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七章13:対決! 大魔獣神!!


「随分静かじゃねぇか。歓迎の一つもあるかと思ったのによ」


 エールの声が暗い魔城の壁に反響する。

 彼女の云う通り、敵の本拠地の此処は、

不気味な静けさに包まれていた。


「だけど警戒は厳にしなさいよ。ここは帝国の本拠地なんだからね?」


 ランビックの言葉に、

俺と獣神達は理解の頷きを返す。

 俺たちは警戒しつつ、

魔城の中へ踏み入って、足音を響かせ始めた。


 一歩踏み込む毎に、

俺たちの靴音が不気味に反響する。

 城の中は緊張感に包まれているけど、

不思議と殺気を感じない。


――なんだろう、この感覚……?


 冷たく、重苦しい空気なのに、

何故か嫌な予感がしない。

 と、云うよりも、ここへたどり着く前に通った、

森の雰囲気によく似ている。

 生命と気配を感じない敵の本拠地。

 まるでここには俺たちしか、

居ないように感じられて仕方がなかった。


 不気味で薄暗い回廊を抜けて、

上へと続く階段へ踏み込む。

 ここまで、一切何もなく、

無事にここまでたどり着いた。


 訳が分らなかった。

 最初、エールが言った通り、

敵の本拠地なんだから沢山のギネース兵や魔獣が現れて

大変なことになると覚悟していただけに、

この静けさに拍子抜けしてしまう俺がいた。


『少年、あまり油断しすぎるでないぞ?』


 俺の心情を気取ったブレスさんが、

釘を刺してくれる。


「すみません。あんまりにも静かすぎてなんか……」

『その気持ちは分からなくはないがな』

「ちょっとみんなこっち!」


 先に階段を上り終えた、

ランビックの声が上から聞こえてきた。

 俺たちは急いで階段を駆け上げる。

 階段の先には何もない踊り場が広がっていた。

 だけど、ここに来てようやく生暖かくて、

自然と体が震えるような不気味な風が吹き込んできた。


「うわっ!?」


 突然、俺たちの立っていた踊り場だけが、

大きく揺れ始めた。

 周囲を囲んでいた壁が下へと流れ始める。

 いや、流れ始めていたのは、

俺たちが乗ってる踊り場の方だった。

 踊り場はまるでエレベーターみたいにゆっくりと、

上へ向けて動き出す。

 やがて、踊り場は大きな音を立てて、上昇を止めた。

 目前には短いトンネルがあって、その先には血のように真っ赤な

絨毯が敷き詰められた部屋が見えた。


 俺は獣神達みんなへ目配せをした。

 獣神達は顔に緊張感を浮かべたまま、

頷き返して来てくれる。

 俺は意を決して、短いトンネルを潜った。


「良くぞここまで参った! チートそして表世界の獣神共よ!」


 禍々しい王座に座っていた、

鉄仮面で素顔を覆い、赤いマントで身体を覆った存在が

俺たちへ言葉を駆けてきた。

 

 帝王エヌを改め、【大魔獣神】

 エヌ帝国の支配者。

 幻影では何度も対峙したことがあるのに、こうして直に合うと、

緊張感が段違いだった。

 奴を前にしているだけで、自然と体が小刻みに震えて、

息が詰まる。


「獣神を従えている割には気弱のようだな、小僧。我がよほど怖いと見える」

「ッ!?」


 大魔獣神に見透かされて、

一気に動揺が走った。

 仮面の奥から、奴の鋭い眼差しが、

遠慮なしに俺を貫いている。


「だが恥じることは無い。貴様が感じるその恐怖は極自然なもの。僅かばかりの力しか持たぬ小さきものが、我のような強大な力を持つ者を前にして怯える。これぞ真理!」

「クッ……」


 否定したい俺が居た。

 だけど、身体は一切動かず、

ただ震え続けるだけ。


――ここまで来て、こんな……!


