8話 目的地
「……ハァハァ、ちょ……ちょっと待ってくれよ…………」
ピヨリは肩で息をして、愛の手に引かれるがまま、おぼつかない足取りで走る。
サッカー部で鍛えたこの体も、先ほどの校長との激闘で、体力はもう底を尽きかけていた。
校長室を二人で抜け出した後、愛とピヨリは全力疾走した。階段を駆け抜け、校舎を出て、今は住宅街へと入り込んでいる。
「……も、もう走らなくていいと思う…………誰も追ってきてない…………休憩させてくれ」
ピヨリはゼェゼェと荒々しく呼吸しながら懇願した。
それで思いが通じたのか、愛はピヨリの手を離し、足を止めた。
「……すみません。緊急だったもので……」
「もう……駄目だ……」
そうして、ピヨリは道路の端で大の字になって寝転がった。
腰が痛い。足が痛い。体全身が痛い。
いや、そんなことよりもまず状況が理解できない。
聞かなきゃいけないことがたくさんある。
「さっきは、ありがとう。本当に死ぬところだった……」
「いえ……」
「……質問いいか?」
ピヨリは汚らしく寝そべりながら訊いた。
「……どうぞ」
それに愛は答える。
「そうだな。まず一番聞きたいのはこれだ。何故……君は眼帯をしているんだ? めばちこ……なのか?」
「いえいえ、めばちこでないですよ」
愛はどことなく柔和に微笑み言った。
そしてピヨリに背を向け、愛は空を仰ぎ見た。ピヨリも愛につられて青い空を見る。
二人の間にゆったりとした雲と、時間が流れる。
ピヨリは何かまずいものを聞いてしまったのか。そわそわした。
「いや、ごめん。言いたくないならいいんだ」
愛は、きっとめばちことは比べ物にならない程、病気を患わっているのだろう。
ここは無理に聞いてやらないのが英国紳士と言うものだ。
愛は振り向いた。その顔に微かな決意のようなものが見てとれた。
「いえ……お話しします。実際に見てもらった方が早いかもしれません」
愛はそう言って、躊躇なく眼帯を取り外した。その左目には、大きな傷が見える。
「まずは……自己紹介からしますね。私は水面愛です。歳は願先先輩の一つ下で、二年G組です。能力は”繁殖する爆裂巨乳”(イクスプロードビッグブレスト)。能力者の技量によりますけど、今の私だと自分を中心にして半径十五メートル以内で爆裂する乳房を生やすことが出来ます。……乳房の大きさは…………能力者と同じですが、大きさによって威力が変わることはないそうです」
最後の方は、早口で聞き取りづらかったが、大方理解した。
「そうか。能力の強さは、能力者の技量次第ね」
「それでですね、この左目の傷は……ある理由で私は自分の足で世界中を歩き回らないと行けなかったんです。普通に考えて無理ですよね。その時は砂漠を彷徨っていたんです。それで、もういつ死んでもおかしくないって時にこの能力が目覚めて、なんとか危機を脱しました。そしてその時、あの男、松本夏ノ字に出会いました。私たちの組織への勧誘のためにここへ来た、と。それを拒めば死ぬだけだと言われました。私は怖くなって、発現した能力を使って逃げようとしました。案の定、松本夏ノ字は能力で応戦してきました。私は能力が目覚めてまもなくのことだったので、その戦いの最中に誤って自分の左目に乳を生やしてしまったんです。そのままわけも分からず乳は爆裂。その時についた傷です――」
なるほど、こいつはドジで馬鹿なんだなとピヨリは思った。
そのまま愛は話を続ける。
「――絶体絶命のピンチに助けてくれたのが、ある組織のボスです」
「ある組織って松本校長とか長嶋が入ってるのと違うんだよな?」
「ハイ、もちろんです。松本夏ノ字に対抗するために生まれた組織ですから。そして今、その組織のアジトに向かう所だったんです」
「そう――だったのか」
やっとピヨリの中で整理がついた。
フゥ、と息を吐き、一息つく。
そしてピヨリ重い体を起こし、立ちあがった。