七章15:表と裏の最終決戦! 【後編】
「お前は……!? どうしてこんな……?」
目の前に現れたサルスキーに、
俺の頭は混乱する。
そんな俺の前へサルスキーは降り立ってくると、
肩を貸して立たせてくれた。
鎧はところどころが拉げていて、
胸に嵌っていた黒い魔獣石は、
粉々に砕け散っている。
だけど当のサルスキー自身は凄く元気そうだった。
「大事は無いか、ボック殿のマスターよ」
「あ、えっと、はい。でもなんで貴方が……?」
なんだか急にサルスキーには、
丁寧な言葉を使いたくなった俺だった。
鈍重な足音が聞こえて、
俺とサルスキーは上へ視線を飛ばす。
見上げるとそこには剣を振りかぶって、
高く飛ぶ巨大イヌーギンの姿が。
「烈獣神剣! 鎖解放神狼!」
凛とした声が聞こえたかと思うと、灰色の閃光が、
上空の巨大イヌーギンを何度も過った。
鋭い金音が何重にも響き渡る。
そして上空にいた幽霊魔獣の巨大イヌーギンは、
黒い結晶となって消えた。
「油断をするな、サルスキー!」
俺とサルスキーさんの前に降り立ってきたのは、
剣を携えて涼しい顔をしている、
アルトの師匠:トラピストさんだった。
「トラピストさんも!? 何がどうなって!?」
急な展開に頭が混乱する俺だった。
「サルスキーから魔獣石を切除し問うたのだ。辛くも繋いだ命をどのように使って行きたいのかとな」
トラピストさんがそう云ってサルスキーへ目くばせをする。
「俺は魔獣石を失って魔獣大将軍としての最期を迎えた。俺は戦うことしかできない、命令を聞くことしたできない存在だった。だが、こんな俺にボック殿は俺らしく生きろと仰ってくれた。トラピスト殿、ボック殿の言葉を受け俺は……たとえ無様と詰られようと俺らしく、俺が生きたいように生きようと決めた! だから俺は一人の戦士! 拳士サルスキーなり!」
勇ましくそう宣言するサルスキー。
微塵もよどみが感じられないその声に、
俺は大きな安心感と信頼感を感じた。
「サルスキー、ルプリンで治癒をしたとはいえ未だ貴様の傷は完全には癒えていない。あまり張り切り過ぎるなよ?」
「承知している、イヌ……ではなく、トラピスト殿!」
トラピストさんとサルスキーは、
お互いに腕をぶつけ合って口元を笑わせた。
その時、地鳴りが響く。
俺たちを取り囲んでいたエヌ帝国の巨大魔獣軍団が、
体勢を立て直して、一気に突っ込んでくる。
すると今度は後ろから轟音が聞こえた。
いつの間にか現れた一隻の空中戦艦ボトルが、砲台から
一斉射を初めて、巨大魔獣軍団へ砲弾の雨を降らせる。
【トラピスト殿! サルスキー殿! お待たせしたぁ! 降下始めるぞぉ!】
後ろの空中戦艦から、
コエド将軍の声が聞こえた。
戦艦から四つの影が飛び上がって、
サルスキーの背後へ舞い降りる。
「ここは我らにお任せあれ!」
ウルフ兄弟の兄:ワ―ウルフがそう云って、
「マスターは下がられるが候!」
弟のコボルトが叫んだ。
「サルスキー殿、準備は整ってますね!?」
「ヌゥーン!」
元砲魔獣副将のガルーダとクラーケンが問いかけた。
「応ッ! 今や我々は表世界の存在! 美しい世界を滅ぼそうとする邪悪な軍勢を打ち倒すのだ!」
サルスキーの号令で、魔獣達は踵を返した。
「「「「「イナジャ・ンモムノ・テンナケサ! 現れよ、岩巨人コウボッ!」」」」」
何度も苦しめられて、恐怖した岩巨人コウボが姿を現す。
だけど今の俺にとってその姿は雄々しくて、逞しく、
頼り甲斐あるように見えた。
コウボは顔の部分から光線を放って、魔獣達を吸い上げて、
素早く体表を変化させる。
そして五体の逞しい巨大な魔獣が不毛の大地を強く踏みしめた。
【参るぞ! この一戦何としても勝つッ!】
巨大化したサルスキーを先頭に、魔獣たちは
