二章12:帝国の侵攻 強襲! 剣魔獣副将ウルフ兄弟
コーンスターチの壁外へ出る途中、奇妙なことが起こり始めていた。
それまで俺たちの上空は雲一つない青空だった。
だけど、首都を守る防壁の向こうから、怪しい黒雲が伸びて来ている。
黒雲はあっという間に空の光を遮断して、青空を不気味な赤紫の色へ変えてゆく。
そして壁外へ飛び出して、愕然とした。
怪しい色をした空には翼をもった鋼鉄の巨大な船が一隻浮かんでいた。
その周りには、この間俺とスーを襲った怪鳥が、不気味な鳴き声をあげながら飛び回っている。
だけど敵の主力は多分、それじゃない。
空に浮かぶ鋼鉄の船の艦艇が不気味な光の柱を三つ、
俺たちから少し離れた所へ地上へ突き立てる。
その三本の光の柱からそれぞれ影が姿を現した。
左の柱からは長い槍を手に持って、重厚な鎧を着た狼人間が現れる。
右の柱からは二本の長い剣を持った、軽そうな鎧を着た狼人間が姿を表す。
そして最後に真ん中の光の柱に、不気味が影が浮かんだ。
まるで犬のように口の部分が尖った鉄仮面を付け、腰に十字の剣を帯刀する騎士。
「お初にお目にかかるコーンスターチのギルドの諸君! 我が名は剣魔獣将イヌーギン!」
真ん中の犬のような仮面を着けた騎士が騎士がそう名乗り、
「俺は剣魔獣軍団副将! ウルフ兄弟の弟コボルト!」
槍を持った狼人間が名乗り、
「同じく拙者は兄のワーウルフと申す!」
二本の剣を持った狼人間がそう云った。
「イヌーギンに、剣魔獣軍団か……マジかよ……!」
エールは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「凄い奴らなのか?」
「んだよチート、おめぇそんなことも知らねぇのか?」
「ごめん……」
「イヌーギンはエヌ帝国のナンバー2で、奴の率いる剣魔獣軍団は帝国の三軍団でも手強いって言われてる軍団だ」
周りを見渡してみれば、さっきまで高まっていたギルドの士気が、
低下しているように見えた。
エールも、スーも、そして他の戦闘職のみんなも顔を強ばらせている。
「勇ましいコーンスターチギルドの諸君! 今日、この戦を持って、コーンスターチが諸君たちのものか、我が帝国のものかを決めるとしよう!」
イヌーギンは一方的にそう言い放って、腰元の十字剣を抜いて、空高く掲げた。
「沸けッ! ギネース兵!」
雷がイヌーギンと俺たちの間に落ちる。
鋭い稲光の中に、蠢く何かが姿を表す。
そして何もなかった岩場に数え切れない程の、
鎧を着て剣を持ったスライムが現れた。
【ギネースッ!】
【ギネースッ!】
【ギネースッ!】
「やれ! ギネース兵! コーンスターチギルドを滅ぼし、光の国を奪うのだ!」
イヌーギンの指示を受けて、
一斉にギネース兵が突撃を開始した。
「おめぇら! 相手が剣魔獣軍団だろうが関係ねぇ! あたし達の国はあたし達の手で守るんだ!」
「「「「おおおーッ!!」」」
エールの勇ましい掛け声に、皆呼応する。
「あたしに続けぇッ!」
エールはバスターソードを片手に、
先陣を切り、他のみんなも続いた。
『とりあえず皆に混ざって突撃するのだ! 一人佇んでいては狙い撃ちにされるぞ!』
「わ、わかりました!」
走り出そうとしたその時、
俺の目の前へスーが降り立ってくる。
「マス、ターはわたしが守、る!」
『スー、頼んだぞ!』
ブレスさんの声にスーはコクりと頷いて走り出す。
俺はスーの背中に続いた。
「死に晒せぇ!」
【ギネースッ!!】
先陣を切ったエールはバスターソードを豪快に振って
、数匹のギネース兵をまとめて倒していた。
彼女の勢いは凄まじくて、例え周囲をギネース兵に囲まれても、なんのその。
バスターソードの一撃で、ギネース兵はあっさりと切り裂かれて、
砕け散り、黒い粒子に変わる。
「エールさんに負けてられません! 右翼の方々私に続いてください!」
双剣の受付のお姉さんもたくさんの仲間を率いて、
ギネース兵の中へ飛び込み、
「せぇぇぇ、やぁぁぁッ!」
振り分け係のお姉さんと彼女と同じハンマーを持った戦闘職の人たちは、
揃ってハンマーを地面へ叩きつけた。
【ギ、ギネェース!】
すると地面が割れて、無数のギネース兵がそこへ落ちていった。
他の戦闘職のみんなも果敢に群がるギネース兵に戦いを挑んでいた。
【ギネース!】
「うひゃっ!」
だけど、俺はギネース兵の攻撃を避けるので精一杯だった。
「マス、ター!」
すると、スーが現れて、杖を翳してそう叫ぶ。
杖の先からまるで、黒龍の時のような、
紫の炎が飛び出してきてギネース兵を灰に変える。
「ありがとう、スー!」
「マス、ター、下が、って!」
相変わらず周りはギネース兵だらけ。
俺はスーに言われた通り、少し下がる。
スーは杖を両手で持って、しっかりと地面を踏みしめた。
すぐさまスーの身体が紫の輝きを帯びる。
「ッ! ナイトオブ、ファイヤーッ!」
スーは気合の篭った声と共に杖を突き出す。
さっきのとは桁違いの大きさの紫の炎が杖から噴出されて、杖を振る。
目の前にいた何十匹ものギネース兵は一瞬で紫の炎に飲み込まれて、消えた。
だけど殺気は全く消えない。
【ギネースッ!】
「ッ!?」
真横に寒々しい空気を感じて俺が飛ぶと、
そこには剣を振り落としたばかりのギネース兵の姿があった。
―――のままじゃただの足でまといだ。
スーが俺を守ってくれているように、俺もスーのことを守りたい。
「ブレスさん! 強化、お願いします!
