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勇者カイン

多分残酷描写は出てこないと思うのでR15は必要ないと思いますが、念のためにR15指定です。

 私は、古い魔法書を広げて考え込んでいた。

 古い、古い魔法書である。もう、50年以上も前、まだ私が若く、魔力にも体力にも溢れていた頃、仲間たちと魔王を倒した時に手に入れた魔法書。

 長く、書斎の隅に埋もれさせていたその魔法書を、私は、急に思い立ってテーブルの上に広げていた。

「まだ残っていたのね。懐かしいわ」

 丁度お茶を入れて来た妻のエリスが、テーブルの上にカップを置きながら言う。

「ありがとう」

 私は妻に礼を言いながら、その、深い皺の刻まれた顔を改めて眺めてみた。


 当時、魔王討伐を命じられた勇者候補の一人だった私。妻は、その私のパーティーの仲間の一人だった。

 そして彼女は、私のパーティーで回復を担うプリーストで、当時はとても美しかった。

 何年ぶりだろう、こんな風に妻の顔を眺めるのは。

 結婚して暫くして、二人の生活に慣れてくると、お互いの顔を見なくてもお互いの体調、気分が何となく判るようになり、お互いの顔をまじまじ見るなんて事は無くなっていた。


「落ち込んでいるみたいね。今年も、王宮の新年会に呼ばれなかったのが理由かしら?」


 向かいの椅子に座った妻が言う。完全に見透かされているようで、言い訳の隙は無いようだった。

「お互い、齢をとったよな」


 妻は、同じ年代の他の女性達に比べれば今でも美しいと思うが、昔のような生気はすでになかった。私は、カップに手を伸ばしながら、妻に向かってそう伝えた。

「仕方がないわよ、流石に、後はお迎えを待つだけだもの」

 彼女は、そこで言い難そうに言葉を躊躇う。

「どうした?」

「ヘレンから連絡があったの」

 ヘレンは、同じパーティーにいたハーフエルフで、同じパーティーの剣士シグナスと結婚していた。

 当時は、長命なハーフエルフと人間が結婚して上手く行くかどうか疑問だったが、今でも仲睦まじく暮らしている。

 当時、二人の結婚生活がどの位続くか賭けたメンバーの賭けは、5年が過ぎたところで全員の負けが決定し、賭け金は全てシグナス・ヘレン夫妻の懐に転がり込む事になった。

「ヘレンか、相変わらず若々しいんだろうな」

 すでに二百歳近いヘレンの、若々しい顔を思い浮かべて苦笑した。

 こっちは、既にシワクチャの爺さんだっていうのに。

「で、なんだって?」

「それが…。

 シグナスが亡くなったって…」

 「シグナスが? なぜ?」

 信じられなかった。

「急に熱をだして、そのまま往ってしまったみたい。

 私達ぐらいの歳になると回復魔法は効き難くなるし、反魂魔法は肉体の方が持たなくて、魂を現世に縛り付ける結果にしかならない。それ以上に、ヘレンはウィザードだから回復魔法は使えないし…。

 ヘレンに会いに行きたいけど、ゲートを使えるだけの魔力がまだ残っているかどうか…」

 ゲートの扉は、この家にもヘレンの家にも設置されている。

 だから、以前は互いにゲートを利用して行き来をしていたのだが、ここ数年は、ヘレンしかゲートを開けられなくなっていた。

「どうする? 行ってみるか?

 ゲートを使わないと一週間はかかるが…」

「行きたいけど…」

 ヘレン達が住むリュートス村までは馬車で一週間、最近、体力的にキツイと時々こぼしている彼女は、私の誘いに返事を躊躇っていた。

 その様子に、否応なしに自分達の老いを実感する。

「勇者なんて、ただの称号だものな」

 私は、自嘲気味に呟いた。


 この世界では、30年~60年ぐらいの間隔で繰り返し魔王が現れ、魔王が現れた年の「新春御前試合」で上位に入った数名に、勇者候補者として「魔王討伐」の命を下される。

 勇者候補者は、仲間を集めてパーティーを組み、実際に魔王討伐を成し遂げた候補者が、そこで初めて「勇者」の称号と恩賞を得ることができる。

 今から考えれば、なんと割の合わない称号か…。

 勇者候補者は、魔王討伐を義務付けられるだけで、国からも王宮からも何の援助もない。

 そして、僅かな恩賞を得た後は、自前で生計を立てていかなければならないのである。確かに、「勇者」の称号のおかげで、家庭教師や塾を開いたりするのに不便はないのだが…。

 実際、他人に何かを教えるのが苦手な私は、妻が開いている回復魔法を教える私塾の授業料と、村の自警団での働きで生計を立てていた。もっとも、一般庶民と比べれば裕福な暮らしをしているには違いはないが…。


