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三章6:摩力と基礎と治癒士の第一歩

平成28年 9月28日 事故の記憶の下りに修正を加えました。


「まずは森へ向かいましょう」


 朝食を終え、早速治癒士としての勉強が始まった俺は、

ボックさんの後について、彼女の家を出て森の中へと向かった。


 森の中は昨日と同じように清々しい空気で、良い匂いがする。

きっと、昨夜またみた悪夢が無ければ、もっと軽やかに歩けたんだろう。

だけど、あの悪夢を見てから以降、俺は全く眠れずに朝を向かえてしまっていた。


 寝不足で頭がぼぉっとしているってのもある。

でも気持ちを重くさせている原因は、やっぱり悪夢の方だった。


 前の世界に別れを告げて、この世界ビアルに来るきっかけとなった交通事故の記憶。

あの痛くて、苦しくて、寂しい記憶だけが何故か消えていなかった。


 全身を苛む激しい痛み。

息をしたくても喉の奥に血か何かが詰まってまともに呼吸できない苦しさ。

何よりも、自分の存在が消えてしまう寂しさ。

目を閉じればその全てが簡単に思い出せてしまって、

胸が嫌な感じにギュッと詰まるような気がしてならない。


「チートさん? どうかされたのですか?」

「えっ?」


 気が付くと先を進んでいたボックさんが、

心配そうな顔で俺の方を見ていた。


――俺からボックさんに治癒士の勉強をさせて欲しいって頼んだんだ。


 例え悪夢を見て、

まともに寝れていなかったとしても、

初日からダルそうな態度を見せるのはボックさんに凄く失礼だと思った。


「大丈夫です!元気ですよ!」


 少し無理やり気味にそう言ってみた。

だけどボックさんの表情は和らがない。


「あ、えっと、実は昨夜ちょっと緊張して眠れなかったんです」

「緊張、ですか?」

「はい! 治癒士の勉強ってどんなことするのかなぁって、考えてたら頭が冴えて、あははは!」

「体調が優れないということですね? でしたら今日は止めにしますか?」


 ボックさんはより心配そうな表情を浮かべる。

親切心で俺の頼みを快く引きうけてくれたボックさんにこのままじゃ申し訳ない。

そう思った俺は、


「大丈夫です! 寝不足は確かに、ですけど、やる気はあります! 大丈夫です!」

「本当ですか?」

「ええ、もう! やる気ギンギンですよ! あははは……さぁ、先を急ぎましょう!」

「わかりました」


ボックさんはそれっきり何も言わずに、先を歩き始めた。


【クゥーン】


 バンディットも心配してくれているのか手の甲をペロッと舌で舐めてくる。


「大丈夫だよ、俺は元気だから」


 バンディットの頭をくしゃくしゃ撫でる。

だけどバンディットの表情は和らがない。


――動物って、人間のことを良く察するからな。

バンディットには誤魔化せてないのかも


『すまないな、少年。どうやら君の中から除去したかった肝心な記憶が残ってしまっているようだな』


 凄く申し訳なさそうなブレスさんの声が頭の中に流れてきた。


『本当にすまない。何分、大獣神も力が尽きかけていて、肝心なところへ力を注ぎきれなかったようだ。本当に申し訳ない……』


 ブレスさんがすごく落ち込んでいるように思えた。

みんなに心配をかけてることを本当に申し訳なく思う。


「心配してくれてありがとうございます。その気持ちだけで十分ですよ、ブレスさん。後は自分で何とかしますから」


 ボックさんに喋るブレスレットだって不気味がられたくない、

ブレスさんの気持ちを想って、

俺はできるだけ小声でそう云った。

それっきりブレスさんは何も喋らなくなった。


――悪夢がなんだってんだ。

俺は今、この世界で新しい人生を歩み始めているんだ。

あんな記憶、すぐに忘れられるさ


 そう俺は自分自身にそう言い聞かせる。

すると、少し気持ちが楽になったような気がした。


 やがてボックさん後をついていた俺は、昨日彼女と初めて出会った、

立派な大樹が生えている、森の中の開けたところにたどり着いてたのだった。


「では早速始めますね。治癒士の基本は摩力の流れを正しく捉えることにあります。元来、摩力は創造神様の力をお借りするための願いの力と言われていますが、これにはもっと重要な側面があります。それは全ての生物に流れる命の本流という面です。魂という源泉を経由して全身に流れる、血肉以外での生物が生きる必要な力が摩力であると言えます」


