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ぼくが生きていたころ

作者: 猫と尾と眼

ぼくがいきていたころ


いきていた ころ は



暑い夏。巻貝から聴こえてくる波の音が心地よくて、曝した肌を冷ましてくれる潮風のことをただ純粋に好きと思えた。


潮の匂いに混じる、炭の良い香り。白い煙がつくった道を辿って、彼らとよくトウモロコシを笑いながら食べた。


夜になれば、頬を撫でる冷たい風さえも愛しくて、ああ、今日はもう終わってしまうと夜空を映す瞳からほろりと涙が出た。けれど隣にいた彼らに背中を叩かれて、明日があると言われた。涙と共に笑みも溢れた。


少し苦しいことがあってもそれは明日になると消えて、笑えて、幸せだと思えて、彼女に愛の言葉を呟いて、微笑んで、彼女は手を握り返してくれて、冷たい指先をぼくのポケットの中で温めて、生きた心地がする毎日。


それは星が無限に流れる天の川のような


そんな人生だった。



『酔生夢死』とは縁のないような、とても輝いた人生。



生きていた頃は



いつだったかな。何時の間にかぼくは消えた。


墨汁を薄く延ばしたような空に、吐いた白いはずの息があの空にとけた時だったか。


それとも蝉の鳴く青空の下で、傘を持って俯いたときだろうか。


いつだったかいまでは覚えていない。けど、何故こんなことになってしまったかは覚えている。


ネットでぼくの小説が面白いと評判されたときだ。


それをみた彼らは面白くなかったのか、ぼくをみる度に作品ではなく、ぼくに毒を吐く。

彼らはまるでチョウチクトウの育て親だ。彼らが毒を吐くと、周りのやつらも伝染したかのようにぼくを罵倒する。


悲しい、哀しい。友人だったはずの彼らは何故ぼくを痛めつけるのだろうか。

口惜しい、悔しい。彼らを変えてしまったのは、代えてしまったのは誰なのだろうか。


彼らはきっと、作品に興味はない。ぼくを傷つけることができたら、アザだらけにできたらそれでいいんだ。


被害妄想に侵され、体内に毒を流され続けた結果



ぼくは死んでしまった。




それからは世界がガラリと変わった。


墨色の空に吸い込まれないように、と雪を踏み固めながら恐怖に怯えるような毎日。


冷たい風は頬にかすり傷をつくり、ズキズキと痛む頬を覆い隠す毎日。


もちろん星なんてみえなくて、稀に覗くオリオン座がぼくを見下して嘲笑っている。


彼女に愛の言葉を吐くこの口は針で縫われてしまったように動かなくて、繋ぐ手さえもポケットから出せなくて、次第に彼女の口からは彼らのような毒がどろどろと流れて、気付いたら彼女は彼らのところへ行って、ぼくへの毒を吐いている。


