3.見えぬ過去
3.見えぬ過去
「そう言えば、咲さんのご両親は?」
桜並木の道を咲と肩を並べて歩く希。幸いにも咲も学校に近い場所に家があるらしく、方角も同じだった。希の投げかけに対して少し顔を曇らせる咲。
「ええ、両親は二人とも今日は外せない用事があって」
「えーと、その…ごめん!咲さん!」
「ふふっ、何故陽元さんが謝るの?」
「で、でも…」
「気にしないで、いつもの事よ。別に陽元さんが謝ることではないわ。向こうでも…そうだったわ」
そういうと彼女は仰ぐように空を見上げる。
(咲さん…やっぱり寂しいのかな…)
「えと、本当にごめんね…?」
「…優しいのね、陽元さんは…」
「そそそんなこと!わ、私の両親も忙しくて…!」
困ったような笑顔を向けられ、希はまた赤くなってしまった。顔を伏せて、とぼとぼと歩いている希。―――要するに前を見ていなかった。
「痛っっっったぁぁぁぁ!?」
街灯の柱に見事にぶつかった。それだけならまだ不注意で済んだだろうが―――
「うわっ…!」
衝撃に耐えられなかった希の身体は、後ろ向きに地面へ叩きつけられた。
「大丈夫!?陽元さん!?」
駆け寄ってくる咲の姿を最後に、希の意識は途絶えた。
――――――――――
「……せ……ろせ……早く……その……人間を……」
(…声?)
暗い空間に響く途切れ途切れの声。
「何故…邪魔を…我々の…」
(誰なの…?)
正体不明のその声に希は怯えていた。
(怖い…何なの…?誰なの…?)
まるでこの世のものとは思えない、地の底から響いてくる様なそれは段々と大きくなっていく。
「殺せっ!!」
明確とした殺意を放つその言葉は、鋭い刃となって希の不安定な心に深く突き刺さる。自分の周りを得体の知れない何かが取り巻く。
(いやっ…!怖い…!誰か助けてっ!)
刹那、視界が白くなり、どこからともなく鈴鳴りの様な、心地の良い声が降り注ぐ。
「大丈夫…貴女は…私が守るから…」
慈悲や救済にも似た聖母の様な声。
「貴女は…心配しなくてもいい…私が全て…」
温かい光と甘い声が希の全てを包み込んで―――
「…さん!陽元さん!」
「…ぅぅん…?」
「良かった、気がついたのね」
「え…?」
再び目を開くと、咲がいた。
「私…」
「電柱にぶつかったと思ったらそのまま倒れて…私、貴女に何かあったらって心配で…」
どうやら倒れた希を、近くの咲の家に運んでいたらしい。気がつくと天蓋付きのベッドで希は横になっていた。
「…ごめんね。私、咲さんに凄い迷惑かけちゃった…」
咲への申し訳なさから俯く希。
「私…帰らなきゃ…」
「もう少し休んでいって。無理に動かすと危ないわ」
「でもこれ以上咲さんに迷惑は…」
「私のことは気にかけなくていいわ」
咲の心遣いに再び申し訳なさを感じる希。薄いレースのカーテンから差し込む光は既に鮮やかな橙色に変わり、二人を染め上げた。