#4 ひとりぼっちの星屑
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この島自体は、元は大きな大陸だったという。しかし、地球はいつしか〝脱皮〟と呼ばれる大陸剥落とマントルの石化が始まり、今の地球は以前の四十五分の一ほどのサイズになってしまったのだとか。そして、その大陸の断片がこの島だった。
私が体を軽く感じたのは、実際に重力が弱くなっているからだった。
実際、〝脱皮〟が始まってから地球の核は確実に変調を来たしているらしい。そういった複合的な原因の元、地球が崩壊すると発表されたのが約二〇〇〇年前。
移住の計画は急ピッチで進められ、人々は地球を捨てる覚悟を決めた。
そして、その崩壊へのカウントダウンが三日後にまで迫った現在。恐らく世界にはサイボーグさん以外の人類は現存していないと、言っていた。もっとも、実際には移住を拒んだ人たちも相当数居たとは思うが、それでも地球における〝人類という文明〟は崩壊した。
そんな世界に。地球に。
サイボーグさんはどうして残ったのだろうか。
そもそも全身を改造してまで何故生きようとしているのか。
唯一の生き残る術である脱出ポッドですらも、知らない人間の私にあげようと申し出た。
起きてきて以来、疑問が数え切れないほど浮かんでは解決もせずに私の中に溜まっていく。
あまり、いい気分ではなかった。
外の風に当たろうと思ったのはただの気まぐれだった。
雨雲は早々に過ぎ去ってしまったようで、傘は必要なかった。
島で一番高い丘の上、崖の下に足を投げ出してぶらつかせる。空一面の闇には星が散りばめられ、何光年も離れた所から届く光は、私を青く照らしている。ただただ静かな空間は、私の孤独と不安を際立たせた。
目の前に広がる沢山の星の何処かに、地球人はいるのだろうか。
宇宙人だっているかもしれない。
まばゆい星屑が一つ、星々の狭間に消えていった。
『その昔、ここは星の降る丘、って呼ばれてたんだ。手を伸ばせば星に届きそうだ、流れ星がこの丘に今にも落ちて来そうだ、ってな。綺麗なもんだろう』
気がつけば後ろにサイボーグさんが立っていた。
サイボーグさんは私の横に腰を下ろした。
沈黙が緩やかに私たちを包む。
『……怖いか? 生きるのは』
不意に尋ねられた。
「――父さんに生きろって言われるがままに、コールドスリープに入りました。そしたら訳も分からないままに五万年経ってて、そしたら今度はサイボーグさんに生きるために宇宙に行けって言われました。――でも、思うんですよ」
そうまでして生きる意味はあるのかなって。
逃げて逃げて無理やりに命を繋いでも、それはもう〝生きている〟とは言えないんじゃないかって。
声は自分でも驚くくらいにか細かった。
自分でも何が正しいのか分からないし、自信が無いんだ。
されるがままも嫌で、かと言って何か為せるほどに意志も無い。
『……』
サイボーグさんは黙り込んでしまった。顔まで改造を施してしまっているために、その表情はいまいち読み取れなかった。
けれど、何だか。
歯を食いしばって、何かにぐっと耐えているように見えた。
私は何だかその表情をとても苦手なものに感じた。
「サイボーグさん?」
『……じゃあ、嬢ちゃんはさ、生きるって何だと思う?』
「――分からないです。でも、ただ息をするだけじゃないと思うんです。もっと、生き物を見てワクワクしたり、綺麗な景色に心奪われたり、人と人との心の隙間をもどかしく感じたり……人が生きるって、そういうことだと思うんです」
私にはそれが分からないんです。
五万年も先に〝置き去り〟にされた私には。
あの星々も、そこに住む人々にも。
私の手は届かない。
なぜだか、目の裏が熱かった。目がぼやけるから、必死に手の甲で目をこすった。
「じゃあサイボーグさんは……どうしてそこまでして生きようとするんですか?」
私の質問を受けて、サイボーグさんは視線を星にやった。
どこか、どこか遠くを見つめるように。
『俺は――約束のためだ』
「約束」
『そう、約束だ。約束の相手はこの空の〝何処か〟に居る。俺はそいつとの約束を果たすために生きてる。まあ、そいつは空の向こうで呑気にすやすや眠ってるんだけどな』
「寝てるんですか」
『ああ、今頃気持ちよさそうにいびきかいてるだろうさ。でも、約束はとても大事なもんだったから、俺はなんとしても死ぬわけにはいかなかった。そりゃあ人類が他の星に避難しようって時に一人で地球に残るなんて言うもんだから、周りの人間にも相当反対された。けれど、それでも自分に正直に生きたかった』
サイボーグさんは、体をガチャガチャと揺らしながら笑った。
私は黙ったままだった。
聞きたいことは、正直幾らでもあった。
どうして地球に居なきゃ駄目だったんですか?
約束って何なんですか?
一人で居て辛くないんですか?
浮かんだ疑問のどれも、私には聞く勇気はなかった。
流れ星がまた一つ、輝きながら消えていった。
やがて私は口を開いた。
「でも……じゃあなんで私にたった一つしかない脱出ポッドをくれるんですか? 私が使っちゃえば、サイボーグさんは……」
『お前を逃がすこと。それも〝約束の一つ〟だ』
「……?」
『詳しくは秘密だけどな。あんまり詳しく喋るわけにいかねえからなあ』
サイボーグさんは照れくさいのか、頭をポリポリと掻く。実際にはもっと硬質な音がしたけれど。
よく分からなかった。
サイボーグさんは視線を空にやって、何かを飲み込むようにした。
どうして、悲しそうなんだろう。
私に向いて、言った。
笑って。
『……まだ時間は残ってる。三日の間に色んなものを見て、ちゃんと考えて、どうするのか決めるといい』
「……」
また、流れ星が一つ。
星の降る丘、スターダストヒルズ。
一人ぼっちの星が、幾つも幾つも降ってくる。
私たちは曳かれあっているのかも知れない。
地球と滅ぶか。
宇宙に逃げるか。
選択の期限は――三日間。