#12 二日目――アルコール
12
思えば、ヒントは分かりやすいくらいに散らばっていた。
最初に〝父さん〟と呼んだ私の声に反応したこと。
私が超長期睡眠装置で寝ていたのも知らないはずなのに、〝五万年〟という明確な時の経過を仮定して話していたこと。
サイボーグ化してまで無理矢理に五万年の時を生き延びたこと。
都合よく〝私のためだ〟と言わんばかりに用意された脱出ポッド。
私が父さんへの不満を洩らすたびに、辛そうな表情であったこと。
私を逃がす誰かとの〝約束〟のこと。
エロ画像の奥底にあった、〝私の誕生日〟に撮られた女の人の写真。
修理中だった作業机の銀時計。
そして――花束を添えられた母さんの墓。
あまりにも杜撰に隠された真実。
いや、もはや隠れてすらいない。
多分、最初から私はこのことを予期していた。
無意識に、無自覚に、把握していた。
曇り空の夜。星の見えない星の降る丘。
膝を抱え込む私の問いに、星たちは応えてはくれない。
明日に全てを決めなければならないはずなのに、整理されなければならないはずの頭は返ってハッキリしない感情に塗れていた。
整理しようと心のモヤを一つ摘み上げても、全部が絡まって引っ付いてくる。
もやもやは集まり絡まり固まって、一つの不快感が出来上がる。
ぐちゃぐちゃ。
わちゃわちゃ。
分かんない。
『――よう』
突然、父さんがこの丘に来たことに驚いた。というか、反射的に身を少し引いてしまった。
あの後、父さんはずっと黙ったままで一言も口を聞いてくれなかった。
そりゃあそうだ。ずっと父親に向けて父親への鬱憤を話しまくっていたのだから。
陰口を本人に直接叩いていたのだから。
きっと、私は怖いんだ。
『そう怖がるなよ』
父さんは私のことを見透かすように、そんな風に言った。
「でも」
そんな私の迷いを、目の前に着地した一升瓶が薙ぎ払った。
だん、と固いものがぶつかる音がした。
『俺の秘蔵コレクションだ。崩壊する世界を渡り歩いてるうちに、美味そうな酒を見つけたもんだから拝借してきた』
「拝借って……飲めるのこれ?」
『酒ってのは熟成が進むほど美味いもんなんだよ。さ、グラス持て』
「え、ちょっと待って。私も飲むの?」
『今更未成年飲酒を咎めるような法律も機能しちゃいねえさ』
そう言って、父さんはアルコールの注がれたグラスをずいっと私に突き出した。
『――腹割って話そうぜ。親子じゃねえか』
「……」
そう言って笑うサイボーグさん。
でも、その電子補正のかかった言葉も、改造しつくされた表情も。
間違いなく、父さんのものだった。
私はグラスを両手で掲げた。父さんも合わせてグラスを持ち上げる。
『――何に乾杯すりゃ良いんだろうな』
「……親子の再会、とか」
『んじゃ、それでいこう』
乾杯――。
初めてのアルコールを、私は一気に呷った。
酒が通った体の中の部分が全部カッと熱くなった。辛くて苦くて、どこか少し甘い大人の味。
美味しいとは思わなかった。
体が徐々にふわふわしてくる感覚があった。私は下戸なのかもしれない。餓鬼なだけかもしれないけど。
『――まずは、謝らなくちゃな』
父さんは平らな草原にグラスを置き、私に向き直って。
両手と頭を地面につけた。
深々と、私に向かって土下座した。
『すまなかった。俺が勝手なばかりに、辛い思いをさせちまった』
「と、父さん! 頭を上げ――」
『お前の言う通りなんだ。確かに、自己満足だったのかもしれない。約束どおりにお前を守ろうとして、俺はお前の意志を守れなかった』
「……」
心臓と肺が、ぎゅっと詰まった。酔いなんて回る気配も吹き飛んだ。
私を守ってくれた親を傷つけて、土下座させて。
何なんだ、私。
勝手抜かして。
最低じゃないか。
「――私こそ、ごめんなさい。父さんの気持ちも知らないで……自分の不満ばっかり垂れ流して、父さんを傷つけた」
私も土下座した。
顔がかっと熱いのは、酒のせいなのだろうか。
十センチ前の雑草すら見えない。ピントが合わない。
ぼやけた目から、ぼろぼろと、涙が零れる。
泣いちゃ駄目だろ私。
泣きたいのは、父さんのはずでしょ。
そんな思いとは裏腹に、涙は止まらない。
『……なんで、泣く機能を残してなかったんだろうな。俺は』
体を起こした父さんは、私を抱き寄せた。
「父さん」
『――とりあえず、俺の分まで泣いてくれ。そしたら……また飲み直そう』
父さんの声は、震えていて。
でも、五万年のうちにその涙はもう失われてしまっていて。
もう、どうしようもない。
どうしようもないんだ。
私はわんわん泣いた。
何回ごめんなさいって言ったか分からない。
父さんは、そんな私をただただ受け止めてくれた。