二章10:三番勝負! VS エール 【後編】
頬がめちゃくちゃ腫れてて痛い。
「マス、ター、大丈、夫?」
スーは凄く心配そうな顔をしながら、冷たい濡れタオルを渡してくれた。
「にゅー……」
スーはこっちへ背中を向けながら飲み物を飲んでいるエールへ、
鋭い視線を投げかけるけど、
「仕方ないよ、事故とはいえエールには悪いことしたから。怒んないで上げて?」
「にゅー……マス、ターがそうおっしゃ、るなら……」
スーはエールへの鋭い視線を止めてくれた。
まぁ、股の間に顔を突っ込んでしまった応酬が、
往復ビンタ程度で済んだのは不幸中の幸いってことにしとこう。
下手すりゃマジでバスターソードで一刀両断されかねなかったし。
「さぁて! ここまででお前とあたしで勝ち星一つずつだな!」
もう股に顔を突っ込んだことは気にしてないらしく、前と同じ調子のエール。
こういうカラッとした性格の人って嫌な感じがしない。
「で、次が最終勝負だっけ?」
俺がそう聞くと、
「そうだ! 最後の勝負は……スーが望んだ勝負だ!」
「にゅ?」
そうエールに言われてスーは首を傾げる。
意味が良くわかってないみたい。
「スーがあたしとコイツとでして欲しい勝負を決めるんだ。なんでも良いんだよ?」
「にゅー……」
エールがそう云うと、スーは腕を組んで考え始めた。
やがて、突然俺の腕を取って、高く上げる。
「勝負無、し! マス、ターの勝ち!」
「いや、スーそれじゃ……」
流石のエールも苦笑いを浮かべた。
俺も今までのスーの様子から大体そんなことになるんだろうと思っていた。
それで決まりで、エールが納得してくれるなら良いんだけど、
実際はそうも簡単には行きそうもない。
「スー、気持ちは嬉しいけどさ、今はちゃんと勝負をしなきゃダメなんだよ」
「にゅー……マス、ター、凄、いのに……」
「ごめんね。何か俺とエールで勝負してほしいことある?」
「にゅー……」
その時、スーのお腹がくぅと鳴った。
「お腹、空いた……」
「それだッ!」
エールは突然声を上げると、
「最後の勝負は料理だ! スーを満足させられるような料理を作って、どっちが美味しいか決めてもらう! これでどうだ! ってか、おめぇに拒否権は無いからな!」
またまたエールは強引に話を進める。
もう、拒否権無いなら聞かなくて良いって。
『ふむ。ならば公正を期すためにどちらがどの食事を作ったか秘密にしてスーに食べてもらうとしよう』
「おっ? おっさん、たまには良い事言うじゃねぇか!」
『おっさんとは失敬な! 私はテイマぁーブレぇす! であり、君の一応父親なのだぞ?』
「そんなんどうでも良いよ! 善は急げだ! あたしに続けぇー!」
と、叫んでエールは一人走り去ってゆく。
「ちょ、待てよ!」
慌てて俺も走り出し、スーもあたふたと付いてくる。
そうしてコンスターチの街を暫く走り続けると、
エールは突然ばかでかい家の前で足を止めた。
立派な門扉に、長い堀。
高い鉄柵門の向こうには噴水のある庭があって、
更にその奥には城と見間違えてしまうほどの大きな家がある。
「ここは?」
俺が聞くと、
「あたしの家だけど?」
さらっとエールは答えた。
「あたしはいらないって言ったんだけどよ、ギルドや街のみんながなんかあたしのために用意してくれったつーか」
『★5の戦闘職は希少だからな。それにエールは獣神の化身で、自然と民を惹きつける魅力があるのだろうな』
ブレスさんの解説を聞いて、エールも十分”チート”だと思った。
――名前がチートな俺はなんで、ここに来ても微妙なんだろ……
「マス、ター?」
俺がちょっと肩を落としていると、スーが心配そうに背中を撫でてくれた。
「ありがとう、俺を慰めてくれるのスーだけだよ」
「マス、ターは凄、い!」
スーに慰められて、気持ちを持ち直した俺はエールに続いて、
物凄く豪華な家の中に足を踏み入れた。
エールの家は内装も立派だった。
日本の小さなお家、しかも狭い団地でしか生活したことのない俺は
圧巻な家の中に軽くめまいを感じた。
やがてエールがひときわ大きな扉を開く。
ドラマとかテレビでみたことのあるような立派で広い厨房だった。
「へへっ! ここが最後の決闘場だぜチート!」
「なんか、その……凄いね?」
「まぁ、正直もてあましてんだけどな。使ってるのも右側のシンク位だぜ」
「料理するんだ?」
「んったりめぇだろうが!食は健康への第一歩だぜ!?」
――見た目に反してちゃんと料理してるんだ。なんてちょっと失礼?
