最終章2:チートは異世界を救う! 獣神全ては彼のもの!!
今日は朝から嬉しい報告があった。
どうやら、また獣神達が帰ってきてくれてるという。
俺は足取り軽く、まるでスキップみたいに廊下を進んで、
みんなのいるコーンスターチの獣神殿の会議場へ向かっていた。
「みんな急にどうしたんでしょうねぇ?」
ついついテンションが上がってブレスさんに問いかけた。
『……』
だけどブレスさんからの反応はなかった。
いつもなら、
『何をそんなにハイテンションなのかね? もう少し落ち着きたまえ!』
なんて突っ込みが入りそうなものなんだけど……
「ブレスさん?」
『……』
「ブーレ―スーさん!」
『……はっ! な、何かな少年?』
ようやく気付いた様子を見せたブレスさん。
ちょっと様子がおかしい。
「どうかしたんですか?」
『あ、それは、むぅ……』
それっきりテイマーブレスから、
ブレスさんの声が聞こえなくなった。
なんだろう? って思っているうちに、
俺は会議場に続く、扉の前に立っていた。
獣神達に会える嬉しさをそっと胸にしまって、
俺は扉を開いた。
青空の下にある広い会議場。
いつもは真ん中に大きな円卓があるんだけど、
今日は何もなくて、広大な石畳があるだけだった。
そこに獣神の正装をした、獣神達が並んで立っていた。
「おーいみんな!」
急いで駆け寄ってゆく。
だけどいつもみたいに、
みんなが俺のところへ来ない。
みんな顔つきは穏やかだけど、
どこか神妙なようにみえる。
特に珍しく獣神達の真ん中にいるスーは、
顔を俯かせて、表情を隠していた。
「あ、あれ? みんなどうしたの?」
答えは返ってこない。
「ほら、スー来たぞ」
エールがスーの肩を抱いて、
優しくそう云った。
「にゅ……」
「……んったく、仕方ねぇな……」
エールも、そして周りの獣神達も苦笑いを浮かべた。
エールが歩き出そうとする。
だけどそんなエールの手をスーが取った。
「わたし、云う。わたし、云ったこと、だから……」
「……そっか。んじゃ、行ってい来い! しっかりな!」
スーはエールに背中を押されて歩き出した。
顔を俯かせたまま、
ゆっくりと俺に近づいてくる。
そのただならない雰囲気に俺の心臓は自然と、
激しい鼓動を始める。
「スー……?」
問いかけると、
ゆっくりとスーは顔を上げて、
「手……」
「えっ?」
「右手、貸して、ください……」
言われるがまま、
テイマーブレスが嵌っている右腕を差し出す。
するとスーはロックを外して、
俺の右手からそっとテイマーブレスを抜いた。
「スー!?」
瞬間、目の前にいた獣神達が、
一斉に動き出す。
まるで円みたいに並んで、
彼女たちは俺を囲んだ。
「知人君、帰る……」
「帰る?」
スーはコクンと頷いた。
丸くて黒い瞳から涙が零れ落ちて、
「知人君、元の世界帰る!」
「元の世界って、スー何を……?」
「あたし達をなめんじゃねぞ、マスター!」
脇にいたエールが声を上げた。
「私たち達はこの世界の前の神なのよ? 貴方を転生させたのも私たち達の力なら、その逆だってできるわよ! それぐらい分かりなさいよ、このバカ!」
背中にランビックの声が響く。
いや、だけど聞きたいのはそこじゃない。
「だからそうじゃなくて! なんで急に帰るとか、なんだとか……」
『迂闊だったな少年。君と獣神達、そして私は心が繋がっているのを忘れたのではあるまいな?』
スーの手の中にいるブレスさんがそう云った。
『私たちは知っているのだぞ。少年、君が元の世界に帰ることを望んでいるのだとな』
「ッ!!」
『それにここにずっと居ても、君にはもう籠の中の鳥のような生活しか残されていない。存在が存在であるが故に致し方ない部分もあるが……しかし、ビアルを救った君にはあまりにも酷い仕打ちだと私は、いや、ここにいる皆がそう思ったのだよ』
「ブレスさんの仰る通りですよ、チートさん!」
ボックさんが声を上げた。
「そうだよ! マスターは本当に強く、逞しくなったよ! だったら僕らは君に、その得た力でもっとたくさんの人を助けて、幸せにしてほしいんだー!」
ピルスの声が響く。
「もう怖がらなくて大丈夫です! 貴方は神にもなれた、素晴らしい人です! どこへ行ってもその事実は変わりませんし、その力はきっとどんなところでも生かせます! 私が保証します!」
アルトの言葉は胸を打つ。
「知人君……」
スーは涙をゴシゴシぬぐって、
真っ黒な瞳に俺を映した。
「わたし、知人君のおかげで幸せなれた! 大好きな、貴方に会えた! だからもっとたくさんの人に、その幸せ、嬉しい、あげてください!」
「……」
みんなの言葉の数々が胸の奥にしみ込んで、
全身へ行き渡る。
こんなに誰かに必要とされて、
励まされたことなんてなかった。
だからそれが嬉しくて、
目から自然と涙が零れ落ちる。
「ありがとう……みんな」
それしか云えなかった。
同時に、繋がっているみんなもまた、
俺との別れを悲しんでいるんだと分って、
それでもこうして言葉をかけてくれているのが、
嬉しいと思った。
前の俺だったらきっと駄々を捏ねたんだろう。
此処に未だ図々しく居座りたい、
って思ってたんだろう。
――みんなが悲しみを堪えて、こう云ってくれている。
その気持ちを無碍にしたくはない!
