5話 穴からの来訪者Ⅱ
「で、でかい…………」
4mはある。
それを例えるなら、アラジンの魔法のランプから出てくる魔人のようだった。
人型の黄土色のそれは、まるで尾のように校長のケツ穴とつながっている。
ピヨリは驚愕と同時に確信した。校長は、やはり能力者だったのだ。
この有り得ない超常現象を通常の人間が起こせるはずがない。ならば異能力と見るのが妥当。
すなわち、これで一応能力者とのコンタクトには成功だ。
だが、この”穴からの来訪者”(ヴィジター・オブ・バタム)。
一目見て分かるのは、長嶋の”脂肪増加”(インクリースミート)とは格段にレベルが違うと言うことだ。勘だが。
「どうやら、開いた口が塞がらないと言った所か。この程度で驚かれるとは私も思わなかったよ」
校長は含み笑うかのように言って、ハッ、と大きく空気を吐き、ブボッ、ブブォと二回連続で巨大な屁を繰り出す。
「魔人は…………まだ増えるのか……?」
校長の穴から勢いよく噴き出されたガスは、包み込まれるように纏まって人型へと変わり、やがて魔人に変貌していく。
「オイオイ、魔人とは酷いじゃないか。彼らは右から、けんじ、ともお、よしえだ」
魔人は悠然と腕を組んで構えている。
「……あんた屁に名前付けてるのか、悪趣味だな。……で、三体が限界か?」
安い挑発。ピヨリは虚勢を張った。校長が挑発に乗って、能力の限界をあわよくば喋る可能性に賭けて。
「いや、自分の体内にあるガスの分だけ出現させることができる。今の分だと、後、さちえとノリスケの二体が限界だ。これ以上の出現は切れ痔になる可能性があるからな、だがそれはあくまで数の問題だ、大きさならまだこれの約10倍膨張させることができる」
校長は意外とすんなり喋ってくれた。
「さて、お喋りはここまでにしようか。秘部を出せ願先君。君は私に何か聞きに来たのだろう? ならば長嶋同様、無理やり吐かせてみせろ。さあ秘部を出すんだ」
「言われなくてもやってやる!!」
行くぜ、と心の中で呟く。
チャックを開いて、デロン、と秘部を出す。
「”伸縮する秘部”(ロングマラー)!」
ビョオーン!!
先ほどまで萎れていた秘部は息を吹き返したように、校長目がけて元気よく一直線に飛び出した。
校長の能力、”穴からの来訪者”(ヴィジター・オブ・バタム)は、校長の穴とリンクしている。
だから物理的には校長の尻の穴を突き破って虜にするのはほぼ不可能であろう。
狙うは口内。
この単純に一直線に伸びる秘部は、校長からすると、口に飛んでくることを予測するのは容易だろう。
だがしかし、ピヨリの”伸縮する秘部”(ロングマラー)は速かったッ!
「……温いな」
先ほどまで泰然と構えていた、ともお(魔人)が、すかさず校長を守る盾のように前へ突き出て、矢のように飛んできた秘部を往復ビンタした。
「ああああ!!」
ピィンと伸びていた秘部は、ともお(魔人)の強烈なビンタで赤く腫れ上がり、急激に萎れる。
な、なんだ今のビンタ!?……痛い!なんてものじゃない! まるで巨大なハンマーで秘部を何回も叩かれたような感じだ……
これは本当に屁なのか…!?
「ォォォオオオオオ!」
後になって電撃のように巡りだした猛烈な秘部の痛みに顔を歪ませる。
休む暇もなく、けんじ(魔人)が手のひらを固く握りしめ、殴りかかってきた。
咄嗟の判断で、身を投げるようにして屁の鉄拳を躱した。
ピヨリに躱され空を切った屁の鉄拳は、バゴン、と言う音と共に床と扉を巻き込む。
「………………と、扉が……」
まるで、そこには隕石が通過した後のように、えぐられていた。
こんなの一撃でも食らえば致命傷は確実だ。
「……………………」
強い。これほどまでの威力を誇るのか。”穴からの来訪者”(ヴィジター・オブ・バタム)は……
クソ、 こんなの、”伸縮する秘部”(ロングマラー)じゃ到底太刀打ちできない……
レベルが違いすぎる……
「おいおい、先ほどの威勢はどうした。このままじゃサンドバッグ決定だが」
けんじ(魔人)、ともお(魔人)、よしえ(魔人)がそれぞれで殴り掛かってくる。
六本の巨大で屈強の腕、対、一本の細く弱弱しい秘部、どう考えても勝ち目がない。
ピヨリは魔人たちのラッシュを必死に避け続ける。避けることで精一杯だ。
――松本校長、なんて戦いに手馴れているんだ。なりふりかまわず殴り掛かって来ているように見えるが、少しずつ逃げ場を無くし、追いつめて来ている。このままでは潰されてミンチにされちまう……
辺りの床は月面のクレーターのようにどんどん陥没していく。
そこでピヨリは足を、壊された扉の破片に引っかけ無様に転んだ。
魔人はガスガスガス、と床をえぐりながら、やがてピヨリの頭上高くで振りかぶる、
「う、ああああああ」
万事休す。
そこで校長は口を開いた。
「ふむ……君には失望したよ願先君。これじゃあ私の一方的な虐待じゃないか。君たちのような弱い癖して、我々に逆らうというのはどういう心理の上での行動なんだい? 素直に仲間になればいいものを。残念だが、私はもう君との戯れに飽きた。消えてもらおうか」