 悔しかった。

 まだ大魔獣神に何もされてはいないのに、

既に手も足も出なくなっている、

自分の臆病さが心底嫌になった。

 だけどそうして自己否定しても、

怯えた体はピクリとも動かない。


「我を滅ぼしに貴様はここまで来たのだろう? さぁ、どこからでも来い! 我は逃げも隠れもせんぞ!」


 大魔獣神から一気に気迫が押し寄せてきて、

怯える俺の心を握りつぶそうと迫ってきた。

 身体はより一層震えて、喉が一瞬でカラカラに乾く。

 恐怖と震えから、意識が朦朧とし始めて、

膝から一気に力が抜けてゆく。


『少年! 怯える必要はない! 私が側に……いや、私だけではない! 君の周りには獣神達や皆がいるではないか!』


 その時、ブレスさんの力強い声が聞こえた。


『君の周りにはたくさんの、本当にたくさんの人がいる! 君は一人じゃない! みんなが君のことを支えてくれる! だから気をしっかり持つのだ!』

「知人くん!」

 

 スーの声が耳に届いて、

胸の奥が熱くなった。 

 スーは俺の手を強く握りしめてきてくれる。


「スー……?」

「大丈夫! わたし、側にいる! 怖くない!」

「スーの云う通りだぜ、マスター! あたしだって傍にいるぜ!」


 エールがきりっとした、

凛々しい笑顔を向けてきてくれた。


「エールだけじゃありません! 私も傍にいます! だから負けないでください!」


 ボックさんも強く声をかけてくれる。


「マスター! ファイト―、いっぱーつ、だよ! 僕たちはチームなんだから絶対に離れないよ!」


 ピルスが元気よくそう云うと、


「根性見せなさい! 男でしょ!? 私が側に居てあげるからもっとしゃんとなさい!」


 ランビックが叱咤してきた。


「マスターは強いです! 私が保証します! 一緒に大魔獣神を倒しましょう!」


 アルトのまっすぐな声が胸に響く。

 

――そうだ、俺の周りにはたくさんの人がいる!


 ブレスさん、獣神達、ウルフ兄弟、アクアさん・ブルーさん……この世界ビアルに転生して出会ったたくさんの人たちがいる。


――怯える必要なんてない。みんなが側に居る! だから、もう何も怖くない!


 身体の震えがピタリと止まった。

 さっきまで冷え切っていた体が急激に熱を持って熱い。

 その熱は自然を俺を突き動かして、

腹のそこから声が湧き出てきた。


「大魔獣神! もうお前なんて怖くない! お前は俺が、いや俺たちが必ず倒す! アルト!」

「はい! 行くよ、みんな!」


 アルトが声を張った。


「「「「「応ッ!」」」」」


 獣神達は勇ましい咆哮を上げて応える。

 そして最後の決戦ステージが開幕した。


「レッドドラゴン! 灼熱の獣神――アルトッ!」


アルトは棒を鮮やかに振り回して、腰を沈めた。


「グリーンレオ! 大地の獣神――ボックッ!」


 ボックさんは鋭く拳を突き出し、構えを取った。


「ブルーマーメイド! 大海の獣神――ピルスッ!」


 ピルスは回し蹴りのような動作をして、力強く地面を踏んだ。


「ブライトケイロン! 雷鳴の獣神――エールッ!」


 エールはバスターソードを呼び出して、軽々を振り回して

切っ先を正面へ向けた。


「ローズフェニックス! 疾風の獣神――ランビックッ!」


  ランビックは緩やかに、踊るように舞い、そして肘を突き出した。


「ダークロン! 深淵の獣神――スタウトッ!」


 優雅に杖を振ったスーは、杖の先を突き出す。


「ビアルに轟く守護の咆哮! 我らッ!」


 アルトの叫びを合図に、

みんなが一斉に大きく足を振り上げ、

大地を強く踏みしめた。


「「「「「「大獣神の子! 六獣神ッ!」」」」」」


 大魔獣神はゆっくりと禍々しい、

玉座から立ち上がった。

 奴が玉座に立てかけてあった、

イヌ―ギンの十字剣を鞘から抜き放つ。

 途端、奴の背中から黒い瘴気が湧き出て、

何本もの龍の首のような形を作る。


「掛かってくるが良い! 表世界の獣神共!」


 大魔獣神から黒い瘴気が風のように噴き出て、

その場の空気を固く、そして鋭く凍り付かせた。

 瘴気を浴びて、また俺の体が震える。

 だけど、心は挫けない。

 決して! もう二度と!