 ボックさんは淀みなくそう説明してくれたが、

半分以上彼女が何を言っているのか分からなかった。


『説明しよう。摩力とは少年の元の世界で言うところの【気】や【オーラ】などと表現されるものだ。ちなみに何故【魔力】ではなく【摩力】かというと、この【摩】という表現には、またまた少年の元の世界風に言えば<触れる・とどく>という意味がある』


 ブレスさんの声が直接頭の中に響いてくる。

だから俺も声に出さないで、言葉を念じた。


「<ふれる・とどく>ですか?」

『つまり大獣神の奇跡を扱うために生物が持っている起動キーのようなものだ。大獣神の力に触れたり、届かせたりするための力だから摩力なのだぞ』

「なるほど、【魔力】じゃなくて【摩力】だったのはそう意味があったんですね」

『ただ起動キーと表現はしたが、正体は魂そのものと言えるな。摩力=魂であり、その流れを、ルプリンを使って治すのが治癒士の役目とボックは言いたい……』


 突然、ブレスさんの声が消えた。


「どうかされたのですか?」


 気が付くとボックさんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

どうやらブレスさんとの話に夢中になっていたみたいだった。

はたから見ればぼうっとしていると、見られても仕方がない。


「だ、大丈夫です!すみません……」

「やはり体調が優れないようでしたら今日はお止めになった方が……」

「いえ、大丈夫です!続き、お願いしまーす!」

「なら、良いのですけど……」


 ボックさんはあんまり納得した様子じゃなかったけど、すぐに振り返って、

何かを探し始めた。


――失礼なことはもっと慎まなきゃ。

大丈夫。俺は今日も元気!


 自分へ何回かそう言い聞かせて、気持ちを持ち直す。


「チートさん! こちらへいらしてください!」


 少し離れたところで屈みこんでいたボックさんがそう叫んだ。

駆け寄ってみると、彼女は萎れた一本の白い花の前へ屈んでいた。


「こちらの花を教材にして、まずは摩力の流れをみることから始めましょう」

「はい!」


 ボックさんはワンピースのポケットから皮の紐で括られた首飾りを取り出す。

 紐の先端には小瓶のようなものがぶら下がっていて、

中には薄い紅色をした液体が詰まっていた。


「こちらを首からぶら下げてください。これがあれば慣れないうちでも摩力の流れが掴めるはずです」

「ありがとうございます!」


 首飾りを受け取って、首からぶら下げる。


――この赤い液体はなんだろ?


 そう思って眺めると、ボックさんの左手の薬指に目が留まった。

彼女の左の薬指は薄い包帯が巻かれていた。


「ボックさん、もしかしてこの液体って……?」


 俺の視線に気づいたのか、

ボックさんは顔を真っ赤に染めって左手の薬指を隠す。


「えっと、あの! すみません……中身は、その……私の血をルプリンで薄めたものです。で、でも、こうでもしないとチートさんに摩力の流れを教えて差し上げることができないもので……申し訳ありません、気味が悪い物をお渡ししてしまって……」


 そんなこと全くなかった。

むしろ、そこまでしてくれたことが嬉しいような、

申し訳ないような気がしてならない。


「なんかすみません、俺のために……気味なんて悪くないですよ。ありがたいです」

「そう言ってただけて安心しました。では早速、摩力の流れを実際に見てみましょう!」


――ボックさんがここまでしてくれたんだ。その気持ちちゃんと答えないと!



 早速、ボックさんは指した白い花の前に屈みこんだ。

花びらも葉っぱも萎れていて、痛々しく目に映る。


「両手をそのお花へ翳して、触れるか触れない程度の距離感で固定してください。そうしたら、まずは目を閉じます。呼吸を整えて、気持ちを落ち着けて、頭の中に目の前のお花の形をイメージするようにしてください」