俺は涙を拭って、空を見上げた。
ビアルの空は今日も青々とした晴天。
――俺はこの世界を脅威から守った。みんなと一緒に救うことができた!
その誇りを胸へ強く焼き付けた。
そして胸いっぱいに異世界の空気を吸い込んで、
「雷鳴の獣神ブライトケイロンのエール! 君の勇ましさちゃんと受け取ったよ! 俺、元の世界でも君みたいにかっこよく振舞うから!」
俺がそう叫ぶと、
エールは少し恥ずかしそうに笑ってくれた。
「大地の獣神グリーンレオのボック! 貴方からは大きな優しさを教えてもらいました! あっちでも俺、貴方みたいにたくさんの人に優しくします!」
ボックさんは柔らかい笑みを返してきてくれた。
「大海の獣神ブルーマーメイドのピルス! 君のお陰で俺逞しくなれた! あの特訓の日々と君の明るさは絶対に忘れない! そしてこの元気をもっとたくさんの人に分けるよ!」
ピルスは二カッと爽やかに笑ってくれた。
「疾風の獣神ローズフェニックスのランビック! 直向きさをありがとう! 俺、もう絶対にあきらめない! 俺はこれから君を見習って、強い意志をもって生きるよ!」
ランビックは恥ずかしそうに、
顔を真っ赤に染めて頷いてくれた。
「灼熱の獣神レッドドラゴンのアルト! 君の熱さは忘れない! 燃えるような気持で、これからも俺はみんなのために頑張るよ! カフェの修行頑張ってね!」
アルトは八重歯を覗かせて、満面の笑みを浮かべた。
俺はゆっくりと視線を落とす。
小さくて、でも強くて可愛い、最愛の人を瞳に映す。
「深淵の獣神ダークロンのスタウト……」
「はい……」
「俺が居ない間、親父とお袋をありがとう。君がいなかったら俺、こんなに強くなれなかったと思う……君からは誰かを愛する強い気持ちを貰ったよ。この大好きは忘れないし、手放さない! 本当にここまでありがとう、スーッ!」
「はいッ! 知人君も、お元気で!」
最後に俺はスーの手の中にあるテイマーブレスを見た。
最初はこんな恥ずかしいブレスレットを付け続けるなんて、
正直なところ嫌だった。
でも今はこうして外れていることが寂しいし、
腕にその重みが無いことが切ない。
――だからきちんと最後の言葉を送りたい。
ずっと傍にいた、最高の相棒に!