「もうお前には屈しないぞ! みんな、行けッ!」

「行くよ、ラン!」

「ええッ!」


 俺の声を受けて真っ先に飛び出したのは、

ピルスとランビックだった。


「ライドロウィン!」

「ショット・ラン・スター!」


 飛び上がった二人は同時に凍てつく氷の矢と、

鋭い風の弾丸を大魔獣神へ降らせる。

 大魔獣神は十字剣で、

自分に向かっていた攻撃を弾くが、


獅子爪拳レオネイルッ!」

「ファイナルサンダースラッシュ!」


 ボックさんの拳と、

エールのバスタ―ソードが、

大魔獣神へ向けて振り落された。


「うぐっ!」


 大魔獣神はひらりと回避しようとしたが、

避けきれずにマントを切り裂かれよろめく。

 その隙をついて、

炎を纏った飛び出したアルトが飛び出して、

大魔獣神の懐へ潜り込む。


炎龍乱打ドラゴンマシンガン!」


 炎を纏ったアルトは踊るように次々と赤い棒を

大魔獣神へ叩き付ける。

 大魔獣神は十字剣でアルトの棒撃を防いでいるけどそれだけ。

 奴は確実に押されている。


「はいぃっ!」


 アルトの棒が大魔獣神の腹を突いて、

吹っ飛ばした。


「スタウトッ!」


 アルトが叫ぶ。


「にゅっ!」


 宙を舞い、無防備を晒す大魔獣神へ向けて、

スーが杖を掲げた。


「ナイトオブファイヤーッ!」


 杖から紫の炎が噴出した。

 炎は生き物みたいに蠢いて、

大魔獣神を炎で巻いて拘束する。


「ブレスさん!」

「心得た! わっしょい!」


 俺はブレスさんの肉体強化を受けて飛んだ。

 

「うぐ、ぬぬぬっ!」


 スーの炎で拘束されている大魔獣神は身じろいでいる。

 その隙に俺は武器を召喚する。

 呼び出したのはスーと同じ形をした杖。

 摩力を杖の先に集中させ、紫の光球を形作る。

 それは一瞬で膨らんで、紫電を浮かべた。


「マイキングイズユーッ!」

「愚か者めぇッ!」


 俺が光球を放ったのとほぼ同時に大魔獣神はスーの炎を

まるで縄みたいに引き千切った。

 十字剣を掲げて、俺の放った光球を受け止める。

 ただ剣で受け止められて居るだけにも関わらず、

杖を握る俺の手は強大な圧力を感じた。

 一瞬、身体が重くなって、少し押し返される。


――負けてたまるか!


『大魔獣神よ! 覚悟せよ! これが表世界の力だ! わーっしょい!』


 テイマーブレスから力が流れ込んできて、


「うおぉぉぉッ! この世界ビアルから消えろぉぉぉ、大魔獣神ッ!」

「ッ!?」


 勢いよく飛び出した紫の光球は大魔獣神を飲み込んだ。

 紫電を浮かべる光球は、

内側に秘めた摩力で大魔獣神を押しつぶし、

爆風を伴いながら、激しい閃光を上げた。


「おのれぇ……」


 光が掃けて、十字剣を杖に立っている、

大魔獣神の姿が見えた。

 奴の顔を覆う鉄仮面には、

いくつもの罅が入っていた。

 罅が広がって、亀裂になり、

奴の顔を覆っていた鉄仮面が崩壊する。

 瞬間、猫みたいな耳がピンと立った。


「えっ……あれって……?」


 鉄仮面の下から見えた顔に、

俺は思わず息を飲む。

 見知っている人じゃないけど、

それでも大魔獣神の素顔を見た時、

俺の中に動揺が走った。


 猫みたいな耳を持った小柄な少女。

 その目は、血みたいに真っ赤に染まっている。


「てめぇ、ドライ族じゃねぇか! どうしてドライ族が!?」


 エールもまた驚いた様子で声を上げる。

 すると少女の素顔を晒した大魔獣神は、

不気味な笑顔を浮かべた。


「フフフ……そうか、まさかこの身体にこのような使い道があったとはな……」


 ゆらりと大魔獣神は立ち上がる。

 そして大きく身体を開いて、


「この身体は偽りの身体! 我が傷を癒すために憑依したものに過ぎん! 貴様らの攻撃を受ければ、この身体は恐らくバラバラに打ち砕かれるであろう! それでも良いのか、貴様らぁ!」