 言われた通り、そうしてみる。

最初は目を閉じてるから真っ暗で何も見えなかった。

だけどそのうち、ボックさんから貰った首飾りから少し暖かさを感じる。

その温かさはゆっくりと全身に行き渡って行ってゆく。

やがてぼんやりだけど、真っ暗な視界の中に像が浮かび始めた。

花の様な輪郭が見えて、その中を細くて、青い何かの流れのようなものが見え始める。


「たっは……!」


 そこで集中力が途切れて、思わず目を開いてしまった。

呼吸はまるで全力疾走をした後みたいに乱れていて、

首筋は汗でびっしょりと濡れていた。


「見えましたか?」

「は、はい……一応は……」


――結構、摩力の流れを見るって大変なんだな……


 寝不足で体調が悪いってのも、あるんだろう。

だけど、ボックさんは自分の指を切ってまで、俺のために用意をしてくれた。

その気持ちはちゃんと答えたいと思う。


 その時、突然ボックさんが動き出した。

 何故かボックさんは両肩に手を添えて、

背中にぴったりとくっ付いて来た。



「ボ、ボックさん!? 何を!?」

「力を貸します。こうすればさっきよりも楽に摩力がみられる筈です。今の目的は、チートさんにはっきりと摩力の流れと、患部を確認して頂きたいですから」


 ふんわりと香るボックさんの良い匂い。

それに加えて、無意識なのか、ボックさんのそれはそれは大きな胸が、

遠慮なく俺の背中に当たっている。

柔らかくて、ちょっと気持ち良くて、正直摩力の流れを見るどころじゃない。


『少年よ、よこしまな考えは慎むように』


っと、そこでブレスさんの刺々しい一言が頭に流れてきた。


――そうだ、これは摩力の流れを見るために必要なことだ。

意識しない、意識しない、意識しない……



 何回かそう言い聞かせて、気持ちを落ち着ける。

ようやく、色々と整理がついた俺はまた目を閉じて、白い花へ向けて手を翳してた。


 今度は早いうちに花の輪郭が見え始めてきた。

はっきりと浮かんだ輪郭の中を巡る青い流れが浮かび上がってくる。

そして花の、丁度根っこの辺りに、霞んだ曇りのようなものを見つけた。

直感で、コレがボックさんの言う【流れの患部】だと思った。


「ボックさん、見えました!」


 目を開けて、後ろのボックさんへそう云う。


「……」


 だけどボックさんからの応答はなくて、彼女は俺の肩を掴んだまま、

未だ目を瞑っていた。


「ボックさん?」

「……あっ! す、すみません。なんでしょうか?」


 ようやく気づいてくれたのか、ボックさんは目を開けた。

あんまり顔色が良くない。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、その……【患部】の確認はできましたね?」

「はい! この子の根っこの辺りに!」

「では、こちらをその見えた患部へ向けて一滴こぼしてあげてください」


 ボックさんは腰に括り付けていたポーチから、

薄い緑色をした液体が入っている小瓶を手渡した。


「この瓶の中身はルプリンから搾り取ったものです。ルプリンの原液は一番効果のあるものですが、薬効が強く、一歩間違えれば摩力の流れを全体的に乱してしまいます。なので症状に合わせて煎じたり、煮詰めてペースト状にしたり、水と混ぜて霧のように吹いたりします。この子の患部は地中深くにありますので、この場合は原液を処方するのが最善です」

「分かりました!」

「くれぐれも一滴でお願いしますね。あと、場所は大体の位置で構いません。ルプリンは患部が近くにあれば、自動的にそこへ向かってゆきますので」


 もう一度、幹部の箇所を確認。


――確か患部は右側の根っこの筈。


 受け取った小瓶の蓋を取って、その辺りへ慎重に滴を一滴垂らした。

 こぼれ出たルプリンの滴はすぐに地面へ染み込んで消える。

すると、さっきまで萎れていた花弁や、葉が力を取り戻してしゃんとし始めた。

ものの数秒のうちに、萎れていた白い花は元気を取り戻して、咲き誇る。


「凄い! 本当に治癒って凄いんですね、ボックさん!!」


 あまりにも凄すぎて、大声を上げてしまった。

だけど、やっぱりさっきからボックさんの表情は硬くて、少し暗かった。


「ボックさん、さっきからどうしたんですか?」


 するとボックさんは、

どこか思いつめたような目を向けてくる。


「……あの、チートさん、応えにくいことかもしれませんが、できれば聞かせてください。実は貴方の摩力の流れは……」

【グルゥー……ガウガウッ!!】


 その時、さっきまで大人しくしていたバンディットが吠えた。

バンディットは鋭い視線を森の中へ投げかけている。


「バンディット!? 待ちなさい!」


 ボックさんがそう叫んでも、

バンディットは無視して森の中へ飛び込んで行った。


「そういうことですか……」


 ボックさんはボソリとそう呟いて、俺の方を見るなり、


「チートさん、申し訳ありませんが少し外します。すぐに戻りますのでここで待っていてください!」


 ボックさんはそう云って、バンディットを追って森の中へ入っていった。


――さっきのバンディットは怒ってた。ただ事じゃない。


『少年! ボックを追うのだ! 嫌な予感がする!』


 久々にブレスさんは声を上げた。


「わかってますよ!」


 ブレスさんに言われなくてもそうするつもりだった俺は、

ボックさんとバンディットを追って、森の木々の間に飛び込むのだった。


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