『心得た! ただし制限時間は五分だ! 抜かるなよ!』
「わかってます!」
『えいやっ!』
テイマーブレスから輝きが迸って、体中を駆け巡る。
途端に体に軽さを感じて、力が漲ってくるような気がした。
【ギネース!】
一匹のギネース兵が剣を掲げて接近してくる。
だけど俺の強化された視力は既に、ギネース兵の剣の軌道を読み切っていた。
「甘いッ!」
【ギネッ!?】
いわゆる真剣白羽取りといった態勢でギネース兵の剣を受け止める。
そのまま手を捻れば、あっさりと敵の手から剣が抜けた。
『ギネース兵の弱点は胸の奥に見える球体だ! そこを狙え!』
ブレスさんに言われた通り、奪った剣の柄を持って、ギネース兵の、
胸の奥にある赤黒い球体を突き刺した。
【ギネェースッ!】
ギネース兵は叫びを上げた。
人型が一瞬で崩れて、ただの水に変化する。
「や、やった!」
初めて敵を一体倒せたことが無茶苦茶嬉しかった。
――俺でもできることはある!
「マス、ター!」
スーが俺の真横に飛んできて、杖を翳して紫の障壁を張った。
刹那、鋭い槍の先端が障壁にぶつかって、火花が散る。
『油断するな! ここは戦場だぞ!』
「す、すみません!」
「ほう! 摩法士! まさか未だ表世界にその力を使える人間が残っていようとはな!」
豪快な声が聞こえた。
俺とスーは揃ってその場から飛び退いて、距離を置く。
俺たちの目の前には槍を得物とする、剣魔獣軍団の副将コボルトがいた。
「我が名はエヌ帝国剣魔獣軍団副将コボルト! 摩法士は貴重な存在!我 が帝国に来てもらうぞ少女!」
「嫌っ!」
スーは強い否定を叫んだ。
「ならば力づくにでも!」
すると、コボルトの姿が一瞬で消えた。
嫌な予感がした俺はスーを押し除け、一歩前に出て剣を翳す。
刹那、俺の剣とコボルトの槍の先端がぶつかりあった。
「ぬっ? やるな、小僧!」
「スーはやらせない!」
俺は思い切ってコボルトの槍を弾く。
上手いこと行って、コボルトの体勢が崩れた。
「そらっ!」
その隙に剣を振り回す。
「ふん!」
しかし俺の一撃をコボルトはあっさりと弾いた。
それでも諦めないで俺は、剣を振り続けた。
「この! この! この!」
「くっ、猪口才な!」
コボルトは焦りの表情を浮かべている。
俺の斬撃を弾くのが精一杯のようだ。
――このまま押し切れば!
その時、右の方が強い寒気を感じた。
コボルトへの斬撃を止めて、飛び退く。
すると、俺がさっきまでいたところに、鋭い横一文字の軌跡が二本走っていた。
「拙者の太刀を避けるとは、いいセンスだ」
二本の剣を静かに下ろしながらもう一体の狼人間ワーウルフがが呟く。
「兄者! 助かったぜ!」
コボルトはワーウルフの隣に並んだ。
互いの得物の切っ先を打ち合わせ、
「「我らウルフ兄弟!我らが太刀筋刮目せよ! 今日この地はお前の血で赤く染まるッ!」」」
コボルトとワーウルフはそれぞれの武器を構えて一気に接近してくる。
俺は剣を構え、放たれた槍と二刀流の斬撃を捌く。
でもそれで精一杯。
さすがに三方向から繰り出される斬撃を捌くのに手一杯で、反撃に出られない。
「このまま!」
コボルトが叫び、
「押し切る!」
ワーウルフが気合の篭った声を上げる。
ウルフ兄弟の叫びを聞いて、激しい悪寒に襲われた。
「あっ!」
気が付くと、コボルトの槍が俺の手から剣を弾き飛ばしていた。
胴を思いきっり晒された状態の俺へ、ワーウルフが鋭い視線を突き刺す。
――やられる!?
