7話 未確認胃住嘔吐生物・下呂丸
チリチリ、と校長が全身に焼けるような痛みを感じる直前、魔人の拳で校長の身を守らせたおかげで致命傷を受けずに済んだ。
強靭な肉体の上に伸し掛かっていた、爆発した衝撃で破壊された天井をどかしてふらふらと立ち上がる。
「チッ、水面が短期間でここまで成長するとは……」
「松本校長……? でぇーじょうぶですか?」
先ほどのすさまじい爆音を聞きつけて飛んできた、物理担当の川口多駒が言う。
最近組織に転任してきた威勢の良いルーキーだ。
「見て分からないのか? けんじが私を包み込んで守ってくれたおかげで、大した怪我じゃない」
校長は自身の周りにある瓦礫を薙ぎ払うようにして、少々癇に障りながらも物理担当川口多駒に状況を説明する。
「危なかったんですよ校長先生。もう少しで僕たちの組織を知らない一般人の教師連中に見つかる所だったんですから。なんとか僕が引き止めたおかげで見られることは無かったんですけどね。へへ……、 マルガリータさんがいないんですから戦闘は極力避けてもらわないと……」
「一体いつから貴様は私に意見できるほど偉くなったのだ?」
「…………」
ニヤニヤと軟体動物のように体をくねらして挑発してくる川口に、今まで溜まってきた鬱憤と戦闘の疲労でストレスが限界近くまで来て、やがて臨界点を突破した。
「……フンッ!」
校長はゴツゴツとした岩のような拳で川口の腹部を容赦なくに殴り飛ばす。
「ヒギィ!」
川口は竹トンボのように回転して飛んでいった。
「ふぅ……」
校長はすっきりしたとでも言わんばかりの表情で川口を一瞥してから、”穴からの来訪者”(ヴィジター・オブ・バタム)の能力を消す。
しゅうう、とオナラで出来た魔人はガスとなって空中に霧散した。
「すまない。急に殴り飛ばしてしまって、それよりもだな……川口、君には奴らのチームを潰してきてほしい。私は体の傷を癒すのと、ガスを溜めねばならない」
「うぅ……ぼ、僕の”未確認胃住嘔吐生物・下呂丸”……で、ですかぁ~?」
川口は腹部に猛烈な痛みを感じながらも、恐る恐る訊いた。
「それ以外に何がある? まさか君は二重能力だとでも言うのかね?」
「ふへ。いえ……で、では……準備期間があるので、三日後に攻めます……」
「分かった。健闘を祈る」
そうして川口は、この校長室を出て行った。
校長は威勢の良い背中を、ゴミを見るような目で一瞥し、やがて出ていくのを見終えると、ロッカーから箒を取り出し壊れた校長室の掃除に取りかかった。