目の前に群がるエヌ帝国の軍勢へ突っ込んでいった。
「ここは我らが食い止めよう! チート殿は今のうちに体制を整えてくれ!」
トラピストさんも剣の柄を握りしめて、
また灰色の閃光になって飛んだ。
「「「「おおおおっー!」」」」
圧倒的で、盛大な猛り声が、冷たい空気に包まれた
裏世界に響き渡る。
俺の後ろから武器を持った、たくさんの表世界の人たちが、
一斉に突撃を始めた。
表世界の人たちはアセト山の大洞穴を潜って、裏世界に
次々と攻め込んできている。
【これより援護射撃を開始する! 皆の者、十分に距離を置くのだ!】
空中戦艦からコエドの将軍の声が聞こえて、砲撃が始まった。
巨大化した魔獣たち、トラピストさん、コエド将軍、
そして表世界のたくさんの人たちが、
一斉にエヌ帝国の軍勢へ突き進んでゆく。
【豪魔獣拳! 爆破拳ッ!】
巨大サルスキーの拳が一体のギネース兵を貫いた。
注がれた魔力は爆発を起こして、
連鎖で周囲にいる軍勢を一網打尽にする。
「「とぉーりゃっ!」」」
ウルフ兄弟の刀と槍は次々と敵を切り裂いて、
ガルーダの鋭い嘴攻撃と、
クラーケンの触手が群がる敵をなぎ倒した。
「烈獣神剣! 地獄門番犬!」
まるで空間転移をするみたいに、トラピストさんは次々と
巨大イヌ―ギンへ斬撃をお見舞いした。
彼の鮮やかな剣技は遥かに巨大なエヌ帝国の軍勢を引き裂く。
「「「「おおおおっー!」」」」
表世界の軍勢はエヌ帝国に比べれば遥かに小さい。
だけど彼らは諦めず、力を出しあって巨大なエヌ帝国の軍勢へ
勇敢に立ち向かって行く。
その強くて、逞しい背中に俺の胸の内は熱く燃えた。
「チートさん、ここは一旦引いてください!」
右側に双剣使いのアクアさんが現れて、
「時間は私たちが稼ぎます! その間に貴方、獣神様方を!」
ブルーさんが叫ぶ。
【ガルゥー……ガウ、ワン!】
ズボンの裾に噛みついて引っ張る、ボックさんと一緒に暮らしている、
狼型の獣:バンディットも同じことを云ってるみたい吠えた。
俺もここで「はい!」と元気よく返事がしたかった。
胸の奥には滾る熱い思い、
表世界を守りたいっていう強い気持ちがある。
だけど策がないのが現状だった。
獣神達はまだ倒れたまま、
動き出す気配を見せない。
【おのれぇ、虫けら共め! 貴様らが幾ら群がろうとも無駄なこと! 滅びよぉ!】
空に浮かぶ黒い巨神;大魔獣神が吠えた。
奴の背中から湧き出ていた、
黒い瘴気の龍の首が一斉に動き出して口を開く。
そこから幾つもの黒い稲妻が吐き出されて、
地表へ降り注いだ。
黒い稲妻はエヌ帝国、
表世界の軍勢の分け隔てなく襲う。
【大魔獣神! 味方までも巻き込むとは、断じて許すまじ!】
黒い稲妻を潜り抜けて、
巨大サルスキーさんは飛んだ。
彼は飛びながら脇に拳を構えて、
魔力を集中させる。
「豪魔獣拳究極奥義! 魔光豪烈破!」
激しい魔力の渦と一緒に、
サルスキーの拳が大魔獣神へ放たれた。
だけど大魔獣神はあっさりとサルスキーの渾身の一撃を
手のひらで受け止め、魔力を霧散させた。
【何ッ!?】
【我に造られながら、我に逆らうとは愚か者め! 失せよ、偽りの生命!】
大魔獣神の一喝と一緒に見えない圧力が発生して、
サルスキーさんを吹っ飛ばした。
まるで思いっきり殴られた時みたいに、巨大サルスキーは大きな砂柱を
上げながら地面へ叩きつけられた。
【蹂躙せよ、エヌ帝国!】
【【【【【ギネェェェースゥッ!】】】】
無差別に黒い稲妻を放ち続ける大魔獣神の命令を受けて、
エヌ帝国が動き出した。
巨大ギネース兵とイヌ―ギンが大地を闊歩し、
空中戦艦群と巨大キジンガ―が空から攻撃を開始する。
大魔獣神の黒い稲妻を恐れることもなく、
エヌ帝国の軍団は、
