二章4:エールとスーとギルド集会所
『ビアルは今、エヌ帝国との戦いで厳戒態勢だ。故に、各国へ入る際はギルドから発行される通行許可証か、元々のその国住人である認識票が必要なのだ。さすがに毎回、衛兵の記憶を改ざんするのは面倒なのでな』
「マス、ター、こっち!」
ブレスさんの解説を聞きながら、
人間体のスーに先導されて俺は街中を歩いてゆく。
暫くスーの後をついて行く。
スーは一際大きな石造りの建物の前で止まった。
『ここがコーンスターチのギルドだ。どこでもいいのでギルドに登録をすませれば、皆組合員となって、ビァルの行き来が自由になるのだぞ』
「でも、ギルドって戦闘職の協同組合なんですよね? 俺みたいのが登録できるんですか?」
俺にはエクステイマーっていう力はあるけど、
スーの時もそうだったように、俺自身の戦闘力は殆どないんだろう。
そんな一般市民と大して変わりなさそうな俺が、
戦闘職の協同組合なんかに入れてもらえるんだろうか?
『任せたまえ! そのための私だ!』
俺よりよっぽどチートなブレスさんがそういうんだからなんとかなるんだろうと思う。
「スー、案内ありがとう。助かったよ」
ギルドの入口の扉の前へ立っていたスーへそう言うと、
「にゅー!」
スーは顔を少しだけ赤らめて、すごく嬉しそうに笑った。
ちなみにさっき、今後ちょっと人間の時になりふり構わず抱きついてきたら、
犬・人間・龍関わりなく、撫でないことにしました。
スーも渋々だけど納得してくれたんで、
とりあえず公衆の面前での羞恥プレイ――犬形態のときは除く――禁止条約はスーと提携済みで無問題。
扉のドアノブに手をかけて、一呼吸。
緊張を落ち着けて、
『何をしているのだ?早く入りたまえ』
ブレスさんの突っ込みで、意を決して扉を開いた。
だけど、俺の予想に反して、戦闘協同組合ギルドの集会所は小奇麗だった。
確かに筋骨隆々のいかにもな男の人はいるけど、そんなの極僅か。
背が高くてちょっとルックスの良い男の人もいれば、身長の小さな女の人まで、
まるで街をギュッとこの中に押し込めたかのような、
戦いなんて縁のなさそうに見える人が結構沢山いた。
机も整然と並んでいるし、何よりも集会場の中は、
不思議な良い香りに包まれている。
なんかこう、この匂いを嗅いでると、
凄く気持ちが落ち着いて、リラックスできる。
『この香りは乾燥させたルプリンを焚いている匂いだぞ』
ブレスさんの丁寧な解説スタート。
「ルプリン?」
『万能薬と言われる緑の国ラガ―に自生する実のことだ。この匂いは尖った神経をやわらげ、リラックスさせる効能があってな。特に戦闘という強いストレスを受ける戦闘職のために各国にあるギルドの集会場ではこれを焚いているのだよ』
「へぇ、確かにリラックスできますね」
「にゅー……」
突然、スーがぺたりと肩にもたれ掛ってくる。
「こ、こらス―! 人前でそういうことはしないってさっき約束したでしょ!?」
『スーはルプリンで気持ちよくなっているのだ。それぐらい大目にはみれないのかね? そうとは思わないかスー?」
「にゅふ~……!」
とろんと眠そうな顔をしながらスーは応えた。
「なんか、ルプリンって結構やばいもんなんじゃ……」
「姉さん! どうしたっていうんですかい!?」
不意に慌てた様子の野太い声が聞こえた。
自然とそこへ視線が傾く。
そこは集会場の隅にある飲食用のスペースだった。
みんなルプリンの影響で、リラックスしていて朗らかな顔をしているのに、
飲食スペースの一角に心配そうにテーブルを囲む筋骨隆々の男性陣の塊が見える。
その間から見え隠れする特徴的なバスターソードの柄。
「うう、ひっく、スーが……ズゥーがぁ~……!」
心配そうな顔をしている男性陣の間から涙声が聞こえた。
男性陣がびっくりして少し後ろずさると、目を涙でグショグショにしながら、
鼻水をダラダラ流して、机に突っ伏す大剣の彼女・エールがいた。
「ス、スーの嬢さんとなにかあったんですかい!?」
屈強な男が聞くと、
