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三章7:獅子拳三代目師範ボック

 

 ボックさんとバンディットを追って森の中へ飛び込んだ。

森の奥から微かに動物の咆哮や、悲鳴に似た悲痛な声が聞こえる。

嫌な予感がした俺は一気に森を抜ける。

すると、ボックさんとバンディットは、剣を持った五人組の男の前にいて、

彼らを鋭い視線で睨み付けていた。


 剣を持った男たちの足元には大量のルプリンの実が転がっている。

それだけなら未だしも、なます切りにされて、

ひどい傷を負っている沢山のウサギのような動物が彼らに足元に倒れていた。


「貴方達でしたのですね、ルプリンを盗み、森を汚していた輩は……!」


 ボックさんは今まで見たこともないような怒った視線を五人組の男へ向けている。

バンディットもまた怒りを現す唸りをあげていた。

しかし人数で勝っているのが心強いのか、男たちは薄ら笑いを浮かべている。


「おいおい、俺たちゃ、ビァルを守るギルド様だぞ?経験値を上げるための狩りをして何が悪いってんだよ?」


『説明しよう。ギルド登録の際に表示されるクラス評価だが、狩りを積むことによって評価と数値を上げることができる。だから獣狩りを行うものがいるが、基本的には危害をもたらす獰猛な獣が対象だ。しかも、あのウサギのような生き物バビットの内臓は珍味として珍重されていな、売れば物凄い利益を生むのだ』


 前の世界のゲームの中で同じようなこと、

つまりレベルを上げるためにやたら野生のモンスターを倒したり、

換金アイテムを狙って乱獲をしたことはあった。

 だから五人組の気持ちも少しはわかる。

だけど、こうして惨状を見せつけられると、どうにもやりきれない気持ちになった。


「貴方方にギルドを、この世界を守る戦士を名乗る資格はありません!」


 ボックさんは鋭い叫びを上げた。


「ルプリンを盗むのだけでしたら未だ見逃したものを、貴方達は己が利益のために無用な殺生に手を染めました。そんな貴方達を許すわけには参りません!」


 しかしボックさんの声を受けても、五人組は動じなかった。


「ならどうするってんだよ?こっちは全員★3だぜ? 戦は人数って知らねぇのか?」


 五人組の男たちは剣をチラつかせながら、薄ら笑いを浮かべる。

 そんな彼らを前にしてもボックさんは動じない。

そして静かに息を吐いた。


着鋼(ちゃっこうッ!」


 ボックさんが強く叫ぶと、森の中に風が吹き荒れた。

風は小さな竜巻となって、ボックさんの手足にまとわりつく。

やがて彼女の手には緑色に輝く手甲が、足には同じ色をした脛当てが装着されていた。


「な、なんだぁ!? 摩法か!?」


 男たちはたじろぐ。

 そんな彼らを前にしてボックさんは姿勢を正して、

手を合わせてお辞儀をした。


獅子拳レオマーシャル三代目師範のボックと申します。よろしくお願いします!」

「この、挨拶なんて舐めた真似しやがって!」


 男たちが動き出そうとした刹那、

ボックさんの姿が風のように消えた。


「せいっ!」

「うぐっ!」


 目にも止まらぬスピードでボックさんは男の一人の懐へ潜り込んで、

奴の腹へ鋭い拳を叩き込んでいた。

ボックさんの拳をもろに喰らった男は吹っ飛ぶ。


「や、やっちまえ!」


 男たちは一斉に剣で斬りかかる。

しかしボックさんは鮮やかな足捌きと、

手足の装甲を使って、すべての斬撃を防ぐ。


「どうしましたか? その程度ですか? それで★3評価ですか?」


 ボックさんは涼やかにそう言いながら、

最小限の動作で剣を避け続ける。


「こ、この尼ぁ!」

「バンディットッ!」

【ガルゥーン!】


 ボックさんがそう叫ぶと、バンディットが飛び出した。

 バンディットもまた、鮮やかな身のこなしで男たちの剣を避ける。

そして男の一人の腕を前足の爪でひっかき、手に持っていた剣を吹き飛ばした。

 男の体勢が崩れる。

 その隙にボックさんは男の懐へ潜り込んだ。

 

