三章1:恐怖の軍団 エヌ帝国の光景 ~闘魔獣軍団~
【異世界ビアル】
この世界には表裏が存在する。
エヌ帝国の侵略を受け占領されたビァルの中心に位置する【巨大大陸アルデヒト】
その中心には巨大な穴が穿たれたように空いている。
そしてその奥にある世界こそ、【ビァルの裏世界】であった。
永遠の闇に閉ざされ、不毛の大地が広がるビァルの裏世界。
そこの中心に禍々しい城がそびえ立っていた。
そして今日も、その城の中では表世界を狙う軍勢が、声高らかに王の名を叫んでいた。
【エヌ!エヌ!エヌ!……】
【エヌ!エヌ!エヌ!……】
【エヌ!エヌ!エヌ!……】
魔城の中にある禍々しい帝王の間には、
スライム型のギネース兵を中心として様々な魔獣が整然とした隊列を組んで、
声高らかに彼らの王の名前を叫んでいた。
やがて帝王の間に鋭い稲妻が走り、
禍々しい形状の玉座へ、彼らの王が浮かび上がるように姿を現す。
無表情の鉄仮面に、二つの尖った耳のような構造物を持つ兜。
全身は鋼鉄の鎧に覆われていて、その上からは緋色のマントを羽織っている。
「余は裏世界の唯一神! 帝王エヌ」
帝王エヌは仮面越しに、やや曇った声音で宣言する。
すると、帝王の間に集っていた魔獣達は狂喜乱舞し、
より一層の声を張って帝王の名前を、狂ったように叫び続けた。
「鎮まれッ!」
突然、帝王の間に鋭い声が響いた。
魔獣達は一斉に叫ぶのを止める。
左手の回廊から鈍い足音が聞こえ始めた。
そしてそこから現れたのは、人と同じ大きさのある鎧を着たキツネザル。
しかしその顔は精悍でたくましさが伺え、
右目に装着されている機械のような眼帯は鈍色の光を放っていた。
「闘魔獣将サルスキー、ここに」
鎧を着たキツネザルは帝王エヌへ傅く。
王座の間に上から風が吹き荒れた。
王座の間を覆う天井がゆっくりと開いた。
そこから人間のように手足を持ち、他の魔獣将と同じように、
鎧を着た鳥人が王座の前へ降り立ち、同じく膝を突く。
「砲魔獣将キジンガ―、帰還いたしました」
鳥人のキジンガ―の声を聞き、
それまで玉座で微動だにしなかったエヌが衣擦れを起こす。
「キジンガ―よ、ドラフトの侵攻の首尾はどうか?」
帝王エヌがそう問うと、
キジンガーはさも自信有りげに鳩胸を張った。
「ははっ! 我が軍の軍勢は既にドラフトとシュガーとの国境を成すサポッロ海峡を我が帝国の海域としました。明日にはドラフトへのの攻略を開始致します。ドラフトの攻略完了はもはや時間の問題であります!」
「そうか、それは良い。コーンスターチでの汚名はこれで返上だな、キジンガー」
「帝王より直々の賞賛、光栄至極に存じます!」
「その功績を称え、貴様には我が帝国の主力艦隊を指揮する【提督】の地位を与える。今後は魔獣将の地位と共に主力艦隊の提督として功績を上げよ」
「ありがたき幸せに存じます、帝王閣下!」
その時、王座の間に集っていたエヌ帝国軍団員が揃って、
後ろを見て驚きの声を上げた。
「うっ、ううっ……」
「イヌーギンッ!」
キツネザルの闘魔獣将サルスキーは一目散に駆け出した。
王座の間へやってきた満身創痍のイヌーギンは力なく、
サルスキーの腕の中へ倒れこんだ。
「どうしたというのだ、我が帝国のナンバー2である貴殿が何故このような深手を……?」
イヌーギンはサルスキーの問いに答えず、彼の腕から離れた。
そしてよろめきながら、辛うじて帝王エヌの前へ傅いた。
「も、申し訳ございません帝王エヌ! お力をお借りしておきながら……このイヌーギン、コーンスターチの攻略に失敗してしまいました。面目次第もございません……」
イヌーギンの敗走報告を聞き、王座の間はよりどよめきに包まれた。
