#6 一日目――“父さん”
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「また揺れた」
結構強めで、少し頭がくらくらした。
頻繁に地震が起こる。
私たちがこうして普通に過ごしている間にも、世界中の大陸は剥がれ、着々と崩壊へのカウントダウンは刻まれているのだと感じる。
工場では、サイボーグさんがせっせと脱出ポッドの整備をしてくれていた。
私が使うことになるのかどうかは分からない。それでも、サイボーグさんは一生懸命に、一心に最後の仕上げを行ってくれていた。
『地震なんざ幾らでもあるぞ。日に十回揺れる時だってあったくらいだ』
地球も最後の最期で踏ん張ってるんだろうな。
そう言ってる間にも、サイボーグさんの手は止まらなかった。
「地球ってなんで滅びだしたんですか?」
『わかんねえ。ただ、手に負えないレベルの問題だってのは皆が分かった』
生態系なんて目じゃない、大きな星そのものの崩壊。
自爆。
「星が〝自殺〟する……って感じなんでしょうか」
『そんなニュアンスかもな。だとすれば、自ら死んでいく奴ってのは星に限らず、人間だってそうそう止められるもんでもないわな』
意志を覆すことは難しい。
自分で捻じ曲げるにしても、他人が引っ張るにしても。
結局は制限が効かずにひとりでに勝手な方向に向かっていく。
それが生命。
「でも、どうなんでしょう。崩壊すること自体は地球の意志じゃないかもしれませんよね」
『ああそうだな。誰かの陰謀かもしれないし、他の星々の何かにやられちまってるのかもしれない』
金属と金属がぶつかるガツガツという音が工場に響く。
『極論、実は滅ぶわけでもないのかもな。モルトロクってのは脱皮することを意味する〝molt〟と石、岩盤って意味の〝rock〟が一緒くたになって出来た造語だっつってたしな。だから、地球が崩壊するんじゃなくて、生まれ変わって別の何かになるのかもしれない』
「別の何か……って?」
『……完全生命体が生まれるとか』
「ロマンの塊ですね」
呆れて何も言えなかった。
男の人のセンスは分からなかった。
会話は止まった。特に話していてお互いにどこかつまらなく感じていたのはよく分かったから、引き伸ばすこともしなかった。
机に腰掛けて、ただただ作業を見つめていた。
あの時も見た丸い背中。
見間違えた丸い背中。
なんだか父さんの後ろ姿を見ているようだと、また思った。
私は一方的に父さんの話をすることにした。
「私のお父さんね、発明家で工学博士だったんですよ」
『へえ……そりゃあすげえな』
サイボーグさんは手を止め、一度こっちを向いた。すぐにまた作業に戻った。
『おもちゃとか作ってもらったりしてたのか?』
「いえ全然。いつも自分の発明と研究に夢中な人でした」
『――ひでえ親父だな。子供を放りっぱなしにするのは立派な虐待だぜ』
「そこまで酷い扱いは受けてませんよ。それに忙しかったんだから仕方ありません」
生まれたときに既にお母さんが居なかった私には、お父さんが家族といえる存在の全てだった。
たったひとりの家族だった。
「父さんはいつも機械に真剣に向き合ってて。そうやって作った父さんの発明は何かしら誰かの役に立ってたし、私もそんな風に頑張る父さんの背中は見てて私も凄く誇らしかったんです」
『へえ……』
サイボーグさんの気はいつの間にか私にすっかり向いていた。手を止めて熱心に私の話に聞き入っていた。
「でも」
二文字吐いて、空気が止まった。
でも。
逆接。
このとき、私はどんな表情をしていたのか、自分でもよく分からない。
怒ってたのか。
泣いてたのか。
悔しかったのか。
悲しかったのか。
「サイボーグさんも知ってるかもしれませんけど……昔〝破滅の日〟って呼ばれる世界規模の放射能テロが起こりました。世界中が大パニックになりました」
『……』
「父さんはその時、私を既に超長期睡眠装置に入れる準備をとっくに終わらせていたんです。いつの間にかは分かりませんが、多分こういった事態を想定してのことだったんだと思います」
こんな放射能まみれの世界では、娘は満足に生きていくことが出来ない。
大方そんなところだろう。
「当然、私は反対しました。遥か未来の世界に私を送りだしたところで、放射能が世界から消えたところで、父さんもいないし私には何も残されていないじゃないかって。沢山駄々を捏ねました」
でも父さんは私の言うことなんてちっとも聞いてくれなかった。
父さんはお前まで失うわけにはいかないんだって。
じゃあ、私は何もかも失ってよかったの?
五万年後の世界で私が〝こんな風〟になることが、父さんの意思だったの?
「私は父さんの自己満足に付き合わされただけなんです。こんな未来の世界に来たって、大切なものを全部失くした私は生きたいとは思わない。――でも」
二回目の〝でも〟。逆の逆。
はっきりしない。
大好きだった父さん。
大嫌いになった父さん。
誇らしかった父さん。
裏切った父さん。
全部、ごちゃ混ぜになった。
「なんかもう――分からないんです」
サイボーグさんは、目を伏せていた。
昨日の夜と、同じ表情。
そんな彼を見て私は取り乱した。
「す、すいません。急に重たい話しちゃって……私、お昼ご飯食べてきます」
逃げようとした。自分で重くした空気が私を押しつぶしてしまいそうで、耐えられなかった。すぐさま机から降りて、機器の間を走り抜けた。
螺旋階段を上る途中、立ち止まって工場を覗いてみると、サイボーグさんは私が去ったときと全く同じ体勢でいた。
何か、思いつめているようだった。
*
『自己満足……か』
作業場に、一人。
俺は立ち上がり、作業机の白い布を剥いだ。
露になった、古びた銀の懐中時計。
蓋に刻まれた、〝dear J from L〟の文字。
時を刻むべきその針は、微動だにしていなかった。
俺がさっき帰ってきて作業机を見たとき、被せていたはずの白い布が剥ぎ取られていた。
つまり、娘もこれを見たはずだ。
多分俺の正体にも薄々勘付きだしている。
『……――。俺は、どうするべきだ?』
今はもう居ない、約束の主の名前を呼ぶ。
壊れた時計を手に取る。
その冷たさも、〝ぬくもり〟も、金属の掌に伝わりはしなかった。
直さなきゃなあ。