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序章2:キスと大獣神と新しい名前

「うっ……」


 暗闇が突然捌けて、俺は硬い床の上にうつ伏せで倒れていた。

冷たくて表面がよく磨かれている床には赤い血だまりはない。

ついさっきまで感じていた全身の激痛も全くない。

 そもそも俺は仰向けに倒れていた。

それが急にうつ伏せになっているのが不思議で仕方がない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 苦しそうな女の人の吐息が聞こえた。


視線をあげてみる。


 歴史の教科書や資料集でみたことのある、数本の西欧風で石造りの立派な支柱がみえた。

それを背景に白いローブの上から、

またまた西欧風の鎧を部分的に装着した女の人が床に膝を突きながら肩で息をしていた。


 彼女の目の前には折れた幅広の片手剣ファルシオンが転がっていた。

鎧には無数の亀裂が走っていて、ローブの色々なところが解れて、煤けている。

彼女は俺のことに気づいていないのか、膝を突いたまま、顔を俯かせて肩で息をし続けている。


 誰かにやられたのか、何か大きな事故に巻き込まれたのか、

彼女の姿が酷く痛々しく俺の目に映る。

そんな彼女をみていると、無傷の身体が急に痛みだしたように錯覚した。


 トラックに跳ねられ、意識を失う寸前まで感じていた激しい痛みと「死」の恐怖。

身体の傷は消えていても、心に刻まれた深い傷跡は俺を苛む。


 その時、一瞬彼女の呼吸が止まった。

 俺は咄嗟に飛び起きて、石の床を蹴る。

ストンと彼女は俺の腕の中へ落ちた。


「大丈夫ですか……?」


 恐る恐る腕の中の彼女へ問いかける。

顔にかかっていた長い髪がはらりと落ちて、綺麗な顔立ちが見えた。

 でも、その顔は苦痛の表情を浮かべていて、

鉢金のように額と頭を守っている赤みかかったティアラ風の装備の間からは、

真っ赤な血が流れ出ていた。


「う、ううっ……」


 彼女は短い呻きを上げながら、ゆっくりと目を開く。


「あ、あの、何があった……?」

「来て、下さったのですね……」


 聞く前に彼女が口を開いた。


「貴方が、私の子供たちを……」


 彼女はゆっくりと腕を持ち上げて、俺の右の手首を震えている指先で丸く撫でた。

 彼女に撫でられた右の手首が一瞬光輝く。

光が履けると俺の右腕には少し大きめの腕時計のような【ブレスレット】が付いていた。


 手首の幅から少しはみ出るくらいの銀色の円盤。

円盤の周りには一番上から、空白、緑、青、黄、桃の五色の罅の入った宝石が嵌っている

その真ん中には更に大きなダイヤモンドみたいな石があった。


「テイマー、ブレス……」


 彼女は俺の右腕に嵌められたブレスレットをそっと撫でながら弱々しく呟く。

そして俺の目をみると、


「そして、貴方はチート……」

「ちーと?」


彼女は短く頷く。


「その名は、神に等しい力を、持つ聖なる言葉……優しい、貴方の魂……貴方は、チートとなって……そして貴方の愛は、きっと私の子供たちを、救う……」


 彼女は途切れ途切れに、でもしっかりとした発音でそう言う。

でも俺に何のことだからさっぱりわからなかった。


「あっ! ううっ……!」

「ちょ、ちょっと!本当に大丈夫ですか!?」


 再び苦しみだした彼女の肩を強く抱いて問いかける。

すると突然、彼女は俺の頭へ手を伸ばした。


 一瞬だった。

考える間も無かった。

でも事実として、俺は目の前にいる、

まだ出会って数分も経っていない彼女にキスをされていた。


「んっ……はむぅ……くちゅ……」

「ッ!?」


 そればかりか、彼女は舌で俺の歯をこじ開けて、俺に舌に絡めてくる。

経験が全くないからどうも言えないけど、彼女の舌と俺の舌が絡まった瞬間、

物凄く温かい感触が全身に回ったような気がした。


 彼女はゆっくりと唇を離す。

 唖然としている俺へ彼女は微笑んでくれた。


「これで、もう、大丈夫……あとはブレスが、導いて、くれ、ます……」


 状況が未だちゃんとわからない。

事故にあって、気が付けば神殿みたいなところにいて、

見ず知らずのボロボロの美人にキスをされた。

しかもちょっと刺激的な舌を絡める行為まで。

きっと頭は呆けている。

本当はもっと聞くべきことがある筈なのに、俺は、


「君の名前は?」

大獣神だいじゅうしん……」


 ボロボロの大獣神と名乗った彼女は太陽のような明るい微笑みを浮かべる。

すると、大獣神を中心に再び光の渦が溢れ始めた。


 温かく、荘厳な輝き。

俺の視界は眩しい光で閉ざされているけど、不思議と怖さは無かった。

むしろ何か包まれているような温かさと心地よさがある。

俺は思わず大獣神を抱きしめる。

その瞬間、俺の意識は再び途切れた。


「お願いします、チート……」


最後の彼女のそんな声が頭の中に響いた。


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