 俺たちに動揺が走った。


――あの目は確かに操られているだけだ。


 ここで攻撃を続ければ、

ただ大魔獣神に囚われているだけの、

あの猫耳の女の子を傷つけてしまう……

いや、下手をすれば殺しかねない。


 俺の意思が伝わったのか、獣神達も苦々しい表情で

大魔獣神の少女を見つめている。


「威厳を持つために仮面を被っていたが、どうやら貴様らにはこちらの方が良かったようだな! その甘さが命取りになると、その身を持って思い知るが良い!」


 大魔獣神は十字剣を掲げた。


「我が魔力を受けよ! そして消し炭となれぇ!」


 大魔獣神の十字剣から黒い稲妻が幾つも迸った。

 それは絨毯を焼き、壁を無差別に砕いてゆく。

 俺たちは回避するがそれだけ。

 激しい黒い稲妻に手も足も出ない。


「さっきの勢いはどうしたチート! さぁ、我を倒して見せよ!」

「クッ……!」


――どうしたら良いんだ!? どうしたら……


『少年よ! 案ずるな! ならば君と獣神達の摩力を全力でぶつければ良いだけだ!


 ブレスさんの声が響いた。


「えっ!?」

『あの体が偽りなのだとしたら、大魔獣神の本体は背後の魔力! だったらそれ吹き飛ばせば良いこと!』

「で、ですけど、そんな方法は……」

『君は既にボックに習って摩力の流れが見られるではないか! おそらく大魔獣神はあのドライの少女の摩力の流れの隙に食い込んでいる! そこへ君たちの摩力を当てれば無問題もーまんたい!』


――なんか無茶苦茶な物言いだけど……


 でもそれしかなさそうだと思った。

 それに信頼しているブレスさんの言葉だからこそ、

俺は信じることができた。


「ブレスさん、分かりました! でも、俺未だどうしたら良いか良く分かってません!」

『私が指示を出す! 君はその通りにするのだ!』

「わっかりましたぁ!」

『よぉーし、スタウト! 今すぐ前面へ摩力障壁を展開! 少しの間、大魔獣神の攻撃を防いでくれ!』


 ブレスさんの声を聴いて、スーが頷き返す。


「プロテクトッ!」


 スーは杖を突き出して摩力を放出した。

 放出された紫に輝くドーム状の障壁を展開して、

大魔獣神の黒い稲妻を受け止める。

 だけど、その威力は凄まじくて、スーは必死に踏ん張って、

堪えていた。


『皆の者! 少年の下へ集い、彼を背中から支えるのだ! 』


 ブレスさんの声を受けて、

獣神達は俺の周囲へ降り立った。

 獣神達は俺の背中へ集って、

手を添える。


『さぁ、仕上げだ! 今から呪文を教える! 少年は私を大魔獣神へかかげて、それを元気よく叫ぶのだ!』

「ブレス、さん、知人くん、早く!」


 必死に障壁で黒い稲妻に、

耐えているスーが叫んだ。

 俺はテイマーブレスを掲げて、

その先に大魔獣神を定めた。


『スタウト! 下がれ!』

「にゅっ!」


 スーは障壁の展開を止めて、飛び退いた。


「馬鹿めぇ!」


 大魔獣神の勝ち誇ったような声と共に、黒い稲妻が

こっちへ突き進んでくる。

  テイマーブレスから聞き覚えが無いけど、

でもどこか親しみのあるような

不思議な言葉が流れ込んでた。


「シカア・ノカンブ・ハケ・サオォー!」


 テイマーブレスにはまっている、

六つの獣神晶がそれぞれの光を放った。

 