恐怖なんて感じるまもなく、
ワーウルフの刀が左右から俺へ迫る。
「ナイト、オブファイヤーッ!」
「ぐっ!」
しかし突然ワーウルフの背中を紫の炎が襲って、
態勢を崩させた。
その隙に俺はその場から横へへ飛び退く。
ワーウルフは炎に飲み込まれ、遥か遠くへ吹き飛ばされる。
「おのれ! 摩法士! 良くも兄者を!!」
コボルトは槍を構え、ナイトオブファイヤーの放出を終えたばかりで、
硬直しているスーに槍の鋒を向ける。
「スーッ!」
俺は弾かれた剣を拾って、すぐさまスーのところへ飛ぼうとする。
だが、突然急激に身体が重くなった。
『時間切れだ!』
「ッ!!」
それでも俺は走った。
でも、コボルトの槍の鋒は後一歩でスーに触れようとしている。
「スーッ!!」
刹那、コボルトの槍の鋒があっさりと切り裂かれ、
宙を舞いそして地面へ刺さった。
「エー、ちゃん!」
スーの前にはバスターソードを振り切ったエールの姿があった。
「死に晒せやぁ!」
エールは思いっきり、コボルトの腹を蹴ったぐった。
あっさりとコボルトの巨体がくの字に折れ曲がって、
思いっきり吹っ飛ばされた。
「スー、無事だったか!? 怪我はないか!? どこも痛くしてないか!? 何もされなかったか!?」
エールは物凄く心配そうにスーの体の、
色んなところへポンポン触れる。
「大丈、夫!エー、ちゃんは?」
「はん! あたしがこの程度で怪我しますかっての! にしてもよ……チィートォ! てめぇ、近くにいるならスーをちゃんと守れっての! てめぇ、それでも男かよ!!」
なんかエールは無茶苦茶怒ってた。
――さっきまでは頑張ってたんだけどね。
なんて言っても多分信じてくれなさそうな雰囲気だった。
「お、おのれ、小娘!」
ボロボロになったコボルトが起き上がり、
「我ら兄弟を本気で怒らせたいようだな!」
体中から蒸気を上げているワーウルフはも、
う一方の刀をコボルトへ渡す。
「「我らウルフ兄弟!我らが太刀筋刮目せよ!今日この地はお前の血で赤く染まるッ!」」」
「おもしれぇ!やってやろうじゃん!」
エールはニヤリと笑みを浮かべ、バスターソードを構える。
「「やぁーッ!」」
ウルフ兄弟が刀を振りかぶり、凶刃へエールへ向ける。
しかしエールはあっさりとバスターソードでその太刀を受け止めた。
「そんなもんか、なる程……評価はそれぞれ★4程度ってってとこか!」
エールがバスターソードを薙ぐと、
ウルフ兄弟は軽々と弾き飛ばされた。
エールは地面をしっかりと踏みしめて、
バスターソードの柄を両手で掴んで構えた。
「この程度で最強軍団を名乗るたぁ拍子抜けだ! 一撃で決めてやるぜ!」
途端、エールの身体が金色の輝きに包まれた。
「ブゥライトォッ!」
エールが思いっきりバスターソードを地面へ叩きつけると、
勢いの良い湧水みたいに金色の輝きが噴出してきた。
「サンダァークラッシュッ!」
噴出してきた輝きへ向け、エールがバスターソードを横へ薙ぐ。
すると、輝きは地を削りながら、まるで生き物のように素早く全身を始めた。
向かう先には、起き上がったばかりのウルフ兄弟の姿が。
「兄者!」
「弟よ!」
ウルフ兄弟は一瞬で金色の輝きに飲み込まれて爆発した。
「エー、ちゃん! 凄、い! かっこ、いい!」
後ろにいたスーは少し興奮気味なのか、
ピョンピョンと跳ねていた。
さっきまで凛々しい雰囲気だったエールの顔は一瞬でへにゃりと崩れる。
「あはーだろ? あたしすっげぇだろ? 見直しただろ? チートなんかより良いだろ?」
「それは、違う」
「スぅ~ッ……!」
――エールって凄いのか、凄くないのか良くわかんない。
ちょっとこうして離れているのが寂しいかなと思った俺は、
エールとスーへ向けて歩き出す。
その時、甲高い拍手の音が辺りに響いた。
俺やエール、スーは揃って拍手が聞こえた方へ視線を向ける。
そこには犬のような鉄仮面を着けた騎士、イヌーギンが居て拍手をしていた。
「見事であった。まさか、我が剣魔獣軍団の副将を倒すとは!」
「次はてめぇだ! イヌーギン!」
エールはバスターソードを構える。
「ふふ……勇ましいな女! しかしその威勢は再びウルフ兄弟を倒してからにして貰おう!」
イヌーギンは腰の十字剣抜いて、地面へ突き立てた。
「イナジャ・ンモムノ・テンナケサ!……いでよ! 岩巨人コウボッ!」