「テイマーブレスさ……」
『おおっと! ここは私からだ!』
っと、出鼻を挫かれた。
「ちょっと、ブレスさん、今良いところなんですけど?」
『君から私へ口上をするなど数万年早いとは思わないかね? ここは年上の私に譲り給え!』
ブレスさんも俺の別れを惜しんでくれている。
はっきりとわかる。
でもブレスさんのことだから、そういうしんみりとした姿を
見せたくないんだろうと思った。
だから、
「あーはいはい……じゃあ、ブレスさん、お願いします!」
敢えて、いつものように、自然にそう言葉をかけた。
一瞬テイマーブレスがカタッと震える。
でもすぐにそれは収まった。
『有無! 超獣神チートこと朝日知人よ、良くぞここまで頑張った! 君の活躍に敬意を表しよう! そして忘れるな! 君は異世界を救った! しかし、獣神全ては君のもの、だということをな!!』
ブレスさんの声が蒼天に響き渡る。
「はい! ありがとうございました、ブレスさん! 楽しかったです! ブレスさんもどうかお元気で!」
涙を堪えた俺の声が青空へ上って、
どこまでも、どこまでも響き渡ってゆく。
そして儀式が始まった。
俺を取り囲む獣神達からそれぞれの光が湧き出てくる。
それは空へ昇り、流れ、周り、混ざり合って白銀の輝きになった。
星のような煌めきは俺へ降り注ぎ、優しく穏やかに包み込んでゆく。
俺はそっと目を閉じて、その温かい輝きに身を委ねる。
そして俺の意識は広がって、
広がり続けて、そして霧散するのだった。
●●●
気が付くと白い知らない天井が見えた。
知らない天井なんだけど、
目の前にみえる蛍光灯がすごく懐かしく思える。
「知人!」
っと、左右から顔に涙をためた親父とお袋が視界に飛び込んでくる。
まだ意識は少しぼんやりしてる。
だけど、久々に見た二人の顔と匂いに嬉しさを感じた俺は、
「ただいま……」
そう告げた。
どうやら俺は交通事故にあったようだった。
かなりの重傷で命の危険に晒されたみたいなんだけど、
奇跡的に助かったらしい。
少し元気になってから、どうして俺が事故にあったか聞いてみたけど、
よくわからないとみんなは口を揃えて答えた。
俺の記憶には【弱っている子犬を助けるため】に、
道路へ飛び出したってあるんだけど、
そんな犬は存在しないし、
事故にあった俺の傍にもそんな犬はいなかったって聞く。
俺の記憶と今の状況の辻褄が合わない。
だけど、事故からもうだいぶ時間が過ぎてるか、
もはや調べることなんて到底出来るはずもなかった。
回復は思ったほど早くて、一か月もすれば俺は
一人で起き上がったりできるようになった。
そうなって落ち着くと、
まるでついこの間までいた異世界のことが
夢か、幻のように思えて仕方がなかった。
――あれは夢だったのかな?
でも、夢でも構わなかった。
だって俺の中にはみんなから貰った大切なものがちゃんとあって、
それらをはっきりと感じることができているからだ。
窓の外には見知っている世界が広がっている。
車があって、ビルがあって、
人々がそれぞれを無関心に通り過ぎて行く、
ちょっと寂しく感じる世界。
事故の前はこの世界がすごく灰色に見えて、
息苦しいと思っていた。
こんな世界に居たくないと思った。
だけど今の気持ちでこの世界をみると満更じゃない気がする。
緑は綺麗だし、支えあいながら生きている人もいる。
世界は灰色かもしれない。
でも、それに自分が染まる必要はない。
――俺は異世界のみんなからたくさんの大切なものを貰った。
世界は暗く淀んでいるかもしれないけど、
その中で俺はみんなに貰った大切なものを胸に秘めて、
ひっそりとでも良いから輝いて生きてゆきたいと思った。
俺以外の誰かを照らして、この世界も満更じゃないよって、
伝えたい。
――頑張ろう。
俺は夢の中のみんなに大切なことを教わって、
色んなものを貰ったんだから……
まだ長い時間起き上がっていると身体が辛かった。
入院中の身なんだから身体を労わらないと、
と思ってまたベッドへ戻って瞳を閉じる。
――早く元気になって色々したいなぁ……
そう思って眠りに就こうとした時……
「にゅー……にゅふー……にゅふふ~」
腰の辺りに重さを感じた。
なんか腰の辺りで何かがぴょんぴょんと跳ねてて、
凄くムズムズする。
ふわっとお香のような匂いが鼻に届いて、
俺は飛び起きる。
「えっ……えええっ!?」
「おはよう、ございます! 知人君!」
なぜか、どうしてか、
スーが俺の腰の上へ馬乗りになっていた。
「そういうはしたないことは止めなさい! それにチートさんはケガ人なのですよ!?」
