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三章8:親愛と安心と、そして……

 

 静かな夕食を終えて、俺は部屋のベッドの上に身を投げていた。

 昨日の夜と同じ風に窓の外には綺麗な月のような衛星が、

穏やかな光でこちらを照らしている。

 虫の声も昨日と何も変わらない。

だけど、俺の胸の中はどんよりと重かった。


 未だ昼間人間に殺された動物たちのことが、

頭から離れなかった。


 彼らの苦しみを思うと、そうした痛みを知っている分、

胸が張り裂けそうに痛かった。


『大丈夫かね、少年』


 棚に置いたブレスさんが、柔らかい声で聞いてきた。


「正直、辛いです……なんであんなことが起こるんでしょうか……」

『人間も動物も、他の命を奪って自らを生き永らえさせているのだ。仕方あるまい』

「それはそうですけど……」

『だが、アレは頂けないな。だから少年とボックは正しいことをしたと私は思う』

「ありがとうございます、ブレスさん」


 褒められれば嬉しい筈なのに、

何故か胸の重さは晴れなかった。

 頭にこびりついて離れない血を流して倒れている、

おびただしい程の動物の死骸。


 その像が頭に浮かぶと、

決まって俺は幻視と恐怖に襲われた。


 今朝よりも益々酷くなっている状況に嫌気がさす。


「あのブレスさん、話しても良いですか?」


 少しでも気を紛らわそうとブレスさんへ話しかける。


『ああ。構わんぞ』


 ブレスさんは快く受け応えてくれた。


「奥さんの大獣神さんって、どんな方でしたか?」

『興味があるのかね?』

「ええ、まぁ」

『そうだな……大獣神は普段は優しいが、怒ったら物凄く怖かったな。まるで今日のボックのようにな』

「ははっ、やっぱそういう所もボックさん似てるんですね」

『そうだな。あと、彼女は通販が好きだったな」

「つ、通販ですか?」


 なんだか聞き覚えのあるワードを聞いてびっくりした。


『なんだね? 我ら神の領域にも通信販売ぐらいあるぞ? ちなみに最大手はジュパネットという会社でな。あそこの社長は自らプレゼンをして、神々の世界でも大人気だったな』

「あはは……」


――なんか、それジャ○ネットみたい。


『彼女は創生の時代、対を成す邪悪と戦って勝利してこの世界を作り上げた。そしてこの世界を邪悪から守るべく、魂を五つに分割した。それが獣神なのだぞ。まぁ、そのおかげで私は三年前を迎えるまでの約二万年ほど彼女には会えなかったがな』

「二万年ですか……なんか途方もない時間ですね。寂しくは無かったんですか?」

『寂しくなかったと言えば嘘になる。だがこの世界には彼女の魂を分割した獣神達がいる。前にも言ったと思うが、獣神達は私の子供のようなものだ。私は既に見守ることしかできなかったが、あがめられ、世界を守る子供たちを見ていたから寂しくはなかったな』


 ブレスさんの声が凄く優しく聞こえた。

普段から響きの良い声だけど、今日はそれが格段に心地よく聞こえる。

 気持ちいい声の響きは、

凝り固まっているような俺の心を自然と解きほぐして、

自然と眠気を誘発してくれた。


「……」

『なんだ、眠ってしまったのか?』

「……」

『ゆっくりと休むがいい、少年よ』



●●●



「かはっ!ぐっふ、げほっ!」


 胸の奥から夥しいほどの血がこみ上げて、口から外へ飛び出た。


 いつもの、前の世界の最後瞬間だった。


 痛くて、苦しくて、悲しくして、辛い。


 もうあれからだいぶ経っているっていうのに、

未だ俺の身体はあの時のことを鮮明に覚えている。


 どんなに逃れようとして、逃げきれない。


 苦痛がずっと俺を追いかけまわして、逃さない。


――もう、嫌だ! こんな苦しいのは、もう……!!




●●●




「っは!?」


 あまりの苦しさに、俺は飛び起きた。

部屋の中は静けさに包まれている。

 ブレスさんも眠っているのか、テイマーブレスから光が失せていた。


 特に今日は強烈で、痛みも苦しみをはっきりとしていた。


――きっと、昼間にあんなのを見ちゃったからかな……


 未だ窓の外は真っ暗で、夜明けだとは到底思えない。


――明日こそちゃんとボックさんに心配かけないように頑張らないと!