「ああ~ん! うわ~ん! スーに嫌われちまったぁ~! あたしもう生きてけねぇ~ッ!!」
「そ、そんな姉さん! 大げさな……」
男性陣は困り果てて、どう言葉をかけていいのかわかんないんだろう。
そんなエールを見て気の毒に思ってしまった。
色々と誤解をしたのはあっちが先だけど、このまま放っておくことはできない。
「スー、ちょっと良い?」
「にゅー?」
何故か俺の肩にしがみ付いて、頬ずりをしていたスーをそっと離す。
「あのさ、さっきのエールって人と仲直りしてくれないかな?」
「んー……やっ!」
ちょっとスーの目つきが鋭くなった。
まだ怒ってるみたいだ。
だけど、まだ泣き続けているエールを放っておけない。
ここは仕方ないけど、決断しよう。
「ちゃんと謝れたら、えっと……後で頭撫でたげるから」
「ほん、と!?」
急にスーが目をキラキラさせた。
うん、予想通り。
だけどやっぱりこう目を輝かされると、妙に心臓が高鳴ってしまう。
「あ、ああ。嘘つかない」
「わかった! 謝、る!頑張、る! にゅっふー!」
――スーさん、何故か気合を入れてますが?
「すぅ~……エー、ちゃんッ!」
スーは何故か思いっきり息を吸い込んでから、大声で叫んだ。
その声は集会場の隅々に響き渡って、一気に視線が俺たちへ集中する。
途端、ずっと机に突っ伏していたエールが飛び上がるように椅子から立ち上がる。
「ス、スー……?」
スーは一瞬ちらっと俺の方を見てから、エールのところへ走ってゆく。
――今のチラ見、約束忘れないで、って合図かな……?
スーはエールの脇に立つ。
「エー、ちゃん、ごめん、なさい!」
深々と、そして素早くスーは四十五度の最敬礼をした。
「スー……良いのか? あたしのこと許してくれるのか……? またあたしのことをエーちゃんって呼んでくれるのか?」
エールが恐る恐るそう聞くと、スーはゆっくり顔を上げて、
「だいじょ、うぶ! 許、す! これから、も、エーちゃんって、呼ぶ!」
「わあぁーん、スゥーーーッ!!」
「にゅわ!?」
突然、エールは立ち上がったかと思うとスーを思いっきり脇から持ち上げた。
スーは確かにエールの半分くらいしか身長が無い。
それでも相応の重さはある。
さっき、犬から人間に戻った時に体験済み。
だけどエールは決して小動物みたいに軽くないスーを、まるで赤ちゃんを、
高い高いであやす様に軽々と持ち上げていた。
「エー、ちゃん、降ろ、す! エー、ちゃんッ!」
「あはは~あっははは~! そっか~スーに嫌われてないんだぁ~! 嫌われてないんだぁ~うふふ~!」
持ち上げられてジタバタするスーなんてお構いなし。
エールは目から少し涙を流しながら、本当に嬉しそうにスーを持ち上げながら
集会場の中を踊ってるみたいにクルクルと回っている。
その時、右腕に嵌められているテイマーブレスが少し光った。
掲げて見てみればブレスに着いている罅の入った宝石の中で、黄色いやつが
ひと際強い光を放っていた。
『あの怪力! なるほど!』
「どうしたんっすかブレスさん?」
『これは僥倖だぞ少年! あのエールとかいう娘、獣神だぞ!』
「えっ!?」
『黄色の宝石は雷鳴の獣神ブライトケイロンのものだ!』
「けいろん?」
『少年の世界には広東語というものがあるだろ? ケイロンとは広東語で麒麟を指すのだ』
――すみませんブレスさん、俺広東語なんてさっぱりわかりません。
「にしても獣神って聞いてたんで、モンスターみたいのを想像してたんですけど」
『本来の姿は少年のイメージ通りで相違ないだろう。しかし今、彼女たちの力の源である獣神晶は、先ほど話した通り破損していてな、本来の力を引き出せない状態になっているのだ』
「だから人間の姿に?」
『ご名答だ少年! 段々と文脈から察するようになったな! 偉いぞ!HAHAHAHA!』
――つまり獣神晶ってのが壊れているから、本来の獣の形を失って、人間の姿になっているってことか。
「エーちゃん、いい、加減!」
