二章13:チートの反撃 変身せよ! スー!
イヌーギンは腰の十字剣抜いて地面へ突き立てた。
「イナジャ・ンモムノ・テンナケサ!……いでよ! 岩巨人コウボッ!」
イヌーギンが叫ぶと、十字剣を中心に奴の背後へ亀裂が走ってゆく。
突然、大きな地鳴りと振動が起る。
そして突然、イヌーギンの背後にソレは地面を割って、
仲間のギネース兵やギルドの人たちを遠慮なく吹き飛ばしながら現れた。
空をも貫きそうな巨体。
俺たちの目の前には見上げるほど巨大な岩の巨人が二体姿を現していた。
巨人は揃って顔の部分から光を出して、
イヌーギンの横に倒れていたコボルトとワーウルフを吸い上げる。
すると岩の巨人が変化を始めた。
ゴツゴツとした岩の表面が、剛毛に覆われ、口がまっすぐと伸びる。
【兄者ーッ!】
【弟よぉー!】
二体の岩の巨人は巨大なウルフ兄弟に変化していた。
「ブレスさん、これは!?」
『岩巨人コウボ! 倒されたエヌ帝国軍団員を吸収して巨大化させる、奴らの切り札だ!』
「図体がでかくなったところでぇー!」
エールは一人、バスターソードを持って、高く飛んだ。
驚異的なエールの跳躍力は一瞬で彼女の身体を、
巨大化ウルフ兄弟の頭の上まで押し上げる。
「ブライトサンダァーッ……うわっ!?」
しかしエールが技を放つ前に、
コボルトがまるで羽虫を打ち落とすかのように腕を振る。
エールはそのまま突き飛ばされた。
「エー、ちゃん!許さ、ない!」
「待て、スーッ!」
俺の静止も聞かず、スーもまた飛んだ。
空中でくるりと身体を捻って、杖を突き出す。
「ナイト、オブファイヤーッ!」
しかし巨大化したウルフ兄弟にはスーが放つ紫の炎さえも焼け石に水。
【ガァァァッ!】
「きゃふっ!」
ワーウルフが腕を振り、スーをあっさりと吹き飛ばした。
「今だ! 攻勢に打って出よ! 剣魔獣軍団反撃開始ッ!」
イヌーギンの号令で巨大ウルフ兄弟は動き出した。
俺になんて目もくれず、手当たり次第に、
次々とギネース兵を巻き込みながらギルドを蹴散らしてゆく。
「やらせません! 私に続いてください!」
受付のお姉さんが率いる一団が巨大コボルトへ向けて突撃を開始する。
その脇からハンマーを持った案内係りのお姉さんが率いる集団が現れる。
「みなさん、行きますよ! せーのーぉ……!?」
ハンマーを振り上げたその時、空中に浮かぶ巨大な空飛ぶ船が地上へ向けて砲撃を開始した。
ハンマー部隊は砲撃の爆炎で見えなくなる。
その隙に受付係りのお姉さんが双剣でコボルトの足に斬りかかる。
彼女に続いていた戦闘職も続けてコボルトの足に取り付き、斬撃を開始したが、
【ガァァァァァ!】
「きゃっ!」
コボルトのたった足のひと振りで、取り付いていた戦闘職は皆、
カトンボのように弾き飛ばされた。
【ギネースッ!】
【ギネースッ!】
【ギネースッ!】
戦場のあちこちにいたギネース兵が揃って不気味な雄叫び上げて、
動き出して、近くの戦闘職を襲い始める。
「殺すでない! 戦闘職は我らがエヌ帝国の尖兵に改造する! 皆、生け捕りにするのだ!」
イヌーギンがそう言い放つと、
空を飛んでいた怪鳥軍団が倒れて動けなくなった戦闘職を次々と拉致してゆく。
悲惨な状況だった。
巨大ウルフ兄弟が大地を震撼させ、空中戦艦は容赦ない空爆を行い、
ギネース兵は勢い付いて次々と戦闘職を剣で切り裂いてゆく。
動けなくなった人はみんな怪鳥の足爪に囚われ、空中戦艦へ連れ去られてゆく。
受付のお姉さんも、案内係りのお姉さんも、そして他のみんなも傷を負い、
ボロボロになりながらも一生懸命戦っている。
だけど戦況は全く覆らない。
そんな中、俺は一人なにも出来ずに一人佇んでいた。
ただ、弱々しく息をしているスーを抱きしめることしかできなかった。
