三章16:拳闘! 闘魔獣将サルスキーvs大地の獣神ボック!
「良くぞ我が闘魔獣軍団を破った! その実力に敬意を表し、このサルスキーが直々に相手をしよう!」
勇ましいサルスキーの様子。
だけど、ほんの少し奴の雰囲気から悲しみが感じられた。
――あいつ、もしかして部下を失ったことを……?
『少年よ、相手はエヌ帝国だ。余計な感傷は捨てるのだ』
ブレスさんが呟いた。
「だけど……」
『奴等は表世界に仇を成す帝国軍団員だが、それ以前に己の拳に命を掛ける戦士だ。彼らにとって少年の悲哀は敗者への蔑みと取るだろう。それが彼らの生き様なのだと、私は思う。理解しがたいかもしれんがな……』
戦って生きるか、死ぬか。
それしかない彼ら。
到底理解しがたい。
だけど拳士としての真っ直ぐな気持ち――自分の命を拳に変えて、全力で相手にぶつかる――
そんな強い想いが一人残されたサルスキーからひしひしに伝わってくる。
――何も言うべきじゃない、いや言えない。
例え敵でも、その真っ直ぐな気持ちは認めたい。
そう思った。
突然、俺の脇に佇んでいた巨大なグリーンレオから光があふれ出た。
獅子の巨体が今度は縮んで、元のボックさんへ戻る。
「マスター、ここは私にお任せください」
ボックさんは静かにそう云って、俺の前に立つ。
「ボックさん……」
「奴の拳には私の拳で応えます。ですので、どうか、ここは私に!」
ボックさんもまた純粋な拳士の一人だと感じた。
全力で向かってくるサルスキーに、ボックさんも全力で応えようとしている。
ボックさんの力を借りて、ようやく拳士同士の語らいを、
ほんの少し分かるようになった
にわかの俺が出る幕じゃない。
しゃしゃり出ちゃいけない。
この戦いの場を汚しちゃいけない。
そう思った。
「ボックさん、お願いします!」
「かしこまりました! ――着鋼ッ!」
俺の手足に装着されていた手甲と脛当てが、
緑色の光に解けた。
それは今度はボックさんにまとわりついて、
彼女の手足に手甲と脛当てを装着させる。
「獅子拳! 大地の獣神グリーンレオのボック! よろしくお願いします!」
ボックさんが挨拶をすると、
サルスキーもまた姿勢を正した。
「豪魔獣拳! エヌ帝国闘魔獣将サルスキー! いざ参る!」
挨拶を交わしたボックさんとサルスキーは、
お互いに拳を構えあって、静かに機会を伺う。
「ッ!」
先に動き出したのはボックさんだった。
「獅子爪拳!」
ボックさんは左・右と空気の刃を伴う、
ワンツーフックを繰り出す。
「ふん!」
サルスキーは最小限の動作で、
ボックさんのフックを交わした。
でもその時にはもう、ボックさんはサルスキーの腹へ、
目がけて拳を繰り出していた。
「うぐっ!?」
サルスキーの腹へボックさんの、
強力な拳が叩き込まれた。
一瞬サルスキーの体がくの字に折れ曲がったが、
すぐに体勢を立て直して後ろへ飛び退く。
「面白い! ならば次はこちらから行かせて貰おう!」
サルスキーは口元に浮かんだ緑色の血を拭って、地を蹴る。
「ッ!?」
ボックさんが気づいたときにはもう、
サルスキーは彼女の目前に迫っていた。
サルスキーは強く地面を踏みしめて、
拳を脇へ構えると、
「豪魔獣拳! 爆破拳!」
「うっ!?」
今度はサルスキーの鋭くて重そうな正拳突きが、
ボックさんの腹を穿った。
直撃を受けたボックさんは一瞬白目を向いたが、
すぐに表情を引き締める。
そして自分の腹に叩き込まれたサルスキーの腕を掴んだ。
「でりぁっ!」
ボックさんは体格で勝るサルスキーの腕を掴んで、大きくスイング。
サルスキーは投げ飛ばされる。
しかし奴は空中で身をひるがえして、体勢を整えた。
サルスキーが空中で左足を突き出すと、
そこへ黒い電撃のようなものが収束する。
「豪魔獣拳奥義! 神殺蹴! 死ねぇっ!」
サルスキーの飛び蹴りがボックさんを、
思い切り突き飛ばす。
そればかりかサルスキーの足に集中していた黒い電撃は、
素早くボックさんの体へ広がって、爆発した。
「ボックさん!」
爆炎の中で膝を突くボックさんへ向けて心配を叫ぶ。
だけどボックさんは、やっぱり手を翳して、制した。
「ほぅ、俺の必滅の一撃を受けても尚立っているか。さすが獣神!」
「お、お褒め頂き光栄です……!」
ボックさんはよろよろと立ち上がる。
だけど次の瞬間にはもう、再び身体をシャンとさせていた。
