三章12:ボックさんとエールと麦酒
「ぷはぁーっ! やっぱ戦ったあとのコレは最高だな!」
エールは大きなジョッキに注がれたコレ
――黄色くて、白い泡がしゅわしゅわしている飲み物――
を一気に飲み干して、満足そうな顔をしていた。
「そちらは私の手作りなんですよ?」
ボックさんは小樽から、ソレをエールのジョッキへ注ぎ直す。
彼女もまた手酌で自分のジョッキへ注ごうしたけど、
「良いって!」
「ありがとうございます」
エールはボックさんから小樽を奪って、彼女のジョッキへ注いだ。
ボックさんも丁寧に両手でジョッキを持って中身を一気に飲み干す。
「ぷはッ! 我ながらいい出来です!」
ボックさんも少し頬を赤く染めて満足そうな笑顔を浮かべていた。
「おい、しい、の?」
スーはグラスに入ったオレンジ色のジュースをストローで飲みながら聞いた。
「スーにはまだ早ぇよ! もう少し経ってからな!」
そう云ってエールはスーの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おい、マスター! おめぇも一杯どうだ? うめぇぞ?」
「あ、いや、良いよ、俺は……」
丁寧にお断りして、ウーロン茶みたいな味のする飲み物を一口飲んだ。
――だってアレ絶対にヤバそうだもん。
苦そうだもん。
ってか、前の世界でよく見たことがあるもん。
『全く今どきの若者は……せっかくエールが酌をしようというのに断るのかね? 嘆かわしや……飲みニケ―ションは一体どこへ……』
なんかブレスさんは訳の分からないことを言っていた。
とりあえずエールとボックさんの対決は引き分けに終わっていた。
で、そのあと何故か急に仲良くなってこうしてボックさんの庭でバーベキュー的な
ことをしている今に至る。
たぶん、全力でエールとボックさんは戦って、お互いのことを分かりあったんだと思う。
拳は言葉よりも多くを語る、なんて思ったり。
仲が良いことはほんとに良いことだ。
【ウゥーッ! ウゥーッ! ガルゥー!】
「うーぅーっ! うぅーっ! がるぅー!」
だけど、バンディットとスーは相変わらず俺を挟んでにらみ合っていたのだった。
これは本当に困る。
――いい加減、これなんとかならないかな……
「なぁ、マスターよ! この際さ、さっさとボックの獣神晶を治してやんないか?」
突然、エールがそう云いだした。
『確かにエールの言うことにも一理あるな。しかし……』
ボックさんが大好きなブレスさんが言い淀むのも分かる。
獣神晶を治すってことは、俺とボックさんがキスすることだ。
しかも舌を絡める物凄く濃いやつ。
「うっ……!」
ちょっとボックさんとのアレを想像して鼻がピクッと動いた。
「マス、ター、大丈、夫ですか?」
「ありがとスー」
ハンカチを受け取って鼻を拭った。
ちょっとまた鼻血が出てた。
「全は急げ! 第一船速! うりゃ!」
「わっ!」
顔を真っ赤に染めた――たぶん酔っぱらってるせいで――エールが、
突然ボックさんを羽交い絞めにした。
「な、何をなさるのですか!?」
ボックさんは突然羽交い絞めにされて狼狽えていた。
「大人しくなボック、悪いようにはしねぇからよぉ」
「な、こんな! は、離しなさい!」
しかしボックさんが幾ら身をよじってもエールの羽交い絞めは外れない。
「今だ! マスター、やれ! 正直言うと気に食わねぇ! だけどビアルを救うためだ!」
「だ、だから、ビアルとこの体勢は何の……ッ!?」
文句を言っていたボックさんの首筋へエールは短刀の刃を押し当てていた。
「おっと、動くんじゃねぇ。治癒士のおめぇならここで動いたらどうなるか分かるだろ?」
「私をどうするつもりですか!?」
「なぁに、ちょっとばっかし気持ちよくなって貰うだけだからよ」
「エール、貴方と言う人は!?」
「どうとでも言え。あたしは目的のためには手段を選ばねぇ女だからよぉ」
「こんな屈辱……クっ……このような辱めに屈する訳には参りません! 殺すなら一思いに殺しなさい!」
なんか凄く変な展開になってた。
しかもボックさん、「くっころさん」やってるし。
