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#9 断片――万年杉と肩車

 9【断片――万年杉と肩車】



 どこまでも白黒だった。

 どこまでもモノクロだった。

 それはどこか作られたような世界で。

 それはどこか設定された舞台のような世界だった。

 私は砕けたコンクリートと折れた草木の上を走る。ただ必死に走る。

 途中で派手にこけてしまい、「べしゃっ」という嫌な音がした。履いていたズボンの膝の部分が裂けた。膝から流れ出る血は真っ赤で、それもやはりモノクロと対比されて、なんだか鮮やかだった。

 膝の痛みなんか全く感じなかった。すぐさま立ち上がって、私は少女をまた追いかける。

 彼女は速かった。小六のときに運動会の徒競走で一番になった私にも引けをとらないくらいだった。

「ま――待って、ってばっ!」

 既に息は耐えられない程に苦しかった。血が全身を駆け巡ってるのがはっきりと感じ取れるほどに体が火照ほてっていた。酸素が明らかに足りなくて、意識がぼうっとしてくる。

 すると、彼女が突然立ち止まった。彼女の息も切れていて、肩で息をしている。こちらに背を向けたままで、振り向いてはくれない。

「……これって」

 目の前の少女のそのまた前に立つ、一本の隆々とした大木。

 大きな杉。


      ▽


「お父さん見て! 超でかいよ!」

 首が痛くなるくらいに上を見上げて、私は大声を上げる。

「知ってるわ! 父ちゃんが何年この町に住んでると思ってんだよ!」

 父さんも、目の前の大木を見上げながら声を張り上げる。

 目の前の杉は太く、たくましく、天を貫けそうなほどに強くそびえ立っていた。鼻につんと来る、他の木と違った独特の匂いがする。

「これがこの町の万年杉だ! お前の身長の十倍はあるんだぞ!」

「――〝じゅうばい〟ってどのくらい!」

「とにかく馬鹿みたいにでかいんだ!」

 目の前の圧倒的な生命力に気分が高揚し、聞こえすぎるくらいにお互い大声を出す。周囲の目線なんか気にもならなかった。

「――〝ばかみたい〟ってどのくらいっ!」

「それは……このくらいだあっ!」

「きゃあーっ!? あははははははっ!」

 父さんが絶叫アトラクションみたいに私を勢いよく抱え上げて、ぐるぐると自分ごと回る。高揚と勢いで頭がおかしくなりそうなくらいに、楽しい。

 しばらく回ってそのまますとん、と私は父さんの肩に収まった。私は落ちないように、小さな手で必死で父さんの頭にしがみついた。

 大好きな肩車だ。

 目が回って気分は落ち着いたけれど、それでも私はご機嫌だった。

「お父さん、回りすぎておめめがくらくらするよ」

「父ちゃんもくらくらするぜ。ちっと回りすぎたな……」

「お父さんゲロ吐くの!」

「だからなんでお前はゲロの話でテンションが上がるんだよ」

「だってゲロおもしろいじゃん!」

「面白かねえわ――うっ」

「わああああっ! お父さんゲロ吐いちゃだめっ」

 父さんはグロッキーになりながら、こんな風によく私を楽しませてくれた。三半規管弱いくせに。

 しばらくして父さんが落ち着いて、また肩車。

「すげえだろ。父ちゃんがお前を肩車したって届きゃしねえんだぜこの杉」

「うん。超大きい」

「この杉は父ちゃんの三百倍くらい長生きしてるからな。だから父ちゃんよりずっと、ずっとでかいんだ」

「〝さんびゃくばい〟ってどのくらい?」

 うーん、と父さんは考え込む素振りをする。少し間が空いてから、父さんは喋った。

「ずーっと、ずーっと、長いのさ」

 私たちは二人で、万年杉を見上げていた。


      ▲

 

 ――思い出した。

 この場所に来てから気になった匂いは、この木のものだったんだ。

 故郷に聳え立つ万年杉。

 いや、今は五万年が更に経って六万年杉か。

 その生命力も迫力も、昔も今も変わらない。

 彼女は再び、どこかへ駆け出した。

 私もその後を追う。

 いつの間にか、少女を追うことではなく、少女の後に着いて行くことが目的になっているのにふと気づいた。


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