――エールや、スー、お姉さん達みたいに俺は戦えない……
ブレスさんに強化をしてもらたって、たったの五分しか満足に戦えない。
力が切れてしまえば、それまで。
なんの役にも立たないし、こんな状況を、俺一人が覆せる筈もない。
だけど胸が苦しかった。
――わかってる。自分に何もできないなんてわかってる。
だけど、傷ついているみんなを見ていると、胸がどうしようもなく痛かった。
そして思い出すのは、やっぱり自分が感じた死の瞬間のことだった。
痛くて、寒くて、怖い、死の瞬間。
みんなにもそれが一寸先には待っているのかもしれない。
――元々はスーを守るためだけに戦おうと思っていた。
団結の熱が感じられなくて、
なんだか俺がだけが冷めているような気がしていた。
でも、今は少し違う。
――何かをしたい。傷ついているみんなのために何かを!
その時、テイマーブレスが一際強い輝きを放った。
「これは……?」
おもむろにテイマーブレスを掲げる。
すると、ブレスの中心から紫の小さな炎が沸いた。
炎は一瞬で長方形を形作る。
目の前に現れたもの、それは空を駆け、
そして吠える黒龍の姿が描かれた一枚のカードだった。
『ついに出たな! テイマーカード! これは少年がエクステイマーで従えた獣の真の力を呼び起こすための道具だ!』
「テイマーカード……!」
現れたカードの絵柄を見て、
これはスーの本当の姿を象ったものだと理解した。
『少年! これより呪文を教える! それを力の限り、元気よく叫んで私の脇にある溝へカードを通すのだ!』
「わかりました!」
ブレスさんから音に似た言葉が流れ込んでくる。
俺はきっとその言葉を知らない。
だけどずっと前から知っていた、大切な言葉のように感じる。
俺はスーをそっと地面へ横たえて、少し距離を置いた。
「ニド・ホドホ・ハケ・サオォーッ! 力を貸してくれ、スーッ!」
勢いよく、カードを溝へ滑らせると、
テイマーブレスから紫の炎が噴出した。
それはスーの身体を一瞬で包み込む。
紫の炎は大きく、そして膨張し、そして、
【ギャオォォォン!】
スーは長い身体を持ち、
硬い黒光りする鱗に覆われた、大きな黒龍へ変化していた。
――みんなが傷ついているのをもう見て見ぬふりなんてできない!
俺はすぐさま黒龍のスーの背中へ飛び乗り、
「行くよ! スー! みんなを助けるんだ!」
【ギャオォォォォーーーン!】
俺はスーの背中に乗って、まっすぐと巨大ウルフ巨大を目指す。
「やれ、スーッ!」
【ギャオォーン!】
スーは俺の指示を聞いて、幾重にも牙が連なっている口を大きく開けた。
口の中へ紫の炎が収束して、爆発する。
爆発した炎は幾重にも連なる牙に反射して、拡散した。
【ギネェース!?】
拡散されたスーの炎はピンポイントでギネース兵だけを撃ちぬいて倒してゆく。
俺はスーを操って、ギネース兵を駆逐しつつ前進する。
しかし上から嫌な予感を感じて、スーに身体を捻らせた。
砲弾が長いスーの身体のギリギリを過ぎて行く。
上を見てみればそこには、エヌ帝国の空中戦艦が滞空していた。
「上昇だ!」
黒龍のスーは上昇を開始する。
空中戦艦から絶え間ない砲撃が繰り出されているが、
スーは器用に身体をうねらせ、全ての砲弾を避け切る。
怪鳥も接近してくるが、スーの凄まじい風圧を受けて、一切近寄れない。
スーは空中戦艦の甲板へ思いきり身体を落とした。
甲板にいたギネース兵は慌てふためき、甲板で右往左往していた。
【ギャオォォォォン!】
【ギネェーーースゥッ!!】
スーは炎を放って、甲板もろともギネース兵を吹き飛ばす。
その爆発は連鎖で爆発を起こした。
甲板は一瞬で炎に包まれ、高度がゆっくりと下がり始める。
――これで囚われたみんなは大丈夫だ! 後は!