例え周りの味方がやられても前進を続けて、
表世界の人たちを蹴散らしてゆく。
【ぐわぁぁぁーっ!】
【兄者ぁーっ!】
巨大イヌ―ギンに剣をへし折られて吹っ飛ぶ兄のワ―ウルフのところへ
弟のコボルトが駆け出してゆく。
だけど彼もまた巨大ギネース兵に囲まれ、
なます切りに合い、地面へ倒れた。
【くっ……くそぉ……!】
ガルーダは亡霊魔獣キジンガ―に撃ち落とされて、
【ヌ、ヌゥーン!】
孤軍奮闘するクラーケンは触手を何本も失っていた。
「さ、させるかッ! 皆の者突撃だ!」
トラピストさんは黒い稲妻を避けながら、
突撃を繰り返す。
だけど巨大ギネース兵に取り囲まれて、
満足に戦えていない。
援護射撃を行っていたコエド将軍の空中戦艦も、
ヴァイツェン航空兵団の猛攻を受けてモクモクと煙を上げていた。
「私たちも行きましょう!」
「ええ!」
「ガウッ!」
「待って!」
俺の静止も聞かず、アクアさんを先頭にブルーさんとバンディットも
戦場へ突き進んでゆく。
三人の姿はすぐに爆炎の中に消えて、見えなくなった。
表世界のみんなは必死に、大魔獣神とエヌ帝国の猛攻に、
恐れることなく突撃を繰り返す。
でも敵の圧倒的な火力と軍勢の前へ成す術がなくて、
どんどん切り崩されている。
「みんな! 早く立って! このままじゃ、だから!」
いても立ってもいられなかった俺は、無駄だとわかっていても
声を張った。
それでも倒れた獣神達は起き上がらない。
「ブレスさん! 俺どうしたら良いか……教えてください! いつもみたいに早く余裕の高笑いを聞かせてくださいよ!」
テイマーブレスへそう叫んでも、輝きは戻らない。
刹那、体が震えに見舞われた。
咄嗟に視線を上げると、目の前には接近する敵の破壊の魔力の渦が。
俺は急いで地面を蹴って走り出す。
それでもこっちへ迫ってきている魔力の渦は俺へ向けて、
確実に飲み込もうとしてくる。
「うわっ!?」
魔力の渦が俺の真後ろへ落ちて爆発した。
爆風は俺を紙切れみたいに吹っ飛ばして、近くの小高い
丘の上へ叩き置く。
すると、先まで爆音が響き続けていた、
裏世界に静寂が訪れいることに気が付く。
嫌な予感がして、力を込めて、辛うじて動く顔を上げて
そして絶望した。
目の前に広がる荒野には獣神他達と同じように巨大化した魔獣達が
倒れていた。
コエド将軍の空中戦艦は墜落して炎上していて、
トラピストさんの閃光も、アクアさんやブルーさん、バンディットの姿も見えない。
たくさんの表世界の人たちが不毛の大地に倒れていて、
俺はその凄惨な光景に目を覆いたくなった。
【良くぞここまで奮闘をした! その勇気に免じて貴様らは全て、わが軍勢エヌ帝国の哨兵としてやろう!】
大魔獣神が手を掲げてそこへ黒い魔力を集中させ始めた。
「みんな、立て……!」
俺の喉から自然とそんな声があふれ出た。
何度も地面に叩きつけられたせいか、体の感覚が殆どない。
だけど胸の奥だけは何故か熱くてたまらなかった。
まるで自分の胸の奥が燃えているような不思議な感覚。
俺はその熱さに突き動かされて、そしてその場に立った。
「俺も立った! だから獣神達も立って! そして戦おう! 大魔獣神を倒そう! ねぇ、みんなッ!」
俺の叫びが不毛の世界に響き渡った。
すると、胸の奥にあった熱さがはじけ飛ぶ。
瞬間、俺の中から白銀の輝きが飛び出した。
白銀の輝きは目の前で分裂して、倒れこむ獣神達へぶつかる。
獣神達の巨体は光の中に沈んで消えた。
そして六色の閃光に戻った獣神達は俺のところへ戻ってきて、
混ざり合いより大きな銀色の輝きになった。
「うわっ!?」
銀色の輝きが膨らんで俺を覆いつくし、視界を奪う。
真っ白な、だけど輝きに満ちた白銀の世界。
そこへぼんやりと人影が浮かぶ。
「貴方は……?」
