1.出逢い
1.出逢い
夢だろうか。それとも何処か遠い日の記憶か。
ただぼんやりと、どこか懐かしいような、そんな感覚だった。黄昏に染まりゆく風景を横目に、何処へ続くかも分からない道で独り、少女は佇んでいた。ふと後ろに気配を感じ、振り向く。そこには自分と同じ位の年頃と思わしい少女が立っていた。夕焼けに負けずとも劣らぬ紅い瞳をこちらに向け、あどけない笑みを浮かべながら。
―――私と…遊んで…
目覚まし時計のけたたましい音が部屋に響く。
「んぅ…ん?…はっ!?」
「うわぁ!?もうこんな時間!?」
慌てて布団を引き剥がして飛び起き、勢いそのまま空きっぱなしのクローゼットから制服一式を引っ張り出すと、転がる様に階段を降りる。
「お母さん!!なんで起こしてくれなかったの!!折角の高校生活の始まりが遅刻なんて最悪だよ!!」
「希が悪いのよ。昨日あれだけ早く寝なさいと言ったのに…結局遅くまで起きてたみたいじゃない」
「うぐっ…で、でも起こしてくれたって…」
「はぁ…なら『高校生』になるのならこれぐらい自分でやれないのかしら…で、時間は大丈夫なのかしら?」
呆れた顔で少女を遮り、壁に掛けられた時計を見ながら言った。
「はっ!?まずい!!まずい!!遅刻する!!」
右手に持っていたパンを口に押し込め、牛乳で無理矢理胃に流し込む。鞄を引っ掴み、玄関へ突進する。
「い、いってきます!」
「あ、これ忘れ物!もう…」
希の母、夕日はやれやれと言う表情で彼女が置いていった「忘れ物」をポケットに入れる。だがその目に宿っていたのはのは呆れよりも娘を心配する親としての感情だった。
――――――――――
「な、なんとか…間に合った…」
息も絶え絶え机に突っ伏しながら希が言った。息を整えていると、優しく肩を叩かれていることに気づく。
「隣、よろしくね」
顔を上げると、黒い長髪に紅い瞳をした美少女が立っていた。同性ながらその姿に、彼女は思わず見惚ける。
「よ、よろしくお願いします!」
ハッとして、彼女に慌てて挨拶を返す。
「ふふっ、こちらこそ」
その美少女は辿々しい挨拶に微笑みを返した。その笑顔に思わず胸が高鳴る。希は顔が赤くなってないか心配だった。
「私は黒月咲。貴女は?」
「の、希と言いますっ!陽元希ですっ!」
その言葉を聞いて彼女は一瞬目を伏せると、噛み締めるようにこう言った。
「陽元さん、か…私のことは咲と呼んで」
「さ、咲…さん…?」
「これから宜しく、ね?陽元さん」
首を傾げながら微笑む彼女。その姿を見てまた希は慌てふためいて「こここここちらこそ!」と、希は大袈裟な礼をする。
「そんなにかしこまる必要なんて無いのよ。私達これからクラスメイトでしょ?だから顔を上げて」
「そそそ、そうだね!」
再びの息苦しさにクラクラしていると、咲が思い出したようにこう言った。
「それより陽元さん、そろそろ講堂に移動しないと…入学式、始まってしまうわよ?」
「えぇ?!まだ来たばっかりなのに…」
「陽元さん、遅刻ギリギリの時間に入ってきたからね」
「うぐっ…」
純粋な笑顔で割とぐさっとする事を言われて、希は気分を沈ませながら講堂への道を咲と一緒に歩き始めた。
――――――――――
「あの子…大丈夫かしら…」
夕日は不穏な顔で、希の『忘れ物』をポケットから取り出し呟く。中央に紅玉がはめ込まれた白銀の十字架が彼女の手の中で静かに煌めいていた。