少し言い返すと、被害者面をするなとまた蹴られて、痛みで藻掻いていると、周りの笑い声は絶えなくて、ぼくはただ耐えるしかなくて。



「やめてしまえ」



ふと、そんな声が聴こえた。その言葉に悪意は無いように思えたが、ただ呆れて言っているように聞こえた。



お父さん。


もっと安定した職に就いて稼ぎなさい、と彼は言う。

彼の足元にはぼくが書き上げた小説が、原稿用紙がしわだらけで、小さな悲鳴をあげて、ちぎられてしまって。



「現実をみなさい」


お母さん。少し怒鳴りつけるようにぼくの原稿用紙を殴って、裂いた。



耐えきれない

耐えきれない

たえきれない


耐えた、ぼくは頑張った。もういいだろう?少しくらい、上に立っても。もう怒らないで。もう呆れないで。


ぼくの心は、身体は、悪い意味の赤色に染まってしまった。それはどろどろとぼくの脳内までを侵して。


とうとうぼくは壊れた。



彼らのところへ行った。

暗い道、街灯だけを頼りに彼女と彼らの家へ行った。

インターホン一つ押しただけで出たんだ。律儀な奴ら。


そしてぼくは寝惚けている彼らの前で言ってやった。


「死んでやる。遺書にはもうお前の名前を書いた。ゆるさない、絶対にゆるさない」


ぼくの声は周りの静寂を打ち消した。アスファルトの上に響く、ぼくの散らばる言葉。


彼らは目を泳がせた。魚になった彼らはただ頭を下げて、赦しを乞うた。


でも言ったよね?ぼくはゆるさない。


喉が焼けて視界が霞んでしまうような絶望を味わってしまえ。

もう他人だ。君たちとはもう会いたくない。他人だ。これから他人だ。SNSではきみたちをブロックして、連絡帳からもきみたちを消したんだ。

他人。赤の他人。

もう二度と会うこともないだろう。


「さよなら」


それだけ言ってぼくは再び闇の中へと消えた。





布団の中でうずくまり、芋虫の如く丸くなる。

何故あんな行動をしたのかと今更震えてきた。


瞼を閉じると、一つ一つ、場面が走るように流れていく。

彼らと行った海。そこで食べたトウモロコシ。

彼女と初めて行った水族館。

夏休み明け、先生に褒められた自由研究。

クレヨンで描いた似顔絵を褒めてくれるお父さん。

初めてつくったカレーを美味しいと言いながら微笑んでくれたお母さん。

補助輪が外れて喜んだ傷だらけの秋。



今まで過ごした幸せだった思い出が頭の中を駆け抜けて行く。けれどもう、幸せだったぼくはいない。

幸せの糧になった彼らも、いない。



ぼくは何のために産まれて、育ったんだろう。


人を幸せにするため?

誰かに夢を与えるため?

誰かを愛するため?

働くため?

学ぶため?

殴られるため?

いじめられるため?

暴言を吐かれるため?


