21話 素粒子分解Ⅱ
祈の能力によって、凶器と化した槍のような鉄パイプがピヨリを襲う。
至近距離で鉄パイプが五本一斉に飛んできた。
ピヨリと祈の距離、約10メートル。
「ッッ!!!」
これを躱さないと。
どこに躱せるかは分からない。
ただ動かないと確実に鉄パイプはピヨリの体を貫き、絶命に至るだろう。
ビュウン、と風を切り裂くような音がして、鉄パイプはピヨリの鼻先数㎝スレスレを駆け抜けていく。
いや、鉄パイプは軽く肌に触れて通り過ぎ、シュッと、頬を少し切る。
一筋の赤い血が頬を伝った。
この至近距離で鉄パイプ五本すべてが直撃しなかったのは、すさまじい偶然か、祈の余裕からか。
空を切り裂いた鉄パイプは、速度を緩めぬままテーブルや椅子、ガラス窓に貫通した。
奇跡的に、店の客には被害が出なかった。
「な、なんだよコレェー!!」
ファミレスの従業員や、店の客達が絶叫に似た悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「フン、雑魚どもよ、能力を持たぬ己を恨め。ハハハハッハ!!」
狂ったように笑いながら、祈は次々と物を”分解”していき、”製造”する。
物体は、ガラス塊を叩き割るような音を立て、微細なポリゴンの欠片になって霧散する。
そして、”製造”の発声で凶器が虚空からピヨリの命を狙ってくる。
祈が能力を発動している間に、その大きな隙と客の混乱を利用してピヨリはテーブルの下に身を潜めた。
「”分解”……”分解”……”分解”……」
祈はリズミカルに発しながら、物体を素粒子まで崩していく。
「ヒィィィ、殺される…………殺されるゥウウウウウ」
皆がパニックになってヒステリックになっている傍で、客の女性が一人、体をガタガタと震わせ、テーブルの下で悲鳴を上げていた。
「早く……!……早くお逃げなさいお嬢さん……!」
正義感のあるたくましい体つきの男が、女性に逃げるよう訴える。
女性は足の筋肉が弛緩して、完全に腰を抜かしていた。
男は切羽詰まった表情で、女性に手を差し伸べた。
「一緒に逃げましょう……!」
男から差し伸べられた手に捕まる。
「は、はい……」
直後、ショットガンの弾丸が男の心臓を綺麗にくりぬいた。
男は声も上げぬまま膝から崩れ落ち、目を開けたまま床に倒れた。丸く吹き飛ばされた穴からは血も流れなかった。
即死だ。
「馬鹿が」
「いや、いやあぁあああああああああああ!!!」
女性は恐怖のあまりヒステリックを起こした。男性が目の前で死んだことで、それが引き金になったのだろう。
涙をまき散らしながら、暴れる。耳に響く甲高い叫声。目はギリギリまで見開かれ、体全身を痙攣させている。
「ああ? まさかこの状況で目覚めたのか?」
女性の長髪がゆらゆらと宙に舞っていた。その姿は怪物のメドゥーサのようで、髪の毛が生き物の様に意思を持ち、無数の毒蛇がまるでダンスをしているようだ。
普通の人間になら、このように髪を自由に操るなんてこんなことはできない。
超常的な、何か、が無い限りは。
「ああ、あ、ああ、ああああッ!!!」
女性の髪の毛は膨れ上がるように増殖していく。
それを見て祈は疑念から確信に変えた。
「確かに目覚めてやがる。まさか俺が一人、目の前で殺しただけで能力が目覚めるとは……極度の怖がりのようだな(笑)」
「ああああああああああああ!!!!!」
ただ生き残るために能力が本能的に限界を超えた。女性の髪は爆発したかのように暴れ狂う。
すさまじい速さで床を這い、一瞬で祈の足に髪を絡めつけた。
「ほぉ……『体質変換能力』の”操髪”(パペットヘアー)か。遺伝ではなく突発性、と。他人の能力の目覚めに立ち会ったのはこれが初めてだ」
涙を流しながら祈を睨みつける。
「その上、窮地に立ったことで、限界を超え、”エディション”状態を起こしている」
女性は能力を使用してギチギチと祈の全身を締め上げる。
「死ねぇぇぇええ!!!!!」
ミシミシ、と骨が軋む音がこちらまで聞こえてきそうだった。このまま”操髪”(パペットヘアー)で締め上げられれば、圧迫された内臓は破裂し、骨はぐちゃぐちゃ砕け、今もなお脈打っている心臓を、容赦なく締め潰すことになるだろう。
「……”覚醒”(エディション)した上で、この締め付けか。特に脅威になる奴でもないようだ。だが若い芽を摘むのが俺らの仕事でもあるんでな」
そう言い、祈は”製造”を唱える。
「ッヒェ……!」
女性が最後に言い残した言葉がそれだった。
何処から射出した十本の鉄槍が、あっけなくその顔面を吹き飛ばしていた。辺りの窓ガラスに血飛沫が張り付く。
今までの敵とは違う恐ろしい残虐性。一片の躊躇のない殺害。
まぶたを瞬く間もない時間で二人の人間が死んだ。
二人は殺される最後に何を思ったのだろうか。考える間もなかったのだろうか。
女性の首から上には、綺麗に彼岸花が咲いていた。