視線を戻すと、エールに掲げられていたスーは、
ちょっと怒ったような顔をしていた。
「ごめんごめん、嬉しくてついねぇ~!」
もうエールはすっかり立ち直ってるのか、
スーの怒り顔をみてもニヤニヤ顔を崩さない。
だけどちゃんと言われた通りスーを下す辺りは弁えてるんだろう。
「エーちゃん、ふざけ、すぎ!」
スーはぷっくり頬を膨らませてエールへ文句を言う。
「まぁまぁそういうなよ。あたしがどれだけスーのことを想ってるのかってぇと……」
するとエールはニヤニヤ顔のまま腰元の鎖へ手を懸ける。
なんか嫌な予感がした。
スーが大好きエール⇒鎖に手を懸けた⇒鎖で何をする?⇒鎖で緊縛捕獲!?
妄想加速が開始。
【マ、マス、タぁー……!】
鎖で縛られた涙目のスー。
【へへっ! これでスーはあたしのもんだ! さぁ、ゆっくりとながぁーい夜の営みを楽しもうぜぇ……スーはもうあたしのもんだぁ!】
邪悪な笑みを浮かべるエール。
【マス、タぁーッ!】
以上、妄想加速終了。
「ちょっと待てぇ!」
『お、おい少年!』
考えもなしに俺は集会場の床を蹴っていた。
だけどエールは腰のチェーンをゆっくり引っ張り始める。
――ダメだ、間に合わない!
「スーはあたしのもんだからな!」
だけど、エールが鎖の先から出したものを見て、急ブレーキからの、
制動距離オーバーで、机へ大激突。
「マス、ター!? だいじょう、ぶ!?」
スーは慌てた様子で駆け寄ってきて、
「なにやってんだお前?」
エールは鎖の先端についた人形を大事そうに持ちながら、ジト目で俺を見ろしていた。
エールの鎖の先端についていた人形、三等身にディフォルメされているけど、
その見た目はまんまスーだった。
「あー、そっか! てめぇ、これが欲しいんだな! だけどあげないからな! このスーはあたしが一週間スーを観察して、三日三夜鍋までして作った力作なんだからな! 絶対にあげないんだからな!」
エールは子供みたいにスー人形を俺から離した。
「い、いや、いらないっす……」
『何を一人で「八時だよ」風のギャグをしているのだ?』
「ブレスさん、それわかる世代もう少ないっす……」
「マス、ター?」
スーが手を差し伸べてくれたんで、難なく起き上がる。
なんかこうしてスーに起こしてもらうのが若干定番化してるみたい。
「エー、ちゃん!」
俺を起こしたスーはエールを見上げて叫んだ。
するとエールは少し顔を赤く染めながら、
「悪かったよ。さっきスーからあんたがエヌ帝国の奴じゃないって聞いた」
「いつの間に?」
「そりゃさっきあたしとスーがラブラブしてる時にきまってるじゃねぇか!」
きっとさっきのクルクルの時のことを思い出してるんだろう。
エールの顔がちょっとにやけてる。
――っていうか、スーさん、あの状況で色々説明してくれたんだね。
このお礼は頭を撫でるだけじゃすまないかも。
「まぁ、だけどよ、スーも人が悪いぜ! スーも獣に変身できるならそうだって言ってくれりゃこんな誤解しなくて済んだのによ」
「?」
スーはエールにそういわれて首を傾げる。
エールは周囲の人たちがこっちを気にしていないかを確認した上でスーに屈み込み、
「驚かないで聞いてくれよ。だけど今から話すことは本当のことだから。実はあたしはさ、このコーンスターチの獣……」
『やぁ、雷鳴の獣神ブライトケイロン! 早速出会えて光栄だよ!』
「なっ!?」
エールが突然鬼みたいな表情になって俺へ詰め寄ってくる。
「てめぇ、なんであたしの秘密を……スーにさえずっと黙ってたこのあたしの秘密を!」
「お、俺じゃないです!この人が!!」
このままじゃ殴られそうと思った俺は、咄嗟にテイマーブレスを掲げる。
「んだ、この子供のおもちゃみてぇのは? てめぇ、ふざけるのも大概に……」
『ほう! 力の象徴のブライトケイロンらしい逞しい化身だな!』
「なっ!? ブレスレットが喋ったぁ!?」
『ブレスレットが喋ってはいけないのかね?』
「いや、別にそんなこたぁ……」
――突っ込むところそこじゃないような?
