4話 穴からの来訪者Ⅰ
六時間目の数学は数学担当の亀井の話をシャットダウンし、物思いにふけっていた。
ちょうど今、授業の終わりを知らせる学校最後のチャイムがクラスに響き渡った。
放課後。
この時間帯となれば、のろのろと帰宅する者もいれば、部活動に勤しむ者、DQN等の、水を得た魚の状態のようにはしゃぎ出す輩もいる。
だが、ピヨリはこの誰とも違った。唯一確かめなければならないことができた。
それは組織についてのこと。
前の休憩時間、虜にした長嶋に弁明させてみた結果、この学校にはまだ能力者が複数人存在することが分かった。そのことをなんとか吐かせてみたが、長嶋は疲労が激しく、最後に「コウ……チョウ……」と言って気絶した。
コウチョウ。
すなわち校長のことであろう。
奴には発現した能力、なぜピヨリが発現すると分かったのか、聞きたいことがある。
もしかすると親父についても何か知っているのかもしれない。
いずれ組織はピヨリを処分するために刺客を放ってくるだろう、だが、その時間でさえ、ピヨリは何もしないのが苦痛だった。
だからこちらからコンタクトをとる。そう決めたのだ。
ピヨリは鞄に最低限の荷物を詰め込み、教室を出た。
2階の職員室の向こう側にひっそりと存在する、校長室へと足を向けた。
「ここ、か……」
斜め上に校長室と書かれたプレートがある。校長室はここであってる。
コンコン、と控えめに扉を軽くノックしてみる。
数秒経って、部屋からは重厚感のある落ち着いた声が扉越しに聞こえた。
「……入りたまえ」
「失礼します。松本夏ノ字校長先生」
ためらわず扉を開く。部屋に入った瞬間、芳香剤の匂いが鼻孔をくすぐる。
荘厳な部屋だった。それはイギリスの王室を思わせる。端には歴代の校長の柔和な笑顔の写真が飾られていた。
校長は背を向けて、一目見て分かる高級なアームチェアに深く腰をかけていた。
校長の容姿をここまで近くで見るのは初めてだ。整髪料で丁寧に整えられたオールバック、ダンディな顔立ち、全体からにじみ出る英国紳士風の雰囲気、そして眉間には深いしわが刻まれている。
「ふむ……」
そう言って、大儀そうに立ち上がった。
「君は……三年G組の願先ピヨリ君だね。君のプロフィールは既に拝見させてもらっているよ。頭は中の中、運動神経は上の下と高い。しかしマット運動だけが苦手。ムッチリとした尻が好き。父は元人気俳優。母は既に他界している。約十年前に親が離婚している。その他もろもろ」
校長は何も見ずにすらすらとピヨリの身の上を明かす。
「すごい情報力だ」
ピヨリは確信に近いもの感じた。やはり校長には何かある。
「そう恐ろしい顔をしないでくれよ。生徒のことをよく知っているのは当たり前のことじゃないか」
「校長先生……」
「あんた……やはり一般人じゃないな? あんたは能力者か?」
校長は黙り込んだ。
「………………………」
校長を俯き、たっぷり時間が経過していくの待ちながら、やがて口の端に笑みを作った。
「ほう…………それをどこで……?」
「長嶋先生を俺の秘部で虜にして、吐かせました」
「……………………やはり本物か」
何かを確かめるように、何度か頷く。
校長は続けて言う。
「その力、是非間近で見せて貰えないかね? 君の”伸縮する秘部”(ロングマラー)、非常に興味深くてね」
校長はまるで、ピヨリの話を聞いていなかった。完全にスルーされたピヨリは頭に血が上り、激昂する。
「――うるせぇ!! 俺の質問に答えやがれ!!」
ピヨリはブチ切れた。
「ふう……どうやらカルシウムが不足しているようだね。そんなに知りたいなら、君のその力で、無理やり吐かせて見ればいいもの……」
校長はダンディな面持を崩さずに言う。
「そのつもりだ!!」
ピヨリがチャックを開けようとした瞬間だった。
ブブォ!!と、すさまじい音が校長室に響いた。
「爆発!?」
一瞬爆発かと勘違いしてしまいそうなほどの炸裂音。
「これは……屁? 屁が上がっていってる……」
煙はもくもくと天井に近くまで膨れ上がり、そしてそれが人型となった。
「こいつは”穴からの来訪者”(ヴィジター・オブ・バタム)だ!」
校長は能力を高らかに宣言した。
「ヴィ、ヴィジター・オブ・バタム……?」