なんだ……? 今……何か引っかかることを、校長は言った。
「君たち……だと……?」
「………………ああ」
そう言ったが? と、松本校長はつまらなさそうに言った。
「それは、どういう事だ……?」
松本校長は心底つまらなそうに言う。
「仕方ない、君があまりにも弱すぎて気が抜けてしまった。冥途の土産に一つだけ教えてやろう。能力を発現した生徒は君だけではない。一、二、三年に関係なく、なぜかG組に密集しているな。だから私はゴキブリの巣と呼んでいる。確か君もG組だったね」
G組に? 俺の他にも能力の発現者がいたなんて……
「それでは、去らばだ。せめて安らかに逝け」
「チ、チクショう! まだ死んでたまるか!! これでも食らえ! 至近距離”伸縮する秘部”(ロングマラー)」
シュン、と校長の顔面目がけて突き出た秘部は、魔人、ではなく校長が素手で受け止めた。
「なん……だと……?」
「君の能力の射線なんて猿でも分かる。単調すぎるんだ。この程度の実力ならば私、個人の戦闘力だけで君を倒せる」
「つかんだだけじゃ、止まらねえよ!!」
そのまま、秘部は校長の口に突き進むはずだった。
ぎゅうううう。
校長が掴んでいた手に思い切り力を込めた。ものすごい力で秘部を握りしめられる。あまりの痛みに伸ばすことも、縮めることもままならない。まるでゴリラに握られているようだ。
「あ、がが、ああああああああァァァァア!!」
ピヨリの悲痛な叫びが、魔人によって荒廃したこの校長室に響く。
「まだ、やるのかね? もう勝敗は決定している。”伸縮する秘部”(ロングマラー)の底も知れた。」
「クソ野郎が……死んじまえ!!」
松本校長は冷徹な目でピヨリを俯瞰していた。
「老害が! 死にやがれっ!」
俺はまだ、死ねない、死ねないんだ。あの親父に復讐していない。妹にもまだ会えていない。それに陽香伯母さんへの恩も返していない。このまま無様に死んでたまるか畜生!!
「クソ野郎しねしねしねしね!」
”伸縮する秘部”(ロングマラー)で無理なら、呪い殺してやる!!
「そうか、一瞬で殺すのはやめだ。私は君にも一定以上の武士道精神や敬意というものを払っていたんだがね。興が冷めた、君には君にふさわしい死が必要だな。…………華々しく散らしてやる」
「ハアアアアアアアァァァァァ!!」
校長が叫んだ。
と同時に、校長のボディが豹変した。
服越しで見て分かる隆起した筋肉。服がギリギリまで膨張して、
最上にまで鍛え上げられた強靭な肉体を惜しげなく晒した。
「ひさしぶりにキレてしまったよ……」
そう呟いて、校長は、ピヨリの両足首を掴みなおす。
「う、わああああ」
そのまま難なく空中に持ち上げられ、グッ、と、校長がが腰に力を入れ、体を捻る。
そのまま、一回転。360度ぐるりと回って、二回転目。遠心力が加わり、一回目よりも速度は上がった。
ハンマー投げのように、腰を入れてと序盤はゆっくりと加速。
三回転目。一周回って、更に加速する。五回、十回と回数を増やして、尻上がりにスピードを上げていく。
どんどん加速する。やがて、目で追えなくなるほどのスピードで加速していった。
子供のころ遊園地で遊んだ、メリーゴーランドのゆったりとした速度を10倍にしたような感じ。
眩暈と吐き気で脳がおかしくなる。もう正常に作動していない。
脳みそがぐちゃぐちゃになり、臓器がシャッフルされる。
頭が漂白剤で洗濯機にかけられる。
顔面が紫色に変色し、白目を剥き、口の端から泡をまき散らす。
「あ、ああ、あああ……ぁあ……」
声にならない声をあげるが、この小さな竜巻がピヨリの声をかき消す。
加速は止まない。
まさか永遠に終わらないんじゃないか、とさえ思えた。
ブルン!! ブルン!! ブルン!!
刃のように空気をを切り裂きながら、
瞬間、唐突にぷつん、と糸が切れたように手放された。
あ、と思った瞬間にはもう既に遅かった。
べこぉ、と不快な音を立てて、ピヨリはジェットミサイルの如く壁にめり込んだ。
「おぐぇ、あ、はははは」
脳が破裂したと思った。記憶がぶっ飛びそうだった。眼球が飛び出そうだ。実際口からは胃が飛び出してるんじゃないだろうか。
もはや、感覚がイカレたようだ。壁にぶつかったのに、固いと感じず、柔らかいと感じてしまう。
鼓膜はかろうじて無事だった。
ガラ、と何かを靴で踏みつける音がした。校長が来る。それだけは分かった。
俺が死んでないのを確認したら今度は完璧に殺してくれるはずだ。
楽になれる。
なぜだが、今は夢心地だった。内臓も何もかも全て、壁にぶつかった衝撃で潰れたはずなのに……
いや、潰れたからか、死にかけてるから、そう感じてしまうのか。
「……………………」
目の前、
――視界は壁で埋まっていた。
否、
――視界は乳で埋まっていた。
「その人から離れなさい、松本校長」
最後に、
弱った鼓膜で聞き取れたのは、鈴の音を鳴らしたような、そんな綺麗な女性の声だった。