『私の名前はテイマぁ―ブレぇスッ! 私は先代大獣神で、この世界を造った大獣神は私の妻だ! だから私は君の父親のようなもの! 故に獣神は娘みたいなもの! パパは娘のことならなんとなく分かるぞ!』
「「ええっ!?」」
思わず俺とエールは声を重ねて叫んだ。
「ブレスさん!? 貴方が先代の大獣神なんですか!?」
『む? そうだが? 言ってなかったかね、少年よ』
「聞いてません! そんな重要なこと一言も!!」
『そうだったか、HAHAHA!私は相変わらずうっかりさんだな、HAHAHA!!』
「まじかよ……こんな、プリプリしてるのがあたしの親父ぃ?」
エールは訝しげな視線でブレスさんを睨みながら、突っつく。
『父親に対してその態度はあんまりなんじゃないか?』
「うるせぇ! こんなへんちくりんなブレスレットにいきなり父親だなんて言われたって納得するかよ」
『これが事実だ!』
「あーもう、わけわかんないぜぇ、スーがあたし達みたいに変身できたり、父親って名乗る妙なブレスレットは現れるし、なんかスーはヘナヘナもやし男にべったりだしよー」
結構エールは混乱しているみたいだった。
まぁ、俺自身も実はそうだったり。
そんな時、スーがエールの服の袖を摘まんでクイクイ引っ張った。
「エー、ちゃん。マス、ターの、登録!」
「えっ? スーもしかしてそれマジで言ってんのか!?」
コクリコクリとスーは頷く。
「マジかよ、てっきりスーはあたしに会いに来たんだと……」
「それ、ついで! 目的、マス、ターの、ギルド登録!」
「ついでって、スぅ~……」
エールまたしてもちょっと涙目。
可愛そうだからと、俺はスーに視線を送る。
するとスーは、
「エー、ちゃん! お願、い! マス、ターの、登録!」
スーがエールの手を強く握りしめてそういうと、
「仕方ないにゃぁ~スーにそんなに強く頼まれたならなぁ~」
――スーさん、この短い時間に随分と人心掌握術を体得したようで。
「おっし! おい、えーっと、そういやお前名前何だっけ?」
今さらながらエールが聞いてきた。
「チートっていいます」
「ふぅん。なんか強そうな名前じゃん」
どうも、”チート”ってどこでも通じる強い名称、みたいだった。
「んじゃチート、お前登録初めてだろ? まずは窓口に行こうぜ!」
「ありがとうございます、エールさん」
「おい、その”さん”付けは気持ちわりぃから止めてくれ。エールで良いよ」
「あ、えっと……」
ちょっと呼び捨てにするの怖い。
「てめぇいちいちナヨナヨしてんじゃねぇよ! あたしが良いったら良いんだ! あと言葉もそのバカ丁寧なの気持ち悪りぃから禁止な!」
「わ、わかったよ……エール?」
「おっし! それで良し!」
まぁ、本人がそれで良いって言うならそうしようと思う。
そういうわけで、俺はようやく登録へ向けて集会所の奥にある受付へ向かうのだった。