表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

#1 少女の眠りと五万年

 Call your fragment.

 Call back your memory now...



      ***



 父さんはいつも煙草たばこを吸っていた。ぽ、ぽ、ぽ、と吐き出す煙で輪っかを作るのが得意で、作業のついでとばかりにいつも輪っかを吐き出していた。

 今考えると、子供の私の受動喫煙だとか、健康的なリスクなんかをまるで考えずに吸っていたのだと思う。実際その煙の輪っかを浴びせられた事も何度もあった。当時煙草のリスクを何も知らない私はその煙をキャッキャと喜んで振り払っていた。今思うと何やってんだ馬鹿な私、なんて思ったりもするけれど、それでも父さんに触れられていたあの時間はとても純粋で楽しかったと思う。

 興味本位で尋ねたことがある。

「ねえ、お父さんはどうして煙草を吸うの?」

「ん? これか?」

「いつも、鉄のネジ回しぶんぶん回しながら輪っか吐いてるでしょ」

「ああ、吐いてるな。輪っか、うまいもんだろ」

 そう言って、父さんはまたポケットから煙草を取り出してくわえ、先端に火をつけようとする。ところが、安物のライターはなかなか火がつかないようで、じっ、じっ、と無意味な火花を散らしていた。

 やっと着いたライターの火は、鮮やかなオレンジをたたえて揺らめき、煙草の先を焦がした。

 煙をいっぱいに吸い込み、満足げに吐き出した後で、父さんはまた喋り始めた。

「母さんがな、煙草似合ってるって言ってくれてたんだ。だから、今でも吸ってる」

「お母さんが?」

「そうだ。『いつも一生懸命に背中を丸めてあなたが機械と向き合ってるときに、立ち昇ってる煙を見ると、あなたがとても愛しくなるの』なんて言われちまってだなあ――」

「……どーゆーこと?」

 まだおしりの青い子供だった私は、父さんの言葉の意味も分からなかったために思わず聞き返した。

「――要は、煙草吸って機械作ってる父ちゃんカッコいい! ってなったわけだな」

「だから結婚したの?」

「んー……まあそうだな。そんなこと言われて、父ちゃんも母ちゃんが大好きになっちまったんだ」

 灰皿に一つ、煙草がじり潰された。

 きまりが悪そうな顔をして、父さんはまた煙草を一本取り出した。口元を隠すよう覆って煙草に火をつけた父さんは、心なしかにんまりとしていた。

「で、お前が生まれた」

「へえ……」

「母さんの置き土産ってやつだな。で、その後一時期何も食べたくない飲みたくない吸いたくないって、父ちゃんイライラしちゃってな」

「お腹空かないの?」

「空いたさ。喉もからからだったし、腹はぐるぐる鳴りまくってた。でも、食べようとしたり、飲み物飲もうとしたらオエッてなっちまうんだ」

「ゲロ吐くの!?」

 即座に〝オエッ〟という言葉にだけ、私はやたら反応した。その部分だけ、会話の中で私が唯一経験したことのある事象だったからだろう。

「吐きそうだった、ってことな。別に吐いちゃいねえ。でも、さっきの煙草吸ってる父ちゃんカッコいいって言葉を思い出して、とりあえず煙草を無理やり吸った。オエッってなったけどな」

「ゲロ吐いたの!?」

「ゲロゲロうるせえな、お前は父ちゃんのゲロの話聞こうとしたんじゃないだろ?」

 苦笑する父さん。

 私も笑った。

「で、まあ単純な話、母ちゃんに〝今でもカッコいい〟って言ってもらえるように、父ちゃんは煙草を吸い続けてるのさ」

「お母さん見てないのに?」

「見てるさ。どっかでな」

 ささ、俺は仕事をしなきゃならん。部屋に戻って遊んでな――と、父さんが無理やり話を終わらせた。

 私は父さんの声に曖昧あいまいな返事を返して、工場こうばから一目散に駆け出した。

 工場のドアの前で、私は父さんを振り返った。

 丸い背中の向こうから、細い煙がひとすじ。

 これは、一体いつの記憶だっただろうか。



      ***



 Your memory has called back.

 Wake up your body now...

 Adjust your body now...

 


 Completed.



 1



 長い間、眠っていた。

 頭はまだ本調子ではないようで、意識はまだ朦朧もうろうとするし頭痛がする。歩くとぐらりと世界が揺れる。

 一方で、体は何故かすこぶる軽かった。頭が痛いので実際にやったりはしないけれど、飛べばそのままどこかへ飛んでいってしまいそうなくらいに、ふわふわと浮くようだった。

 コールドスリープの影響だろうか。

 振り返るとそこには、私が寝ていた灰色の箱みたいな部屋。

 辺りには装置を維持するために使われていた、古ぼけた大量のコード。果たしてどのような設計で、どのような原動力を元に、私をコールドスリープさせ続けたのかは想像もつかない。

 機械の電子表記を見るに、私が寝ていた期間はおよそ五万年ということだった。マシンには父さんからの伝言と思しきメッセージが表示された。

『使えそうなものは装置の中に入れたリュックに全部ある。放射能の測定装置もあるので、線量を十分に確認してから外に出ること。五万年近くたっているが、その辺は恐らく大丈夫なように設計したはずだ。

 最後に、勝手なことをしてすまない。お前が強く生きてくれる事を願う。

 西暦三〇一五年 父ちゃんより』

「……」

 父さんが、私を守りたかったのは十分に分かってる。

 だから世界中が放射能に包まれたときも、父さんは真っ先に私を守ろうとした。結果がこの超長期睡眠装置レスレムによるコールドスリープ。放射線がマシになるまで数万年間寝とけってことだった。

 いつの間にこんなものを作っていたのか。

 用意してくれていた装置は私の分だけだった。

「父ちゃんはやることがあるからな。お前は先に眠ってくれ」

 私は「嫌だよ、父さんと離れたくない」と必死で訴えたけれど、装置のふたを閉められて、途端に私は抗うことができなくなった。お父さんのハイパーテクノロジーによって作られた装置は、私の力をみるみる奪っていった。

 ごめんな。

 既にとろりとした私の意識は、父の動く口元でその言葉を認識した。

 それが五万年くらい前の記憶。

「……馬鹿」

 私は呟いた。

 非難をぶつけるべき相手は、既にこの部屋には居なかった。

全13話予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