい力を持つ聖なる言葉だ! 喜ぶが良い! ちなみに意義の申し立て・変更などは受け付けられないから承知しておくように。それに少年が前に暮らしていた世界では大人気の固有名詞だろ? 良いじゃないか!』
「嫌だよ! だって俺には……?」
そう叫んで自分自身の本当の名前を思い出そうとする。
だけど浮かんできそうにはなるんだけど、頭の中で引っかかって出てこなかった。
『思い出せないかね?』
「あ、えっと、はい……これって……?」
『転生とはすなわち生まれ変わること。少年の【魂の一部】に、君たち風にいえばフォーマットをかけさせてもらった。基本的な知識はそのままで、君は新たにチートとしての人生を歩むこととなるのだよ。説明は以上だ!さぁ、いざ往かん、ビアルを……!』
「初期化されてるならなんで俺、既に喋れる年齢で、尚且つ結構成長してるの?」
『むっ? 意外としつこいな、君は』
「だって気になるんだもん。転生で、新しい人生なら、赤ん坊からやり直すのが普通じゃないっすかね?」
なんかブレスから盛大なため息が聞こえた。
『もっと文脈から察したまえ』
「わからないよ。説明不足で、これメッチャクソゲー臭するけど?」
『そういうスラングだけは立派で……大獣神は君にビアルを救って欲しいと願い、私を託した。今ビァルは崩壊の危機に瀕している。そんなとても厳しい状況下で赤ん坊からやり直す暇などなかったのでな。故に基礎的な知識、身体はそのままにさせてもらった。それにさすがに赤ん坊から面倒をみるのは、面倒だからな! HAHAHA!』
きっと笑って欲しいところなんだけどスルーで。
『笑いたまえ! 恥ずかしいではないか!』
「面白くなかったっす」
『手厳しいな……』
「つまんないブレスが悪いっす」
『少年、さっきから気になっていたのだが、君の発言をこれ以上を黙って聞き流すわけにはいかん!』
ブレスから少し怒ったような声が聞こえた。
「あ、えっ!?」
『チート少年、私は圧倒的に君よりも年長者だ! 今後私のことはブレスさん、言葉は全て敬語を使い給え! 何、多少の敬語の間違いは許してあげよう。私を年長者として敬う気持ちさえあればOKだ』
「そこ?」
『少年! 君は早速……!』
「あー、す、すみませんでした……ブレスさん!」
『宜しい! HAHAHA!』
”面白くなかった”の指摘はどうでも良いみたいだった。
ちなみに衣装は生前のジャージから、ズボンにシャツ、
そして短いマントのようなものに変わっていたけど、
どうせ、ブレスさんに『不満なのかね?』と言われてしまいそうなんで、
これもスルーで。
その時、湿った風が俺の頬を撫でた。
心臓がドキリと跳ねれて、思わず俺は空を仰ぎ見る。
岩場の空を覆う黒雲から思い雷の轟が響く。
刹那、雷の轟に混じって、聞いたことのない大きな音が聞こえた。
まるでライオンの咆哮を何倍にも膨らませて、更に深さを増したような唸り声に似た何かの声。
そして暗雲が大きく蠢いて、ソレが見えた。
稲光を浴びて煌く黒い鱗に、蛇のような長い身体。
大地を踏みしめる竜じゃなくて、空を駆ける龍。
その龍の周りには、鳥のような奇妙な生き物が群がっていた。
黒い龍は再び咆哮をすると、口から紫色をしたブレスを吐く。
ブレスは周りに群がっていた鳥を飲み込んで撃ち落とす。
それでも鳥の数はあまり減ったようには見えない。
逆に勢い着いた鳥は更に空で蠢く黒い龍に群がって、
嘴で啄んだり、足の爪で引っかいたりしていた。
暗雲の中から現れた大きな黒い龍と鳥の空中戦に俺の視線は釘付けになる。
『少年! ここは危険だ! 逃げるぞ!』
真剣なブレスさんの声が聞こえて視線を地上へ戻す。
すると目の前の岩場に異変が起こり始めていた。