銀色のきれいな長い髪と瞳を持つ、
美しい女の人。
胸には六色の宝石をあしらった、
星型の飾りが眩しく光っている。
見た目はボックさんのように優しそうな雰囲気。
そんな彼女に俺は確かに見覚えがあった。
「お久ぶりです朝日知人さん」
「大獣神さん、ですよね……?」
そう云うと彼女はコクンと頷く。
そして俺の手を取った。
「私の魂の一部は貴方の中でずっと待ち続けていました。この時、この瞬間を。貴方が私を超え、強くなるのを……だから、今こそ私の全てを朝日知人さん、貴方に差し上げます!」
彼女はそっと、
テイマーブレスの嵌る右腕を取った。
彼女がテイマーブレスへ軽くキスをすると、
輝きが蘇る。
『うっ、むむむ……ここは……?』
「ブレスさん!」
ようやく聞こえたいつもの声に、
嬉しくなった俺は声を上げた。
「おはようございます、貴方」
『むっ……だ、大獣神!? どうして君がここに!?』
「ずっと知人さんの中におりましたの。ここまで良く彼を導いてくれました。本当にありがとうございます」
大獣神さんがテイマーブレスをそっと撫でると、
カタカタ震える。
かなり嬉しいんだと理解する俺だった。
「貴方、そして知人さん。では継承の儀式に参りましょう」
大獣神さんの銀色の瞳が俺を映した。
その眼差しだけで、
俺は何をしたらいいのか自然と理解することができた。
でも、ちょっとどころか、
結構ブレスさんのことが気になって、
「あの、ブレスさん、これから俺……」
『……致し方あるまい。緊急時だ、見過ごそう。だけど、あんまり乱暴にするんじゃないぞ? 良いな? 彼女が嫌がるようなことはするなよ? 絶対だぞ!?』
「あ、は、はい! 気を付けます!」
だいぶ最後の方の声が怖くて、
声を震わせる俺だった。
「さぁ、知人さん!」
大獣神さんが一歩前へ進んでくる。
俺は彼女の肩を強く抱いた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いいたします……」
大獣神さんがそっと柔らかくて、
瑞々しそうな唇を俺へ向けてくる。
思い返せば、このキスからすべてが始まった。
前は彼女からされた。
だけど今は!
「あ、うっ……むっ、ふぅ……むちゅ、んっ、んはぁ……!」
俺は大獣神さんと口づけを交わした。
俺の求めに彼女も答え、
俺たちは互いを慈しみ合う。
心地よい熱が溢れて、
俺の頭の中を蕩けさせる。
深く、深く混ざり合った俺と大獣神さんは、
どちらともなく唇を離した。
『相互接続確認!』
ブレスさんの確認合図が聞こえた。
俺は顔を蒸気させて、
微笑む大獣神さんへテイマーブレスを掲げる。
「創世神大獣神へ命ずる! 我が手中に収まり、我が下僕となりて、世界を守りたまえ!」
テイマーブレスから白銀の輝きが迸って、
俺の掌へ集中する。
輝きは素早く臨界に達して、
「エクステイマーッ!」
大獣神さんを貫いた輝きは、
彼女を六色の輝きへ分断させた。
六色の輝きは渦を巻いて、流れ、周り、
そして俺へ降り注ぐ。
瞬間、俺は全身を包む膨大な力を感じた。
光がさらに広がり、
俺の意識がどんどん拡大してゆく。
「行きましょう!」
いつの間にか現れたアルトが俺の隣にいた。
「力を貸します!」
「大魔獣神の野郎をぶっ飛ばそうぜ!」
ボックさんとエールがそう叫んで、
「頑張ろうねー! ファイトファイト!」
「だけどしゃんとしなさいよね!」
ピルスとランビックが激を飛ばしてくれた。
「知人君! 一緒に戦う!」
スーが俺へ寄り添ってきた。
俺達七人は互いに頷きあって、手を重ねた。
「「「「「「今こそ、新生の時! 生まれ出でよ、新たなる神よ!」」」」」
俺たちの声が白銀の世界へ響き渡る。
そして銀色の世界が爆ぜて、消えた。