「せいっ!」


気合と共に、鋭いアッパーカット浴びせかけて、男を空中に吹き飛ばす。

そしてボックさんは素早く拳を構えた。


獅子爪拳レオネイル! はぁっ!」


 ボックさんの鋭い拳が宙を舞っている男を過った。

彼女の拳は鋭い刃物のように男のズボンのベルトを引き裂いて、

ズボンを落とさせた。

 しかし構えを解いたボックさんの背後から、剣を構えた男が迫る。


「死ねぇ!」

「ッ!?」


 虚を突かれたボックさんは振り返って目を見開く。


「や、やめろぉー!」


 俺は咄嗟に地を蹴った。

 寸前のところで俺は男の胴に飛びかかって、前のめりに押し倒した。

 男は顔面を地面に強打して、気を失った。

その時背中に鋭い殺気を感じて、背筋が震えた。


「バンディットッ!」


 ボックさんは指示を出して、


【ガルゥーン!】


 バンディットが俺の背後を飛ぶ。

バンディットは剣を構えていた男の腕へ噛みついて、そのまま押し倒した。


「ボックさん、後ろ!」


 ボックさんの背後から最後の一人になった男が接近している。

だけどボックさんは静かに呼吸を落ち着けて、力強く地面を踏みしめた。


「はぁっ!」

「うぐっ!?」


 手甲に覆われた拳での裏拳が男の頬を強打した。

そのまま男の体勢が崩れて、手から剣がポトリと落ちる。


「せいっ!」


 止めにボックさんは鋭い肘鉄を男の腹へ叩き込んだ。

 男は泡を吹きながら大の字に倒れる。

そんな彼を前にしてボックさんは姿勢を正して、最初みたいにお辞儀をした。


獅子拳レオマーシャルの奥義が1つ、獅子旋風拳レオサイクロン打たせていただきました……どうもありがとうございました」


ボックさんの拳捌きを見て、俺は唖然としていた。


「ず、ずらかるぞぉ!」


 っと、突然俺が押し倒していた男が動き出して逃げ出す。

 他の連中も飛び上がるように起き上がって、

脱兎のように森の中へ走っていった。


「ま、まってくれよぉ!」


 だけど、バンディットが腕に噛みついていて逃げられなかった男の人が

情けない声を上げていた。


 ボックさんはゆっくりと彼へ近づく。


「帰ってお仲間にお伝えください。今回はこの程度で済ませましたが、次は容赦しないと」

「は、はいぃッ! 伝えます! 約束します!」

「良いでしょう。バンディット!」


ボックさんの指示を受け、

バンディットは素直に男から離れた。


「失せなさい! 速やかに! もう二度と顔を見たくはありません!」

「はいぃーっ! 失礼しましたー!」


 男は一目散に駆けだして、森の奥へ消えてゆくのだった。


 俺はただただ、ボックさんの戦う姿を見てあっけに取られていた。


――今ので容赦の範囲内?


マジでボックさん怒らせるのは止めた方が良いなと思った俺だった。


「チートさん!」


 鋭いボックさんの声が聞こえて、自然を背筋が凍った。


「あ、いや、あのですから!」


 ボックさんは屈み込んで、俺の体の色んな所へ触れる。

やがて強張っていた顔を解いた。


「お怪我はないようですね」

「えっと、まぁ……」

「どうして追ってきたのですか?」


 さっきの鋭いボックさんじゃなくて、

、元の優しい彼女に戻っていると感じた。


「いや、その、ボックさんのことが心配で……」

「そうでしたか。ありがとうございます。後、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。どうにも森と動物のことになると気が立ってしまう性格でして……」

「気にしないでください。俺が勝手にしたことですから」

「そう云っていただけて感謝です。ちょっと失礼しますね」


 ボックさんは立ち上がると、

近くになます切りにされて倒れていたバビットへ向かってゆく。

彼女は無残に切り刻まれて倒れているバビット全てに触れた。


 気になった俺は立ち上がってボックさんへ近づいた。


「どうですか?」


 ボックさんは静かに首を横へ振った。


「えっ……」


 言葉に詰まった。

嫌なモヤモヤがお腹の底から沸いて、喉を通る。


「ルプリンで治せないんですか!? あの不思議な力なら……」


 気が付くとそう叫んでいた。

するとボックさんは俺から視線を外して俯いた。


「チートさん、ルプリンはあくまで治癒を施すものです。死した生き物を蘇らせる力はないんですよ……」

「えっ? じゃあ……」


 見渡す限り数十匹のバビットが同じように倒れていた。


 胸が痛かった。

何の罪もない生き物が、ただ人の利益を得るためだけに殺された。

食べるためではなく、儲けるため。

食物連鎖って言えばそうとも言える。

その言葉で片付けてしまえば聞こえはいい。


――だけど他の動物は無駄に殺生をしない。


 自分が生きるために最低限度するだけだ。

そんな観点から見れば、今目の前に倒れている生き物の数は、

明らかに多すぎると思った。

それにそんな生き物たちの姿を見て、自然と思い出したくない記憶が、

半ば強制的に蘇った。


 血まみれの動物たち。

彼らと、死の瞬間の自分自身が重なって見える。


――この子たちも、痛かったんだろうな、

苦しかったんだろうな、寂しかったんだろうな


「チートさん……?」


 気が付くと、視界の中のボックさんが歪んで見えた。

自然と俺は泣いていたのだった。


「あ、あれ? なんだろ?どうして俺、こんな……」

【クゥーン】


 心配そうにバンディットが手の甲を舐めてくる。


その時、はたりと思った。


――そうだ! こういう時こそエクステイマーとエターナルガトーを……!


『申し訳ないが少年。それはできかねる』


 俺の心の内を察したブレスさんが声を頭の中へ流して来た。


『あくまであの力は獣神と一体化したときにできる大技だ。通常のクラス評価の君ではあれほどの力を出すことはできないのだよ……』

「……」

『それに前回剣魔獣の副将の兄弟が復活したのは、彼らが未だ辛うじて生命を残していたからだ。死した存在を流石に生き返らせることは無理なのだ』


 何もできないことに悔しさを覚えた。

涙がどんどん零れ落ちてくる。

もう目の前に転がっているバビットは助けられない。

もう何もできない……


――でも、他に何かできることがあるんじゃないか?


 泣いていても、バビット達はの様子は変わらない。

だから何かをしてあげたい。

そして今の俺にできること、それは……



 俺はバンディットの頭を撫でると、涙を拭った。


「葬ってあげましょう! せめて、手厚く!」


俺は近くに転がっていた木の棒を拾って、墓穴を掘り始める。


「チートさん……」


 ボックさんも歩き出して、静かに辺りへ散らばっているバビットの亡骸を拾い始める。


 俺とボックさんはバビットたちの埋葬が終わるまで、

一言も言葉を交わさず、静かに作業を進めてゆく。


 結局、埋葬は夕方になってやっと終わり、

今日の治癒士の勉強はここで終わりとなったのだった。


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