っと、感心してしまう。
俺なんて親が作ってくれたりとか、
コンビニ飯で済ますことが殆どだったと思い出す。
「食材はシンクの裏にある部屋に何でもあるからな! そいじゃ時間は一時間! どっちが作ったか秘密にして、スーに食べて貰って、美味しいって評価された方が勝ちだからな!」
エールはそう一方的にまくし立てて、
「電磁解除!」
「うわっ!?」
突然、エールの鎧が周囲に飛び散って、
危うくミンチにされるかけるところだった。
だけど薄着になったエールはそんなこと全く気にしないで、
一目散に右側のシンクへ向かって走った。
『猪突猛進とはエールのためにあるような言葉だな』
「そのお蔭でこっちはミンチになりかけましたけど……」
『さぁ、少年!愚痴るよりも動き出そう。ここで勝てばきっとエールは少年のことを認める筈だ!さぁ!』
「あー、えっとその……」
『どうしたというのかね、そんなに生ぬるい声を出して?』
「俺、料理なんて殆どできないんですけど……」
『なんだと!?』
ブレスさんに物凄く驚かれた。
「お恥ずかしながら包丁なんかも殆ど持った記憶ないんです……」
『何という奴だ、今の時勢、弁当男子なる存在もいると言うのに……』
「すみません。あの、だから、ブレスさんチートでなんとかなりませんかね?」
『うーむ、こればかりはな……あくまで私が少年に付与できるのは肉体の強化のみだ。センスに関しては無理だな』
またまたまた積んだ……だけど、閃く。
「あっ、じゃあエターナルガトーじゃ?」
『少年よ、名案ではあるが恐らく命が無くなるぞ?』
「えっ?」
『スキルには有効距離というものがあってな。私の計算ではあれは菓子を付与したい相手が2メートル以内にいなければならいないようなのだ。今回の勝負はどっちが作ったかを秘匿するのが条件だろ?』
「あっ……」
スキルで菓子を出すのは簡単だし、きっとスーは喜んでくれる筈。
だけど、エールは滅茶苦茶怒るだろうな。
あくまでこの勝負はエールに勝つことで彼女を屈服させて、
獣心晶を修復することにある。
もしエターナルガトーを使えば、エールは俺のことをきっと、
【卑怯者】と詰って、より心を閉ざしちゃうんだろう。
――またまたまたまた積んだ。
『こうなれば仕方がないまずはベストを尽くそう。ここで負けても、正々堂々の勝負ならエールの好感度は上がりもしなければ下がることもない。次の機会を狙うのだな』
「そうっすね。そうしましょう」
「マス、ター?」
心配そうにスーが顔を覗き込んでくる。
俺はスーの頭をポンポンと撫でて、足取り重く、左側のシンクへ向かってゆくのだった。
――とりあえずできることをしよう。
●●●
そんなこんなで一時間が経過して、なんとか一品作ることができた。
正直、食糧庫に入った時は、みたことのない食材ばっかで、早速困ったと思い出す。
奇妙な形をした果物に、元が何なのか全くわからない肉の燻製とか……
ちょっとえぐく感じる物もあって戸惑ったけど、そこはブレスさんの出番。
『これはイチゴンっと言ってな、少年の世界で言うところのイチゴに近いものだ』
さすが頼りになるテイマーブレスさん。
俺が手に取った食材について、次々と俺の記憶にある食材に置き換えて説明してくれていた。
そんな風にブレスさんとやり取りをしながら、
辛うじて頭の中に残っている唯一のレシピを頼りに、
次々と食材を選んで、調理して今に至る。
正直、この勝負に勝てる自信はなかった。
だけど、お腹を空かせて元気がなかったスーの様子を思い出すと、手が抜けないと思った。
――ここまでスーは俺のことを一生懸命応援してくれたんだ。
何かお礼のようなことをしたい。
多分、これは勝てない勝負。
だから俺はスーのために料理を作ろうと思った。
少しでもスーに喜んでもらえるよう。
お腹いっぱい満足してもらえるよう、形はまずいかもしれないけど、心を込めて……
「にゅー……お腹すいた……」
厨房の隣にある食堂のテーブルへスーはヘロヘロになってうなだれる。
そんなスーの前へ俺は銀のボウルで蓋をされた二つの皿を置いた。
なんで俺が配膳までしているかというと、
「おめぇ男だろうが! まさかか弱い女のあたしに料理運ばせる気じゃねぇだろうな?」
なんてエールに凄まれて、配膳をしてたり。
――どこがか弱いんだ……バスターソードを軽々振り回してる癖に……
そんなことを思いながらボウルをお皿の上から外した。
「にゅわー!」
スーはお皿に盛られた料理をみて、嬉しそうに頬を緩ませた。
一方は白いご飯のようなものにたっぷりの野菜や肉食が沢山入った、
ブラウンのソースがかかったもの。
鼻を突き抜けるように感じるスパイスの香りの中に、少しだけ
甘さを感じさせるようなニュアンスが混ざっていて、絶妙な腹を空かせる匂いだと思った。
――これってカレーライス?