しっかりと地面を踏みしめて、綺麗な構えを取る。
「貴方の渾身の一撃見させていただきました。今度はこちらの番です!」
突然、ボックさんの姿が目の前から消えた。
サルスキーも突然のことに動揺したのか、周囲を素早く見渡す。
すると、まるで瞬間移動みたいに、
サルスキーの正面へボックさんの姿が現れた。
「はぁっ!」
「ッ!」
ボックさんの裏拳がサルスキーの頬を捉えて、体勢を崩す。
次いで、肘鉄がサルスキーの腹へ強く叩き込まれた。
いつもはここで終わり。
それが奥義、獅子旋風拳。
だけど、ボックさんの気迫は未だ消えていなかった。
「せいっ!」
「うぐっ!?」
突然、ボックさんは地面に手をついて、
両足を突き出した。
不意を突かれたサルスキーは、
ボックさんの両足蹴りをもろに受けて、空中に浮かび上がる。
その間に、ボックさんはサルスキーへ向き直った。
「獅子拳最終奥義ッ!」
「ッ!!!」」
「はああああっ!」
空中のサルスキーへ向けて、ボックさんは無数の拳を繰り出した。
目では追えない程素早く、そして連続で繰り出される拳は、
一発も漏れず、確実に、的確にサルスキーの体を打つ。
サルスキーはボックさんに成されるがまま、無数に繰り出される拳を受け続けた。
やがてボックさんは最後の一発を打ち抜く。
そして右の拳を構えて、脇を絞めた。
「止めですッ!」
「ぐおおぉぉぉー!」
止めの正拳突きがサルスキーの顔面を打って、
奴の左目に装着されているアイパッチみたいな鎧を粉々に砕いた。
サルスキーはそのまま、四肢を揺らしながら綺麗な孤を描いて飛び、
地面へ思いっきり倒れ込む。
ボックさん姿勢を正した。
「すぅー……はぁー……獅子流星群拳初めて打たせて頂きました! どうもありがとうございました!」
「うぐっ、うぬぬぬっ……」
サルスキーはよろよろと立ち上がろうとする。
全身に装着されている鎧は罅だらけで、
もはや戦える状況でないことは、俺でも分かった。
だけどサルスキーは口から唾と一緒に血を吐くと、再び構えを取る。
「未だだ! 未だ! 俺は未だ倒れるわけにはいかんのだ!」
しかしサルスキーは相当なダメージを追っているためか、足元が震えていた。
「こ、来い! 大地の獣神!」
「……良いでしょう!」
ボックさんは再び地を蹴ろうとする。
しかし、すぐに動きを止めた。
突然サルスキーの目の前へ、
浮かび上がるように犬のような兜を付けた仮面の騎士が現れたからだった。
「撤退だ、サルスキー」
サルスキーの前に突然現れた、
同じエヌ帝国の剣魔獣将イヌ―ギンはそう云う。
「ど、退け! イヌ―ギン! 俺は帝王のご意志を! 部下たちの仇を! 拳士としての誇りを!」
サルスキーはイヌ―ギンを押し退けようとする。
だけど傷ついたサルスキーにはそんな力は残されていない様子だった。
「今の貴様では獣神にかなうまい。無駄と分かった上で、それでも戦いを続けようとする者を私は一人の剣士として軽蔑する!」
「イヌ―ギン、お前……」
「戦いの道は死するべきところ見つける道。だが、今の貴様にはその行く末が見えていない。今の貴様は拳士として、散っていった部下たち以下だ」
「……」
「良いな、サルスキー?」
「ぬっ……分かった、忝ない……」
「それで良い。さぁ、戻るぞ!」
イヌ―ギンはマントをひるがえす。
すると、イヌ―ギンと満身創痍のサルスキーの姿が、
忽然とその場から消えたのだった。
静けさが草原に戻る。
それまでずっとシャンと構えていたボックさんの足から力が抜けた。
「ボックさん!」
思わず飛び出す。
地面にボックさんが倒れる寸前に、なんとか抱きとめることができた。
「ありがとうございます、マスター……」
「大丈夫ですか?」
ボックさんはゆっくり、だけどきちんと首を縦に振った。
「ですが流石に力を使い過ぎました……敵が撤退してくれて良かったです……あと少し戦いが長引いていれば危ないところでした……」
「あれでそんなギリギリだったなんて信じられませんよ」
「マスターがお傍にいてくれたからです」
「えっ?」
ボックさんの手が俺の頬にそっと触れた。
すると彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、見守って下さって……」
ボックさんの身体が緑色の輝きを放ち始める。
時間が来たんだと思った。
「ゆっくり休んでくださいね。本当に、本当に何から何までありがとうございました!」