 そう思って俺は再びベットに身を投げて目を閉じた。

だけど、なかなか寝付けない。

 俺の手も足も動くし、周りは血みどろになっていない。

なのに気分は凄く悪くて、まるで手足が引き裂かれて無いように痛く感じた。

心には大きな穴が開いるように思えて、悲しくて、寂しくて仕方がない。

そんなことが頭の大半を占めていて、寝ようにも眠れなかった。


「チートさん」


 突然、ボックさんの声が聞こえて、俺は飛び起きた。

何故か、俺のベッドの横にはボックさんが佇んでいた。


「ボックさん? どうしてここに……?」

「ちょっと、失礼しますね」


 そう云ったボックさんは屈み込んで、俺の頭を左右かそっと掴む。

そして何故か、顔を近づけてきて、俺の額に彼女の額を当ててきた。

あんまりにも突然なことに、心臓の鼓動が早まる。


「あ、あの、ボックさん何を……?」


 しかしボックさんは何も答えないで、静かに目を瞑っている。

やがて彼女は額から離れた。


「やっぱり……チートさん、貴方の摩力の流れが凄く悪くなってます」

「えっ?」

「実は昼間、貴方に触れて摩力の流れが滅茶苦茶に乱れていると思いました。何かに怯えているのですね?」

「それは……」


 胸がギュッと締め付けられる。

 ボックさんの優しい声が、何もかもを吐き出させようとする。

 だけど、不安だった。


――俺が一度死んでいるなんて言って信じて貰えるだろうか?

死の瞬間の痛みと苦しみを未だ身体が覚えていて、痛くて、怖くて、寂しくてなんて

云っても信じてもらえるんだろうか……


 普通じゃこんな話をしても、

馬鹿げてるって一蹴されるのがオチだ。


 そんなことを考えていると、身体が突然温かくて柔らかい感触に包まれた。

 気が付くと、俺はボックさんに抱きしめられて、胸に顔を埋めていた。

ふわりと感じる優しい緑の匂いは尖っていた俺の神経をやわらげる。

やがて彼女はそっと俺の後ろ髪を撫で始めた。


「安心してください。例え、どんなことでお悩みになっていようと私は受け入れます。貴方は動物のために涙を流せるような優しい方です。そんな貴方を私は信じています」


 そう優しく言われて、突然目から涙が噴き出た。

まるで胸の奥にあった栓が抜かれたように、

色々な想いが込み上げてきて、心をかき乱す。


「俺、実は……俺!」


 気持ちが弾け飛んで、

俺は洗いざらいをボックさんへ話した。


 自分が一度死んでこの世界に来たことを。

来る前に酷い死に方をして、

とても痛くて、苦しくて、寂しかったことを。

 そんな俺の滅茶苦茶な話をボックさんはただ静かに、

聞き続けてくれた。


「俺、怖いんです……今でも夜になると、あの時のことが夢にでて、痛くて、苦しくて、寂しくて……!」


するとボックさんはより強く俺のことを抱きしめた。


「ッ!?」


 突然、身体が後ろへ倒れる。

 気が付くと俺はボックさんと一緒に、

ベッドの上へ倒れ込んでいた。


「ボ、ボック……さん?」

「大丈夫です。私が傍にいます。落ち着くまでこうしてきしめています。ですから、どうぞ、ゆっくり、安心して眠って下さい。

大丈夫です。もう痛くも、苦しくも、寂しくも、苦しくもありません……私が傍にいますからね」


 優しいボックさんの声を聞いて、体の緊張が解けた。

 俺はより、ボックさんへ身体を預ける。


――温かいな、ボックさん。あとこの香りって……


 ボックさんの体から仄かに安らぐような香りを感じる。

この匂いに覚えがあった俺は、


「この匂いってもしかして、ルプリンですか?」

「当たりです。良く分かりましたね」


 ボックさんは凄く嬉しそうにそう云った。


「チートさんが落ち着けるように、水で薄めたルプリンを体に噴いたんですよ。良く分かりましたね。凄いですね」


 ボックさんに褒められて凄く嬉しかった。


「貴方は他の人や生き物の痛みが分かります。優しくできます。そんな貴方はきっと、私なんか到底及ばないような素晴らしい治癒士になれますよ。私が保証します」

「ありがとうございます……」

「明日から頑張りましょう。だから今はゆっくりと休んでください。今は……」


 ボックさんの暖かさと柔らかさ、

そしてルプリンの穏やかな香りは再び瞼を重くする。


 ボックさんがこうして傍にいてくれるだけで、

心と身体が解けてゆく感覚になった。


――なんかボックさんてお母さんかお姉さんみたいだな……


何もかもをも包み込んでくれるような優しさがボックさんにはあると思った。

そんなことを思う余裕さえあった。


「ありがとうございます、ボックさん……」


俺はよりボックさんに身体を寄せて目を閉じる。

深い眠りに落ちるのにほとんど時間はいらなかった。


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