#3 示された目標
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『……まあ、飲め』
と、茶を出された。
声は電子機器による補正がかかっていた。
「あ……ありがとうございます」
どう反応していいか分からなかった。どうして私はこんなロボットを父親と呼んだのかも分からなかった。
いや、父親と呼んだ理由は理解できる。丸まったあの背中が、父さんにそっくりだったからだ。本当にそれだけだった。
しかし第一、父さんは生きているはずも無い。既に五万年が経過しているのだ。生きていたとしても、私と同じようにコールドスリープに入っていないと五万年の時に逆らうことは不可能だとしか思えなかった。
ましてや、目の前にいるのはロボットだ。
だから率直な疑問が浮かんだ。
「あの……貴方は一体?」
『――生き残り、としか言いようがねえな。もっとも、ご覧の有り様で生きているとすら言えるのか怪しいところだがな』
「生き残り、ってことは――人類は滅んだんですか?」
『うんにゃ、皆逃げたよ。前々から月やらの他惑星への移住は計画されていてな。輸送船でひとっ飛びだ』
そう言って、ロボットさんは茶を啜った。
「そうですか……」
滅んだわけでないのなら良かったのだけれど――。
そこでふと違和感。
ロボットさんは茶を一気に飲み干し、ふう、と息をついた。
湯呑みに全く手をつけない私を見て、ロボットさんは促した。
『茶葉はこの島に自生してるもんだ。五万年前にあった〝事故〟以来、さすがに放射能もある程度にマシになったみたいだから、安心して飲むといい』
「あ、あの、失礼なことをお伺いしたいのですけども」
『失礼なら言わねーでくれ』
「……」
まあもっともな話なのだけれど。
『冗談だ。っつっても言いたいことは大体察しがつく。〝何でお前ロボットの癖に茶なんか飲んでるんだよ〟ってことだろ?』
何故か声が出せず、私はこくりと頷いた。
『俺は一応〝元人間〟だ。全身サイボーグってとこだな』
「ぜっ、全身って――」
『俺の生命活動は全て機械に寄る補助で成り立っている。俺の人間としての器官の内、残ってるのは脳だけだ』
ロボットさん改め――サイボーグさんは頭の装甲を指先でコツコツと叩いた。
「……信じられない」
『五万年もありゃ色々あるさ。医療も器械も、随分と発達した』
五万年。
とてもとても、長い時間だ。
『嬢ちゃんこそどっからここへきた? もうてっきり地球には俺一人しか居ないとばかり思っていたが……』
サイボーグさんは、どこか余所余所しかった。
「――コールドスリープしていたんです。浜辺のあの大きな灰色の箱みたいな部屋の中で」
『嬢ちゃんの方も十分胡散くせえじゃねえか』
「でも本当です。このサングラスが西暦三〇一五年製なのがその証拠です」
『それが本当ならお前さんは古代人ってことかい? 夢があるねえ』
つまみ上げたサングラスをまじまじと見つめて、サイボーグさんは呟いた。
その視線が、再び私に向く。
『じゃあ嬢ちゃんは、今〝ここで何が起こってるか〟も全く知らねえんだな?』
「……な、なんでそんなに意味深な言い草なんですか?」
丁度いい、とサイボーグさんは立ち上がった。金属の関節がぎしぎしと鳴く。
『ついてきな。地下室にちょっと見せたいもんがある』
錆付いたドアが開かれた。
サイボーグさんが先を歩き、私は見慣れない空間に少し警戒を抱きながら後をついていく。薄暗い螺旋階段は、工具やら加工器具やらがずらずらと並ぶ、地下工場のような空間に繋がっていた。どこからか水滴が落ちる音が、静かな空間に木霊する。空気はひんやりとしていた。
サイボーグさんがおもむろに壁を弄り、スイッチの一つを押した瞬間、工場全体がぶわりと振動して工場中の照明が点いた。
さっきまでよく見えなかった目の前の大きな物体が、その正体を光の下にさらけ出した。
人一人が入れそうなスペースを持つ、円筒状の機械だった。機械の周りは私が寝ていた超長期休眠装置のように配線でいっぱいだった。
『シンプルに言うと、これは脱出ポッドだ。名前もつけちゃいない』
サイボーグさんは振り向いて、告げた。
私の目標を示した。
『地球は、もう三日ほどで滅ぶ。その前に嬢ちゃんはこれに乗って宇宙に行くといい』
*
とりあえず、少女の姿を見かけてほっとした。遥か昔に作られた超長期睡眠装置は、無事に彼女を五万年間守りきったのだ。
もっとも、製作者の人間は既にこの世には存在してはいないのだけれど。
〝人間として〟、生存はしていないのだけれど。
五万年。
人が生きるには、あまりにも長すぎる期間。
人は、老いを拒絶することは出来ない。命は限られている。
だからこうして〝俺〟が出来上がった。
人間に比べて遥かに永らえることの出来る機械。
未練など残してはいけない。
残させてはいけない。
隠し通せるかは分からない。
でも、できるだけのことを娘にしてやると、俺は決めたんだ。
五万年前のあの日から。