俺がそう云うと、ボックさんは優しい笑顔を浮かべて、光の中に沈んだ。
そして彼女はチャージ形態の犬に変化する。
ボックさんらしい、勇ましくてだけどどこか優しい顔つきのシベリアンハスキーになった。
犬の姿になったことで少し体の自由が利く様になったのか、
シベリアンハスキーのボックさんは俺の胸に頭を擦り付けてくる。
「良く頑張りました。ボックさんは凄いです。本当に……」
犬のボックさんを抱きしめた。
犬になっても暖かくて、心地良いのは変わらなかった。
すり寄ってくるシベリアンハスキーのボックさんの背中を毛の流れに沿って撫でる。
彼女は犬の時でも嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。
「「「うおぉぉぉ!エヌ帝国はどこだぁー!!」」」
っと、雰囲気ぶち壊しな、とっても勇ましい声が沢山聞こえてきた。
緑の国ラガーの城門が開いて、
完全武装をしたギルドの皆さんが草原になだれ込んでくる。
「んだよ、今更。もうあたし達が倒しちまったってのによぉ」
エールがそう呟くと、
「エー、ちゃんと、わたし、今回なにも、してない!」
スーの的確な突っ込みにエールは苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そう云うなよ。一応、ギネース兵はみえないところであたしとスーがやっつけただろ?」
「見えなきゃ、意味、無い……マス、ター、撫でてくれ、無い……」
「確かになぁ……」
エールとスーはちょっと恨めしそうな目で、
シベリアンハスキーのボックさんを睨んだ。
疲れてるところ悪いから、俺は二人に背中を向けて視線を遮った。
「ホント、あたし達今回は空気だったよな?」
「残、念……」
『私も若干、空気だったな……』
どうもエール、スー、ブレスさんは納得いかない様子だった。
――俺だって、今回はあんまし役に立たなかったよな。
だってボックさんが強すぎるんだもん。
そんなことを考えている俺の横で、
スーとエールが何故かヒソヒソ話をしていた。
「エー、ちゃん、天才!」
「だろ? あたしの勘じゃたぶんいっけからよ! これで問題解決だ! たぶんマスター撫でてくれるぜ?」
「う、ん!」
「じゃあ、行くぜぇッ!」
エールは勢いよく叫んで何故か地面を強く踏みしめた。
スーも同じようにする。
「「変ッ身ッ!」」
スーとエールは思い思いの謎のポーズを取る。
『ほう! ブラックとRXか。懐かしいな』
ブレスさんはスーとエールの変なポーズをみて、
良くわかんないことを呟いていた。
”変身”を叫んだスーとエールの体が急に光り輝いて、縮んでゆく。
そして、
【クゥー!】
【ハッハッ!】
スーは黒毛の子供のダックスに、
エールは毛並みがサラサラなゴールデンレトリーバーになって、
俺に飛びついてきた。
「こ、こら、スー! あは! エールもどうしたんだよ?」
ダックスのスーとレトリーバーのエールがすり寄ってくるもんだから、
それが温かくて気持ちよくて、何よりも可愛くて顔が自然と綻んだ。
【グゥー……!】
ハスキーのボックさんは、
それが気に入らないのか歯をむき出しにして唸りを上げた。
【ウーッ! ガウガウ!】
聞き覚えのある吠えが聞こえた。
本物の動物のバンディットが一心不乱にこっちまで走ってきて、俺に飛びついた。
「あは! ボックさん! こら! スー! バンディットとと仲良くしなさい! にしてもエールの毛並みってホントサラサラで撫で心地最高ッ!」
4匹の犬にもみくちゃにされて、俺幸福の絶頂!
『はぁー……少年よ、君は彼女たちが人の形をしている時でもこういうことができるのだぞ?』
ブレスさんの呆れ気味な声が聞こえる。
「無理です、むーりー! こっちの方が断然良いですって! あは!ボックさん、そんな積極的なぁ~……」
『ねじ曲がったハーレムだな、これは……」
「「「どこだぁー!エヌ帝国はどこにいるんだぁー!?」」」」
相変わらずラガーのギルドの皆さんは、必死に叫び続けてる。
本当はもう大丈夫ですよ、と声をかけてあげた方が良いんだけど、
犬にもみくちゃにされて幸福の絶頂にいる俺はそれどこじゃなかった。
「ビアルって最高ぉッ!」
思わず俺はそう叫ぶ。
『なんたるへたれか……』
ブレスさんの呆れた声は、綺麗さっぱり聞き流すのだった。