「くらえぇぇぇぇっ!」


 六色の輝きは閃光となって放たれる。

 それらは流れ、周り、一つの白銀の輝きになって、

大魔獣神へ突き進んだ。

 白銀の輝きは大魔獣神の黒い稲妻とぶつかり合う。

 だけど、それだけ。

 黒い稲妻に受け止められて、

それ以上先に進めないでいる。


「この程度かチート!」


 大魔獣神が高笑いを上げて、十字剣を押し込む。

 すると、黒い稲妻が勢いを増した。

 みんなに背中から支えて貰っている俺の体が、

少し後退する。


「にゅっ!」


 すると、飛び退いていたスーが俺の目の前へ降り立った。

 スーが頷き、俺はそれに応える。

 スーは背中を向けて俺の前へ跪いて、杖を掲げる。


「マイキングイズユゥーッ!」


 スーの叫びが木霊して、

掲げた杖の先端から紫の光球が放たれた。

 光球は大魔獣神の黒い稲妻に押されている白銀の輝きへ

混ざり込んだ。

 テイマーブレスから放たれる白銀の輝きが、

強くそして激しく燃え上る。

 ソレは黒い稲妻を飲み込み、一筋の閃光となって、

流星のようにまっすぐと大魔獣神へ突き進む。


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


 白銀の輝きは大魔獣神を飲み込んだ。

 光は大魔獣神に乗っ取られた体の背後に蠢く黒い瘴気だけを

消し飛ばしてゆく。

 テイマーブレスから光の照射が終わって、

背後の瘴気が完全に消し飛んだ大魔獣神が、

床へ膝を突く。

 奴が顔を上げると、

そこには血のように真っ赤に染まった目はもうなかった。


「にゃぁ……ここは……私は一体……?」


 さっきまでの太い声色とは明らかに違う、

丸みのある声で大魔獣神は辺りをキョロキョロと見まわしていた。

 どうやら彼女は大魔獣神の憑依から解き放たれたようだ。

 一気に緊張感が抜け、俺は大きく息を吐く。


「勝ったんだよね、俺たち……?」


 俺の呟きは溶けて消えた。

 俺の周りにいる獣神達みんなは、

未だ硬い表情を崩していない。


【フフフ……フハハハッ! それで勝ったつもりかチート!】


 全方向から野太い大魔獣神の声が聞こえてきた。

 だけど辺りを見回しても、

奴の姿はどこにも見当たらない。


【ここまではほんの小手調べだ! ここからが始まり! 貴様らと我の真の闘争の幕開けぞ!】

「うわっ!?」


 足元が、壁が、天井が激しい揺れに見舞われ始める。

 緋色の絨毯が敷き詰められた床へ、

地割れのような亀裂が生じる。


「にゃっ!?」


 その丁度上にいた猫耳の少女が、

亀裂の中へ落ちそうになった。

 俺は咄嗟に飛んで、

半ば落ちかけていた彼女を強く抱きしめて、

床へ転がる。

 

「貴方は……?」


 猫耳の少女は不思議そうな顔で俺を見つめていた。

 恰好が未だ大魔獣神のままだから少し違和感がある。

 だけど俺は彼女を安心させようと笑顔を浮かべた。


「もう大丈夫だから! 君は必ずここから連れ出すから! スーッ!」


 俺は黒龍のテイマーカードを取り出して、

テイマーブレスの溝へ通した。


「わかり、ました! にゅわぁぁぁぁーっ!」


 スーから紫の輝きが迸って、

身体が大きく膨らんでゆく。


「みんな! スーに掴まって!」


 獣神達は次々と膨張を続けるスーの体へ取り付く。

 俺もまた猫耳の少女を抱えたまま、スーの背中へ飛び乗った。


「行って、スー!」

【ギャオォォォン!】


 半ば黒龍に変身をしてるスーは、

俺たちを背中に乗せて急上昇を始める。

 天井を突き破り、完全に黒龍に変身したスーは、

エヌ帝国の魔城を突き抜けて、

暗雲が蠢く裏世界の空へ飛び出した。


 目下に見える魔城が崩れ始めていた。

 崩れた城壁から黒い瘴気が噴き出して来ている。

 黒い瘴気は次々と城の残骸を、周囲のあらゆるものを飲み込んで、

膨張してゆく。

 膨張した瘴気は色んな方向へ伸びて、

それは手となり、足となり、身体となった。


【グオォォォン!】


 身体を震撼させるほどの、地の底から這い出るような

恐ろしい響きを持った咆哮が響いて、瘴気が掃けた。


 そこに佇んでいたのは【黒い大獣神】

 否。

 顔の辺りには血走った大きな一つ目があるだけ。

 背中から炎のように噴き出す瘴気は龍の首のようなものを

何本も形作る。


【これぞ、我の真の姿! さぁ、チートよ、そして大獣神よ! 今こそどちらが世界ビアルを統べるに相応しいか雌雄を決しようぞ!】


 目下の黒い大獣神――【大魔獣神】は腰元から、

禍々しい巨剣を抜いて、上空の俺たちへ突きつけて来る。

 相手の雰囲気、気迫は身の毛がよだつ程恐ろしさに満ちている。

 だけど俺の心は決して折れなかった。

 俺は黒龍の背中の上へで立ち上がった。


「みんな、ビアルの命運をかけた最後の戦いだよ!」


 俺の声に獣神達は強い頷きを返して来てくれる。


――これが最後! ここで決着をつける!


 腰のバックルから戦女神ヴァルキリーのテイマーカードを取り出し、

そしてテイマーブレスへ通した。


「ニド・ホドホ・ハケ・サオォー! 降臨せよ! そして戦おう、大獣神ッ!」

 

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