王座の間に集った軍団員は皆、
”ありえない!””まさかイヌーギン様が!?”などと、
口々に驚きの感想を口にしている。
「静まれ! 静まらんか!」
しかしキジンガーに諫められ響めきは止む。
帝王エヌは玉座の上で少し動いた。
「詳しく報告せよ、イヌーギン」
「はっ、はは……我が剣魔獣軍団は帝王のお力を借り、今一歩のところまでコーンスターチの輩を追い詰めました。しかし突然、滅んだはずの獣神の一体、【雷鳴の獣神ブライトケイロン】が復活。【黒き龍】と【チート】とかいう人間と共同戦線を張り、我が剣魔獣軍団は壊滅……侵攻作戦は失敗と終わりました……」
「……」
「申し訳ございません! 帝王の信任を受けておきながら、このような醜態を! この失敗はこの命に代えましても!」
イヌーギンは十字剣を抜き、刀身を首へ添える。
「待たれよ!」
サルスキーがイヌーギンの剣の刀身を掴んだ。
「離せ、サルスキー! 武士の情けを!」
イヌーギンは十字剣からサルスキーの手を外そうと暴れる。
しかしサルスキーはその手に緑色の血が滲もうとも、決して離そうとはしなかった。
「ならん! 失態を死で償おうなど卑怯者のすること! そのような浅はかな判断をする貴殿を、俺は一人の拳士として軽蔑する!」
「サルスキーの言う通りだ、イヌーギン」
帝王エヌの声を聞き、
イヌーギンとサルスキーは居直って再び傅いた。
「イヌーギン、貴様の覚悟はわかった。貴様の命は余が預かる。その命はもはや貴様のものではなく余の物。余が死せようと命ずるまで、その命を軽んじることは決して許されん。良いな?」
「おお、帝王エヌ! なんたる寛大なご処遇を! 有り難き幸せに、光栄至極に存じます!」
イヌーギンはより、帝王エヌへ向けて頭を下げた。
そんなイヌーギンの肩を隣のサルスキーが叩く。
「イヌーギン、大義であった。今はその受けた傷を癒すことに専念されよ」
「サルスキー……先程は済まなかったな」
「気にするでない。生み出された下賎な魂の俺に言われるのは癪かもしれないが、我らは志を共に帝王へ使える同志ではないか」
「サルスキー、貴様……」
サルスキーは立ち上がった。
「帝王! 次の攻略はこの闘魔獣将サルスキーにお任せいただきたい! 必ずや帝王のご期待に添えてご覧に入れます!」
サルスキーの勇ましい言葉を聞いて、
帝王エヌは静かに頷いた。
「良かろう。サルスキー、貴様には緑の国ラガーへの侵攻を命ずる。恐らくそこには黒き龍と獣神、そして【チート】という人間がが姿を現すであろう。奴らは我が帝国にとって忌むべき存在。その首、必ずや取って参れ!」
「ははっ! この命に代えまして!」
サルスキーは帝王へ向けて一礼をすると踵を返した。
「闘魔獣副将ゴーレム!」
「俺ヲ呼ビマシタカ、団長……」
サルスキーがそう叫ぶと、
王座の間に存在する回廊の一つから巨大な怪物が現れた。
身の丈はギネース兵二匹分ほど。
全身が岩でできた屈強な印象の岩の巨人が姿を表す。
「同じく副将オークマスター!」
「ヒヒヒッ、いよいよオラの出番だぁ」
反対側のトンネルから醜悪な容姿を緑の肌を持つ、
禍々しいローブを着た呪術の得意そうな魔獣が現れた。
「良いか! 我ら闘魔獣軍団はこれより緑の国ラガーへの侵攻を開始する! 目標は【黒き龍】、復活した【雷鳴の獣神】、そして【チート】という人間だ! 良いな! 我が軍団の意地と誇りにかけても奴らの首級を帝王の御前へ献上するのだ!」
サルスキーが淀みなく命ずるとゴーレムとオークマスターは、
深々と頭を下げて了承の反応を返す。
そんなサルスキー率いる闘魔獣軍団の様子を見て、帝王エヌは満足そうに頷くのだった。