「ヘレンには、『こっちに来ない?』と伝えてはおいたけど…」

 言葉を紡ぐ妻の語尾が掠れる。ヘレンとて、今は何も考えられない状態だろう。

 ハーフエルフとして、かつてと同じぐらいの魔力を有しているはずの彼女がゲートを使わないのは、今は我々に会う気分になれないということだろう。

「仕方がない、暫く待って彼女から連絡がなかったら、誰か人を雇って様子を見に行って貰おう」

 私は、そう言って飲んでいたお茶の代わりに、暫く止めていたお酒に手を伸ばした。


 シグナスの訃報から七日が過ぎていた。

 その間、ヘレンからの連絡は途切れたままで、意外にせっかちな妻はそろそろ限界に達しているだろう。

 野良仕事に出ていた私は、野菜の種を撒く手を止めると、丁度やってくる妻の姿に、人を雇う算段を考え始めた。

「まだ、ヘレンからは何の連絡もないかい?」

「ええ」と、妻が頷く。

「それで、誰かに様子を見に行って貰いたいと思って…」

「そうだなぁ、早馬で駆ければ、リュートス村までは4日で行けるだろう。

 そして、帰りも4日ぐらい。向こうでの滞在も入れると10日で行って帰れるはずだ。

 ………。

 俺が行こうか?」

 暫しの沈黙の後、私は付け加えた。

 答えは判っているが、それでも付け加えずにはいられない沈黙だった。

 予想通り彼女は首を横に振る。

 そして…

 <<ガサッ!!>>

 私達は、藪を揺らす気配に会話を中断した。


 振り向いた私達の目に、通常より一回りは大きいワイルドボーの姿が映る。

 通常、山から降りて来る事のない山神さまが、自分達の方へ突進して来るのだった。

「シールズ」

 咄嗟に防御魔法を唱え、自分達の前に半透明な魔法の盾が出現する。

 かつて暴走する巨人族ですら阻んだそれは、狂気に憑りつかれた山神の前に、脆くも砕け散り、呪文を唱えた私ではなく、脇にいた妻を撥ね飛ばしたのだった。

「エリス!! 

 ウィンドアロー!!」

 喉から絞り出すように妻の名を呼び、反対側の森の手前で向きを変えたワイルドボーに向かって、風魔法を放つ。

 それが、ワイルドボーに当たったかどうか確認する間もなく私が彼女を抱き上げると、ワイルドボーの鋭い牙は彼女の腹部を大きく切り裂き、すでに彼女の呼吸は止まっていた。

「ヒール、ヒール」

 私は喉が嗄れ、あたりが暗くなるまで、私にも使える数少ない治癒魔法を唱え続けていた。

 

 私は、教会の祭壇に横たわる彼女の脇に座り込んでいた。

 弔問に訪れた村人達からは、さも魂が抜けたように見えただろう。

 実際、あの時以来、私は食事もしないでここに座り込んでいた。


「カインさん」


 教会に入ってきた村長が、遠慮がちに話しかけてきた。


「泉の近くで、全身傷だらけのワイルドボーの死体が見つかったそうだ。

 見つけたハンター達の話だと、通常より一回りは大きくて、風魔法で出来た傷からの失血死だろうと…」

 村長が言葉を途切らせる。状況的に見て、私達を襲ったワイルドボーと見て間違いないだろう。

 そして私は、村人達が私達を遠巻きにしている事に気が付いた。

 ああ、そうか…。

 この国の農民達の平均寿命は大体60代半ば、既に80歳を過ぎている私達夫婦は、村人達からは半ば化け物と思われていたのだろう。それが、妻が死ぬことによって、初めて我々が人間として映ったのかもしれない。

『許せない』

 何が許せないのかわからなかった。

 自分を置いて逝った妻なのか、妻を殺したワイルドボーなのか、自分達を化け物みたく思っている村人達なのか…。それとも、「勇者」として自分を祭り上げながら、歴史の片隅に追いやった国なのか…。

 私は、祭壇の妻を抱き上げた。

 久々に抱き上げた妻は、羽根のように軽かった。最近では、冗談半部に「お姫様抱っこ」なんていう妻に「無理だ、腰が壊れてしまう」なんて返していたのに。

「カインさん」

 村人に呼ばれて駆けつけた司祭が、あわてて出て行こうとする私を呼び止める。

「奥さんをきちんと浄化してあげないと、悪鬼となってこの世を彷徨うことになりますぞ」

 わかっているさ、私達が何度そういった悪鬼達と一戦交えたと思っているんだ? この世を彷徨う彼らを浄化し、黄泉の旅へ送り出すのも必要なことだと。だが、ここで初めて私は考えを変えていた。このまま彼女と一緒にいられるなら、この世を永遠に彷徨うことになっても構わない、もしかしたら、自分達が浄化した悪鬼の中にも、そうしてこの世を彷徨っている者たちが居たかもしれない、と。

 私は、司祭にも村人達にも一瞥すら与えず、そのまま彼女を家までに連れて帰ったのだった。


 ド、ドドーン!!


 その夜、普段なら年越しの鐘の鳴る頃、カインの家のあったあたりが大きく吹き飛んでいた。

 空から星が降ったか、天変地異か…。

 しかし数日後、首都から派遣されて来た検察官達は、カインの家があった場所に、大きな魔力を使用した残滓を感じ取った。とても、齢80歳を超えたカインの魔力とは思えないほど大きな魔力の残滓を。

勇者カインはどこへ行ったのか、次は「勇者候補アベル」の章です。

できれば4部構成、400字詰め原稿用紙で100枚ぐらいで終わりたいなぁ、と思っています。

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