リアルでこんなのを近くで見るなんて、人生何があるか分からない。
いや、俺は一回人生を閉じてるんだっけ。
――にしてもエールが極悪人に見える……
「さぁ、マスター今だ! ボックに目にもの見せてやれ!」
「あ、あのさぁ、エール……」
『ここは仕方あるまい。私も今だけは目を瞑ってやろう。だからやるのだ少年!』
ブレスさんが後押してをしてきた。
「マス、ター! お仕事、なら、早く!」
スーはボックさんを助けようとしていたバンディットを押さえこんでいた。
「マスター早く!」
『やるのだ少年!』
「マス、ター! ファイ、トー!」
「うっ、くっ……」
ボックさんの目にちょっと涙が浮かんでいた。
彼女の涙を見て、俺の中で何かが破裂した。
「いい加減そういうことは止めろぉーっ!」
「「ッ!!」」
突然、スーとエールの身体がビクンと震えた。
スーはバンディットを、エールはボックさんを離す。
俺は飛び出して、エールから解放されたボックさんを抱きとめた。
「大丈夫ですか、ボックさん?」
「はぁ、はぁ、はぁ……ええ……」
【グルゥー!ガルゥーッ!】
バンディットは俺とボックさんの前に立って、激しく唸っている。
「んったく、せっかくのチャンスだったのに何すんだよマスター!」
「マス、ター!」
エールとスーは口々に文句を言ったけど、
「無理やりなんてダメだよ! 第一、ボックさんが凄く迷惑してたじゃないか ……って、あれ? そういえばなんで二人はボックさん達を離したの?」
『説明しよう! エクステイマーで従えた存在は全て、少年の強い感情に由来する言葉通りに動くのだ!』
「あっ、なるほど……スー、エール! ボックさんとバンディットに謝って!」
俺は気持ちを込めてそう叫ぶ。
すると、
「わ、悪かったよ、ボック。ちょっと強引過ぎた、ごめん……」
「ごめんな、さい……」
エールとスーは素直に頭を下げて、本当に申し訳なさそうに謝ったのだった。
初めて戦い以外で役に立ったエクステイマーなのだった。
「ボックさん、すみませんでした。スーとエールが迷惑をかけまして」
俺もボックさんへ頭を下げる。
「い、いいですよ! そんな! 私もちょっとおふざけに乗って、調子に乗ってまして……」
「「「えっ?」」」
思わず俺達三人とは一斉に声を上げて、顔を上げた。
「一度やってみたかったんです。身の自由を奪われた一人の拳士! 自由を奪われても尚、心の自由は侵させまいと気丈に振舞うが、邪悪の毒牙は否応なしに迫る……それでも彼女は言いますの、心の自由を守るために「くっ、殺せ!」と……なんて」
そういえばボックさんも頬がちょっと赤い。
たぶん、酔っぱらってるんだろうと思った。
「んだよぉ、そうだったらそうってさっさと云えよボック!」
エールはボックさんへ文句を云う。
「すみません。エールがあまりにも真剣に迫ってきたんで、つい……ところでチートさん、さっきから私に何かしようとなさってましたけどなんなんですか?」
「あ、えっとぉ……」
まさか”キスしようとしてました。しかもディープな方で”なんて、言えない。
困ってどうしようと頭を必死に回転させるけど、全然何にも浮かんでこない。
――どうしよう、なんて答えよう……
【ウゥーッ……ガルゥ……】
バンディットも何故か、激しく唸っていた。
まるで怒っているみたいだった。
【ガウゥッ!】
突然、バンディットが飛び出した。
「バンディット!? どこへ行くのですか!?」
しかしバンディットは俺や、スーとエールさえも横切って走りだし、森の奥へと消えて行く。
その時、ボックさんの長い耳がピクピクと動いた。
それまで朗らかな表情だったボックさんの顔が急に引き締まる。
それはエールもだった。
「なぁ、ボック、おめぇも感じるか?」
エールが呟くと、
「なんでしょう、この匂いと音は……?」
ボックさんは顔を顰めたまま、辺りを見渡す。
だけど俺には何も匂わないし、聞こえない。
スーも同じなのか首を傾げている。
「どうやらあたし戦って身体に染みついた獣神の本能が少し覚醒したみてぇだな……」
エールは顔の表情を引き締めた。
「戦闘準備だ! エヌ帝国の連中がここまで来てるぜ!」