「死ぬためだ」


そんな言葉がぼくの口から零れた。


明日起きたら、また彼らになにかされて、彼女に笑われる。それが毎日続く。


恐怖でまた身体が大きく震える。


いやだ

こないで

明日なんていらない、いらないから。


今自分が息していることにドッと疲れる。


何故自分が生きているのか解らない。


小説を書いて、いけないことなんてあるのか。


自分の夢に向かって叶おうとしている一歩手前で何故彼らはあんなことをするのか。


「何かの作品に似てる」


ふと、誰かから頂いたコメントを思い出す。


『何か』って何ですか。


「なんか、ありきたり」


『ありきたり』ってなんですか。


「面白くない」


どこが悪いのか言って欲しいです。


「作者夢見すぎ」


『夢』をみて、悪いことがあるんですか。



ぼくは夢をみてはいけないんですか。


諦めろと言うのですか。



──もう、だめだ。


そう思った瞬間、不意に、部屋の扉が開く音がして、肩が跳ね上がる。

そっと布団をめくると、誰もいないことを確認し、安堵する。

開いた扉を閉めようと一度立ち上がり、月明かりに照らされていると、笑い声がどこからか聞こえる。


「そうだ、君は生きるべき人間ではない」


足元から伸びる影が自分とは全く違う動きをしながら、ゲラゲラと笑う。


「お前にもう居場所なんてないよ」


影はそれを言うと、吹き出し、また笑いだす。


「友情ごっこ…恋人ごっこ…もう充分だろ?」


影は囁くように言う。


耳元で、抉るような言葉を。


「学校のセンセーが創造性がないってお前の作品に文句つけたのもう忘れたか?」


影が、ぼくに纏うように肩を組む。ニタニタと笑いながら、顔を覗き込んできた。



「人生、やり直そうぜ」


肩を叩いて、またにまりと笑う。


「ほら、お前の嫌いな時間がきた。どうするんだ?あいつらまたお前を責めるぞ?」


今度はぼくが影に笑いかけてやった。


「自分の人生は自分で決める」


朝日が眩しくて、目を細めている間に、ぼくを笑う影はいなくなっていた。


「あの場所がいいかな」


ぼくは天井を指さした。







屋上だ。


屋上へと立った。


古い廃れたマンションの、屋上。



ここからは星がみえた。

地面に散らばる人間と言う名の、悲痛な叫び声と綺麗な涙で汚れた、星が。



こんなことをしてはいけないよ、と母親は言う。でもそれは昔だけ。


夢に向かって走りなさい、と父親は言う。でもそれは昔だけ。



憎めない星にぶつからないようにぼくはないはずの空気に身を任せた。

もちろん、受け止めるものはいなくて。


瞬く星からはただの叫び声しか聴こえなかった。

つまらない、他人事のようで、ぼくが地面とぶつかることを期待して、楽しみにしている、ただの叫び声。




『これ』をみている人たちへ


貴方には大切な存在は()ますか。

それか家族でも、友人でも、恋人でも、誰でもいいです。

大切な存在が()るだけでも幸せなものです。



はたしてそれは本当でしょうか


本当に本当に幸せですか


大切な存在は、貴方の叫び声に気付いていますか。

気付いて駆け寄って声をかけてくれますか。


案外、本当に大変な目に会わないと、大切な存在が解らなくなったりします。


今のぼくをみて、彼らがぼくを大切だと再認識したかどうかは知らないし、知りたくもないけど。



人間が求める幸せは大きすぎて、ぼくには見えない。



ただ一つ解ったことは、このぼくは、いらない




青しかない空を彩るのは、輝いた思い出か、それとも、死んでからの思い出か。



消えて、揺らいで、また消えて、ぼくが空を切って進んでいくなか、涙のような雫はシャボン玉のように消えていく。いや、あれは、あの時離してしまった、風船か。



泣く理由なんて、無い筈なのに。



ただ愛されたかった

ただ認められたかった

ただ必要とされたかった

ただ利用してほしかった

ただ消えてしまいたかった

ただ生きていたかった

ただ生きて、幸せに恵まれたかった




地面との距離と同じくらいの距離で彼らと、彼女に接していたら、今のぼくはいただろうか。



鈍い音が地面に響き渡ると、人が押し寄せてくる。ぼくを囲って、見下ろした人間。


ぼくをみて、こんなことが本当にあるんだな、と感心する声もある。


笑いもの、晒しもの。


それは生きてても、死んでも変わりないようだ。



「笑わないで」


微かに震える唇で、掠れた息を吐き出すと、周りの人が聞き返す。


聞こえてたくせに、聴こえてたくせに。



霞んでぼやけた雑踏。


囲まれて、踏まれて、悶える。



真っ黒に塗り潰されている途中で、ぼくは『これ』をみている誰かに助けを求めた。




もしも、何か、変えられるものがあったら、今のぼくはいなかったのだろうか。


そもそも、今のぼくはいなかったはずだ。


どこから間違えてしまったのか。



ぼくにはもう少し、幸せになる権利があっても良かったのではないか?


いや、幸せすぎたことに気付かなかった、バツなのか。






もしも、生まれ変われるなら。


もしも、生まれ変われるのなら。


ハッピーエンドで終わってくれる、物語の主人公に。




誰か、ぼくを、幸せなぼくを書いてくれませんか?



幸せすぎて、幸せに気付けないぼくを


書いてくれませんか?


こんなダメなぼくでも、幸せになれることを証明してくれませんか?





生まれ変わったぼくが幸せなら


きっとぼくは、ぼくの存在は、無駄ではなかった。





ぼくの鼓動を表す、短くて小さな機械音は、今やっと、大きく、長く響き、ぼくの人生の終了を、知らせた。



幸せを


ハッピーエンドを



『これ』を読んでる人が、幸せなぼくを



創造してくれますように



ここまで読んで下さりありがとうございます!



ネガティブなときに書いたからどこまでもネガティブ展開になってしまいました…。


ジャンルを考えていなくて、書き終わったあとでもジャンルがよくわからないので、その他にさせて頂きました。

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