23話 愛と恋愛Ⅰ
「ピヨリ先輩」
自分の名前が呼ばれたので、反射的に後ろを振り返る。
その先に居たのは少女だった。
「ピヨリ先輩は今日も修業ですよね? ……アジトまでご一緒してもよろしいですか?」
学校の授業がすべて終わった放課後、校門を出ようとしたところで、だった。
ピヨリに話しかけたのは同じ反逆者の仲間であり、学年が一つ下の後輩、水面愛だ。
愛はすさまじいほど胸がでかく、愛嬌もある。チャームポイントは左目の眼帯である。
「じゃあ、一緒に行くか」
特に拒む理由も無いので了承した。
愛は小走りでピヨリの隣へ行き、二人で通学路を歩き出す。
アジトは学校から15分くらいの所にあるテルモの家だ。
そこでピヨリは、放課後の時間を利用して毎日のように『修業』に明け暮れている。
『修業』の成果か、今ではピヨリ一人でジョージ=カォツマを撃退するほどの実力をつけた。
今では『神越の能力』の”音速秘部”(ソニックマラー)も体に無理なく発動できるようになった。
だがしかし、先週のファミレスでの敗戦。
陽香伯母さんをたぶらかした卑劣漢、狩野祈にはソニックを使っても歯が立たなかった。
ピヨリが生きていたのは、たまたま運が良かっただけなのだろう。
ギリ、と奥歯を噛みしめた。
裏の世界には、まだこんな奴らがゴロゴロといるはずだ。今の実力では奴らの足元にも及ばない。
目の前に立ちふさがる平和維持ボランティア会と言う、大きな壁。
上には上がいて、多分、その先に親父はいる。
ふぅー、と息を吐いた。
まだまだ修行が足りないな、と自分の頬を叩き、喝を入れ、気を引き締め直す。
愛はピヨリのことを不思議そうに見ていたが、なにも言わなかった。
まだまだ遠い道。だが着実に一歩ずつ、前へ進めればいい。
ピヨリと愛が下校する傍で、帰宅部の面々が帰るのが見えた。平和そうだ。
目に映ったのは、男子生徒たち。
冴えない男同士、ふざけて肩を組んだりしてへらへら笑っている。
フンッ、のんきな奴らだ。
部活動に勤しみもせず、有り余る体力を無駄に浪費するだけの、堕落したゴミ虫共よ。
いつか虜にしてやる。
――それにしても、部活か。
一応ピヨリもサッカー部に所属しているが、……まあ、そんなことはどうでもいい。
どうでもいい思考に邪魔をされたが、ちゃんと歩く。
そこで、
「ふぁあ~。…………んー…………! やっと授業が終わってくれましたねー」
愛が授業の疲れで眠たそうに欠伸をしながら、両腕をぐぐっと振り上げ、伸びをする。
その時だった。
「――ッ!?」
反射的に視界を愛へと向けた。
愛が伸びをした瞬間、上体を反らすことで、その特大な胸がはち切れんばかりに盛り上がり、やがて耐え切れなくなった制服のボタンが2,3個弾け跳んだのだ。
「あんっ?」
そして、制服がはだけたことにより、雪のように白くキメの細かい柔肌が露出する。次いで、美しい鎖骨のラインを見せ、次に物凄い谷間がハロー!と元気よく顔を覗かせた。
「うっひょう!」
Jカップと聞いていたが、自身で想像するのと、そこにある実物を見るのとでは、次元が違った。
こんなの人生に二度と、起こるか、起こらないかのビッグイベントだ。
目をギリギリまで見開き、隅々まで拝む。
「すげぇよ」
ピヨリの中にある、エロティックボルテージが空高く上昇したまま帰ってこようとしない。
愛は咄嗟に、胸元を自身の手で覆うように隠したが、――時すでに遅し。
ピヨリの脳内記録媒体S級エロ画像フォルダに、そのデータは永遠と刻み付けられたのだった。
顔を赤らめ、恥じらいながら胸を隠す愛を、ピヨリはガン見しながら言った。
「谷間ゲッツ」
愛の顔が怒りと共にみるみる紅潮していくのが分かった。
「繁殖……!」
泣きそうな声で発すると、ピヨリが直立する周りに巨乳がぽよんぽよん生えてくる。
本能的に命の危険を直感したピヨリは、愛が次の言葉を発する瞬前にスタートを切った。
「”爆裂する巨乳”(イクスプロードビッグブレスト)!!」
直後、足元に生えていた巨乳が轟音と共に爆発した。
爆ぜる空気。火傷しそうなほどの熱風。
ピヨリが先ほどまで居た場所は、爆発によって容赦なく地面を食い荒らし、木端微塵に粉砕された。
危ねぇ。
スタートが早かったおかげでなんとか命拾いした。
だが、ワンテンポでも遅れていたら、今頃消し炭になっていただろう。
へらへら笑ってた男子生徒等が、今では、なにごとなんだと、発狂したように逃げ出して行った。
黒煙が天へと一直線に立ち、爆風は止む。
爆破によって飛ばされた小さなボタンは、すさまじいスピードで何処かへ飛んでいった。