『ほう、ガレ―飯だな』
「ガレ―飯?」
『この料理の発祥はコーンスターチだと言われている伝統料理だ。今から約180年前、コーンスターチに店を構える小さな定食屋を経営していたガレ―なる料理人が従業員のために賄いとして数十種類のスパイスで余った食材を煮込んで、それを飯にかけて出したところ、天にも昇る美味さであったことから……」
――つまり、やっぱりカレーライスってことね。
大体、この世界食材や料理の法則が分かり始めた俺だった。
そうしてもう一方、豪華さや彩なんて全く皆無な、形の不揃いなクッキーもどきだった。
「じゃあ、美味しいって思った方を後で教えてね」
俺はスーにそう言って、少し離れたところにある椅子へ向かう。
そしてスーに背中を向けるようにして座った。
俺の隣には、同じようにエールが腕を組んで座っている。
エールは横目で俺をチラッと見るなり、ニヤリと笑う。
ちなみにガレー飯は言わずもなが、エール作だ。
獣神の化身だからなのか、
なんなのか本当にエールはなんでもできる凄い奴だと思う。
――こりゃ負けても仕方ないよな。
でもだったらエールの獣神晶の修復どうしよう……
スーに背を向けて座りながらボォーっとそんなことを考える。
後ろからは、カチャカチャとスーが皿を叩く音が聞こえている。
俺のはクッキーもどきだから、今食べてるのは明らかにエールのガレー飯。
凄く食べるペースが早いように思う。
きっと、美味しくて夢中で食べてるんだろうと思う。
っと、音が止まった。
「にゅー……あむ……」
一瞬、スーの声が止まった。
なんか妙に心臓がドキドキする。
――もしかしてマズッた?
嫌な手汗を感じた。
やっぱり慣れない料理なんてするもんじゃない、そう思った。
「決まっ、た!」
スーが声を上げて、俺とエールは椅子から立ち上がり振り返った。
テーブルにはガレー飯とクッキーもどきを前にしたスーが、
まるで箱根の地下にいる司令官みたいにテーブルへ両肘を立てて、手を組んでいる。
食堂はシンと静まり返っている。
さすがのエールも緊張のためか、顔を強ばらせていた。
俺もまたさすがに結果がわかっているにしても、心臓がドキドキしている。
「美味しかっ、たのは……」
スーが手を組むのを止めて動き出す。
そして、
「こっ、ち!」
スーが掲げたのは、
なんと俺のクッキーもどきの皿の方だった。
「「マ、マジか!?」」
思わず俺とエールは揃って同じ言葉を叫んでいた。
「な、なぁ! スー、どうしてそっちを……?」
エールが信じられないといった具合に聞く。すると、スーは
「ガレー飯、美味し、かった。でも、こっち、優しい気が、した。だから、わたし、こっち、選ん、だ!」
「馬鹿な! 最高級の食材とスパイスをふんだんに使って作ったあたしのガレー飯が!?」」
エールは食卓に近づいて、俺のクッキーもどきを摘んで口の運ぶ。
瞬間、彼女の肩の震えが止まった。
「な、なんだよ、これ……飛び抜けた美味さはない。でも、なんだよ、このバランス……畜生……美味いじゃねぇかよ……!」
エールは一気にクッキーを口へ放り込んで、そしてがっくりと肩を落とした。
――あ、あれ?勝っちゃった!?
『最高に美味いもの、それは何かが飛び出ているインパクトがあるものではなく、何が美味いかは分からないがとにかく美味いものなのだ。人それを、バランスと云う!』
「バランス、ですか」
『それに料理でもなんでも造ることは作り手を表すものだからな。これが少年の味で、スーやエールの舌と心を鷲掴みにしたんだろう。とんだチートだな、これは』
普通に作っただけだから、ここまで褒められるのはアレだけど……
でもスーは今もすごく満足そうにクッキーもどきを食べてくれている。
――こうして、自分が作ったものを喜んで食べて貰えるって嬉しいもんだな。
「なんだよ、こん畜生! ★2の癖に……」
エールはまだ自分が負けたことが認められないのか、がっくり肩を落としている。
そこまで落ち込まれると★2だってことを馬鹿にされていることより、
落ち込んでるエールのことを心配に思ってしまう。
その時だった。
突然、甲高い鐘の音が窓の向こうから響いてきた。
鐘はなり止むことなく、延々と響き続けている。
すると肩を落としていたエールが、クッキーを美味しそうに頬張っていたスーが、
急に表情を引き締めた。
「エー、ちゃん!」
「緊急招集だと……?」
「エー、ちゃん!!」
「ああ、わかってる! 行くぜっ!」
「う、ん!」
エールとスーは血相を変えて飛び出す。
『少年! 緊急招集だ! エールとスーに続け!』
「えっ? 緊急招集って!?」
『ギルドの全戦闘職にモルトからの招集がかかったのだ! 事情はそこで聞け! とりあえず今は彼女たちに続くのだ!』
「あっ、はい!」
ブレスさんの声からただならぬ予感を感じた俺は、エールの屋敷を飛び出しのだった。