「後はこちら側の清掃員が処理してくれるだろう」
屍に話しかける祈には、何の表情もなかった。
こいつは、本物だ。
今までの奴らとは違う。本気で殺人を何とも思わない奴だ。今までもこうやって、何人も人を殺めてきたのだろう。
カチカチと歯が鳴った。背筋が凍え、体が震え、球のような汗が額に浮かぶ。
今度は、ピヨリの番だ。
店員と客はここから逃げ出し、ファミレスにいるのは、転がっている二つの死体と、ピヨリと祈になった。
そこで、祈はやっとピヨリがいないことに気づいたようで。
「ああ? どこだよゴルァ!?」
祈はピヨリを探しながら、通り過ぎて行く近くにある物は、すべて”分解”していく。
ピヨリはテーブルの下で密かにチャックを下ろし、秘部をデロン、と出す。
そして秘部に全意識を集中させる。
『神超の能力』”音速秘部”(ソニックマラー)の準備だ。
修業の成果で三分に一回、”ソニック”を撃てるようになり、命中率も以前と比べると飛躍的に向上した。
だが、奴なら三分とかからないうちにピヨリを殺すことが出来るだろう。
最初の一発だけだ。この一発にすべてをかける。
ついに、祈はピヨリの居る方向にやってくる。テーブルや椅子などは、どんどん”分解”されていく。
実にいやらしい足取りで、ピヨリの焦燥をじっくりと楽しむように近寄ってくる。
次々と物体は霧散していき、やがてピヨリの潜むテーブルまで来た。
テーブルに軽く手で触れると、テーブルは素粒子まで”分解”していった。
祈の靴の先端が顔を現した。
「”音速秘部”(ソニックマラー)ァァァァァァアアアアアアア!!!!」
構えていた秘部が音を破るようなスピードで、祈を狙う。
ピヨリは勝った、と思ったが、ピヨリの秘部は祈の顔の横を通って行った。
まるで、あらかじめ、そこに秘部が通ると予測していたかのように、余裕の笑みを作りながら躱したのだ。
「あ、う、ああ」
”音速秘部”(ソニックマラー)は空を切って、やがて時間が経ったのち股間に収納された。
今のを、躱せるのか……? とてもじゃないが人の目で捉えきれないというのに。
これが素人とプロの埋められない力量差なのか……
もう最後の希望は潰えた。
祈は”分解”して”製造”で生み出した鋭利な槍のような物をピヨリの頭上で振りかぶる。
死を、覚悟した。
「あばよ」
祈がそう言い、槍を振り下ろそうとした時だった。
祈の胸ポケットから着信音が流れた。
祈は、流れるような動作で胸ポケットから携帯電話を取り出し、耳に押し当てる。
「はい、こちら狩野祈。………………はい…………………はい………」
祈が誰かと電話越しに会話をしているとき、ピヨリは全身が恐怖心で動けなり、目線を祈からそらすこともできなかった。
そこで、携帯にキーホルダーと『平和維持ボランティア会』と書かれた、お守りがついていることに気が付いた。
「はい、分かりました。今すぐ戻ります」
祈は電話を切り、何事も無かったかのように携帯を胸ポケットへと戻した。
「良かったなガキ。俺は今すぐ別の仕事で、あっちに戻らなくちゃイケねぇんで、今回は見逃しておいてやるよ。一般人に『神の能力』を知られたりした場合、HIBに天誅食らっちまうからな。それと会長に無闇な殺生はするなという忠告を受けてるから、もうお前を殺す気はないさ。そんじゃあな」
そう言い残して祈はファミレスから出て言った。ココナッツカレー代も払わずに。
二人の死体と、洪水のような血のたまり。そしてファミレスは跡形もなく荒廃していた。
「死ぬとこだった…………それよりあの野郎の携帯、平和維持ボランティア会だと……?」
もしかしてジョージの件と、なにか関連するところがあるのだろうか?
「いや、考えている時間はない。早くファミレスから出よう。じゃないと警察が来てしまう……そうしたら面倒だ」
あまり深いことを考えずに、急いでファミレスを出て、家に向かった。
「ただいま、陽香伯母さん」
「おかえり、遅かったわね。祈さんは……?」
ピヨリは言うべき言わないべきか迷ったが、言わないことにした。
「ああ、祈さんは用事を思い出したって帰ったよ」
ピヨリは無気力になりながらも、なんとか笑顔を繕って言う。
「あらぁ、そうなの。急に特別な仕事が入ったのかしらねぇ~?……じゃあまた明日にでも電話しよっ♪」
陽香伯母さんは乙女のようにはしゃぎながら言う。
多分もう、電話は繋がらないだろう、とピヨリは心の中で思った。
「今日は疲れた。……もう寝るよ」
「そう、おやすみなさいね。るんるん♪」
ピヨリは自分の部屋の中に入り、ベッドで横になる。
時間が経って、やがて陽香伯母さんが祈との結婚が嘘だったと気付くのはいつのことだろうか。
その残酷な事実を知って、陽香伯母さんが悲しむ姿を想像するとピヨリは悔しくて悔しくて仕方がなかった。
たまらずピヨリは男泣きをした。そして決意した。
狩野祈も親父に次いで、いつか殺すという決意を、固めた。