「ああぁ…………ボタンが飛んでっちゃった」
ピヨリは焦げるような熱気を肌に感じ、渦巻く煙の中でごほっ、ごほと咳き込む。
「だ、大丈夫ですか……ピヨリ先輩」
さすがに不味いと思ったのか、愛が心配してかけよってきた。
「ああ、なんとか生きてるよ……」
というより、そんな簡単に一般人の前で能力使っていいのかよ……
と心の中で思う。
「すみません先輩! さっきのはつい条件反射で能力を行使してしまいました…………本当にすみません!」
愛は直覚に腰を曲げて頭を下げる。
「いや、俺が火に油を注ぐようなことをしたことが悪い。ごめん。……だけどさすがに死にかけるところだったぜ」
愛はボタンを必死に探し出して見つけ、再び制服に縫い付けるまで時間がかかった。
と、一悶着あったが、落ち着いたらまた並んで歩き出した。
「そういやよ、愛」
「なんですか?」
「お前今なにカップあるんだ? 初めて会った時よりでかくなった気がするぞ」
愛はピヨリから一歩引き、半目で答えた。
「ピヨリ先輩、それ聞くのセクハラですよね」
愛は俯きながら小さな声で言った。
「………………でも、…………少し大きくなったのは確かです」
「へぇー、そうなのか」
横でニヤニヤしているピヨリを、愛は胸を両手で抱くようにして、蔑んだ目で見る。
明らかに軽蔑したような目つきだ。
「ちょ、ちょっとお前。そんな目で俺を見んなよ。可愛いじゃねぇか」
「……えっ? ……そ、それってピヨリ先輩。私のこと、す、好きってことですか?」
愛が急に、その言葉で態度をがらりと変えた。
え? オマエ俺に惚れてるの?
とか言うと杞憂に終わりそうなのでやめておいた。
「あー、まあ、俺には莉乃ちゃんっていう想い人がいるから、好きってわけではないな。…………おっと、俺ってば大胆発言しちまったぜ。これ、誰にも言うなよ」
ピヨリは片目を閉じて自身の口の前で人差指を立て、シー、と囁くように言った。
「……そうですか、やっぱりピヨリ先輩も莉乃先輩が好きなんですね。反逆者の皆も笑美子さんか莉乃先輩ですからね。私が勝ってるところなんて胸ぐらいですし……」
暗い顔をして、力無く笑いながら言った。
「そこまで落ち込むなよ。……そうだ、ちょっと公園で話そうぜ」
だいぶ歩いたところで足を止めた。
ピヨリは約一ヶ月間ほど、修業で嫌でもここの道を通るので、ここら辺の土地勘ならあった。
右に回り、まっすぐ進んでいくと公園が見えた。
ピヨリと愛は公園の中に入り、ベンチに腰掛けた。
「ふー、そういや、お前のこと好きだって言ってたやつを知ってるぞ」
ピヨリは何気なく喋り始める。
「え、誰ですか? それ」
「テルモだよ、テルモ」
ピヨリがテルモな名前を言った瞬間、愛はうわぁ……と露骨に嫌そうな顔をした。
「テルモ先輩ですか…………あの人はそういう目で見れませんよ」
「なんでだよ?」
「テルモ先輩は、私の修行中に、その…………――――を、…………も、揉んできたんですよ!」
声が小さくて聞き取りづらかった。
「え、なんだって?」
だから、と言って愛は再び愛は口を開く。
「……むねですよ」
「うーむ……」
揉みたくなる気持ちは分かるな。
「やっぱり私って魅力ないんですかね。テルモ先輩は外面しか見てくれないですし……」
ああ、この子恋がしたいんだな、と今更になって気づいた。
はは、なるほどな。
莉乃にはライバルが多い、愛で妥協するか。
もしかしたら、これで彼女いない歴18年とお去らばだ。
「そんなことねぇと思うぞ、愛」
精いっぱいの低音で喋った。
「え?」
「俺、今気づいたよ。この爆乳も、漆黒の髪も、その他すべて! そう……お前のすべてが欲しい! 俺は……お前のことが好きなんだよ!」
完璧に言ってやった。
そうして、ピヨリは、ベンチの上で愛の体を強引に押し倒す。
されるがままに、体は倒れこむ。
愛は驚いた顔をして、目をパチクリさせていた。
この状況をよく理解していないようだ。
「あ、ありがとうございます……先輩」
「ああ、俺じゃダメか?」
愛の目を恥ずかしげもなく、まっすぐに見据えて言う。
「あ、あ、あのあのあの! 私、トイレ行ってきます!」
やっと事態を理解したのか、愛は、ピヨリの体を押しのける。
そして顔をトマトのように赤くしながら、全力で走って行った。
「俺にも彼女ができるのか……ハハ。ちょろいもんだぜ」
ピヨリは愛がトイレから帰ってくるまで、呑気に待つことにした。
「いや、でもこれ帰ってこなかったら、振られたってことになるのか……」
ピヨリは一人ブツブツ喋っていた。