スーを空中戦艦から離し、地上へ向かわせる。
地上では既に巨大化したコボルト・ワーウルフの兄弟が武器を手に、
俺とスーを睨んでいた。
【死ねぇ! 黒龍ッ!】
コボルトの刀がスーを狙うが、スーはまたしても身体を捻って斬撃を回避。
振り向き様に長い身体を鞭のように振る。
それは見事にコボルトの身体にぶつかって、奴の巨体を思いっきり弾いた。
【よくも弟をッ!】
気が付くと、ワーウルフが刀を振りかざしていた。
俺とスーは気づかないうちに敵の有効距離に入り込んでしまっていた。
「スー、回避ッ!」
『いかん!間に合わん!!』
ワーウルフの巨大な刀身が振り落された。
が、スーと俺にぶつかる寸前、受け止められた。
「チート!? てめぇ、黒龍になんて乗って何してんだ!?」
エールはスーの上に乗ってバスターソードで、
ワーウルフの巨大な刀身を受け止めながら叫んだ。
「説明は後だ! エール! そのまま奴を押し返してくれ!」
「んったく! 無茶言うぜ」
「できる?」
「んったりめぇだろうがぁッ! これでもあたしは獣神だぁっ!」
エールは気合の一声と共にバスターソードを思いっきり奥へ押し込む。
すると、本当にワーウルフの巨体が揺らめいて、そのまま倒れた。
エールはスーから飛び降りる。
ワーウルフは急いで体勢を整えようとしているが、明らかに隙だらけ。
「エール!」
「おうよ!」
俺の一声からエールは察してくれた。
「やれ!スーッ!」
【ギャオオォォォーン!!】
スーの口へ再び紫の炎が収束する。
そして今度は長いブレスとなって放たれた。
「ブライトサンダークラッシュッ!」
同時にエールが大地を疾駆する金色の衝撃波を放った。
スーのブレスとエールの衝撃波は混ざり合い、
膨大な破壊力を持っていそうな光弾に変化する。
よろけている巨大ワーウルフへ光弾がぶつかり、そして、
【お、弟よぉー!!】
輝きは圧倒的な破壊力を持って、巨大ワーウルフの身体を瞬時に焼く。
眩しい光が捌けた先には、既にワーウルフの姿は無かった。
既にエヌ帝国の軍勢は、勢いを無くして、たじろいでいる。
俺は黒龍のスーを下降させ、エールの隣へ飛び降りた。
目前には巨大コボルトを背後に立たせたイヌーギンの姿が。
エールはイヌーギンへ向けてバスターソードを突きつける。
「観念しな! イヌーギン!!」
「あれが例の黒き龍という奴か、なるほどな」
イヌーギンは十字剣の柄へ手をかけようとする。
その時、突然赤紫の曇天に稲妻が走った。
《イヌーギンよ……》
空から響くように、どこからともなく声が聞こえてくる。
「帝王エヌ!」
《もう良い。そなたは余の重鎮。気安くその剣を抜くでない。そなたは進軍を続行せよ!》
「ははっ!」
《余の帝国に逆らう愚かな表世界の存在よ。我が力で裏世界に引きずり込んでやろうぞ!》
空が不自然に歪んだ。
これまで感じたことの無い、嫌過ぎる予感を得る。
すると空の中から、黒龍のスーよりも巨大なガントレットを付けた腕が現れた。
俺、スー、そしてエールは叫ぶ間もなく、大きな手に掴まれてしまう。
そしてすぐに、不気味な空間へ投げ出された。