#8 二日目――朽ちた文明
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物事はそれに従事するものが居るからこそ維持される。そういう点で人間の文明というのは非常に脆く、維持するものが居なければたちまちにゴミのようなものになってしまう。
そんな当たり前のことを、目の前の景色は十分なほどに実感させてくれた。
簡易飛行機で大よそ一時間。サイボーグさんが送り届けてくれた、とある場所。
人の消えた都市。
道路はひび割れから鬱蒼と茂る雑草によって覆われ、その機能をほとんど失っている。今にも崩落しそうな苔まみれのビルがそこら中に育っている。実際この五万年の間に自重に耐え切れなくなった建物も沢山有るようで、瓦礫の山が所々に出来上がっていた。
かつては一日に何百万もの人々が行き来した文命。
今はもう、人間たちが捨てていった文明。
植物に飲み込まれてしまった文明。
地球の生命力がよく窺える。
「ここは……」
『ベルージュ。かつて世界の中心だった都市だ。都市としての機能を失ってもう二千年程経って、今じゃご覧の有り様だがな』
「世界の中心……ですか」
たったの二千年で、いとも簡単に私たちの世界は崩れた。
当たり前だった風景も。
平穏だった日常も。
こんな風に〝ずたぼろ〟に。
辺りを見渡す。
周りに注意を向けたそのタイミングで初めて、ふと鼻につく一つの〝匂い〟に、私は気づいた。
「……あれ」
『どうした』
「いえ、ちょっと気になる匂いが……」
『匂い?』
サイボーグさんが疑問符を浮かべた。
その瞬間。
その刹那。
世界がモノクロになった。
私以外の全ての時が止まった。
ひたり、と動きを止めた。
風の吹き抜ける音も木々のざわめきも、全てが止んだ。
「……え?」
この時、私に戸惑いが無かったといえば嘘になる。
ただし、その戸惑いは決してこの不自然で不可思議な状況に対して〝ではなくて〟。
目の前の〝少女〟に向けた戸惑いだった。
停止した世界に突然現れ、笑っている少女。
白いワンピースの小さな女の子。
モノクロの中で目立つ健康的な肌色。
少女はいきなりそっぽを向いて駆け出した。
「――待って!」
私は、少女を追って駆け出した。