「にゅわー!」
すると今度はボックさんが現れて、
俺の腰の上に乗っていたスーを、
ひょいっと片手で摘み上げた。
「おいおいボック、そんぐらいいいじゃねぇか! マスターがその程度でへばるかっての!」
そんなボックさんの腕を、
エールがガシッと掴んだ。
「エール! いつも云っていますが、貴方はスーのことを少し甘やかし過ぎです! どうしてダメなものはダメとおっしゃらないのですか!」
「可愛いから良いんだよ! つか、おめぇこそ、もうちぃと可愛げ持ったほうが良いんじゃねぇか? 眉間の皺、消えなくなるぜ?」
「なんですって!? 脳筋、単細胞のエールにそう云われたくはありません!」
「んだと、この説教ババアッ!」
相変わらずボックさんとエールの口論が始まる。
「マスター! 元気―!?」
「お久しぶりです、マスター!」
今度は左右から突然ピルスとアルトが現れて、
唖然としている俺の両ほっぺへチューしてきた。
「あああ、あんた達! だからそうホイホイとチューしないの! 馬鹿なの!?」
っと現れたランビックが叫んで、ピルスとアルトを投げ飛ばす。
だけど二人はすぐに体勢を整えて構えた。
「アルト、やっちゃおうかー?」
ピルスがそう云うと、
「ですね! さぁ、ランビック! 私とピルスが相手ですよ!」
アルトがそう云って構えを取ると、
「いいわ、二人まとめて相手したげるわ!」
やる気満々のランビックは拳銃を召喚して、
二人へ突きつけた。
さっきまでシンと静まり返っていた、個室の病室が
にわかに騒がしくなる。
「もしかしてこれも夢? もしくは俺、事故で頭がおかしくなっちゃった?」
敢えてそう呟いて、ほっぺを抓る。
すごく痛かった。
『HAHAHA! 待たせたな、少年!! これは夢でも幻でもなく現実だぞ!』
突然、右腕がずっしり重たく感じる。
腕を布団の中から出してみるとそこには、
六色の宝石が付いている、まるでプ〇キュアとかセー〇ームーンが
持っていそうなファンシーなブレスレットがしっかりと嵌っていた。
「ブ、ブレスさん!? なんで!?」
『それがだな……HAHAHA、やはり獣神達が、君に会えないのは寂しいと言い出してだな、次元を引き裂いて穴を作ってしまったのだ! なので、少年の傷が回復し次第、君にはこっちの世界とあっちの世界を行き来きして貰うこととなった! もちろん、ビアルでは超獣神として活躍してもらうからな! 何、案ずるな、すべて私、テイマぁーブレぇす! に任せておけば無問題!』
「いや、無問題って無茶苦茶な! じゃああの感動の別れは何だったんですかあぁ!?」
『ん? そんなことあったかね? HAHAHA! 歳のせいか最近物忘れが激しくてな、HAHAHA!』
少しあの別れのシーンを思い出して、恥ずくなりました。
でも嬉しかった。
異世界でのことや、獣神達は俺の夢や妄想じゃなくて、
現実のことだった。
何よりもこうしてまたみんなに会えたことが嬉しくてたまらなかった。
「知人くーん!」
ボックさんの腕を離れて、スーが飛んでくる。
俺の胸へ飛び込んでくるなり、
「ちゅ」
「わわっ!?」
スーが唇に軽いキスをして、微笑む。
「ずっと、一緒! どこまでも、いつまでも!」
スーの笑顔に心臓がドキリとなった俺だった。
だけど彼女の背後に物凄い熱気を感じる。
「一番はスーに譲ったけど……マスターの二番手はあたしだぁ!」
真っ先にエールが駆け出して、
「いえ、私こそ二番に相応しいです! チートさんの体調管理は私の仕事なのですから!」
ボックさんが負けじと続いた。
「いやいや僕だよー! またファイトしよー、マスター!」
「いいえ! たまには私に譲りなさい! 毎日健康的で美味しい料理を食べさせてあげるわ、マスター!」
ピルスとランビックは同時に向かってくる。
「私、リーダーです! リーダーだけどしょうがないから二番で我慢しますッ! マスターッ!」
アルトがまっすぐと向かってくる。
嬉しいのは山々だけど、勢いが凄すぎてビビる俺。
むしろ命の危険すら感じる。
――嬉しいけど、こういうのはマジ勘弁!
これが頻発するのって堪らない。
「み、みんな犬になっちゃえぇぇぇぇー!」
俺の叫びが病室にこだまして、ボワンと煙があがる。
こうして俺の新しい生活がスタートした。
どうなるか、どうしたら良いのか良く分かんないけど、
でも自分にできることを一生懸命しようと思った。
――こうなりゃ、こっちとあっちで光になるしかないね!
『HAHAHA! 頑張るのだぞ、朝日知人こと超獣神チートッ! 君の活躍に世界がかかっているぞ! HAHAHAHA!』